泣いた青鬼
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※ 注意
この作品はフィクションです。実在の人物や地名、団体などとは関係ありません。
『えっ、何なん? 誰なん、この娘?』
佳純は呆気に取られてその幼女を見詰めた。一体どこから現れたのだろう?
彼女の家がある集落の中に果たしてこんな子供がいただろうか?
ひょっとしたらほかの集落の子供かもしれないが今は夜だ。幼児が一人でうろつく時間ではない。
それに今どきの子供が着物を着ているのもおかしい。
七五三の髪置きのお祝いには未だだいぶ早いしどうせならもっと新しいものを着せる筈だ。間違ってもこんな古めかしい丹色の着物など着せたりしないだろう。
『特にあの髪の色・・あの朱い髪は何やろ? ひょっとして親がヤンキーとか?
いや、ほれやったらおかっぱにはせんわな・・・・
ほんでも赤い髪の小さな女の子?
え、どっかで聞いたような気がするけんど・・・・・・・あ、それって・・・
エッ! まさか? この子は・・・・・コンマイさん!
昔、祖母ちゃんからよう聞かされた曾祖母ちゃんのお従妹さん・・・?』
赤髪の幼女は佳純と青い背広の男が変化した鬼の間にちょこんと立って佇んでいる。
自分の何倍も大きいこの異形の鬼と対峙していったい何をしようというのか?
佳純は手を伸ばして届くものであれば彼女を抱き寄せたかった。彼女が人であれ何であれ兇猛さの権化のようなこの鬼に対して何かが出来るとは思えない。
しかし自分の意思とは裏腹に体が金縛りにあったように動かなかった。
その時、彼女は幼女のおかっぱ頭に刈り上げた襟足から何か水のようなものがポトリポトリと落ちているのに気が付いた。
赤い色をしたその水のような液体は幼女のぷっくりとした幼気な小さいうなじを薄朱く染めながら着物の中へと浸み込んでいく。
よく見れば幼女は頭のてっぺんに大きな傷を負っていた。ひどい傷だった。深く歪に裂けたその穴から零れ出る血で小さなおかっぱ頭が朱く濡れそぼっているのだった。
こんな大怪我を負ったままでこの子は何十年もの間、あの朽ちかけた祠の中で一人ぼっちで家に連れて帰ってくれる人を待ち続けていたのだろうか・・・・
そう考えると佳純の胸の中に目の前の幼女に対するどうしようもないほどの不憫さがこみ上げて来た。
いつの間にかこの世の者ならざる存在に対する畏れや嫌忌は消えてしまっていた。幼女が生者であろうがが死者であろうがそんなことはどうでも良くなった。
玄狼も理子もいない今、この子を守ってやれるのは自分しかいない・・・そう思った途端、恐怖で石の様に固まっていた手足が動いた。
彼女が幼女の手を掴もうと手を伸ばしかけた時、不意に夜気を震わせて押し殺したような呻き声が響き渡った。
”グルゥゥゥゥ~ ~ ~ ~ 、グロロォォォォ~ ~ ~ ~ン”
それは岩穴を吹き抜ける風音のように低く響きながら夜の闇の中に染み込んでは消えていく。胸を刺すような物悲しい声だった。
佳純はその声が何であるかを悟り驚愕で眼を瞠った。
異形の鬼が泣いていた。燃えるような真紅の眼からボロリボロリと涙をこぼし岩の如く盛り上がった肩を慄わせて咽び泣いていた。
「ぢぃえ! ぢえぇーーー
あいだ・・あいだかっだぁぁぁ! あいだがったぞぉーーー!」
鬼は巨獣の雄叫びのような声を上げて岩を繋ぎ合わせたような節くれだったおおきな手を赤髪の幼女へと伸ばした。
「おとうたん! てぃえのおとうたん! おとうたんがかえってきてくえた!」
幼女はあどけない声でたどたどしくそう言うとごつい丸太のような鬼の足に走り寄る。鬼は両掌にすっぽり隠れてしまいそうなその小さな身体をそっと抱え上げると優しく胸に抱いた。
涙でぐちゃぐちゃになった狂猛な顔でさも愛おしげに幼女に頬ずりをしながらおんおんと泣いた。
赤髪の幼女は眼をつむって為されるがままじっとしている。やがて紅葉のような可愛らしい手を伸ばすと鬼の顔をぺちぺちと叩きキャッキャッと嬉しそうに笑った。
佳純は訳が分からなかった。生前、二人は本当の親子だったのだろうか・・・でもコンマイさんの父親は八十年近く昔に戦争に行ったきり帰ってこなかったと聞いた気がする。
それに男が鬼に変化する前に着ていた青いスーツはスラリとした現代風の物であったように思える。
彼女の頭が状況の理解に追いつけずパンク寸前になったその時だった。突然、赤黒い焔が鬼と幼女を包み込むように吹き上がった。それはボッ、ボッと息を継ぐような音を立てながら激しく燃え盛り続ける。
だがよく見ればそれは焔ではなく赤黒く輝く光の粒子の奔流だった。
念の実体化に伴って凝縮されていた厖大な量の荒魂の気が今、一挙に解放されて念へと戻っていくのであった。
やがてバチバチと火花のようにはじけながら渦巻く赤黒い陰の気が今度は陽の気に極性を変えようとする。途方もない量の赤黒い光の粒子が金色のそれへと凄まじい速さで変換されていく。
月の光を浴びた濃密な陽の気がキラキラと金色に輝きながら竜巻のように渦を巻いて吹き荒れ始めた。それはまるで砂金で出来た砂嵐のようであった。
鬼と幼女を取り囲む空間は黄金の暴風域と化して荒れ狂った。暫くするとそれはバリィ、バリィと音を立てながらゆっくりと小さくなっていった。
やがて薄くなりかけた金色の闇の中にボウっと立つ大小二つの影が現れた。
小さい方は丸顔にパッチリとしたあどけない瞳を持った色白の幼女だった。色鮮やかな丹色のまっさらな着物を着ている。おかっぱにした真っ黒な髪と色白の肌がそれと相まってまるで生きた市松人形のように見える。
大きな方は三十前後の背の高い青年であった。シングルボタンの青いスリムタイプのツーピーススーツを着ている。優し気な眼をした細面の男性だ。
二人は手を繋いで立ちながら互いを見つめ合って微笑んでいた。
まるで本当の父娘であるかのように・・・・・
やがて二人の姿は輝く光粒となってサラサラと砂金のように崩れ始めた。ふわっと宙に浮き上がったそれが細い金色の雨となって二人の周りに降り注ぐ。
けぶる様な金糸が消え去った後には男性と幼女の姿は無かった。代わりに二つの光玉が青白い尾を引きながらユラユラと浮かんでいた。
大小二つの光玉は絡み合うような螺旋状の光跡をゆっくりと描きながら天高く昇りつづける。そして小さくなり見えなくなって夜空に消えて行った。
余りの不可思議な移り変わりに驚いて声も出ない佳純は只、彼らが消えていった空を眺めているばかりだった。そんな彼女のそばに誰かが並んだ気配がした。
「最後に綺麗な打ち上げ花火が見れたな・・・」
「・・クロ君・・・」
気配の主は玄狼だった。
朽縄に変じて夜道に消えた鬼の後を必死で追いかけて来た彼も途中から一連の出来事を目の当たりにしていた。
「大丈夫やったか? 怪我せんかったか? 佳純ちゃん。」
玄狼の心配気な問い掛けに佳純は何も答えずにふらふらと彼に近づくといきなりドンと飛びついて来た。
そして彼の頭を抱え込むとグクゥッ・・グクゥッ・・という小鳩の鳴き声のような可憐な嗚咽を漏らし始めた。
佳純の膨らみ始めた硬い蕾のような胸を顔に押し付けられて彼はどうしていいか分からず大いに焦った。
こんなところをあの二人に見られたら堪ったものではない。鬼一匹でも持て余すのに凶猛な女鬼が二匹とか冗談ではないと思った。
だがよく考えてみればあの二人はコースの分岐点より更にずっと向こうの出発点に居る筈だ。その心配はまずないだろう。
ならばここはひとつ白馬にまたがった騎士ならぬ白馬のまま騎士としての務めを果たした役得を甘受してもいいのではないか?
そう思った玄狼がほっと息を抜いたその時、
「あらぁ、ひょっとしてお邪魔だったかしら?」
という背後からの能天気な声に彼は凍り付いた。
次の瞬間、少年は頬に残る蒼い果実の感触に一抹の名残惜しさを感じながらも閃光のような速さで佳純の拘束をすり抜けると後ろを見た。
そこにはどこで拾ったのか太い折れ枝を杖代わりにして立つ母・理子の姿があった。
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※ 今日の夜に次の話を予定投稿します。




