理子は語る
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※ 注意
この作品はフィクションです。実在の人物や地名、団体などとは関係ありません。
「そう・・・じゃコンマイさんとその男は人魂になって天に還って行ったのね。
つまり二人の ” 御霊は平安を得られた ” という事だわ。」
理子は玄狼と佳純から彼らが見た一連の出来事を聞いた後でそう呟いた。
彼女は半跏趺坐と呼ばれる姿勢を更に崩した状態・・・痛めた左足をゆったりと伸ばしその太腿の上に折り曲げた右足の甲を乗せた姿勢・・・で片側だけの胡坐を組んでいた。
玄狼と佳純は体育座りの姿勢で理子の前に座っている。何故かピッタリと身を寄せてくっついてくる佳純の体温が少し暑苦しく感じられるがコンクリートの路面のひんやりとした冷たさがそれを紛らわせてくれていた。
「それってお坊さんが言う " 成仏した " って言うのと同じ意味?」
「そうよ。神道ではそう言うの。」
「ふーん・・でもあの二人は本当に親子だったの?」
「いいえ、違うと思うわ。青い背広の男性はしばらく前に瀬戸大橋から飛び降り自殺した人だから。」
「自殺!・・・なんでまた? 」
玄狼がそう訊ねると理子はちょっと考え込むような仕草をして
「うーん・・これは依頼内容に関わる事だから守秘義務というのがあってホントは他の人に話しちゃいけないんだけど・・・まあ、いいか。
玄狼は死ぬような危険にさらされた当事者だもんね。事情を知る権利があると思うわ。」
と答えた。そして青い背広の男について話し出した。
男の名前は加藤誠司、歳は三十歳で地元の中堅自動車ディーラーに努める営業マンだった。四年前に結婚して同い年の妻と三歳になる娘がいたが半年以上前に離婚していた。
それがある日、無断欠勤をして会社に来なくなった。そしてそれから三日後、瀬戸大橋から飛び降りて死んだ。
遺書らしきものは無かったが周りに娘に会えなくて辛いと洩らしていたことから離婚による精神的なショックから立ち直れなかったことが原因だろうと思われた。
「まぁ、それだけだったら気の毒だけど世間では偶にある話ってことで片付いてしまうんだけどね。
死んだ後もその人らしき姿を見たと言う人が何人か出てきたことが少し問題なのよ。」
「どうして? 精霊鉱が普及して以降は心霊現象なんて何処にでもある話やん。何が問題なん?」
「それが只の霊ならそれでもいいけど現世に余りに強い未練をもって亡くなった霊は大いに問題ありよ。特に荒魂化しかかったのは要注意なの。
ましてやその霊が大量の高純度の精霊鉱の力で実体化までしてしまったら甚だしく危険だわ。人に物理的な危害を加える可能性が高いもの。
現に貴方だってさっき怖い思いをしたんでしょ?」
玄狼の耳に大量の精霊鉱の力で実体化したという母の言葉が引っ掛かった。
「大量の高純度の精霊鉱? そんなものがどこで?」
「二、三ヶ月前に奥義島の割と近くで小型タンカーと貨物船の衝突事故があったでしょ。で、タンカーに積んであった液状精霊鉱が大量に海に流出してしまったってヤツ。 覚えてる?」
「・・・・・・・」
「ほら、新聞やニュースで随分、話題になっていたじゃ・・・・あー、そっか・・そうだよね。
今時の小学生がそんなもの観ないわよね。玄狼が観るのはアニメかゲームの情報だけだもんね・・・・」
母の諦めたような口調にどことなく抵抗は感じたもののまぁ実際その通りだし、そうであることに何の疑問や後ろめたさも感じていない玄狼はウンと小さく頷いただけだった。
ところが別のところから反応があった。
「あ、私それ知っとる!
父ちゃんがだいぶ前に真鍋のおっちゃん【※ 第17話参照】と話ししとったから。
魚は大丈夫じゃろうけんど奇妙しげな事が起きへんじゃろかの言うて心配しとったわ。」
佳純が授業中と勘違いしたのか手を挙げて応えた。
賢太と佳純の父は半漁半農で生計を立てている自営業者だ。タンカーの積荷流出は漁に直接関わる事だから話題になって当然であろう。
「あら、佳純ちゃん、良く知っていたわね。偉いわ、玄狼とは大違い。
そう、その通りなの。その ” 奇妙しげな事 ” がしばらく前から瀬戸内周辺で起きまわっているのよ。
事故による液状精霊鉱の流失のせいで瀬戸内海の東側はこの数ヶ月にわたって怪奇現象が続発しているわ。
青い背広の男の件もその一つ。
そして今回私が受けた依頼もその男に関するものなの。
依頼内容は男の霊が荒魂になって人々に危害を加えないように祓ってくれと言う事。そのための手段、内容は問わないが単に通力で強制的に祓ってしまうのではなく出来れば男がこの世に残した未練から解放されるようにしてやって欲しいというのが依頼を実行するにあたっての条件だったわ。」
「その依頼って誰が出したの? その男性の遺族からのもの?」
「いいえ・・・依頼を出したのは全くの赤の他人。自殺した男性とは縁もゆかりもない人なの。青い背広の男の霊と最初に遭遇した人で瀬尾浩一という人よ。」
縁もゆかりもない人物がどうしてそんな依頼を出すのだろう? 不思議に思った玄狼はその事を母に訊ねた。
「その人も自殺した加藤誠司と同じで小さい娘がいるんだって。まだやっとハイハイが出来るようになったばかりらしいけど可愛くて仕方がないって言っていたわ。
もし自分が娘と別れて暮らしていかなければならなくなったとしたらこれからの人生は耐え難い絶望的なものになるだろう、そう考えるととても他人事とは思えなくなってこの依頼を出したそうよ。
実はね、余りに強力な残留思念に触れた人間は精神的に思わぬ影響を受けることがあるの。勿論、全ての人がそうなるわけじゃないけど・・・
でも愛娘への強烈な愛情という念同士が共鳴し合ったのだとすればあり得ない話でもないわ。」
母の話を聞いて玄狼の胸の中には新たな疑問が浮かんだ。
「それなら加藤って人の霊はどうして別れた奥さんや娘のところに現れなかったんだろう?
それとお母さんは何故、その霊がこの島に現れるかもしれないって思ったの?」
「奥さんと娘はその後、何処か別の土地に引っ越したらしくて行方が分からないらしいわ。で驚いたことにその別れた奥さんの実家の場所というのが偶然にもこの奥義島だったのよ。つまりこの島の出身者だったって事。
依頼主の瀬尾って人が調べた結果、そうした事が分かったみたい。
私達の住んでいる地区や佳純ちゃんの住んでいる地区とはまた別の場所だけど加藤誠司も生前は何度かその実家を訪れたことがあったという事でひょっとしたらって思ってたわけ。」
「ふーん、成程、そうだったんか・・・
ア、ひょっとしてその娘の名前って ” ちえ ” じゃないの?」
「ええ、その通り。確か、智絵って名前だったわ。」
玄狼は祠の中に張り付けてあったコンマイさんの名前の ” 希恵 ” と少し似ているなと思った。
果たして残留思念とやらが記憶力や判別力と言ったものを有しているのかどうかは定かでないがもしそうなのであれば二つの霊は " ぢぃえ " と " てぃえ " を誤認したのかもしれないなという気がした。
「理子姉さん、その別れた奥さんの名前ってひょっとして・・・ ” れいこ ” と違うん?」
何故かまた手を挙げて佳純が理子にそう訊ねた。。
「ええ、確かそうだったと思うわ。でもどうしてそれを知っているの?」
「あの鬼が私を追いかけて来た時に私の事をそう呼んだきん。(呼んだから。)
” れいこ ちえを 何処に やった ”
言うて恐ろし気な声でおらんびょったん。(叫んだの。)」
「ああ、そうだったの。もしかしたら貴女を別れた自分の奥さんだと思ったのかもしれないわね。だとしたらかなり危険な状況だったという事だわ。
自分を裏切った相手だと思われていたわけだから。」
「裏切った? それはどういう事?」
玄狼が理子にそう訊いた。
彼女は一瞬、あ、しまった! というような表情を見せた後で言いにくそうに呟いた。
「あんまり小学生に聞かせる話じゃないんだけど・・ま、いいか・・・
加藤誠司はね、生殖能力適性度判定試験の結果が第四種、つまり子供が出来る可能性が無い人だったの。」
現在の日本において男子は十六歳以上になると成人として認められる二十歳までの間に生殖能力適性度判定試験と呼ばれる検査を受けることが義務付けられている。
このやたらと長い名前の検査は男子の生殖細胞を採取しその量、活性、DNA損傷度等を調べてその結果をデータとして蓄積し活用することで社会全体における歪な男女構成比を改善しようと設けられた制度であった。
検査結果は本人が希望した場合にのみ通知され希望しなければ通知されない。
もし後年において知りたくなればいつでも通知を希望する事ができる。
但し、通知されるのは本人のみである。例え両親であってもその内容を知ることは出来ない。
勿論、本人が自主的にそれを伝えることに制限はないが・・・
検査結果は通常、第一級から第四級までの四つの段階に分けて判定される。
選別の目安としては一定期間の生殖行為下において正常かつ健康な卵子がその男性の精子によって受精する可能性が
第一級は70%以上
第二級は40%から60%台
第三級は10%から30%台
第四級は0%から10%未満
という判定基準が採用されている。
実はもう一つ受精確率が95%以上の特級というランクが存在するが該当者が極めて少数であるため実質上はその四段階で選別されることになる。
その判定によると加藤誠司は第四級だった。つまり生殖能力はほぼ皆無であったと言うことになる。
「え、それじゃ智絵という子供は・・・・・」
「ええ、加藤誠司の子供じゃなかったということになるわ。」
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