第二話 英雄の死亡
話の展開はある程度考えているんですが、言葉にして描くのが難しいです。
ルクシオルとの戦闘で気絶した俺は、どこからともなく体に生命力が駆け巡り意識を取り戻した。
ゆっくりと目を開くと、心配そうな顔をしたスティーアがこちらを見つめていた。
「良かった、目を覚まされたんですね。天界の勇者様」
スティーアに声を掛けられ、俺の意識は完全に覚醒する。
立ち上がろうとしたが、全身に負った怪我の影響で手を動かすこともままならない。
それに血を流しすぎたせいで、気を強く保たないとすぐにでも意識が遠のいて、死んでしまいそうだ。
諦めて現状を把握しようと何が起きたのか思い出そうとしたが、垂れるスティーアの髪が頬をくすぐってくる。
これじゃあ、頭も回せないな…。
「スティーアか。すまないが俺の顔でひらひらと揺れる青髪を退かしてくれないか。くすぐったくてしょうがない」
「あっ、ごめんなさい。すぐに退かしますね」
スティーアは指摘されると、前かがみをして垂れかかった髪を後ろにまとめる。
ルクシオルとの戦闘を思い出して頭の中を整理したが、気になることがいくつかあった。
「それで…この状態は何だ?」
頭にはどうしても気になってしまう、柔らかい太ももの感触。
スティーアが俺に膝枕をしている。
こういうことをするのは俺じゃないだろう…。
恥ずかしいと言えば恥ずかしいが、体が動かせないので俺にはどうすることもできなかった。
「その・・・勇者様の容態が酷く、魔法で魔法で止血を施したのですが、私の力では完治するまでに至りませんでした。それにアストンの地は町から遠く、私が勇者様を町まで運ぶ前に助かる見込みもなかったので、私が最後まで看取ろうと楽な姿勢に……」
申し訳なさそうにしているが、俺には今の状況は十分すぎる結果だ。
何もできずに死ぬより、何かを遺してから死ぬのがいいに決まっている。
「――そうか、ありがとうな。おかげで大事なことができないまま死ぬところだった」
「大事なことですか?」
スティーアの疑問に答えたいが、もう一つ確認しなければならないことがある。
「答える前に聞きたいことがある。ルクシオルは死んだってことで大丈夫だよな? 俺は奴の死を確認できなかったんだ」
次の瞬間、スティーアの顔に少し深い影が落ちるのを俺は目にした。
ルクシオルは彼女の父親だ。
俺がこの質問をするのは少々、酷だったかもしれない。
だけど、すぐにスティーアの口は開かれた。
「はい、勇者様がおっしゃっていた通り、私の目の前で光の粒となってルクシオル、いえ、父上は消滅してお亡くなりになりました」
冷静にそう言ってはいるが、ルクシオルと同じ紺碧の瞳の奥には哀傷の意が見て取れた。
「……本当にすまない、遺体が一切残らない状態にしてしまって…」
「勇者様が謝る必要はありませんわ。……父上はこの世界を支配しようとした反逆者。どのような結果になっても、その現実を受け入れると、最初から覚悟をしておりました」
無傷でないだろうが心が折れているようには見えない。かつての俺が持っていなかったその気の強さには感心する。
今の状態であるなら、この後の戦後処理と被害地域の復興を何事もなくやってくれるだろう。
「……スティーア、君は本当に強いんだな」
ふと無意識のうちに出た言葉。
俺もどうしてそう言ったのかわからない。
ただ思っていたことが、口に出ただけなのか?
「何をおっしゃるのですか!? この侵略戦争を終わらすことができたのは勇者様と、亡くなったフィレス様のお二人のおかげです。活躍することができなかった私に対して、強いだなんて……」
スティーアは優しく俺の顔周りに手を添える。
ひんやりとした手が俺には気持ちよく感じられた。
「単純な強さを言っているんじゃない。心の強さだ。大切な人を失ったのにかかわらず、怒りといった負の感情に吞まれていないんだ。それだけでも十分に強いさ」
「あなたにそう言われるのは、複雑な気持ちですが、何だか嬉しいですね」
にっこりとした彼女の眩しい笑顔がはっきりと目に焼き付く。
顔をむけられて言われるのは気恥ずかしい。
気持ちが耐えられなく先程からこの状態から抜け出そうとしているが、全身に負った傷の痛みがさっきよりも増し、呼吸をするのも辛くなってきている。
早く、残った体力で大事なことに取り組んだ方がいいな。
「それで話を戻すが、大事なことを頼みたい。やってくれるか?」
「頼み、一体何です? あなたは私の恩人です。何なりとお申し付けください」
「今、満足に体を動かすことができないんだ。まず最初にズボンの右ポケットからキューブを取り出してくれないか?」
スティーアは指示通り、手のひらに収まる黒いキューブを取り出した。
「…これは一体、何に使うものですか?」
手にしたキューブをまじまじと見ながら、鋭いところをついてくる。このキューブに何かしらの用途があると見破った。
「このキューブには、人の持つ情報を抜き取って保存することができる代物だ」
「人の持つ情報? それは一体?」
初めて聞いたと言わんばかりに、可愛らしく首を傾げる。
「この世界では聞き馴染みがないか。えっと、例えばだな……個人の持つ能力値や、俺やルクシオルの持っている特殊能力、この世界でいうスキルが含まれているんだ」
「父上の【復活】の能力が、ですか。それと俺や、と言うことは、勇者様も特殊能力を、何かお持ちなのでしょうか?」
「ああ。…だけど、強奪なのか吸収なのか名称がわからん。まあ、自分の能力にしている点では共通しているんだけどな。それで肝心の頼みなんだが、俺がこのキューブに能力を保存するから、俺が死んだ後、キューブを預かってくれ」
「そう言えば、【復活】の能力は魔力を媒介にして発動するから、魔力を持たない勇者様には…」
「能力が発動できない。俺はこのまま死ぬ」
一瞬、スティーアの目が潤んだように見えたのだが、彼女は顔を背けてしまう。
侵略戦争で彼女の周りから身近な人が多く亡くなっている。
また失うという事実を突き付けられたことで心を痛めているのだろう。
だが、俺が死んでも永久の別れが訪れる可能性は低い。
「そんなに心配するな。キューブをずっと預からせるわけではない。いずれ返してもらうさ」
再び会えると遠回しに伝えると、少し嬉しそうに、背けてた顔を俺に向けてくる。
「では再びお会いすることができるのですか?」
「絶対という保証はないけどな。それよりもキューブを渡してくれるか。キューブに俺の情報を保存する」
「…わかりました」
俺は何とか手を動かしてキューブを受け取り、一つの面にあるスイッチのボタンを押す。
「スティーア、俺から少し離れてくれ。巻き込まれるぞ」
スティーアが俺から離れると、キューブの上の面が開いて眩い光を上空へと放ち、その光が半球状に俺を囲ってくる。
光が囲い終えると、俺の体から無数の文字コードが流れ出て、キューブ内に入っていく。
文字コードが出るにつれて怪我の影響が大きくなり、体中の痛みがずきずきと増してくる。
「うぐぅ、うがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
能力値の減少による影響か、俺は痛みが耐えられなくなり、苦痛の声を上げる。
そのまま少し時間が経つと、体から出る文字コードが消えてキューブの開いた面が閉じる。
囲っていた半球状の光が消えると、スティーアが俺の方に急いで駆け寄ってくる。
「勇者様! 今すぐ手当てを。また血が流れてます」
「いや、止血はしないでいい。…何をしても、もう変わらん」
着ている服は血でびっしょりと染まり、大地に染み込んでいるのが分かる。
「……わかりました。でしたら先程の話を続きを、どうやって再び私が、勇者様と会えるのでしょうか?」
スティーアは座り込むとさっきと同じ膝枕をしてくる。
だがまあ、聞き分けが良くて助かる。
下手に永らえても苦痛で仕方がない。
体にかかる痛みに耐えながら、俺はゆっくりと口を開く。
「それはだな、…転生だ」
「転生というと、生まれ変わりですよね? そんなことがうまくいくのですか?」
転生は偶然で起こるものではない。
だけど、俺には断言しただけの理由がある。
「…かつてだな、転生について研究をしていた人物がいたらしいんだ。細かい部分をはしょるが、その研究を俺が引き継ぎ、転生できるようにした。自暴自棄になりながらな」
まあ、実際は研究はすでに完成してたので、引き継いだというよりは盗んだという表現が正しいかもしれないけどな。
「ですが、成功しても何年後に転生できるかわかりませんよね?」
「そこは運だろうな。転生するのが明日かもしれないし、100年後かもしれない。だけど、スティーアには数百年くらいは関係ないだろ?」
スティーアは竜人族とのハーフ。寿命は人間の比でない。
「わかりました。とりあえずこのキューブを預かりますね」
「ああ。もう一つ頼みたいんだが、俺を探しにドラガフっていう人物が、来ると思うんだ。もし、俺が転生する前にドラガフが来たら、そいつにキューブを渡してくれ」
「そのドラガフって言うのは、誰なのですか?」
「俺が答えないでも、会えば…すぐに、分かるさ」
なんか言わない方が、面白い展開が起きそうな予感が気がした。
「……? 心にとどめてておきますよ」
とりあえずは大事なことは全て頼めた。
身体中痛みがさらに駆け巡っているが、もう少しは俺の意識が保ちそうだし、もう少し生きれるだろう。
「スティーア、時間が許す限りだが、俺に聞きたいことがあればなんでも聞けよ。頼みを聞いてくれたお礼…だ。ハア、俺に……聞きたいことはたくさんあるだろ?」
スティーアは驚いた顔をするが、すぐに真剣な眼差しに戻る。
聞きたかったことはすでに決めていたらしい。
まあ、質問したいことは大体予想がつくが。
「私が聞きたいことは一つだけです。どうして勇者様はこの侵略戦争に力を貸してくださったのですか? 最初に出会った時は手を貸すそぶりが全くなかったのに」
「俺が最初に手を貸さなかったのは…戦争が怖かっんだ。戦争で俺の周りから、大切な仲間を…多く失いすぎたんだ。今でも当時の記憶がこびりついて…残っているんだ。あの残酷な経験が、どうしても……!」
感情が昂り吐血をするが、スティーアの静止を振り切り構わず話を続ける。
「たがな、あのルクシオルが引き起こした侵略戦争に、俺が引き起こした戦争の影が、見えたんだ。残った火種は消すしかないだろう……。己の責任を果たし、そして大切なものを守ると決意をして、戦ったがダメだったな。フィレスを失って、しまった…」
「フィレス様のことは本当に残念でした」
「ああ、あの日、彼女がいなくなったのは、最悪…だったよ…」
意識がどんどんと遠のいてくる。
それに痛みも気にならなくなり、手に力さえ入らない。
そして、ゆっくりと身体中に寒気が襲ってくる。
そうか、死ぬときはこんな感じなんだな…。
「そういえば、父上は最後、定まった運命に抗えと言って亡くなりまし、ゆ、勇者様。大丈夫ですか。勇者様!!」
俺の容態の悪化に気がついたのか、彼女の目から大粒の涙がこぼれてくる。
「…心配、する、な。一人じゃないだろ。あの、倅と一緒に…がんばれよ。未来で、再び、会おう」
言い終えると、俺はゆっくりと目を閉じる。
ルクシオル、お前は一体何を知ったと言うんだ。
定まった運命か――
俺の思考はこれ以上続かなかった。
「天界の勇者様。いえ、○○○○○○○様。安らかに眠ってください」
スティーアの一言を聞いて、俺の意識は完全に途切れてしまった。
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