肝試し
来て頂きまして誠に有難う御座います。是非、作品を読んで頂きますようお願い致します。
※ 注意
この作品はフィクションです。実在の人物や地名、団体などとは関係ありません
梅雨も終わり月が替わって蒸し暑さが増して来た或る日の放課後の教室。
「なあ、今度学校で花火大会あるやろが?」
そう問いかけたのは門城 賢太だった。浅黒い肌に一重瞼の鋭い眦が子供っぽいやんちゃさから大人びた精悍さへと変わりつつある少年だ。
坊主頭から少し伸びかけた短髪と大柄な体がその雰囲気をいっそう助長していた。
「ああ、あるな。それがどうぞしたんか?」
応えたのは水上 玄狼。
首筋近くまで伸びた艶やかな黒髪に映える白い肌、それが二重瞼の大きな眼とすらりとした鼻筋に相まって女の子のように見える。
その中性的な幼気さが成長期の少年へと変わりつつある綺麗な少年だった。
「花火大会終わったら大体、二十時頃やろ。ほんだらアレにピッタリな時間やんか? 夏の夜の男女にもってこいのアレ!」
「何? アレって・・」
「決まっとるがい。き・も・だ・め・し・・・肝試しやが!」
「そんなんどやってやるん? 誰がお化けの役をするんや?
六年生がお化けの役をして下級生を驚かすっちゅうこと?」
「いやそれやったら俺等、何も面白いことないやんか。そうと違て六年生だけで肝試しやるんじゃ。
お子ちゃま達が帰った後で思春期のお兄さんお姉さん達が夏の夜の甘酸っぱいスリルに満ちた想い出を造らんかという話やが。」
賢太の話をまとめるとこういうことだ。
花火大会の後、六年生だけで男女一人ずつのペアを作る。丁度、男女三人ずつだから三組のペアが出来る。
そのペアで定められたコースを目標地点まで歩く。そこであらかじめ置いてあった札を取って帰って来る。最初のペアが帰って来たら次のペアが出発する。
で三組とも終わったら解散する。
そう説明した後で賢太は言った。
「コースの所要時間は歩いて片道8分ぐらいやけんまぁ九時頃までには終わっりょるやろ。その後は俺と団児が亜香梨を送るけん、お前が志津果と郷子ちゃんを送ったらええが。
そなん遅い時間やないきん、最初に親にそう言うとったらおんかれへんやろ。(怒られないだろう。)」
「そうかぁ? 小学生だけで夜の九時まで外をうろついとったらまずないか?
それにその話、他の皆に言うてあるんか?」
「いや、まだ言うとらん。これからじゃ。」
「高田先生には?」
「そなんもん言うとるわけないわ。あのオバハンに言うたら絶対ダメや言うんに決まっとろが。
つまりここは不言実行あるのみじゃ。さ、玄狼、早よ皆に話しに行こうで。」
いや、不言実行ってそういうことなんか? と突っ込みたいのを堪えて玄狼は賢太の後に付いて行った。
団児は別にして女子達の反応は微妙なものだった。
「肝試しかぁー・・・面白そうやけどな。ほんでもそなん時間に
子供だけで何かするやのうちの親は許してくれへんわ、多分。」
「まずそのペアリングはどうやって決めるつもり? それぞれの好みと個人的感情に任せるわけかしら?」
「その肝試しのコースって何処なん? あんまり人気の無い場所を歩っきょったら
あんた等が変な気を起こした時に私等の身が危ないやん・・・」
亜香梨、郷子、志津果の順に次々と不安や疑問の言葉が発せられた。
肝試しの発案者である賢太がそれに答えた。
「うーん、それについてなんやけど誰か年長の人に付き添いを頼めんかなと思とん
やけどな・・どやろか?
ペアの組み合わせはくじ引きで決める予定や。相手が誰になっても文句は無し
ゆう事で行こ。コースは島の西側の海岸通り沿いの大傘松を出発して途中から
陸側の農道を入っていったところにあるコンマイさんの祠までを
考えとんじゃわ。歩いて約8分から9分やしちょうどええぐらいの時間やろ。
後、姫の心配はまずないわ。俺等三人ともそなん命知らずやない
けん・・・イヤ、もし玄狼がマジでその気になったら知らんけどの・・・
ほんでもそうなったら姫にとってもガイに悪い話でもなかろうが。
(すごく悪い話でもないだろう。)
目眩く熱いひと夏のアバンチュールが遂に・・・アイタッ! な、何すんじゃ・・玄狼?」
玄狼にポカリと頭を殴られて賢太は抗議の声を上げた。
「アホか! 勝手な話をすな! なんで俺が強姦魔みたいな真似せんといかんの
じゃ。あるわけなかろが、そなん事!」
すると郷子が軽く頷きながら言った。
「そうね、それはまずないでしょ。玄狼さんは志津果さんの暴力が根強くトラウマになってるみたいだし・・ 二人きりになるのさえ精神的に苦痛なんじゃないのかなぁ?
ねぇ、そうだよね? 玄狼さん。」
「え、イ、イヤその・・志津果の場合、精神的つーか、肉体的苦痛の方が多いかな・・なんて・・・」
精神的苦痛はどっちかつーとお前の方だよ、と言いたいところを堪えて玄狼は曖昧な笑いを浮かべながら志津果の方をチラッと見た。
案の定、彼女は睨むように彼を見ていた。そして湧き上がる何かを押さえつけたような声でこう言った。
「なるほど。それやったら私と玄狼がペアを組めば何の問題もないゆうことやん。
玄狼が私に襲い掛かる心配はないっちゅう事なんやきん。後は賢太と団児、郷子と亜香梨の四人で好きなようにペアリングしたらええんとちゃう?」
「駄目よ、それだと玄狼さんが可哀そうだわ。20分近くも苦痛に耐えながらトラウ
マの対象と接しないといけないなんて。
それに志津果さんが襲われなくてもその逆はあり得るでしょ。」
「ちょっと待ってな。知らん間に玄狼が私にトラウマを抱えとるのが確定
事項になっとるやない?
ほんでその逆て何な? どして私が玄狼を襲ったりするんな!」
言い合う二人に亜香梨が割って入った。
「ハイハイ、一旦、そこで置いておこ。
その前にうさちゃんに話しして許可取るんが先やろがな。
さ、賢太、言い出しっぺはあんたなんやから早よ職員室行かな。」
「エッ、お、俺! 俺が言うんか!? いや、大体これって先生なんかに言うたら
絶対成らん話違うんか?
ましてや俺なんかが言うたら・・・小一時間程正座させられて説教されて終わりや
ないんか・・」
「先生に言えんような話、どのみち誰も付き添いなんてしてもらえんやろがな。
正座ぐらいでビビッとってどうすん? ビンタされるぐらいの覚悟はしとかな。」
「ビ、ビンタ!」
「サッ、善は急げやん。早よ行こ!」
頬を両手で押さえて渋る賢太を皆で引き摺る様にして職員室まで引っ張っていったら結果は意外なものであった。
「肝試し? ええんと違う。面白そうやん。ちゃんと企画が出来たら先生のところに持ってきてご。」
高田先生はそう言ってあっさりOKを出してくれた。予想外の呆気なさに六人全員ポカンとしたまま教室に戻ることとなった。
「これで肝試しは出来ることになったがな。やったやん、賢太!」
団児が賢太の肩を叩きながらそう労った。
賢太はぐったりした様子で椅子にだらしなく腰掛けていた。座板から半分滑りかけた体を背もたれを掴んでどうにか支えている。
「あぁー、怖かった・・・あれ自体がごっつい肝試しじゃが。ホンマどうなるんか思たわ。肝が冷えるっちゅう言葉の意味がよう分かったきん。」
亜香梨がその様子を見てアハハと笑った後で皆に向かって言った。
「ほんなら肝試しの内容を簡単に整理しとこか。
まず時間は花火大会が終わった後直ぐの夜八時から九時過ぎまで。
コースは海岸通りの大傘松を出発して途中から陸側に入っていったところにあるコンマイさんの祠までの道のり。
組み合わせは男女一名ずつをくじ引きで決める。
出発したら祠まで歩いてそこにおいてあるお札を一枚取って出発地点まで帰って来る。で、次の組が出発する。それで三番目の組が帰ってきたら終わり。
そんなとこかな。
後なんかある?」
「はい」と郷子が手を上げた。
「大傘松は枝が傘のように広がった大きな松の木の事でしょ。前に見たことがあるからわかるけどコンマイさんて何?」
「ああ、郷子さんはこの島に来てから短いきん知らんわな。玄狼君は知っとる?」
亜香梨が郷子の質問を受けて答える前に玄狼に確認した。玄狼はこの島に来てから約三年ほどになるがその祠は彼の家がある集落とは島本体を挟んで反対側に位置するため知らないのではないかと思ったのだろう。
実際、彼はコンマイさんという祠の存在は知っていたが行ったことはない。この道の先にそれが在るのだという事を賢太や団児に聞かされて知っている程度だった。
コンマイとはこの地方の方言で小さいという意味である。
細かい → こまい → こんまい、と変わったものであろうと思われる。
こんまい子供、こんまい石、こんまい虫といった風に幼い者や小振りな物を指して使う言葉であった。
「うん、知っとることは知っとるけんど行った事はないんや。コンマイさんて何を祀ってあるん?」
「私もようは知らんけんど何十年も昔、太平洋戦争が終わりに近づいた頃にこの島の親戚を頼って疎開して来とった女の子が行方不明になったらしいんや。皆で手分けして辺り一帯を探したんやけど結局、その子を見つけることは出来んかったんやて。
それから戦争が終わってしばらくしてあの辺りに小さな女の子の幽霊が出るようになったらしいんや。
夜に人が近くを通りかかったら赤い髪をした小さい女の子が道端におってな。
家に連れて帰って欲しいと足にしがみついてくるんやって。
その子にしがみつかれた人は身体の力が抜けて立たれんようになってな。そのままそこで倒れたまま朝まで動けんかったゆう話や。
そんなことが何度か続いたんで有名な鵺弓さんをよんでお祓いしてもろたらそれからは出んようになったらしいわ。
ほんでもそのままではあんまりかわいそうや言う事でその鵺弓さんに頼んでそこにあった祠にその子の魂を配祀したんやて。
何の神様を祀ってあったんかはわからんけどその祠の神様にその子の魂を救っていただけるようにお願いする意味でそうしたみたい。
その女の子は未だ四つかそこらの小さい子やったから誰言うとなくその祠をコンマイさんと呼ぶようになったという事や。
私の祖母ちゃんから聞いた話やけん何処までホンマかは知らんけんどそういう話やったわ。」
亜香梨の説明を聞いた郷子はしばらく黙って考え込んでいたがやがてぼそりと呟いた。
「それって・・・赤シャグマじゃないの?」
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