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地獄と聖域

 描かれた地獄絵図は、凄惨を煮詰めたようだった。仲間同士で殺しあい、各所から火の手が上がる。血と煙の匂いが充満し、混乱する調査隊をあざ笑うかのように、多数の美しい花がその光景を眺めている。キッドは、顔の右半分を手で覆い息遣い荒く走っている。指の間から熱い液体が流れ落ちるのを感じる。


「ハァハァ」


荒い息を吐きながら、必死に走った。目的地などあるわけない。ただこの場所から抜け出したかった。野営地から離れ樹海へと入ろうとしたとき、気配を感じて立ち止まる。目の前をみると、赤く光る眼が樹海の闇に広がっていた。


「ウソだろ……」


キッドは絶望でへたり込む。前には猛獣。後ろでは、原因不明の地獄絵図だ。自分の避けられない死を前に、その場にうずくまる。


「あなた!正気?」


力強い女性の声に顔を上げる。そこには、エルフ側で寝ず番をしていたエルフがいた。


「大丈夫?動ける?」


エルフはキッドの肩を揺する。


「あ、あぁ」

「よかった。おかしくなってない。動けるなら一緒に来て。無事な者で集まってここを抜けるわよ!早く!」


女エルフはキッドを無理やり立たせる。


「一体どうなってるんだ……」

「今は余計なことは考えない!死にたくないなら来なさい!」


未だフラフラしているキッドに、女エルフはイラついたように少し乱暴に呼びかけた。その呼びかけにハッとしたキッドは彼女の後を追いかける。


 女エルフの後について到着したの場所には、簡易的なバリケードが築かれており、その内側には数名のエルフと騎士だった。


「キッド!生きていたか!」


そういって駆け寄ってきたのは、調査隊の騎士をまとめるガニルだった。


「ガニル隊長……」

「よく異常を知らせてくれた。ルークはどうし……いや、お前はよくやった」


ガニルは、キッドの顔の傷を見て起こった事態を察した。包帯を取り出し、キッドに巻く。


「応急処置で済まない」


悲しい表情で、ガニルはキッドを治療する。その横で女エルフが報告を上げていた。


「リアベルさん!発見した生存者は彼一人です!」

「よくやったルナリア」

「ほかの皆は?」

「帰ってきたのは君だけだ」

「そんな……」


バリケード越しに野営地の報を見る。いまだ、味方同士の殺し合いが続いているのか、金属がぶつかる

音や、魔法による爆発音、断末魔のような叫び声が絶えず聞こえてくる。


「この状況はどういうことなんだ……」

「とりあえず、この場を早急に離脱しなくてはなりませんね」


キッドは、先ほどの猛獣たちのことを思い出した。


「魔獣が野営地の周りを取り囲んでいました。脱出は難しいかもしれません」

「それは本当か?」

「はい」


キッドからの報告に全員が考え込む。


「なぜ魔獣たちは攻め込んで来ないのかしら。これだけ血の匂いがして、取り囲むほどの数の優位があるのなら、乱入してきていてもおかしくないはず」

「確かにそうだな」


ルナリアの言葉にリアベルも疑問に思う。そして上を見上げ、咲き誇っている花を見た。花の咲いている範囲は、野営地にしていた湖を中心に開けた場所全体を覆っている。どこからか吹いた風が花を揺らすと、黄色がかった粉が空中を舞う。


「……あの花粉が原因か。やはりここを離れた方が良い。問題は魔獣か」

「あの魔獣は、もしかして待っているのでは?この花が引き起こす状況を知っていて、獲物が全員死に絶えるのを待っている」

「入ってこないということは、この花粉が彼らにも効くということか」

「今私たちの体にはその花粉がついているはず。ならば、彼らも忌避し襲ってこないかもしれない」

「その可能性に賭けるしかなさそうだ。この花粉にいつまで耐えられるかわからん。ルナリア探知魔法で周囲を調べてくれ。できるだけ包囲が手薄な馬首を突破する」

「わかりました!」


ルナリアが、目を閉じ地面に手を置く。魔力の線香が地面に奔り広がっていく。


「ほかの者は持てる物資をもって離脱の準備に入れ!」

「「「はい!」」」


全員が荷物を背負い、出発の準備ができた時、ルナリアが先頭に立つ。


「先導します!ついてきてください!」

「任せたぞルナリア。全員続け!」


数名の調査隊は同胞を残し、歯を食い縛って樹海の中へと入った。


 予想が当たったのか、魔獣たちは襲ってこなかった。しかし、光も届かぬような暗さの森をただひたすら突き進む。どこが安全なのかも分からず、留まることができない。あの地獄から抜け出せたのはほんの数名だ。ルナリア、キッド、ガルニ、リアベルほかに騎士が一名・エルフの戦士が二名の総勢七名にまで人数を減らした。調査隊は壊滅したといって相違ない。ガルニとリアベルは撤退を考えていた。だが、それも難しい。なぜなら、暗黒樹海はどこも似たような景観をしており、方向感覚が狂いやすい。野営地までは道しるべを残していたが今はそれがない。今自分たちは帰れているのか、深部に進んでいるのかすら分からない。かといって、先ほどの野営地の件もあり、立ち止まることもできない。するとキッドはあることに気づいた。


「朝だ……」


森の暗闇がだんだんと和らいでいくのを感じた。そこで、キッドは膝から崩れ落ちた。夜が去ったという、わずかな安堵が彼地震に気づかせた。もう限界だということを。他のメンバーも一緒だった。ガルニとリアベル以外の全員がしりもちをつくようにうずくまる。昨夜の情景を思い出し、泣き出すもの、嘔吐する者もいた。


「もう無理だ!こんなとこにいられるか!!」


そういって騎士の一人が駆けだした。


「おい!まて!」


静止も聞かず、そのまま樹海の中に消えてしまう。遠くから悲鳴が聞こえた気がした。


「全員訊け、野営地まで戻れれば道しるべがあるはず。我々は来た道を引き返し野営地まで戻り、道しるべを頼りに里へと帰る。いいか?正気を保て。必ず希望はある。ここでしばし休息をとったら出発する!いいな!」

「大丈夫だ。君たちは必ず家へ帰す。安心しろ」


リアベルとガルニの言葉への反応は薄い。全員状況がよくわかっている。夜の移動により、野営地の方角がどちらなのかもロストしている現状を、この場の全員が理解していた。リアベルとガルニも隊員を励ますしかできない現状に拳を強く握るしかなかった。


 ルナリアの探知を頼りに、おそらく昨夜通ったであろう道を行く。その保証は誰にもできなかった。途中魔獣に襲われ、一人犠牲になった。急に振り出した豪雨により、一人が体調を崩した。最初は風邪のようだったが、日に日に悪化しついに力尽きた。それを看取ったリアベルとガルニは、彼女の遺体に謝り続けていた。遺品を持ち、さらに進む。もう全員が分かっていた。野営地に戻っていない。そして、ここが今樹海のどこなのかもわからない。このまま樹海を彷徨い行き倒れるのだろうと、誰も口にはしなかったが、そう思っていた。そして、また魔物に遭遇した、バカでかいクモの魔獣だった。周りに子供らしき一回り小さいクモを多数連れている。


「あぁ……」


キッドとルナリアはへたり込む。もうこの魔獣に食われることを受け入れてしまった。


「行け!」

「走れ!」


ガルニとリアベルが剣を抜き弓を構え、クモたちを抑え込んでいる。ここまでほとんどの食事をキッドたちに譲り、力などもうほぼ無いに等しいにも関わらず、二人は子グモを切り捨て、大グモへと挑んでいく。


「君たちはあきらめるな!」

「ここは任せて!行きなさい!」


二人の声にキッドたちは無い力を振り絞って駆けだした。やみくもに、どこへと向かうでもなく。ただ残された力の限り走る。自分たちの長の勇姿に背を向けてひたすらに走った。しかし、隠れていたのであろう子グモに吹き飛ばされた。大木にぶつかったキッドは、弓を構えたルナリアが、クモの吐いた糸でからめとられていく光景を見ていることしかできなかった。



 キッドは目を覚ますと、飛び上がるように起き上がる。自分の腕を交互に見る。


「生きてる」


顔に触れると包帯ではなく、何かの葉っぱが張り付けられていた。葉の上から傷に触れたらしくズキンと痛む。


「痛い……生きてる……いぎてる……!」


痛みにより自分が今も生きていると知り、安堵と罪悪感の入り混じった感情から涙がこぼれる。しばら

く泣いて、ふと気づく。


「ここは……どこだ?」


立ち上がり、この場を見渡す。手作り感満載の歪な形をしてはいるものの部屋だと認識できる程度には整っている。扉を見つけ、そこまで歩いていく。外から何やら声が聞こえた。男が二人、何かを話している声だった。キッドは扉をゆっくり開ける。ギィィという不協和音を奏でながら扉があく。ドアの音で二人の男が振り返る。そこには、伸びきった髭に、ぼさぼさの髪、破れてボロボロになり、最早着用しているといえるのか怪しい布切れを体に巻いている二人組がいた。


「おぉ起きたか」

「あんた大丈夫か?」


二人はそういいながら、キッドに笑いかけた。


「あなたたちは……」


誰なのか聞こうとしたとき、あることに気づいて思わず見上げる。そこには空があった。木々に覆われていない本当の青空が、暖かな陽光でキッドを包む。その光景にキッドは静かに涙を流した。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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