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瀬戸内少年鵺弓譚  作者: 暗光
美しき転入生
8/90

郷子の役柄

来て頂きまして誠に有難う御座います。是非、作品を読んで頂きますようお願い致します。


更新は週に一回程度でやっていく予定です。小学生が主人公と言うのは年代差があり過ぎて

少々、厳しいですがいつか中学、高校編ぐらいになれば・・・焼け石に水ですな。


大体そこまで持つかどうかもわからんし・・・まぁ、頑張ってみます。



※ 注意 

この作品はフィクションです。実在の人物や地名、団体などとは関係ありません。


午前中の授業はいつも通りで特に何も変わった事はなかった。

今、教室の中は給食の真っ最中である。


普段なら高田先生も一緒に給食を食べるのだが今日は所用があるのか姿が見えなかった。そのせいか、教室の中はいつも以上にワイワイガヤガヤとやかましい。


高学年と言っても未だ小学生である。

十歳から十二歳といった年齢に過ぎない子供達だから教師がいなければそうなるのも無理はなかった。


口をハムスターの如くモグモグさせながら団児が郷子に話しかけた。



「浦島さんは何でこの島に来たん?」



郷子は一瞬、きょとんした表情になったがすぐに柔らかな笑みを薄く浮かべると



「父さんの仕事の関係よ。詳しい事は知らないけどこの島には父さんの仕事にとって何か価値のある物があるみたい。

父さんはそれを調べて確認するためにこの島に来たんだって、そう言ってたわ。」



と答えた。



「価値のあるもん・・・この島に? なんじゃろか? 浦島さんのお父さんちゃ仕事何しょん?(仕事は何をしているの?)」


「うーん、一応、公務員かなぁ?」


「公務員? じゃ、役場の人なん? 本土の役場いうたら一杯あるけんど。何処の役場に行っきょん? 」


「鷹松市の県庁。でも島からだと遠いから向こうに部屋を借りてそこから通うみたい。だから島に帰って来るのは十日に一回ぐらいになるだろうって言ってた。」


「県庁? 県庁の職員な? へぇー、凄いやん。 あれ、ほんだきんど(そうだけど)

前は東京におったんやろ? そやのになんでこの県の県庁に来る事になったん?」



団児が不思議そうに訊いた。小学生と言えども地方県庁と東京都の距離的ギャップが整合性を欠いたものである事ぐらいは分るらしい。



「お父さん、産業経済省からの出向だから。所属は元のままで職場の場所が東京から鷹松市に変わったって事なのかな? よくわかんないけど・・・」



郷子のその言葉を聞いて賢太が驚いた様に大きな声を出した。



「産業経済省! それ、官僚とか言うんとちゃーうんか? バリバリのエリートやが! 一応どころでないやんか?」



顔をしかめた亜香梨が耳に両手の人指し指を突っ込むゼスチャーをしながら言った。



「もおっ! いきなりアホみたいにおっきな声出さんとってよ! 

職員室に聞こえたらおんかれるで。(おこられるよ。)

あんた、また高田先生うさちゃんに吊るし上げられたいんな。


・・・ほんだら(そうしたら)浦島さんは誰と家に住んどん? お母さんと二人で住んどるん?」


「ううん、お母さんと父さんは随分前に離婚しちゃったから・・・

今はね、タキさん・・アラフィフの家政婦さんなんだけど・・その人と一緒に生活しているの。とっても料理が上手で優しいおばちゃんだよ。」



郷子がそう答えると他の子供達は黙り込んでしまった。


今日の日本において離婚率は結構高い。

何故なら男女比に偏りがあるせいで一人の男性と複数の女性の事実婚という形を取ることが当たり前になっているからだ。


そのため婚姻数自体が減少しており必然的に婚姻数全体における一件の離婚が占める割合は高くなる傾向があった。


先進国は精霊鉱スプルトニウムの使用率が高いためか発展途上国に比べて男女数の偏りが大きい。

その中でも日本は重婚と言う制度を法的に認めていない数少ない国である。

そのことがそうした状況に拍車をかけているという指摘もある。


それらの事から数字上で見る限りは社会現象としての離婚はそう珍しいものでは無かった。


しかしこの島のような過疎の地域では離婚はかなり稀有な事柄だ。両親が離婚したという郷子の状況は亜香梨達にしてみれば触れてはいけない部分にうっかり踏み込んでしまったような気にさせられるものだったのである。


突然に生じた沈黙は自分の発言が引き起こした物であるらしいことに気付いた郷子は慌てて話題を別の物に振り替えた。



「あ、あの桃太郎のお話のローカル設定の事なんだけど・・あたしも何か役が欲しいな。 何か振り当てて貰えない・・かな?」



玄狼は牛乳を飲むのをやめて聞き返した。



「えっ 浦島さんを・・・桃太郎の話の中に?」


「うん、玄狼さんだって途中から入ったんでしょ。あたしも何処かに入れてよ。」



それを聞いた賢太が眉根に皺を寄せて宙を睨みながら言った。



「ウーン? お供の役はみんなふさがってしもとるしの。

お、そうじゃ! 

乙姫なんかはどうど?(どうだ?) 浦島さんの雰囲気にピッタリじゃが!」


「以前からアホじゃとは思とったきんどやっぱりそうじゃったんやな。

乙姫言うたら、そら、浦島太郎の話やろがな?

なんぼ名前が浦島さんじゃきんゆうてもそこをごっちゃにしてどうすんよ。」



亜香梨が細めた横目で冷たく賢太を見ながら呆れたように言った。



「誰がアホど! ほんならお前が雉をやめて代わってあげたらええんじゃ。お前は桃太郎の婆さんにでもなったらええが。」


「自分が猿をやめてお爺さんになったらどうなん? それか鬼に喰われた村人とかでもなんちゃかまんきんど。(まったくかまわないけれど。)」


「二人とも、もうええやろ。喧嘩すんやめなや。ほんまに高田先生うさちゃん帰って来るど。

おじいさん、おばあさんは最初と最後に顔を出すだけであんまり意味のないキャラクターやしそんなん要らんやん。」


団児がヤレヤレと言った様子で止めに入った。亜香梨と賢太は互いに無言で睨み合ったままである。



「ほれやったら・・ (それだったら・・)」



突如、志津果が口を開いた。



「鬼の役はどうなん?」


「鬼? 鬼っちゃ、桃太郎に退治される敵役やで!

そんなんに浦島さんを振り当てるんか?」


「そや、そらちょっと酷過ぎるわ。浦島さんが可哀相やで。」



賢太と団児が口をそろえたように反対した。しかし志津果は無表情な顔と抑揚のない声で淡々と言った。



「鬼ってまだ誰もなっとらんやろ。ほんだけん丁度ええんとちがうん。鬼が居らんかったらお話も成り立たんし、いっちゃん大事な役どころやろ。


それに雑魚モブの鬼とちごて鬼の総大将ラスボスやったら面白っしょいん違う?」


「鬼の総大将ラスボスって・・・? 名前なんかあったんかな?」



玄狼がそう訊ねると亜香梨が少し言い難そうに喋りだした。



奥城島ここの伝説には鬼は只の敵役で出てくるだけやきん名前は無いな。ほんだけど鬼ヶ島の伝説いうんは奥城島ここだけやなしに日本各地にあるんよ。


実は瀬戸内海の向こう側の岡山県にも鬼城山ゆうとこがあってな。

そこには昔、温羅うらっちゅう名前の大鬼が住んどったんやて。

それに偶然やけど温羅うら浦島うらしま、ちょっと被っとるわな・・・」



亜香梨の話を聞いていた郷子が嬉しそうに声を上げた。



「うん、それでいい! あたしその温羅がいいわ。

強そうだし、物語の重要人物・・・違った、鬼だね・・だし、名前も似てるしあたしにぴったりじゃない!

志津果さん、いい役柄を考えてくれてどうもありがとう! 亜香梨さんもね!」



郷子に礼を言われた志津果は戸惑ったように応えた。



「いや・・別に礼を言われるこっちゃないけんど・・・ あんたがそれでかまんのやったら・・

独りだけ敵側の役になるけどほんまにかまんのな?」


「うん。だって六年生だけのローカル設定なんでしょ。つまり異界のアナザストリーってことじゃん。

それだったら桃太郎とその仲間にやられてしまうんじゃなくてお供の犬を引き抜いて仲間にして桃太郎のライバルになって、という展開も出来るわけだし。」


「い、いや、なんで引き抜くんが犬一択なん? 猿でも雉でもええんじゃないん?」


「えー、でもあたし犬好きだから。猿とか雉ってあんまり馴染みがないから抵抗があって・・・」


うちやったって猿とか雉に馴染みやないわ。いや、ある人っておるんかいな?

それやったら猿と犬を同時に引き抜くとかは考えんの? 犬だけ引き抜くんとか戦略的に考えたら中途半端ちゃうん?」


「うーん、いままで敵だった存在を一遍に複数身の回りに置くのはちょっと危険過ぎる気がするの。

それにほら、犬と猿って仲悪いって言うじゃない? 犬猿の仲って呼ぶのかな?

だからしばらくは仲間は玄狼さんだけでいいかなって。」


「いや、温羅さん。もう現実世界の個人名くろうが出てしまっとるんですけんど・・・」



結局、桃太郎のローカル設定における郷子の位置は鬼の総大将ラスボス、温羅という事で落ち着くことになった。

しかし桃太郎しずかを裏切って温羅さとこに寝返る事をそそのかされるお供の犬(くろう)が果たしてどういう運命を辿るのか? という事は未だ誰にもわからない。


彼らは末永く幸せに暮らしました、めでたし、めでたし・・とは到底、行かないのではないか・・・けんたと あかりと ダンゴ(だんじ)はそれぞれそう感じていたのだった。






作品を読んで頂きまして誠に有難う御座います。


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