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瀬戸内少年鵺弓譚  作者: 暗光
蒼い鬼
42/90

ウォーキングデート

来て頂きまして誠に有難う御座います。是非、作品を読んで頂きますようお願い致します。




※ 注意 


この作品はフィクションです。実在の人物や地名、団体などとは関係ありません


薄い雲の向こうに満月の姿がぼんやりと透けて見える。

そこからサラサラと零れ落ちる柔らかな月光のせいで海沿いの夜道はカンテラが無くても歩けるほどに明るかった。


流石に夜道のずっと先までは見通せないが近くの海岸沿いの岩や木、そしてその向こうにゆったりと揺蕩たゆたう海までが見える。

穏やかな月の光を浴びて極薄の金色を帯びた黒い波間は肝試しなんかよりも恋人達の逢瀬にこそ相応しいようなロマンテイックな美しさだった。



「うわぁー、月夜の海岸通りってこなん綺麗なんや。これはずっとクロ君を待っとった甲斐があったなぁ。やっぱ無理矢理にでも兄ちゃんに付いて来て良かったわ。」



佳純は無邪気に声を上げてはしゃいでいる。見た目は郷子に匹敵するほど背の高い大人びた綺麗な少女だが中身はまんま小学生だった。


まあ実際小学生だしその小学生から口付け(キス)されてのぼせていたところを郷子に見つかって頬っぺたをいやというほど抓られたことは苦い記憶だ。


その後、郷子にからかい半分に口付け(キス)を迫られてそこに遅れてやってきた志津香に強烈なショートフックを喰らった。

無防備な脇腹に貰ったそれは今でも思い出しただけで胃液が逆流しそうなぐらい獰猛な一撃であった。


考えてみれば普通トラウマになってもおかしくないような危険な少女達に仄かな嫉妬や可愛らしさを覚えてしまっているのが我ながら不思議ではある。


その点、佳純はそうしたややこしい歪さがまるでなかった。真っ直ぐに伸びた向日葵のような娘だ。

少し真っ直ぐ過ぎて対応に困ることがあるにはあるが・・・



「クロ君、何を考えよん? 早よ行こうよ。

先ずはクロ君のお母さんのところまで行かないかんわ。ほら急いで。」



イヤ、先ずってまだその先があるんかい、という疑問が玄狼の中に湧いた。佳純は待ちかねたように抱え込んだ彼の手をグイグイと引っ張ろうとする。



「ああ、ちょっと、ちょっと待って! そなん肘を持ち上げられたら肩が抜けてしまう! 佳純ちゃんの方が俺よりずっと背が高いんやから・・・もともと腕を組むこと自体にが無理があるんやけん。」


「エーーー、もぉっ! クロ君、早よ大きになってよ。クロ君は中学生になったら絶対私より大きくなる筈なんやから。」


「そんなん分かるか? 俺未だ身長155センチ足らずしかないし・・・まあまだ今から伸びはするやろけどその頃には佳純ちゃんやって伸びとるやろからな。

ずっと追いつけんままで終わるかもしれんで。まあ、別に追いつけな追いつけんでもなんちゃかまいはせんけど・・・」



すると佳純は白い歯を見せて得意げにニッと笑って言った。



「へっへっへ、そこは心配無用。ちゃんと調べてあります。

世の中には身長予測という便利な式があるんです。


男子の身長=(父親の身長+母親の身長+13)÷2+2


これで行くとクロ君は将来190センチ前後には成長する筈やから。

そしたらウチはクロ君の腕にぶらがって歩けるやん。クロ君も腕がいとならんですむし。

ほんだきん早よおおきなってくれな。(だから早くおおきなってくれないと。)」


「いや、それはそれで余計腕が抜けそうな気がするが・・・体重もろに掛かるし。

大体、俺の父親の身長なんかどっから引っ張って来たんじゃ? 俺でさえ知らんのに・・・」


「勿論、理子お姉ちゃんから聞いたんよ。少なくとも190センチ以上はあったやろうって言うとったから間違いないわ。」


「・・・・・理子お姉ちゃんて誰?」


「クロ君のお母さんに決まっとるやん。何言うとん。」


「いや確かこの前まで理子おばちゃんて呼んびょったよな。いつの間にそんな大嘘で固めたような呼び方に変わったんや?」


「え、この前、クロ君のお母さんにクロ君のお父さんの身長聞いたらこれからおばちゃんやなしにお姉ちゃんと呼ぶんやったら教えたげるって言われて・・・

ほんならこれからそう呼びますって約束したら教えてくれたんやけど。」


「・・・・・・・」


「でもクロ君のお母さん、理子姉ちゃんって呼んでもおかしないくらい若くて綺麗やし何ちゃかまへんやん。」


「・・・・・・・」



玄狼は呆れてものが言えなかった。母がお姉ちゃんだったら現在、世間でお姉ちゃんと呼ばれている年頃であるところのjd、jkなどは○○赤ちゃんと呼ばなければならなくなる。jcなどは受精卵に近いからもはや呼びようがない。


そして何よりも自分の父親について母が佳純に話したという事実が意外だった。たとえそれが身長のデータだけであろうと彼が知る初めての情報だった。

自分が何度訊ねても容姿はおろか名前さえも教えて貰えなかったのに・・・


それに父親の身長が190センチ以上もあると言うのは嘘くさい話だ。日本人にそんな大男は滅多にいない。


まあひょっとして関取かプロレスラーだった可能性もなくはない。しかしあの母がそういったごついタイプの男を伴侶に選ぶのは特に理由はないがあり得ないような気がする。多分は佳純の話にあわせて適当なデマを言ったのだろう。


そんなことを考えながら佳純に引っ張られて歩いているうちに理子の立つコースの中間地点にまでやってきてしまった。


ここはひとつあんまりいい加減な嘘を佳純に教えないでくれと文句を言ってやろうと辺りを見回したが理子の姿は何処にもなかった。

佳純が不思議そうにきょろきょろと周囲を見回している。



「あれ? 理子姉さん何処に行ったんやろ? 居らんやん。

おーい、理子姉さぁーん。何処におるんーーー。」




いやそんな者(みちこねえさん)(はな)から存在してないから、と突っ込みたいのを我慢して母の姿を捜す。

玄狼も声に出して呼んでみたが返答はない。


ひょっとして肝試しが終わったと思って皆の待つ出発点に帰ったのだろうか?

だがそれなら途中で出会うはずだ。大傘松に行くのに海岸通り以外に道があるとは思えなかった。



「多分、トイレにでも行ったんと違うんか? しばらく待っとったら帰って来るやろ。」



玄狼と佳純はそのまま五分ほど待ったが理子は帰ってこなかった。



「しゃあないな。一旦、皆のところに戻ろか? 遅なっとるきん皆きっと心配しとるわ。」


「えっ、そしたらクロ君のお母さんどうするんよ。」


「母さんなら大丈夫やって。大人やし腕利きの鵺弓師やし。みんなと一緒に待っとったらそのうち帰って来るわ。」



しかし玄狼の話に佳純は納得がいかない様子でそこを動こうとしなかった。



「ほんならクロ君だけ先に帰っとって。ウチちょっとこの先まで行って見て来るわ。」



そう言うが早いか彼女は海岸通りを更に向こうへと駆けだした。夜道の暗さをものともせず流れるような速さで突っ切っていく。黄色いTシャツと白いスカートはあっという間に夜の闇に溶け込んで見えなくなった。



「アッ、コラ! 佳純ちゃん! ちょっと待って、オイ!

アー もうあのアホ娘が・・・」



あの一途な頑固さと後先考えん行動力は兄譲りやな、と思いながらふと後ろを見るとそこには母が立っていた。



「あれぇ 今まで何処におったん? さっきからえらい捜っしょったのに。」


「御免、御免。さっきそこで小さな女の子を見かけてね。こんな時間におかしいなと思って後を追いかけたんだけど見失ってしまったのよ。

もし迷子だったら大変だと思って探したんだけれど見つからなくて・・・

ひょっとしてあれが例のコンマイさんだったのかしら?」


「赤い髪だった?」


「ええ、ちらっと見かけただけだったからはっきりしないけど多分・・・」


「ああ、だったら多分そうだよ。」


「へえー、やっぱりあれがそうだったんだ。一度ちゃんと調べてみる必要があるかもね・・・ところで佳純ちゃんはどうしたの? ウォーキングデートとかで一緒に来るんじゃなかったの?」


「母さんを捜しにこの道を走って行ってしまったよ。止める暇もなかった。多分直ぐ諦めて戻って来るとは思うけどさ。

本人此処にいるんだから見つかるはずないし。」


「エッ、私を捜しに行ったの? アラ、まー。 それは悪いことしちゃったわね。」


「アラ、まー、ちゃうわ。ホンマに・・・

母さん、俺の父さんの身長とやらを佳純ちゃんに話したやろ。190センチやなんてええ加減な話せんといてよ。それに理子姉さんて何なん?


あの子はちょっと馬鹿かと思うほどの・・いやホンマにそうかもな・・まぁ、それほど真っ直ぐな性根の子やから何でも本気にしてしまうんや。母さんは冗談のつもりか知れんけんど佳純ちゃんは本気で受け入れてしまいよるで。」


「えー、だってホラ、おばさんって呼ばれるよりお姉さんて言われた方が嬉しいじゃない。別に玄狼が困ることじゃないでしょ・・・あっ、ひょっとして先の事心配してる? 大丈夫! もしあの子が貴方のお嫁さんになった時はちゃんとお義母さんって呼んでもらうようにするから・・ネッ。」


「成程、まぁ、そういう事やったら・・・チャウ、チャウ、チャウ! 何が ”ネッ” なん! なんで小学校六年生が今から嫁、姑の事やら心配するんな!

もうええわ、とにかくあの子に変な事を吹き込まんとって!」


「えー、残念だわ。佳純ちゃん素直だから可愛くてつい色んな事を言ってしまいたくなるのよねぇ。」



そう言ってアハハと笑った理子の表情が急に峻厳なものに変わった。竹光が一瞬にして真剣に変わったかのような雰囲気の変わりようであった。

その事に目敏く気付いて五感を張り巡らした玄狼の耳にピィーという笛の音のような物が聞こえた。


それは佳純の黄色いTシャツの背中が溶け込んで消えていった夜道の彼方から聞こえて来た。


作品を読んで頂きまして誠に有難う御座います。


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