アセる偽彼女、イキる不良共を走らす(1)
亜香梨と志津果の前に現れた男女達は全員、十代半ばから後半の年頃に見えた。いずれも品行方正なタイプには思えない崩れた感じのする連中だった。
「ワザワザ、こなん人気の無い場所に飛び込んでくれるっちゃ有難い事やが。お陰で手間が省けて助かったがい。」
先程、ナンパを掛けて来た二人組の内の一人がそう言いながら近寄って来る。二人の少女は反射的に反対方向へ駆けだそうとしたがそちらからも数人の人影がばらばらと走り寄って来るのが見えた。
今や、少女達は完全に前後を挟まれた形となってしまった。
「サユリは来とらんのか?」
ヤンキーっぽい二人組のもう一人が路地の反対側から来た連中にそう訊いた。
「あー、もうすぐ来ると思います。」
ざらついた髪をくすんだ金髪に染めた痩せた少女がそう答えた。
『 ほんならサユリが来てからにするか 』 と答えてそいつはカラーシャツのポケットをまさぐると煙草を取り出して火をつけた。
それが合図となったかのように他の連中も同様に煙草に火をつけて吸い始めた。
忽ち、いがらっぽい白い煙が路地裏の饐えた匂いと混じり合って独特の不快な臭気が充満し始める。
志津果は呆れたようにそれを見ていた。
まだ少年少女と言って差し支えない男女がいっぱしの大人を気取って喫煙する様は異様であり滑稽であった。
「ウチらに何か用があるんですか?」
状況から考えて先程の衣料品店の中でのあれは単なるナンパではなかったらしいと気付いた彼女はそう訊ねた。すると最初に煙草を吸い始めた少年が険のある目付きで少し意外そうに彼女を見た。
周りは錆びかけたシャッターと古びたコンクリートの壁に左右を囲まれた幅二メートル足らずの寂れた路地裏だ。そこに約十名程の不良じみた少年少女達が制服姿の少女二人を追い詰めるようにたむろしている。
通常であれば向こう気の強い男子中学生でも震え上がってまともに喋ることさえ出来ない状況の筈であろう。
ところが今しがた自分達に訊ねかけた少女の声にはそうした脅えや不安、焦燥と言ったものが全く感じられなかった。まるで通りですれ違う人に道を訊ねるような淡々とした口調だった。彼はそこに奇妙な違和感を覚えたが大して気にも留めず手慣れた脅し文句を並べ始めた。
「せっかくぅぅぅ、人が話しかけとんのにいぃぃ、無視しておらんようになってしまうんはいかんやろがいぃぃぃぃ! 目上の人に対して失礼やと思わんかぁぁ?
エェッ、コッラァァ、お嬢ちゃんよぉぉ!」
そして目元と口元を斜めに捻りあげたような野卑な表情で少女達を睨め付けた。造ったダミ声で相手を怒鳴りつけながら抑揚をつけた語尾の発声に巻き舌を絡ませる所謂、オラオラ系の威嚇であった。
少女達が何も言わずに黙っていると今度は普通の口調で語り出した。
「用はちゃんとあるんや。わっしゃ(俺達)の仲間になってちょっと小遣い稼ぎに協力してほしいんじゃがい。夕方過ぎに飲み屋通りをブラブラしとる助平親父どもを誑し込んでわっしゃの前に連れてきてくれたらええんじゃ。
そんだけしてくれたら旨い飯も可愛い服も何でも買うちゃるで!
あー、ほんで時たま、わしら男連中とデートしてくれたら言う事無いわ。いうても男は少ししかおらんけん大した手間やないけどの・・・あっ、兄貴達も入れたらそうでもないか? ヒャハハハ。」
どうやら彼らは単なる悪ガキの集団ではなくオヤジ狩りを常習とする質の悪い学齢期の犯罪グループらしかった。裏では更に剣呑なヤバい連中とつながりがあるのかもしれない。
『こら、あの時と同じ状況やな・・なんでこんなんばっかり・・・』
志津果は以前に ” 蛇悪暴威主” に捕まった時の事を思い出して嫌な気持ちになった。滅入った気分を振り払う様に周りをぐるりと見渡す。
路地は完全に塞がれていて逃げ場はない。集団は三分の一が男子で後は女子だ。
確かに ” 蛇悪暴威主” の時よりも数は多いが決定的に違うのはグループを率いていた印藤 征道のような得体の知れない不気味さを持った存在はいない事だった。
そしてあの頃と今では己の戦闘能力に各段の差がある。唯一の気掛りは亜香梨の存在だ。彼女を傷付けることなく守ろうとすればこの不良共をかなり手荒に痛めつける必要があるだろう。それこそ瞬時に、斟酌なく、冷酷に、そして・・・・冷静に。
志津果は四番目こそが厄介でありかつ重要であることを以前の経験で知っていた。
あの時、玄狼は仲間を傷つけられた怒りで暴走しかけていた。
感情に任せて少年の一人の舌を引き裂いてしまったのがその証拠だろう。
※ 第30話【 嘘と盗みの断罪 】参照
もしあの時、相手の少年達が一人でも死亡していたなら事件は警察沙汰となって世間に露見し恐ろしく不味い事態になっていたかもしれない。
志津果はカッとなった己を押さえる自信が無かった。そこで無駄だとは思いながら一応、リーダー格らしい男子に訊ねてみる事にした。
「女の子やったら後ろにようけおるやん。その子らに頼んだら?」
「それが出来るんやったらやっとるわ。こいつらになんぼ可愛い恰好させてもいかんのやて。見た目はともかく直ぐに地がでてしまいよるけん。ほんで自分らみたいな清純そうで綺麗な子が要るっちゅうわけじゃ。」
「アホらし・・・うッちゃ(私たちが)がそなん事するわけないやん。」
「まぁ、そう言うとは思とったけどな。ほんだら少々、恥ずかしい思いをしてもらわなならんで。今から此処でお前らを裸に剥いて写真や動画を取らしてもらう。
もし親や先生に言うたらそれが学校中にバラまかれることになるんぞ。」
志津果は ” 蛇悪暴威主” が彼女に仕掛けようとしたそれとあまりにも似通った卑劣な手口に心底呆れていた。逆に言えばその卑劣さこそがそれを持たない者に対して有効であることの証だとも言えよう。リーダーは彼女の抱いた冷たい軽蔑など知る由もなく話し続ける。
「まぁ、お前らが大人しいにわしらのゆうこと聞いて騒ぎ立てんかったら何ちゃでないこっちゃ。それどころか旨いもん食えてけっこな(綺麗な)服も買えて楽しに遊べるぞ。結構なことじゃろが。
さ、ほんならボチボチはじめよか。ちょっとこっち来いや。」
リーダーは志津果に近づいて右手でその白い左手首をむんずと掴むと彼女の身体をドンと薄汚れたコンクリートの壁に向けて突き飛ばした。
そして身体を覆い被さるように押し付けながら顔を近づけて少女の顔を覗き込む。
見れば見る程、綺麗な少女であった。ベリーショートとミディアムショートの中間ぐらいの艶のある黒髪に映える白磁の肌、少し吊り上がり気味の涼し気な目元と筋の通った形良い鼻、キュッと結ばれた細い薄桜色の唇、それらが一体となって柔らかな少女らしさと凛とした清冽さが入り混じった美しさを造り上げていた。
今からこの少女を素っ裸に剥いてその清楚な制服の下に隠された全てを己が眼に収めることが出来るのだと思うと少年は下卑た笑いがこみ上げてくるのを押さえることが出来なかった。
その時、少女の眼が不意に少年の顔を見た。何の動揺も焦りもないただ美しく澄んだ冷たい眼だった。そして驚いたことに少女は薄く笑った。
彼はその笑いの意味が分からなかったが何故か背筋にぞくりとするものを感じた。
次の瞬間、ゴンッという鈍く重い音が響いた。リーダーの少年は左のこめかみに頭蓋が砕けるような衝撃を受けてそのまま昏倒した。
― ― ― ― ― ― ― ― ―
亜香梨はリーダー格の少年が志津果の身体を無理やり壁に押し付けて迫りながら突然、頽れたその一部始終をすぐ横で見ていた。
少年の側頭部を襲ったのは志津果の蹴りだった。ほっそりと引き締まった筋肉質の真っ白な太腿がスカ-トを跳ね上げながら露わになった。太腿の更に奥へと続く仄暗い極秘領域から薄桃色の小さな布地をチラリと覗かせながら白いスニーカーが弧を描いて宙を走った。
それは只の蹴りではなかった。
胸に密着するほど膝を突き上げてそこから膝下の下腿部分だけが扇が開く様に弧を描きながら敵を撃つアクロバットな蹴りだった。
そして撃ち付けられたのは 踝 であった。
それは格闘技の世界でコークスクリューキックと呼ばれる蹴り技だった。普通の回し蹴りとは違い股間や鳩尾といった己の急所を相手に晒すことなく最小限の軌道で撃ち当てることが可能な蹴りである。
志津果の蹴りは更にそれを至近距離から放てるように工夫したものだ。あらゆる方向に柔軟性を高めた膝関節と股関節を捻る様に動かして相手を蹴るものだった。
その時、固く飛び出た踝を内側へと捻じ向けて当てることで破壊力はより甚大なものとなる。だがそれはヨガの行者か軽業師の様な極度の柔軟性を要求される高難度の蹴りであった。
口付けを交わすかのような至近距離からまさか足技が来るとは誰も思わない。リーダーは何が起こったのか訳が分からないまま倒れた事だろう。
周りの不良達はしばらくの間、ポカンとしていたが自分達のリーダーが倒されたことを理解した途端、意気って怒声を上げた。
「おどれ、何すんじゃコラァ! このクソボケが!」
「雌ガキのくせにふざけとんか! しばき回っそ、こらぁ!」
「中坊の小娘がなんしょんな! うちらを舐めとったら堪えんでぇ!」
近くに居た数人の男女が口々に叫びながら四方から志津果に掴みかかった。だが彼らの内に少女の身体に触れることが出来た者は誰もいなかった。彼女の身体は彼らの頭の遥か高みに在った。そしてまだ微かに青臭さの残る白い大腿部の最奥を薄桃色の下着と共に惜しげもなく晒しながらふわりと地面に降り立った。
志津果が水鳥が羽を広げたかのようにスカートを翻して着地したのとほぼ同時にピンク色のメッシュを入れた女子と金髪モヒカン頭の男子が糸の切れたマリオネットの如く地面にぐにゃりと突っ伏した。
助走なしで人の頭上を飛び越えざまに左右の足で頭部目掛けて蹴りを放つという人間離れした荒技を目の当たりにして残りの不良達も迂闊には動けなくなった。
例え走り高跳びの金メダリストでも不可能ではないかと思える理不尽なまでの跳躍力に度肝を抜かれた彼等が眼をつけたのは亜香梨だった。
「先にそっちの女をやってしもたろで!」
そう叫んで数人の女が今度は亜香梨ににじり寄ろうとした時だった。
バリバリ…バリッ…バリィィィッ!
無数に枝分かれした蒼白い稲妻が凄まじい音を響かせて宙を迸りながら亜香梨と女達を分断した。火花放電が描く樹木の枝模様に似たリヒテンベルグ図形と放電音、そして生臭いオゾンの匂いが辺りに立ち込める。
「ヒィッ!」
「キャァァッ!」
ヤンキー娘達が悲鳴を上げて硬直する。恐怖に引き攣った顔で彼女達が向ける視線の先には志津果の姿があった。
彼女の手には奇態な形状をした器具が握られていた。それは大きく湾曲した三本歯のフォークが両端に付いた平べったい棒のようなものだった。
中心となる握りの部分には精緻な紋様が施されており蒼みがかった金色をした金属で出来ているように見える。
その丸く尖った三本の歯の先端部分を繫ぐように蒼白く細い閃光が不定形に揺らめきながらジジッ、ジジッという凶々しい音を立てていた。
「あれは何な!? 火花が飛んびょるで!」
「あらぁ、(あれは)スタンガンと違うんかいな? ジジーッて火花が出よるとこがちょっと似とるけんど・・・」
「スタンガンからあなん雷みたいな光線が出るんか!? そんなん見たことも聞いたこともないで!」
ヤンキー集団は二人の少女を遠巻きに囲みながら口々に脅えた声で囁き合った。
志津果はその奇怪な金属体を右手で空へと掲げながら彼らに厳しい声で言った。
「その子に指一本でも触れたらおとろしい仏罰が当たるで!
この金剛杵から出る雷で体を焼かれとなかったらジッとしとき!」
彼女がそう告げる前に不良集団の中の数人が懐やズボンの後ろポケットから既に刃物を取り出し始めていた。
バタフライナイフや飛び出しナイフが狭い路地裏に差し込む薄い陽光を受けて鈍く光る。中にはヤクザ達が持つ匕首らしきものを取り出した者もいた。
十八歳にも満たぬ悪ガキ共とは言えこれだけの刃物を持った人数に取り囲まれれば大人でも恐怖にしり込みしたくなるだろう。ところが金剛杵とやらを構えた少女は不敵にもうっすらと笑いながら警告した。
「姉さん等、アホ違うん? 刃物やら取り出したら余計に危のうなるだけやん。
雷って金属に引かれる事ぐらい知っとるやろ?
ほら、こんな風に・・・・・」
志津果は金剛杵を路地裏の隅に転がっている空き缶に向けた。
その瞬間、丸く尖った三つの刃先から青白い不定形な閃光が迸ってそれに命中した。
忽ち空き缶は激しく火花を発すると青い焔となって燃え上がった。一瞬にして千℃を超える温度にまで加熱された内部の空気が急激に膨張して破裂する。
バリバリ…バリッ… バァーーーンッ!!!
爆音と爆風に驚いた何人かがのけぞって倒れた。破裂した空き缶の一部が当たったのか額を押さえている者もいる。
「これでよう分かった? なんぼ私が狙いを外して撃ったところで雷光の方が刃物に引っ張られよんはどうしようもないけん。
おまけに私の念能はまだ修行中で不完全やきん制御が利かんきんな。行き過ぎて火花放電がアーク放電とかになったら何千℃とかになっりょるらしいで。
お日様の表面近い温度になるかもしれんて聞いたわ。」
亜香梨は志津果の警告を少し離れた位置で聞きながらハァッ?と思った。
第二次性徴を迎えた自分達の身体は大人の女性へと向けて大きく変化し始めている。そして性ホルモンの影響によって男女ともに念能力もこの時期に著しく成長するのは既に世の中に周知の事実となっている。
だから成長期に入った志津果の念能力が強くなったのは事実だろう。例えハッタリ半分であったとしても彼女の警告が無視できないものであることは間違いない。
だが・・・・・
『あれが志津果の言うとった法具に違いないわ。
やっぱ碌なもんでないやん!
そやけどそなん危険な代物を
こなんニトログリセリンみたいな狂暴娘
に何で渡してしもとん?
金剛杵かなんか知らんけど
下手したら死人が出てしまうがな!』
先程の志津果の警告パフォーマンスが効いたのか現在、自分達とヤンキー共の喧嘩は膠着状態だ。
だがもし彼女の警告を単なるハッタリだと思った奴がいたらどうなるか?
数を頼りに自分達に手を出してくれば?
そうなった時、ちょっとした衝撃で爆発してしまうニトログリセリンの原液みたいな友人が何をしでかすか予測ができない。
そしてその火種になりそうなのが自分であることに亜香梨は強い焦燥を感じ始めた。
このままでは不味い。だがどうすれば?
その時、不良達の後ろから列を割って一人の女が前に出て来た。
「一体どよんしたんな、これは?」
「アッ、サユリさん・・・・・・」
※ 長くなったので二部に分けます。




