母の友人
秋の日の澄んだ日差しとひんやりとした穏やかな海風を頬に受けながら玄狼はふぅっと小さく息を吐いた。
金曜の夕方は賢太の家で楽しく過ごした後、家に帰った。のんびりとした土日の休みはあっという間に過ぎ去って今日は月曜日、既に授業も終わって今、帰り道の途中である。
「一昨昨日はゲームで盛り上がったんやて。休み時間に団児がそう言うとったけど。」
志津果がそう話しかけて来た。玄狼はうんと頷くと答えた。
「ああ、三人で集まるのは久しぶりやったけんな。佳純ちゃんも入れて四人でやったきん、そら賑やかやったわ。」
「誰が勝ったん?」
「いや、誰が勝ったいうんやなしに皆でパーティー組んでダンジョンや荒野を魔物を倒しながら進むタイプのゲームなんや。
四人までやったらマルチプレイが可能やからそれぞれが好きなキャラクターを選んで協力して戦いながらスキルやアイテムをゲットできるシステムになっとんや。」
「好きなキャラクターか? 全員、好き勝手にキャラクターを選んだわけ?」
「賢太が【戦士】で団児が【僧侶】〗、ほんで佳純ちゃんは【魔術師】やったかな?、確か・・・」
「フーン、何かそれぞれのイメージに合うとるな。で、あんたは何を選んだん?」
「俺か、俺は【死霊使い】を選んだんやけどな。式神を使役するのと骸骨軍団を操るのとがちょっと似とる気がして。」
すると今度は郷子が訊いて来た。
「それ、なんてゲームなの?」
「 Lord of Evil っていうヤツ。
ハクスラRPGの中では結構、老舗のゲームで今は Lord of Evil Ⅲ になっとんや。
俺らがやったんはその拡張パックの最新版のヤツさ。」
三人は今、通学路である島の東側の海岸通りを歩いて帰っているところだった。何やかやで三人そろって帰るのは久しぶりな気がする。
「面白いの、それ?」
「ああ、面白い! ゴチャゴチャ考えんと只、敵を倒して倒して倒しまくる!
コントローラーが壊れれるんやないか思うくらい打って打って打ちまくる!
ほんで落ちて来るアイテムと金をゲットしまくる!
なんもかも忘れてスカッとするわ!」
「へぇ・・何かまくってばかりだけど面白いんだ? じゃ、あたしもやってみようかな? 玄狼さん、そのゲーム持ってるんだったら今度あたしに教えてよ。」
「え、あ・・ああ、そらかまんけど郷子、ゲームやらやったりするんか? 」
「ハクスラてっのはあんまりやったことないけどゲームは結構好きだよ。」
郷子の思いもよらぬ申し出に一瞬、戸惑った玄狼だったが直ぐにこれはチャンスだと思い至った。休みの朝は理子の指導による鵺弓の修業がある。それを終えた後は思いっ切りゲームを楽しみたいのだがいつもそこに母の厳しい時間制限がかかるのだった。
〈 そうか! 郷子が来て一緒にゲームするって言ったら母さんもあんまり時間の事をやかましく言わんかもな。 こらチャンスやが! 〉
「そうなん? それやったら今度の休みにウチに来るか?」
「え、いいの? うん、分かった。じゃ、今度の土曜か日曜のどちらかに行くわ。
どっちがいい?」
「おう、どっちでもかまわ・・・って、ごめん! 今週の土日はちょっと都合が悪て無理じゃ。しもた、完全に忘れとった・・・・ちぇっ。」
玄狼はこの土日に母からある重要な用事を言いつけられていた事を思い出した。それは彼自身にとっても初めての経験であり大切な用事であった。
時間制限なしでゲームが出来る期待感に喜んでいたのもつかの間、失念していた用事の間の悪さに思わず舌打ちが出る。
すると郷子が再び訊ねてきた
「別に急ぐ事じゃないからかまわないけど・・・何か用事でもあるの?」
「ああ、例の海坊主の調伏の件でな、人が来ることになって・・・」
彼がそう答えると今度は志津果から質問された。
「海坊主の件で人が来る? 誰が何しに来るん? 玄狼が何か関係あるん?」
「ああ、母さんは船酔いに慣れていないから調伏は無理や言う事で知り合いの祓い師に助っ人を頼んだらしい。
ほんで俺もそのお祓いに同行する事になったんや。将来、鵺弓師になるための実務経験を得るのに丁度ええ機会やいうことで・・・
それがよりによってこの土日なわけ。金曜日の夜から土曜の明け方までに運よくその海妖に出くわして調伏できたら土曜以降は空くんやけど・・・ま、そなん上手い事はいかんやろしな。」
「玄狼さん、魚船に乗ったことあるの? 船酔いは大丈夫?」
「この島の子になってからは船に乗る機会はなんぼでもあったよ。賢太のお父さんの船にも何度か乗せてもろたりしたから。
不思議と全然、大丈夫やってな。きっと三半規管が鈍いんかもな?」
郷子の問い掛けに応えたら今度は志津果が興味深そうな表情で聞いてくる。
「その助っ人の祓い師さんてどんな人なん? 理子さんが代理を頼むちゅうことは相当の通力を持っとんやろな。」
「ああ、母さんの話によると昔はお互い鎬を削ったライバルやったらしい。」
そう言った途端、郷子がその言葉に喰いついて来た。
「えっ、まさか! 百年に一人の天才鵺弓師と謂われたお母さんにそんなライバルがいたの? ねぇ、教えて、どんな人?」
お母さんと呼ぶと誰のお母さんかわからなくて混乱するからと何度言っても郷子は直そうとしない。近頃では馬鹿らしくなってもうそのままにしてある。
あれは《お母さん》やなしに《お義母さん》という意味と違う? などと亜香梨に陰で言われているのだが玄狼はそれを知らなかった。
「いや、それがな、実は俺もよう知らんのや。今度の金曜の夜に漁に出る船に一緒に乗ることになっとんやけどそれが初対面になるんじゃ。
母さんも何も言わんし・・・
ああ、名前はどうも ” べにこ ” らしいけどな。母さんが向こうに電話をかけて依頼をしよった時、受話器に向かって何度かそう呼んどったから。」
「・・・・・・」
「 ” べにこ ” ? ふーん、何とも昭和っぽい名前やな、それも昭和初期から中頃あたりにかけての・・・
何か口やかましそうな白髪交じりのオバハンみたいなイメージか湧いてくるんやけど。」
志津果はズケズケと遠慮なしにそんなことを言った。郷子は何か思う所があったのかどうか黙ったままだった。
「ほんでもええな、玄狼は・・・それって退魔業の実践をその眼で見れるちゅうことやん。ウチも一緒にその船に乗せてもらえんやろか?」
「阿保か、なんちゃええことあるか! この寒いのに夜通しギコギコ揺れる船の上で起きとかないかんのやぞ!
何処の小学生がそなんことするんじゃ。思いっきり、労働なんとか法やらなんちゃら福祉法に違反しとるんとちがうんか?」
「労働基準法と児童福祉法の事? まあ、玄狼さんにはお金払ってないから労働させていませんという理屈になるのかな?」
「余計に酷いやないか! お小遣いも貰えんのか? ここはホンマに法治国家か? 俺の奪われた休日と睡眠はどよんなるんじゃ! 」
「へぇ、玄狼、法治国家なんて難しい言葉、よう知っとったな。社会で習たっけ?
ま、家族でキャンプに行って親と一緒に薪集めたり炊飯したり夜遅くまで起きとっても誰にも文句言われへんやろ、それと同じ言う事やないん?
子供本人と親の間で了解が取れとる場合は法律の枠外ちゅうことになるんと違う?」
志津果の言葉に対して玄狼はそっぽを向いてボソッと言った。
「・・・あんまり取れとらんのやけどな、本人の了解は・・
まぁ、ええわ・・・今更、文句言うても遅いしな。
それと志津果、船に女はあんまり乗らせん方がええんやと。何でか昔から女性は船に乗らせんもんらしい、今回みたいな祓い師とかは別にしてな。
ほんだけん、同乗は無理やろと思うわ」
「チェッ・・・男女平等参画社会基本法に反しとるわ、そんなん。」
「お前の方が難しい言葉知っとるが! しかし・・よう覚えたの、そんな長いの。
志津果が四文字以上の言葉を覚えたなんて・・・今までにあったか?!」
「あるわ! ほんならウチは”日本国憲法”や”紅白歌合戦”や”地球温暖化”とか全部、言えんのな!」
「そうか? そう言うたらそうやな。
ほんでも一挙に限界文字数が二桁越えは凄いで。ひょっとして頭の中の筋肉、パンパンに張り詰めとん違うんか? 筋肉痛か頭痛かどっちか知らんけんど頭が痛いことないんか?」
「玄狼! あんたはぁ~~!」
玄狼の揶揄いに怒った志津果が彼目掛けて突進した。
「おおっと、ヒャーハッハー!」
彼は奇声じみた笑い声を上げながら帰り道を走り逃げる。足の速さでは志津果に勝てないがここから家まではもう近い。
それに志津果はランドセルの他に教材以外の小間物を入れる手提げ袋を下げている。対して自分はランドセルを背負っているだけで何も持っていない。その分、身軽だ。
だから家までの距離を考え合わせると捕まることなしに逃げ切れる自信があった。如何に脳筋暴力女の彼女でも家の中までは追ってこない筈だ。つまり神社の鳥居を潜ってしまえばこっちのものである。
そう判断して走り出した彼の後を志津果が追いかける。
「待てぇーーーーー!」
ハッ、決まり文句やの、そんなん言われて待つ奴おるんか? と鼻で笑いながら少年はピッチを上げた。
「イーヤッハーーーーーー!」
何処にでもある子供同士の追っかけ合いが始まった。
グングンと神社の鳥居が近づいてくる。同時に後ろからタッタッタッという地面を小刻みに蹴る志津果の足音が迫って来ていた。
案の定、手提げ袋が邪魔になって思う様に走れないのだろう。志津果がそれをグルグルと頭上に振り回しながら ” 待てぇ― ” と叫んでいる。
後、数メートルも走れば家の門ともいえる鳥居は眼の前だ。
〈 勝った! 〉
心の中でそう叫んで突っ走る玄狼の眼に鳥居をくぐって一個の黒い影がスッと出て来るのが見えた。
〈 ぶつかる! 〉
彼の身体が一瞬、何かに絡め捕られたかのように速度を落としたのと手提げ袋が志津果の手を離れて飛んだのがほとんど同時だった。
次の瞬間、ゴンッという鈍い衝撃を後頭部に受けて玄狼の身体は蹈鞴を踏みながらヘナヘナと崩れ落ちて地面に突っ伏した。
玄狼にとって有利だったはずの手提げ袋が逆に志津果の強力な武器となりうることを見抜けなかったことが彼の敗因であった。
ズキズキと痛む後頭部を擦りながら立ち上がった彼は少し朦朧とする意識を振り払うかのように頭を振った。そして志津果の追撃に備えて身構えたが予想に反して彼女はやって来なかった。
代わりにフワッとした陽だまりのような心地良さが彼の頭部を包み込んだ。いつの間のか彼の額と首筋に白く柔らかな左右の掌が添えられていた。
それは大きく温かい女性の手だった。手が添えられた部分から何かがゆっくりと浸透して来て何かが速やかに抜けていく、そんな感触があった。
「大丈夫? とっさの事だったので避け切れずに ” 力 ” を使って止めてしまったけど・・それが貴方に別の災難を招いたみたいね。」
デフロスターのスイッチを強に入れた車のフロントグラスの曇りの如く、スゥッと消えて行く痛みと覚醒してくる意識の狭間で彼は声の主を見た。
そこには大人の女性が立っていた。切れ長の眼と澄んだ黒い瞳が彼を見詰めていた。
肩口近くで切り揃えられた真っ直ぐの黒髪と細面の白い顔、母と同等のスラリとした長身に均整の取れた体付きをしている。
女性は清楚な感じの白いワンピースの上から上質な質感の青いブルゾンを羽織っていた。しっとりとした大人の女性の美しさがその全身を包み込んでいるように感じられた。
〈 物凄く綺麗な人やな・・・ 〉
母の理子と同年代の女性に対して玄狼がそんな風に感じたのは初めてであったかもしれない。その女性が先程、鳥居から出て来てぶつかりそうになった黒い影の人物であることは彼にもわかった。
ひょっとして母に神事の依頼か何かにやって来たお客さんだろうか?
妙な事に何故か女性の方も彼の姿に見とれているようだった。
「驚いた! 理子にそっくりな子ね・・・・まるで彼女を幼くしてそのまま男の子にしたみたいだわ。
ひょっとして貴方・・・水上玄狼君?」
女性が彼に意外な事を訊ねて来た。彼は驚きながらも答えた。
「はい、そうですけど・・・・何故、それを?」
女性は薄く口紅を差した艶やかな唇をクィッと大胆に曲げて微笑むと
少し低めの澄んだ声で
「私は貴方のお母さんの代理で呼ばれた祓い師、加賀美 紅狐よ。
お母さんとは古い友人と言ったら良いかしら。彼女から貴方の事はよく聞いているわ。
初めまして、玄狼君。」
と言った。
― ― ― ― ― ― ― ― ―
まだかすかに疼痛の余韻が残る頭を右手で撫でさすりながら玄狼は道の彼方を見ていた。それは今しがた加賀美 紅狐と名乗った女が去っていった方角だった。
彼女は玄狼に鵺弓師としての修業の進み具合や経験を何個か質問した後で
「じゃ、今度の金曜の夜に船の上でまた会おうね。
どんな化け物が出て来るのか楽しみだわ。貴方の協力に期待しているわよ、玄狼君。
それじゃ、またね。」
と言い残して去って行った。
〈 けっこい(美しい)人やなぁ・・・ああいうのを佳人と言うんやろな。〉
高田先生の授業で習った外面、内面共に美しい人を意味する昔の言葉がストンと腑に落ちる気がした。
ポォーとした眼差しで曲がり道の向こうへ消えたその後姿を思い起こしていた玄狼だが突然、大きく飛び跳ねるように体の位置を変えた。
以前に経験した同様の状況における苦い記憶が彼に背後に迫った危険を察知させたのであろう。
間一髪、今まで彼の臀部があった空間を切り裂くように志津果の足刀が走り抜けた。
スカートの裾から真っ直ぐに伸びた小麦色の脚と白いローカットのバスケットシューズが一瞬、宙に止まった後、目にもとまらぬ速さで引き戻される。
同時にパンっという乾いた破裂音が冷えた大気の中に小さく響き渡った。
「うおっ! ちょっ、おま! 何をするんじゃ!」
「フンッ 鼻の下伸ばして呆けた顔しとるけん、ちょびっと正気に戻しちゃろうと思っただけやわ。」
「アホか! 正気に戻るんはお前の方じゃ! この脳筋暴力女が!
人の頭に手提げ袋やら投げつけよってから・・・頭、割れたんか思たわ、ホンマに。
一体、何が入っとるんや、この手提げ袋?」
玄狼はそう言いながら足元に転がるキャンバス生地製の手提げ袋を拾い上げた。
それはグレーの下地に赤と黄色の格子模様が入ったタータンチェック柄のトートバッグだった。
手に取ってみると持ち歩けないと言うほどではないが小学生の女子の手には少しどうなんだ? と感じるぐらいの重量感があった。
「何が入っとんやろ?」
彼は真鍮製の止め釦を外してバッグの口元を開くと中を覗き込んだ。
途端、志津果が「アッ」とも「ウッ」ともとれる呻き声を発した。
他人の物、それも女子の持ち物を勝手に開いて中を見ることについての是非は玄狼だって理解している。
しかし自分だって一瞬、視界が暗くなって火花の様な星が飛ぶほどの衝撃を喰らったのだ。それぐらいの事をする権利はあってもいいんじゃないかと思った。
果たして中に入っていたのは大きめの裁縫箱であった。それも木製のものである。
丁寧に使い込まれてきた感のあるセピア色の木目の質感がプラスチック製のそれにはない深みのある雰囲気を感じさせる一品だ。
ひょっとしたら志津果の母、もしくは祖母の代からのお下がりなのかもしれない。
他にはリコーダーと500mlタイプのステンレス製の水筒が入っていた。
チャポン、チャポンという水音から未だ相当量の中身が残っている事が判る。
内容だけを見れば特にどうという事は無い。ごく普通の品々である。
だがそれらが持つ質量、硬さという点で視れば無視できないものがあった。
更にそれを人の頭に向かって投げつけると言う行為に至っては普通どころか論外の暴挙である。
「志津果! お前、こなんもんを人の頭に向かって投げつけるとは何を考えとんじゃ! 下手したら脳震盪起こして倒れるぞ! というか実際そうなったけど・・・」
「先に私の悪口言うたんはそっちやない?! 自業自得やがな!」
「何じゃと! この狂暴女!」
烈しく言い合う二人に郷子が割って入った。
「ハイ! 二人ともそこまでよ。神社の前で罵り合っていたらバチが当たるわ。
ところで玄狼さん。さっきの女性、確か加賀美 紅狐とか名乗らなかった?」
玄狼は ” そしたらお前の悪口言う度に失神せないかんのか?!” と志津果に言い返すのを止めて郷子の仲裁を渋々ながら受け入れる事にした。
一方の志津果もツンとそっぽを向いたまま黙ってしまった。流石にあの重さの手提げ袋を投げつけたのは少しやり過ぎたと思ったのであろう。
「ア、ああ、そうやけどそれがどうかしたんか?」
「紅狐っていうのは巫無神流神道の創始者の娘、つまり水上宗家の二代目総帥の名前だってことは知ってる?」
「いや、初耳やな。ほんでもそれがどうかしたんか?
” べにこ ” 言うてもそれが紅子なんか紅狐なんかそれとも紅娘なんか果たして紅虎なんかまでは分からんぞ。
あ、悪い・・口で言うても全部一緒にしか聞こえんのやな?
ま、普通は紅と子供の紅子やろけど・・」
「玄狼さん、鵺弓師を目指しているんならそれぐらいのこと知っておかなきゃ。
それともう一つ、加賀美っていうのは御火神流神道の総本家の家名なのよ。」
「御火神流神道? そんなんあるんか?」
「呆れた・・・本当に鵺弓の修業をしているのかしら?
お母さんに言っておかなきゃ・・・いくら念能が強くても無知じゃ駄目だって。
御火神流神道は巫無神流神道から派生した分派の一つで関東方面じゃそれなりの氏子を抱えた一勢力だわ。
そして正式に鵺弓を名乗れるのは巫無神流と御火神流の神職だけなの。
紅狐と加賀美、この二つを合わせて考えればあの女性は御火神流の上位関係者、それも本家筋の人間って事よ。」
玄狼は眼を瞬かせると郷子に向かって感心したように言った。
「郷子って色んな事をよう知っとるな、驚いたわ。
それにちょっと会っただけの人からそれだけの推測を導き出せるゆうんは凄いな。
俺には到底、無理やと思う・・・」
「も、もう・・いやだわ。玄狼さんが知らなすぎるだけよ。」
素直な賞賛の眼差しを向けられて照れ臭かったのか郷子がわざとらしいふくれっ面をして見せた。
「それに比べて志津果、お前はもうちょっと限度ちゅうもんを・・・あれ・・これは・・・?」
彼の眼は志津果の手提げ袋の持ち手の根元部分に結びつけられた赤い提げ紐に吸い付けられていた。
その紐の先には見覚えのある女性の爪の様な形をした薄桃色のアクセサリーが付いている。それは玄狼の傘の柄に結わえられていたものとそっくりだった。
違う点と言えばアクセサリーの提げ紐の色が玄狼の傘についていたのは白でこちらのは赤であることぐらいである。
〈 うん? なんであれと同じものがこんなところにあるんだ?
それも志津果の手提げ袋に・・・
これは志津果が付けたのか? あれ? という事は・・・・〉
彼がその事についてある結論にたどり着くべく考え込んだ時、志津果がすごい勢いで手提げ袋を彼の手から奪い去った。
「馬鹿、変態、覗き魔! 他人の持ち物の中を勝手に見んといてよ!」
赤らんだ顔と上ずった声でそう言うと彼女は手提げ袋と共に自分の家である隣の寺の山門へと一目散に駆けこんで行った。




