2話 謎の少女
まず、結論から言おう。何も起こらなかった。
ゲームとかで良くありそうな「ファイヤー!」とか「ウォーター!」とか「10まんボルト!」とかよく聞いたありがちな魔法を色々叫んで見ても何も出ないし、起こらない。
ただ、その場でカサカサっと草を撫でる風の音が虚しく響くだけだった。
あの庭園にいたよく分からない人の言い分ならば、俺は魔法が絶対に使えるようになっているらしいが、実際にやってみるとこれだ。
なら、何かが悪かったのだろうか。少し考えた中で、パッと思いつくものの中では、魔法の使用方法が悪いのだろうか?
もしかすると、魔法を発動させる為には、フィクションでよくある、お約束のような長い詠唱がいるとか、魔法を使う為の魔道具が必要だとかいうのもあるのかも知れない。
はたまた、あの人に嘘を吐かれたのか。でも、嘘をつくならば、何故最後にわざわざ信頼していいと言ったのか分からない。実際に俺を送る口実にする為の嘘だった場合は、別にこの世界に送った後、俺の事を放置しておけば、俺に報復される心配も何も問題無いはずだ。
そう考えると、そこで無視をせずに、わざわざそう言った辺り意味はないとは思えない。
でも、魔法の正しい使い方が分からない以上、魔法の為にこの世界に来たようなものだとはいえどうしようもない。
非常に悔しいが、一回魔法については棚に上げておくしかなさそうだな。
でも今は、そんな事で落胆している暇はない。少しでも、記憶が新しいうちに頭を整理しておく必要がある。
どんな品質の物でもいいからメモ用紙とペンでもあれば良いんだけど…と考えていると、あの人が必要最小限のものはくれると言っていた事をを思い出せた。
それを思い出してからよく見てみると、ここは野原以外に何もないと思っていたが、俺のすぐ背後にバッグが落ちていた。まさに灯台下暗しだな。
その後、周囲には誰もいない事を確認すると、これの中身がそうか、と理解し中身を確認してみることにした。
中には、一週間分位のカロリーメイト的な固形栄養食に水の入ったガラスボトル。小さな葉書サイズの手帳一冊にペン一本。この世界の金銭価値はよく分からないけど、ある程度はありそうな金貨が財布の中に何枚かあった。ここら辺りはまだ普通の物だなと思う。
が、その他の物は何かしら言いたくなるような物ばかりだった。
まず短刀が一口入っていた。剣と魔法の世界とは言っていたが、これが必要最小限の中に入っている時点でまず、物騒な治安だというのが簡単に予測出来る。
流石に剣道部じゃないし、剣なんて振ったことはないが…短刀だし有名な剣道の構え、みたいな使い方じゃ無く、どっちかと言えばナイフっぽい構えになるのか?俺は詳しく知らないが、とりあえずは護身用としてなら使えるといった所か。
次に手鏡。これは完全に俺が女子になっている事を確認させるために入れたとしか思えない。嫌味な事してくれる人だ、全く。
でも、俺がどんな姿になっているか確認くらいはしておいた方が良いだろう。自分自身の姿も知らずに生きてきた人なんて世の中には、ほとんどいないだろうし、知っておいて損はないだろう。精神的にはかなりキツいが…仕方ない。
覚悟を決め、鏡を見ると、うん。知ってはいたけどやっぱり女の子だ。
髪型は艷やかな黒髪で前髪はぱっつん、後髪は肩を超え背中の上部あたりにかかるほどの長髪。外見は10歳位だろうか?目は、ぱっちりとした蒼い目。幼いながらも、将来は期待できそうな中々整った顔ではある。でも、実際の俺の感情は、恥ずかしい事この上ない。
客観的にこの子を見る事が出来るとしたならば、特にどうという感情を抱く事はないだろうが、俺がこの子だと思うとやりきれない感情に苛まれる。
でも別の世界に来て新しい体になってしまった訳だが、パッと見は、かなり整った顔をしているが、実際それが俺だと思うとただ恥ずかしいだけだ。
そして最後に封筒に入った書類。特に厳封されてもいなかったので開けて中身を見てみる事にした。何処かの学園に転入する為の書類だった。
書類をもう少し詳しく読んでみると、スペラルーチェ学園という、かなり大きそうな感じがする学校の案内だった。とは言っても見た感じは小学校のようなものではあるが。
どうやらこの世界の小学校は5年制で8歳から通い始め、12歳で卒業らしい。
ただの小学校みたいな物なら流石に見た目は10歳位でも、中身は大学生の俺は行く気はしなかったが、剣術や魔法の授業が多い点は気になる。少なくとも日本でそんな授業はなかったし。
そして何より、寮と朝昼夕食付きのいたれりつくせりっぷり。こんな小学校、俺は知らない。小学生が寮生活というのはどうなんだとは流石に思うが。
俺が、もし仮に見た目通りの年齢だったとしたら、3年生に編入して、食事と住居はここでどうにかしろと言う事だろうか。それなら、衣食住の衣以外は凌げるし。
でも、こうやって入っていた物を見ると、なんだか、今、この時が現実味をしっかりと帯びてくる。
本当にどこにも逃げ場なんてないんだなって気分になってくるな、これ……