ちいさな走馬灯
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※ 注意
この作品はフィクションです。実在の人物や地名、団体などとは関係ありません。
「玲子と言う元奥さんと彼は娘の智絵ちゃんが生まれて暫くしてからあまり上手くいってなかったみたい。で子供が三歳になった頃に離婚することになった。
でも加藤誠司は親権・・子供を手元に置いて育てる権利の事だけれど・・を取れなかったの。
子煩悩だった彼にとっては辛かった筈よ。その内に玲子は子供を連れて黙って何処かへ引っ越してしまって行方が分からなくなった。
心の拠り所だった娘との月一回の面会すら出来なくなってしまった彼はひどく落ち込んで鬱状態だったらしいわ。」
理子はそこで一旦、話を止めて小さく息を吐くと更に話を続けた。
「加藤誠司は四人兄妹で彼が長男、四歳下と七歳下に妹、そして十歳下に弟がいるんだけどその弟が成人する事になって生殖能力適性度判定試験を受けたの。でその結果が第三級だった。
他にも彼の二人の従兄弟がともに第三級だったことから少し気になったのでしょうね。それまで未通知を希望していた自分の判定試験の結果の再通知を希望したの。
そしたら・・・まさかの第四級だったわけ。
彼は再通知を受け取ったその日から約十日後に会社を無断欠勤してその三日後に瀬戸大橋から飛び降りた・・・・・
本当は子供が生まれてから不仲になったんじゃなくて最初から妻は自分を愛してなどいなかった、自分が家族だと思い込んでいたものは赤の他人の集団だったという真実を突き付けられた・・・・辛い話よね。」
それは確かに辛い話なのだろうと玄狼は思う。だが愛情を持っているなら別に本当の娘じゃなくてもいいんじゃないかとも思うのだ。
たとえ自分の血を分けた子供でなくてもその子が愛おしい気持ちは急に変わったりしない筈だと言う気がする。
だったら加藤誠司は自殺などしなくても良かったのではないか? そう思えた。
未だ12歳足らずの少年でしかない彼には分からない。
あらゆる生物には自身の遺伝子保存欲求という本能的な摂理がある。それによってそれまで存在していた筈の家族の絆すら化学反応のようにあっさりと断ち切ってしまう者がいる。
だが一方で千切れた絆の切口から噴き出す未練という名の強酸の血で我が身を灼き爛れさせながら生きていく者もいる。
恐らく加藤誠司は後者の典型であったに違いない。
そしてそうなった後に残るのは紛い物だった家族の記憶の残骸と抜け殻のような無残な人生でしかない。故に加藤誠司は死を選ばざるをえなかったのだ。
「じゃあ、智絵って子の本当の父親って誰なの?」
「それは分からないわ。分かるとすれば母親である玲子だけでしょうね。」
「じゃあ、玲子って人は何故、他の人の子を産んだりしたの?
それだったら最初っから加藤って人と結婚しなければ良かったのに・・・」
「さあ、それも分かるとすれば玲子だけでしょうね。
仮にそれが分かったところで私達には何の関係も無い話だけれど。」
「・・・・・・・」
玄狼は黙り込んでしまった。高学年とは言え小学生に過ぎない彼が夫婦間の表裏、そして我が子に対する情愛といったものを身をもって理解する事が出来るようになるのは未だ随分と先の話であった。
黙り込んでしまった玄狼と入れ替わる様に今度は佳純が声を上げた。
「ウチも分からんことがあるんやけど・・・
コンマイさんはなんであそこで鬼の前に出て来たんやろ?
ほんでどして(そしてなぜ)ウチを助けてくれたんやろ?」
理子は小首を傾げながら小さくウーンと唸ると真っ暗な宙を睨んだ。そして数刻後、佳純の顔を見て言った。
「その理由は分からないわね。只、彼女が貴女を助けようとしたとは限らないわ。
何十年も歳経ていても元々が小さな子供の霊だもの。加藤誠司の霊を待ち続けていた父親だと勘違いしただけかもしれない。
それが偶々《たまたま》、佳純ちゃんを助ける結果となったという可能性もあるわ。」
「え?・・・・やっぱり・・そうなん?
ほんでもウチ、なんかそうじゃないような気がするんやけど。」
「ン? それはどういう事?」
「何か・・何かあの子を見た時、ものすご懐かしい気がしたん。
初めて見た筈の子やのに。
ほんで、この子コンマイさんなんや、と気が付いた時はものすご可哀想になって・・・・
ああ、この子はウチを守るために出て来てくれたんやと、そう思たん。」
「・・・成程。でも恐らくそれは貴女の勘違いだと思・・・」
「イヤ、違わへん。佳純ちゃんの言う通りで合っとる。」
さっきから黙り込んでいた玄狼が母の言葉を遮る様に突如、声を出した。
理子は オヤッ? と言った顔になって彼に聞き返した。
「そう言い切れる理由は?」
「佳純ちゃんが・・・」
「が?」
「門城 希恵の」
「の?」
「お母さんにソックリやきんや。」
玄狼は何の矛盾も感じていない口調でそう言った。佳純は驚いた。
『コンマイさんのお母さん言うたらもう百年以上前に生まれた人やん。そなん昔の人の顔やこ(そんな昔の人の顔なんて)何でクロ君が知っとん?
兄ちゃんに古い写真でも見せてもろたんやろか? ほんでウチに顔が似とるっちゃどして?
そら、曾祖母ちゃんのおばさん・・でかまんのかな? 何かその辺に当たる人やきんなんぼかは血が繋がっとるんかもしれんけどそなん何代も昔の人に似たりすることあるんかな?』
彼女は心の中でそう思いながら理子がどう応えるかを知りたくてその顔を見た。
理子は無言で玄狼の顔を見詰めていたがやがて何かを悟ったかのように呟いた。
「玄狼、貴方、あの赤髪の子の思念体に精神接触したのね?」
玄狼は小さく頷いてウンと答えた。理子は重ねて訊いた。
「何時、何処で?」
「今日の昼間。コンマイさんの祠の近くで。」
「何があったのか話して頂戴。」
玄狼は母に昼間、祠の近くの農道で起きた事を話した。
郷子とお札をもって祠を訪れた事、祠の中に置かれてあった蛇紋様の石と名前の書かれた布の事、そして帰り道に現れた赤髪の幼女とその髪に触れた事、最後に郷子の荒魂の気打ちを受けて暫く気を失っていた事などを全て彼女に伝えた。
理子は玄狼の話を聞いた後でその内容を確認するかのように彼に訊ねた。
「あの子に触れて生気を奪われかけた時、貴方はそれをブロックして奪われた気を取り戻そうとした。その時、奪還した自分の気と一緒にあの子の念体とそこに刻みこまれた記憶の一部も取り込んでしまった。
そしてその記憶を見たことによってあの子を守ろうと言う気になった。だから郷子ちゃんの気打ちの技を自分の身体で受け止めた。で、その後の事は良く覚えていない。
気が付いた時は郷子ちゃんに介抱されていたと・・・そう言う事かしら?」
「あー・・うん、まぁ大体そんな感じ。」
「フーン・・それであの子の記憶の中で何を視たの?」
幼女の赤髪に触れた時、そしてそれが鮮血に染まった黒髪であることに気付いた途端、彼は自分の身体が硬く冷たい別の物に変質していく様な感覚に襲われた。
それはまさしく身体の石化と表現するのが相応しい感覚だった。
ギリシャ神話に出て来る妖女メドゥーサの視線を浴びた人間の如く全身の細胞がパリパリと音を立てて無機質な石の塊に変化していくような気がした。
玄狼は慌てて体外へ流失しようとしていた気の流れを力づくで止めた。そして既に吸引されていた気すらも圧倒的な念操力で還流させた。
その猛烈な気の逆流は幼女の姿をした残留思念の一部をも巻き込んで収奪した。
同時にその残留念の中に溶け込んでいた様々な記憶が瞬時に玄狼の意識の中へと流れ込んできた。
己の人生ではないにせよそれは確かに一種の走馬灯であった。僅か数年分に過ぎない幼女の人生の記憶がミリセコンドの速さで蒼い火花となって弾けながら彼の灰色の脳細胞の中に刻み込まれていった。
コンマ何秒というタイムラグを経て玄狼の意識が現実に引き戻された瞬間、彼が眼にしたのは赤黒い燐光を纏った状態で伸びて来る郷子の真っ直ぐに揃えられた白い指先だった。
何故そうしたのかは自分でも分からない。だが気付いた時には反射的に体が動いて幼女の思念体をその致命的な攻撃から庇っていた。
自身の脳裡に流れ込んできた幼女の記憶の奔流の中で玄狼が視た物、それは門城 希恵のごく僅かな人生とその終焉における酷く哀れな真実だった。
「俺が視たんはコンマイさんの死ぬ直前の記憶・・・あの子の行方不明の原因となった出来事だよ。」
「一体、何があったの? あの子は何処へ行ってしまったの?」
八十年近く前にこの島に疎開していた四歳の少女、門城 希恵の身に何が起きたのだろうか?
数ヶ月前の事件であれば当事者の念の残滓をしらみつぶしに探すことで手掛りを見つけることはさほど難しくはないだろう。
場合によっては数年前の事件であっても可能性が無いわけではない。
しかし念とは自然界においてはあっという間に劣化して消滅してしまうものだ。
余程、強固な念が何らかの憑代を得た状態でもない限り長期間存在することは不可能であろう。
ましてやそれが八十年近くも前という事になると念どころか現場の物理的状況さえ全く変わってしまう。
つまり玄狼の精神の中に取り込まれた幼女の記憶は奇跡と言ってもいいほどの貴重な情報と言えた。
理子と佳純が息を呑んで答えを待つ中で玄狼はあっけらかんとした声で答えた。
「門城 希恵は・・・殺されたんだ。」
「・・・・殺された! 誰かに誘拐されたんじゃなくて、海や池に落ちたのでもなくて殺されたって言うの!?」
理子が驚いたように聞き返した後、続けざまに佳純が訊いた。
「おばあちゃんが言うとった。海岸も沖も島の中も一生懸命探したけれど見つからんかったて。もし誰かに殺されたんやったらあの子の死体は何処に行ったん?」
「コンマイさんの祠の下に石が一杯敷き詰められとるやろ。あの下は古い枯れ井戸があるんや。
なんであなん所にそなん物があるんか知らんけど門城 希恵の死体はその底に放り込まれたままになっとる。八十年近くもの間な・・・・」
玄狼の説明に二人は声を無くしたかのように黙ってしまった。やがて理子が口を開いて言った。
「門城 希恵を殺した犯人は誰なの?」
緩々と差し込む月の光を浴びてぼんやりと白んだような薄闇の中に玄狼の乾いた声が響いた。
「犯人は門城 希恵の母親さ。」
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※ 次回は盆休み明け位の予定です




