森の異変
暗黒樹海と呼ばれる魔境の端、人間の生息域との境目に神々しく佇む一本の樹木。天を貫かんとするほど高く、腕のように伸びた枝葉は優しい輝きを放っていた。世間では神樹と呼ばれるこの樹木の下には、暗黒樹海の魔獣たちは近寄らない。この樹木の周りは暗黒樹海の中で唯一の安全区域といえるだろう。ここで、神樹の恩恵を受け、暮らす種族がいた。耳は長く弓と魔法に長け、自然とともに暮らすエルフたちだ。彼らは暗黒樹海の魔獣たちが、人間の生息域に行かないよう食い止め、神樹の管理を担当する種族として世界から認められていた。そんな彼らの里での暮らしは狩猟・栽培・牧畜と非常に牧歌的だ。暖かい日差しのもと、穏やかな風が吹き、こども達の笑い声がこだまする中、一人の女エルフが木を軽々と飛び登る。頂上まで着くと、物見台のようになっていた。そこには男のエルフが二人、望遠鏡を覗いていた。
「交代に来たよ」
女エルフが声をかけると、男エルフたちは振り返った。
「おー!ルナリアか」
「やっと交代か……」
二人は望遠鏡をルナリアと呼ばれた女エルフへと渡す。
「どう?暗黒樹海の状態は?」
「平和そのものだ」
「ならよかった」
「不気味なくらい平和なんだよ」
「不気味?」
「最初の異変は二か月前に樹海中央部で大きな発光現象とそこからしばらく続いた戦闘音。その一週間後には、暗黒樹海から大量の魔獣の侵攻」
男エルフの語る異変には、女エルフも記憶にあるらしく苦い顔をする。
「あの時は大変だったよね……」
「光の異変を調査に来ていた王国の騎士団もいたから事なきを得たがな」
「今週の魔獣の討伐数聞いたか?」
女エルフが首を振る。男エルフは、葉巻を口にくわえ火をつけた。
「0だとよ」
「ゼロ!?」
「不気味だろ?」
「それは確かに」
「まぁ、平和だが気を引き締めてかなきゃなってことだ」
「あとは頼んだぜ」
男エルフは女エルフの肩を叩いて、身軽に降りていった。ルナリアは目の前に広がる暗黒樹海を見る。
「一体何が起こってるの……」
そんな疑問も墨のように黒い樹海に呑まれていく。
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