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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

気にしい

作者: 新名アキラ

 僕は『気にしい』という言葉が嫌いだ。


 まず語感が気色悪い。


 『気にする』という言葉が既にジメジメしていて不快な上に、しい、としんなり終わる言葉の雰囲気がどうにも受け付けない。まるで興味のない女がしなを作っているようだ。



 言葉だけで言えばランナーやガンナーのように、動詞にerをつけてその動作をしている人になるアレの日本語版のようなものだと思うが、『気にしい』はランナーのように純粋に動作主を指しているだけとは思えない。



 僕は、『気にしい』を異様に人目を気にする人を馬鹿にするために生まれた言葉じゃないかと思っている。


 『気にしい』なんて言葉を使う人間のせいで、僕ら『気にしい』は余計に人目を気にしなければならないというのに。



 また、『気にしい』という言葉は、自分で名乗る分には一向に構わないのだが(僕は出来れば使いたくないが、やむを得ない事情でそう説明するしかないこともある)、誰かに『気にしい』と言われるのは人生で一番嫌だ。

 耐え難い怒りと恥辱に襲われる。



 『気にしい』が一番気にしているのは、自分が他人からどう見られているか、だ。


 誰かにそう思われたい理想像が『気にしい』たちの中にはあって、その理想を体現すべく『気にしい』たちは振る舞う。



 しかし、『気にしい』という言葉はその作為性を簡単に暴いてしまう。


 誰かに気を遣わせまいと気を遣っていることを、揶揄されるような形で彼我の間に曝け出されるのだ。


 『気にしい』を『気にしい』呼ばわりする人は、『気にしい』が『気にしい』だと悟られることが一番嫌いなんだと理解したほうがいい。僕は常々そう思っている。





 僕の唯一無二の親友である彼、衣川は僕のそういうちっぽけなこだわりに理解ある奴だった。



 僕は度々、細やかなこだわりを彼に語っては、さっぱりとした彼に「細えな」と笑われていた。そういう爽やかだが、否定しないところが僕に取って心地よかったのだ。



「新井って、全然人に気ぃ遣ってないよなぁ」



 だから、あくる日の帰り道で、僕は衣川にそう言われたことが信じられなかった。

 衣川は続けてこう言った。



「俺、結構『気にしい』やから、新井のそういうとこ羨ましいわ」



 僕は衝撃を受けた。



 衣川が『気にしい』なんていう爽やかとは真逆の言葉を使ったことも、衣川自身が衣川を『気にしい』と認識していたことも、僕が『気にしい』ではないと思われていたことも、全てが強い力を持って僕の胸を打った。




 僕から見て、衣川は慎重で、常に涼しい顔で何かをこなし、しかし嫌味のない男だった。慎重だが自信家だったため、何も恐れていないように見えた。計画的だったとも言い換えられる。



 慎重と自信家は相反するが、計画的と自信家は相性がいい。



 衣川は自分がどれほど明晰な頭脳を持っているか自覚していたと思うし、だから余裕を持ってテスト勉強などを行っていたのだろう。彼は成績が良かった。




 彼の自己分析はいつだって正しい。




 だから面白くて、作為の影が一切ないように振る舞えるのだと思っていた。



 僕には、そんな彼が自身を『気にしい』だと評したことが信じられなかった。彼が自身に向けて言う言葉は大抵正しかったから。



「衣川って『気にしい』なん?」



 僕は思わず聞き返した。



 衣川はいつものあっけらかんとした笑みではなく、何かが複雑に入り混じった曖昧な表情をした。



「自分ではそう思ってんやけど……そんなことない?」



 僕には『気にしい』には見えない。爽やかでアッサリとしていて、自分で『気にしい』などと名乗ってしまうような素直な男に見える。



 でも、安易な否定は『気にしい』に一番効く。



 僕はそのことをよく分かっていたから、


「さあ?衣川がそう思うならそうなんちゃう?」


と投げやりな返答をした。少し本音だった。



 衣川も「なんやそれ」と雑に笑って流した。本当は何て言ってほしかったのか、教えてほしかった。



 衣川は次に、僕の方を見て、腕を組んだ。



「新井は何か、自由よなぁ。あんま人のこと真面目に考えたことないやろ?」



 僕はもう何と答えていいか分からなかった。



 確かに僕は衣川の前では『気にしい』の振る舞いを見せないよう努めていた。



 衣川のような快活な人間に、僕のようなねっとりした薄暗い人間性をぶつけていいわけがない。



 彼の爽やかさはきっと、僕の陰湿さでかき消せるようなものではないが、それでも僕ばかり陰湿さを笑い飛ばしてもらうのは申し訳なかった。



 だから、些細なこだわりについて語る時も、おどけて「僕はめちゃくちゃ細かい男なんですよ」と、できるだけ過剰に開き直るようにしていた。



 そっちの方が、衣川は僕のことを笑い飛ばしやすい。そして、自分でも道化として開き直っていた方が、『ものすごく細かいキャラ』を演っていることにしやすい。



 これはただの演技だということにできる。本当にものすごく細かいだけなのを、ただ開き直るだけで、衣川が勝手に面白いことにしてくれる。



 衣川が僕を『自由』と評しているのは、嬉しくもあり、悲しくもあり、また、安心した。



 衣川のような頭脳明晰な男でも、僕の本質には気づけないのだ。



「そうかもなぁ。僕、自分のことしか考えてへん」


「やろうな」



 衣川はいつも通りの快活で、作為の感じない笑い方をした。




 僕にはそんな風に笑うことはできない。

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