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6 秘められていたもの②

「私としてはぜひ君に、ツァウバルで本格的に魔法を学んで欲しいと思っている。君が嫌でなければ、君を私の弟子にしたいんだけど、どうかな?」

「わ、わたしが殿下の弟子ですか!?」

「……嫌?」


 ギョッとして聞き返すと、ジークベルトが悲しげに眉を下げた。

 ソフィは慌てて首を横に振る。


「嫌だなんて……!」


 嫌ではないが、平民の身分で王族に弟子入りだなんて、畏れ多くて眩暈がしそうだ。

 ソフィの言葉に、ジークベルトはころりと笑顔に転じた。


「じゃあ決まりだね。ああ、私はツァウバルの王立魔法研究所の所長をしているからね、適任だと思うんだ。あ、もちろん住む場所や必要な物は全て私の方で準備するから、そこも心配しないで」


 ジークベルトは上機嫌でそう言うが、ソフィにしてみれば畏れ多い情報が追加されただけである。


「……まだ何か不安がある? 遠慮せずに君の気持ちを聞かせて?」


 ソフィの浮かない表情に気付いたのだろう。ジークベルトがソフィの目をのぞきこんだ。

 その紫色の瞳を見つめ返したまま、ソフィはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「あの、もし……もしも本当にわたしに魔法の力があるのなら、ツァウバルに行ってきちんと学んでみたいです。母の故郷かもしれないなら、なおさら……。でも、あの人達がそれを許すとは……」


 もし未熟ながらも魔法が使えるとなれば、あの欲深い伯父家族はソフィを簡単に手放しはしないだろう。あれこれと理由をつけて留め置こうとするはずだ。

 そうなれば王妃も伯父達に味方するに違いない。ツァウバル以外の国では、魔法使いは非常に貴重な存在なのだ。


「うん、君の魔法のことは、この国の人間には知らせない方がいいだろうね」

「でも、それではどう理由をつければ……」

「その点は私に考えがある。例の先読みを利用しようと思ってるんだ」

「先読み……」

「そう、運命の出会い。私はこのカナル王国で、君という女性と運命的な出会いを果たした、君をツァウバルに連れ帰りたい……そう説明すれば、おそらく誰も反対はしないだろうからね。というか、反対できないように立ち回るよ」

「お、お待ち下さい!」


 ソフィはびっくりして口を挟む。


「そんなことをなさっては、本当の運命のお相手が現れたときに、殿下がお困りになるのでは……」


 するとジークベルトは、小さく首を傾げて微笑んだ。紫の瞳がきらりと輝く。


「実は私はね、先読みで出た運命の相手というのは、君のことではないかと思っているんだけど」

「え……」


 ソフィの胸がドキリと跳ねる。


「だってね、珍しく出かけた異国の地で、君という隠れた魔力持ちと出会った。それも、弟子にしたいと思うほどの力を秘めた人だ。これって運命的だと思わない?」

「なる、ほど……」


 ホッとしたような、残念なような、複雑な気持ちでソフィは頷いた。

 そういえばお茶会で先読みの話が出たとき、ジークベルト自身が「そういう出会いとは限らない」と言っていたではないか。

 ほんの一瞬でも、「そういう出会い」の相手として見てもらえたのかもしれないと期待した自分が恥ずかしくてたまらなかった。


(……そうよ、あの人に言われるまでもなく分かっていたことじゃないの。身分もなく、醜い痣があるというのに……)


 それでも、弟子という意味であったとしても、ジークベルトが「運命の相手」と言ってくれたことは嬉しかった。

 

「お言葉に甘えてしまってもいいのでしょうか……?」

「もちろん。我が国できちんと修行すれば、君はきっと優秀な魔法使いになれるよ。もっと完璧に痣を隠すこともできるようになるだろう。だけどもっと根本的に……」


 ジークベルトは右手をソフィの左頬にのばし、触れる直前で動きを止めた。


「痣に触れてもいい? 確かめたいことがあるんだけど」


 躊躇いつつも小さく頷くと、大きな手の平がソフィの頬をそっと包み込んだ。

 ジークベルトはしばらく無言でソフィを見つめていたが、「これは……」と呟いて形の良い眉をひそめた。


 続いて、ジークベルトの口が聞いたことのない言葉を紡ぎ出す。と同時に、頬に触れる手の平がじわりと温かくなった。


「……やはり効かないか」


 ジークベルトは小さくため息をつき、ソフィの頬から手を離した。


「ソフィ、この痣はいつからある? 君の従姉殿は生まれつきだと言っていたが、違うだろう?」


 ソフィは息をのみ、目を見開いた。唇がわなわなと震える。


「これは、この痣は……っ、あ……ぁ……ぅ……」


 突然襲い掛かってきた息苦しさに、ソフィの言葉は途切れた。


(息が……吸えない……この方に本当のことを伝えたい、のに……)


 なんとか声を絞り出そうとすればするほど息苦しさが増していく。ぶるぶると震える手から化粧箱が滑り落ち、床に落ちる。脂汗が滲む。

 突然様子のおかしくなったソフィに、ジークベルトが血相を変えた。


「ごめん、触るよ」


 指先でソフィの首筋に触れたジークベルトは、苦々しい顔で舌打ちをした。


「やはりか……。ソフィ、落ち着いて。喋らなくていい。君の身に起きたことは概ね把握した。だから喋らなくていい」


 涙の滲む目で見上げると、ジークベルトが深くうなずいた。

 安堵とともに呼吸が再開される。ふらりとよろめいたソフィの体をジークベルトが抱きとめた。


「あ……もうしわけ……」

「構わない。このままで」


 慌てて離れようとしたソフィの耳元でジークベルトが囁く。さらに力が抜けたソフィは、その身を力強い男の腕に預けた。

 ジークベルトは満足そうにうなずいてから、神妙な面持ちになった。


「そのまま聞いていて。返事をする必要も、頷く必要もない」


 ゆっくりとした瞬きで了解した旨を伝えると、ジークベルトは静かな声で続けた。


「君のこの痣は、元は別の人間にあったものだね?」

「……っ!」


 ソフィの薄青の瞳が、大きく見開かれる。


「君の顔からは、化粧をしていないときにも魔力が感じられた。それも、君のものとは違う魔力が。それに、さきほど治癒魔法を試したがまるで効果がなかった。君自身が負った痣であれば、多少なりとも効果があるはずなんだ。これらを併せれば、この痣は身代わりの魔法によって他人から君に移されたと考えるのが妥当だ」


 ソフィの瞳が大きく揺れた。涙が盛り上がる。


「さらにそのことを口外できないよう、ご丁寧に禁言の魔法まで施されてる。人道にもとる行いだ。どちらの魔法も、我が国では無許可で使用することは禁じられている」


 吐き捨てるように言うジークベルトの瞳には、激しい怒りの色が滲んでいる。

 ソフィを支える手にぎゅっと力を込め、ジークベルトは労るような眼差しをソフィに向けた。


「辛かったろう、ソフィ。痣を負わされ、誰にも相談できず、ずっと一人で戦ってきたんだね」


 ソフィの瞳からついに涙がこぼれ落ちた。


「君のことは私が必ず助ける。他人がかけた魔法を解くのは簡単なことではないが、必ず解いてみせる。たとえ何年かかっても。だからどうか、私を信じてほしい」


 ジークベルトの紫の瞳が、ソフィをまっすぐに見つめている。

 涙で頬を濡らしながら、ソフィは静かにうなずいた。


(ああ、お母さま……)


『きっと来てくれるわ。ソフィが困ったときにはきっと……』


 幼い頃に聞いた母の言葉が脳裏に甦る。

 美しい魔法使いが、遠慮がちにソフィの頭を撫でる。その心地よさに、ソフィの目から新たな涙が溢れた。

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