樹海の夜
暗黒樹海についての情報は一冊の本しかない。探検家として、さまざまな秘境、魔境を探検し、人類の生活圏拡大に大きく貢献した男。【未地の目】ロバート・ピッキオ。彼だけが、正気で暗黒樹海から帰還した。彼の暗黒樹海探検記である【黒き森】のみ有力な情報が記載されているとされている。その中には、大小さまざまな魔物の生態。気候や自然環境。危険個所や比較的安全に深部まで至れるルート。そして、深部に存在する黒き門についての記述がある。【黒き森】の中にこんな記述があった。
―――暗黒樹海の魔物や動物は、他では類を見ない凶悪さだ。だが、それすらも霞むほど厄介なものがいる。ほかの場所において、彼らは私の味方だった。しかし、ここでは逆だ。彼らはあまりにも悪辣に、そして狡猾に私の命を刈り取ろうしてきた。暗黒樹海での最大の敵は、植物である。―――
調査隊の面々もこのことは知っていた。しかし、昼の軍では何も起きなかったため、油断した。そう、夢にも思わなかったのだ。この森の植物が夜行性であるなんて。
焚火の火を見ながら、キッドはこの調査の事を考えていた。
『樹海深部の異変か……ここまではまだ何も異常がない。しかし、これまでのことを考えると何があるか……父さん。あなたはここで何を見たんだ』
ルークが首から下げたネックレスに触れる。先についている板金は、歪に歪み文字のようなものが彫られていた。顔を上げて、湖面を見つめる。そこで異変に気付いた。
「暗い……?」
暗黒樹海が暗いのは当たり前なのだが、しばらく見張りをしていたこともあり、目も慣れてきていたのだ。対岸くらいはぼんやりと見えるようになっていた。しかし、今は見えない。何か大きなものが覆いかぶさってきたかのように、影が差している。慌てて上を見上げる。空が見えるはずが、見えない。代わりに薄ぼんやりとピンクの光が見える。その光をよく見ると花だった。見てると心が和む綺麗な花だったが、すぐに頭を振って隣にいるはずのルークを見た。ルークは、心ここにあらずといった様子で上を見上げていた。
「おい!ルーク!しっかりしろ!」
ルークの肩を強く揺さぶる。しかし、依然としてボーっとしている。仕方なく、キッドは声を張り上げた。
「敵襲!敵襲!上方に異常あり!上方に異常あり!」
キッドの声に反応し、テントの中から戦闘準備してきた騎士たちが出てくる。上を見上げ、その光景に固まった。
「なんだこれは……」
キッドはエルフ側の陣営に目を向けた。エルフ側も事態に気づいているようで、戦士たちが、上の花に向けて弓を構えている。仲間がそろいホッとしているのもつかの間、急にルークが立ち上がり、キッドの腕をつかむ。
「ルーク!気づいたか!俺たちも合流する……ぞ……」
ルークは杖をこっちに向けている。
「なんの真似だルーク!」
杖の先端が光り、キッドの顔を風が撫でる。それは地獄絵図の一筆目だった。
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