異世界へ?
空はとうの昔に暗くなり、何とか乗れた終電に揺られ家路についた。
「今日もギリギリかぁ」
スマホに表示された時間を見てため息をつく。そこに、トークアプリの通知が表示された。表示された名前を見て、思わず笑う。そこには、親友の名前が映っている。
「帰ったら連絡しないとな」
そういってスマホをポケットにしまい、眠りに落ちた。
最寄り駅のアナウンスが聞こえ目が覚める。電車から降りて駅のホームに出る。改札に向かうため階段を下りる。途中で突然視界が歪んだ。心臓が痛いほど高く跳ねる。思わず胸を抑えると同時に体が浮遊感に襲われる。
『落ちてる!』
そう気づいたときには、全身に衝撃と痛みが奔った。頭から熱いものが抜けて、体が冷たくなっていくのを感じる。霞む視界の中あたりを見渡すと、散らばった荷物の中にスマホを見つけた。震えながら手を伸ばす。
『せめて……あいつに連絡を……』
だんだん暗くなっていく視界に、死を感じた。
『すまん……先に逝く』
親友への謝罪とともに、意識を手放した。
目を覚ますと真っ白な空間だった。一瞬病院かと思ったがどうも違う様子に起き上がって周りを見渡す。
「どこだここ?ってうお!なんで俺裸なんだ!」
どこまでも白い世界に疑問を感じながら自分が裸なことに気づく。目の前が急に光り、思わず目をつむる。光が収まり目を開けると、そこには白い羽を生やし、頭にリング、神々しい杖を携えた男性がいた。
「天野 徹さんですね」
「あんたは神様?」
「はい、ただ神といっても、徹さんのいた世界の神ではありません。私の名前はメルクリス。ガイアランスという世界の神です」
「本当に神様とは……これは失礼しました。郷里堂営業部所属の天野徹です」
徹は立ち上がり、深々とお辞儀する。
「これはご丁寧にどうも。早速ですが、あなたは死んでしまいました」
「でしょうね」
「そこで、私の世界に来ませんか?」
「異世界転生というやつですか?」
「話が早くて助かります」
メルクリスは妙に物わかりのいい徹に、若干の違和感を感じながらも話を続ける。
「あなたには、私の世界でお願いしたいことがあるのです」
「お願い事ですか?」
「はい、そのために私から向こうで生きるため必要なギフトを授けようかと……」
「少しいいですか」
メルクリスの言葉を徹が遮った。
「そのギフトはもしかしてものすごく強力なものだったりします?」
「え?まぁそうですね」
メルクリスの言葉を聞いた徹は、顎に手を当て考え込む。その顔は険しいものだった。メルクリスはその様子に非常に困惑していた。なぜなら、今まで送り込んだ転生者たちは困惑する者こそいれど、最終的には強力なギフトを望んでいた。強力なギフトをもらえると聞いてここまで不満そうな顔をするもの初めてだった。
「本当に強力なんだぞ?異世界で無双できるぞ?」
「う~~~~~~~~~~~ん」
徹は思いっきり首をかしげる。その様子にメルクリスの焦りが加速する。
「なら、ギフトのほかに神器をつけようじゃないか!!強力な神器はすごいぞー!そこらの武器より性能が良いことはもちろん、特殊な能力がついてるぞ~!それを使えばどんなに危険な場所からでも生還できる!」
「はぁ~」
徹が大きくため息をついた。メルクリスはさすがにまずいと思い、徹に対して土下座する勢いでまくし立てる。
「わかった!さらに魔力だ!膨大な魔力を渡そう!どうだ!さすがにもうこれ以上はないぞ!どうだ!いや、お願いします!これで納得してください!」
というか土下座していた。
「メルクリス様」
徹の呼ぶ声に顔を上げるメルクリス。徹の表情は笑顔だった。納得してくれたと思ったメルクリスは、安堵に胸をなでおろす。
「ギフトとか、神器とかいらないです」
徹の言葉にメルクリスの頭は真っ白になった。
『いらないです』
この言葉が脳内を反響する。真っ白になって固まるメルクリスに徹が呼びかける。
「ギフトも神器も膨大な魔力もいらないので、―――――――」
「へぁ?」
徹の要求にメルクリスが間抜けな声を上げる。そこには登場時の威厳はなくなっていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
新しいお話の始まりです!
何卒宜しくお願い致します。