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瀬戸内少年鵺弓譚  作者: 暗光
美しき転入生
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難解な方程式

来て頂きまして誠に有難う御座います。是非、作品を読んで頂きますようお願い致します。



※ 注意 

この作品はフィクションです。実在の人物や地名、団体などとは関係ありません。


どうにか授業開始の十分ほど前に学校に着いた玄狼と郷子は担任教師の高田先生の所に行った。高田先生は玄狼に遅れる事一ヶ月ほどでこの城山小学校にやって来た女の先生だ。

当時の担任であった女性教師が出産の為に休暇を取ることになりその代用教員として本土から派遣されてきたのである。


百五十センチ少々の小柄な体に丸い顔とクリッとした優し気な眼をした愛嬌溢れる雰囲気を持った女性だ。名前が宇紗美だったことからうさちゃん先生と呼ばれて親しまれている。


ちなみに余談ではあるがこの島には城が付く地名や苗字が多く在る。島自体が奥城島だし志津果の家は城岩寺、そして小学校も城山小学校ときている。


昔、この島には鬼達が住む城があって近くの海を通る舟を襲っては人々を苦しめていたという。やがて鬼達は退治され城は壊されたが城がつく地名が多いのはその名残りだと言われている。


ところで臨時講師としてやって来た筈の高田先生はどう言う訳かそのまま正式な担任教師として赴任する事になり島に住む事となった。


講師であった者が赴任してすぐに担任を任されると言うのは随分に稀である。

島と言う不便な環境であるが故に赴任を希望する教員が滅多にいないのがそうなった理由であるのだろうが異例の人事であった事は間違いなかった。

尤もそんな大人社会の事情は玄狼達、子供にとっては関係ない話であったが・・・



「はい、皆さん、お早う御座います! 連休中はちゃんと勉強しましたか? 遊び過ぎて進級してからなろた事をみんな忘れてしもた言う人はおらんやろな?」



高田先生がみんなの前で朝の挨拶をしていた。聞いているのは六年生と五年生を合わせた総勢十四人の生徒達だ。


この小学校では生徒数の少なさから一年生と二年生以外は二学年ずつの複式学級で授業を進めている。勿論、授業内容は学年ごとに分かれるが指導教師、教室、時間は同じとなる。


郷子は校長先生から事前説明を受ける事になった。終わり次第、教室に来る事になっている。事前説明といっても女子トイレの位置とか下級生への接し方とか緊急避難の際の非常口の場所とかといった簡単なものだ。

本人以外の承認を必要とするような重要な話は保護者を交えて数日前に終わっている。


木地谷 亜香梨(きじやあかり)が右隣の志津果に小さな声でそっと訊いた。



「なぁ、志津果。転入生てどんな子なん? 男子、女子どっち?」


「女子や。」



志津果がぶっきらぼうに短く答えた。

こっそり耳を澄ませていた門城 賢太(かどしろけんた)古志野 団児(こしのだんじ)がそれを聞いて小さくガッツポーズをした。


それを呆れた様な眼で冷ややかに見詰める亜香梨をよそに賢太は後ろの席から志津果を覗き込む様にして訊ねた。



「ほんで、顔はどんなんや? 

けっこいんか? ブスか? (綺麗か? ブスか?) 性格は良さそうやったか?」


「そんなん自分で見てみたら。どうしても知りたいんやったら玄狼に訊いたらええやん。えらい気に入られとるようやったし・・・」



志津果のそっけない対応に些か鼻白んだ様子の賢太だったが今度は左隣の玄狼に訊ねてくる。



「なぁ、玄狼、どっちかっせや?(教えろよ?) 可愛いんか? それともこれか?」



賢太は左手の指二本で両の下(まぶた)を引き下げ、右手の中指で鼻の頭を突き上げた珍妙な顔で訊いた。

玄狼は思わず吹き出しそうになるのを堪えながら答えた。


「賢太のストライクゾーンが余程片寄っとらへん限り充分過ぎる位、可愛いんちゃう? 多分。」


「ほんまか! 背は高いんか、チビか?」


「ああ、そら高いな。賢太ぐらいはあると思うで。ひょっとするとまだ高いんちゃう?」


「おお、そらモデルみたいやのぉー。ごっつ、ええがい!(すごくいいぞ!)

 ほんで性格は良さげか?」


「会うたばっかりやし、性格まではようわからんけんど・・優しとこはあるんちゃうかな。ちょっと変わっとるとこもあるきんど。(あるけれど。)」


「優してどんな風に優しんや?」


「ウーン、例えば鬼みたいに凶暴な奴にくらされた時、痛む所をさすってくれたりするとっかな。(とこかな)」


「なっ! そなん事があったんか!?」


「だから、例えばやが、例えば! 多分そうと違うんかな言う話やが。」



そう言いながら玄狼は志津果の方を見た。途端に彼女はツンとそっぽを向いた。

それを見た亜香梨が何かに気付いたように後ろの玄狼を見てクスッと笑った。



賢太は更にグッと身を寄せて来ると玄狼の耳元で小さく囁いた。



「ほんでじゃ、肝心のあの部分のふくらみはどうやったんぞ?

デカいんか? こんまいんか?」



玄狼はどう答えるべきか迷った。賢太の言う《《あの部分》》が何処を指しているのかは彼の開いた鼻の穴やだらしなく緩みかけた口元を見れば一目瞭然である。

正直に分かり易く答えてやるのであれば


亜香梨 > 郷子 > 志津果 ≧ ゼロ


と言った不等式になるのだが万が一それを亜香梨と志津果のどちらかに聞かれでもしようものなら目も当てられない状況になるのは分り切っていた。


スケベ、えっち、変態の定番蔑称は当然のこと、セクハラ野郎、エロガキ、変質者、ストーカー等といった事実無根の称号まで得る事になってしまうだろう。


賢太はこれがほんまに小学生の眼か? おっさんの眼と違うんか?

と疑いたくなるよう様な熱く濁った眼で彼の言葉を待っている。

悩んだ末に玄狼は仕方なく口を開いた。



「まあ分り易く言えば 志津果以上、亜香梨未満 ちゅうとこやな。

ほんだけど身長とのバランス考えたら胸の方やったってまだ大きなるやろ。

つまりこれからの成長に期待ちゅうことやな。」


「なんと! 朝、会うてから僅か小一時間の間にそこまで見抜くとは・・

さすが、若や。これからも着いて行きますきん宜しくお願いします。

ハハ、こら実物見るんが楽しみになって来たがい。」


「いや、そんなんついてこられても気持ち悪いだけやけんやめて!

大体、俺に着いて行く言うても俺にはお前の背中しか見えとらへんぞ。

お前の方がだいぶ先に行っとるがい。


それにお前、ひょっとして俺の事を()()()()と間違えとらへんか?」



その時、教壇の上から厳しい叱咤の声が舞い落ちた。



「玄狼君、賢太君! あんたらさっきから何コソコソはなっしょん!

 ちょっと前に出て来てご!」



見れば高田先生がそのまぁるい頬っぺたを更に膨らませてこっちを睨んでいた。



― ― ― ― ― ― ― ― ―



” 最悪だ ” と玄狼は思った。

今、彼は賢太と共に教壇の前に立たされて高田先生のお叱りを受けていた。下級生である五年生の男女から向けられる好奇の目とクスクスという忍び笑いが肌身に痛い。



「で、何を話しとったん? 玄狼君、言うてみてご。」


「えっ 俺? い、いや何も話してませんけど。」


「嘘、言わんの! 賢太君とコソコソ何かしゃん話とったやない!」


「あ、あれは賢太が僕に訊いてきただけで何言いよんか聞こえんかったけん聞き返しただけです。」


「ほんまな? ほんなら賢太君、何を話しょったんか言いなさい。」



玄狼は横目で賢太の方を見ながら心の中で語り掛けた。


『よし、賢太、脱出の為の突破口は開いてやったぞ。後はお前が適当な話題を考えて先生に言えばそれで一件落着やが。

話を聞かんな言うて(話を聞けと言って)怒られたって内容までは追及されへんはっじゃ。(はずだ。)

ほら、ゲームでもアニメでもかまへんきに早よなんぞ言え! ほんだけど勉強だけは嘘丸わかりやからやめとけや。 さぁ、後は頼んだきんな。』


玄狼が賢太を見ると彼は軽く頷いた様に見えた。やっぱり分かってくれたんかと彼が安心したその直後であった。

賢太がとんでもない事を言い出したのは・・・



「玄狼が転入生の子が物凄ものすご可愛いらして痛い所があったらさすってくれそうな気がする優しい子や言よったんで詳しく聞きよったんです。」


「詳しく聞いたて・・・何を聞いたんな?」


「エッ、それは、その、あの・・・い、いや、どん位なんかな思て。」



玄狼は一瞬時が止まったような気がした。


『い、いかん! 賢太こいつは人前でおんかれると(怒られると)と緊張してパニックになる癖があるんやったん忘れとったが!

耐えろ、賢太! 耐えてくれ! 頼むけんパニックにならんとってくれ!』 


しかし彼の願いも空しく高田先生の無情な追及は続いた。



「どん位て? 何が?」


「いや、何がて、その、何や・・・と、とにかく志津果と亜香梨の中間位やゆうて・・これからの成長に期待しょうかゆう事で(期待しようか言う事で)、玄狼がそう言うて・・・」



玄狼の心臓は凍り付いた! 同時に脳も正常な思考を止めた。 



『もういかん! もうお終いじゃ! 

賢太こいつはクソホッコ(クソ馬鹿)じゃ! コイツこそ()()()()やが! 


もうこうなったらしゃあない。なんぞ騒ぎを起こっしゃげて(起こし上げて)この場を引っ掻き回しまくってうやむやにするしかないぞ・・・式神の一つでも呼び出して実体化させちゃろうか?』



突き付けられた難解な方程式に追い詰められたくろうの思考が大きく間違ったとんでもない解を導き出そうとしていたその時、トントンと教室の扉が叩かれた。


一呼吸おいて扉がス-ッと開かれるとスラリと背の高いハッと眼が覚めるような美しい少女が滑る様な足取りで入室してきた。


転入生の浦島 郷子(うらしま さとこ)だった。


作品を読んで頂きまして誠に有難う御座います。


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