教師・高田宇紗美(前)
※ 一部、内容が消えておりましたので修正いたしました。申し訳ありません。
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※ 注意
この作品はフィクションです。実在の人物や地名、団体などとは関係ありません
奇妙な沈黙が暫しの間、その場を支配した。女の言葉がそれほどまでに予想外であったからだ。只の小学校の教師が組の名前や構成員の名前を言い当てられるわけがなかった。
もしそれが出来る可能性があるとすれば・・・
「この女・・・まさか警察関係者!」
勝司の頭の中に電撃的に浮かんだのはその考えだった。もしこの女が警察組織の人間であるならばそれはあり得る話だ。
夜道で凶悪な面構えをした極道者に囲まれながら涼しい顔をして立っていられる、その態度にも納得がいく。
警察は法と正義を守る組織というイメージとは裏腹に暴力団と驚くほどよく似た体質を持った組織だ。自分達に牙をむくものは絶対に許さず徹底的に痛めつける。
万が一、警察の、それも若い女性捜査官を脅して暴力をふるったなどという事になれば大変なことになるだろう。
普段は気安く挨拶を交わす顔見知りのパトロール署員でさえ敵意を持った容赦ない官憲に豹変するのは間違いない。
そうなれば如何に山仁組直系の印藤組であろうともたちまちシノギの道を断たれて潰れてしまいかねない。
相手が交通警邏の一巡査に過ぎなかったとしても警察関係者には絶対に手を出さない。それが暴力団社会における不文律だった。
但し、仮にそうであったとしてもこの女は普通ではない気がした。その事実を明かしたところでこの女が警察の手の者だと言う事を自分達が信用するとは限らないのだ。
この高田宇紗美である筈の女教師の行動は実に不可解としか言いようがなかった。
「あんた・・・サツの人間か?」
勝司の懸念をそのまま読んだかのように兄貴分の政広が女に訊ねた。彼女は何の感情も感じられない冷めた声で応えた。
「いいえ、違います・・あたしは城山小学校の教師ですから。」
「ほんならなんで俺や勝司の名前を知っとる? 堅気の先生がそなん事を知っとるのはおかしいやろうが。」
「あら、そうかしら? 他にもまだ知ってますけど。
後ろにいるのは高木紘一、香川隆治、多田明弘でしょ。後、私の後ろを付けて来たのは青木正樹。そしてそちらの大きな外車の奥座席に乗っていらっしゃるのは印藤組幹部の遠山顕司郎さんだったかな?・・確か。」
三木政広は微かに眼をすぼめてじっとりとした視線を宇紗美に送った。そしてその後でぼそりと言った。
「どうやらこのまんま帰すことはでけんようになったな。ガキの居場所を話してくれたらなんもせんつもりやったんやが・・・おい、お前ら、その女を押さえてここへ連れてこい。
知っとることを洗いざらい喋りゃしちゃる!」
政広の言葉に勝司をはじめとする若中達が宇紗美の下へぞろぞろと動き出そうとした。だがすぐに彼らの足は地面に吸い付いたかのように止まることとなった。
まるで魔法のように彼女の手の中に青黒く輝く拳銃が現れていた。白く小さな手に握られたそれは弾倉も撃鉄もない奇妙な形をしていた。
一般人が本物の拳銃など持っているはずがない、そうは判っていても反射的にギョッとして身体が硬直してしまった。勝司は曝け出してしまった怯懦を押し隠すように声を張り上げた。
「ハッ、なんじゃそれは! 威嚇に使うにしてもそげな玩具じゃなしにもっと精巧なモデルガンを使わんかい!」
その胴間声が終わりきらぬうちにパシュッと小さな発射音がした。
次の瞬間、ヴォンッ!という腹底に響く不気味な破裂音と共に硬い小石のようなものが彼等の首筋や背中に弾け飛んだ。
季節外れの雹に遭ったような痛みに顔をしかめながら勝司はそれを手に取って見てみた。その小石のようなものは不定形に割れた無数のガラス破片だった。
後ろに停めてあった黒塗りの外車のフロントガラスが粉々に砕けて吹っ飛んでいた。防弾ガラス仕様である筈のそれの中央部分に人が出入りできるほどの大きな穴が空いている。
現在の防弾ガラスはポリカーボネイト等の種々のプラスチック類をガラスの内部に積層することによって強力な防弾性能を得たものだ。
被弾しても弾の当たった部分のみが白く濁ったようにひび割れるだけでガラスが粉々になって弾け飛ぶなどあり得なかった。
「・・・う、嘘やろが! 357マグナムの弾さえ通さんちゅうガラスが・・・・」
政広が眼を見開いて呆然と呟いた。それを聞いた宇紗美が淡々とした口調で答えた。
「この銃は思念銃って言うの。念を物質化してできた銃弾を斥力能を使って撃ち出すものなんやけどね。ほやけん精神が疲憊せん限り弾は無尽蔵に撃てるのよ。
そのうえ火薬を使わんから熱も音も硝煙の匂いも火花も出さん優等生なの。
威力はご覧の通り、当ったら全質量が念エネルギーに昇華して爆散するからごっついでしょ。
言うたら超小型のミサイル弾みたいな感じ?
当然、弾は非物質化してなくなっりょるから証拠も残らへんしね。人に向かって撃つときは念をちょっと少なめにすれば殺さんで済むから・・・・例えばこんな感じに。」
そう言うと彼女は前を向いたままいきなり銃だけを後ろに向けて撃った。ボンッと爆ぜるような音が響く。同時に何かがボトッと落ちた音がした。
ナイフを手にこっそり後ろから忍び寄っていた青木正樹が雷に打たれたかのように動きを止めて自分の右腕を見つめていた。彼の右手の肘から先が消失していた。
直ぐ足元の地面にはナイフを握ったままの前腕部分が転がっていた。
切断面が黒く炭化して白い煙を上げている。
「オ、オガァッ・・・ヒィッ!」
青木正樹はそう奇声を発すると両眼がぐるりと裏返ってそのまま失神した。
仲間の惨状を眼にしながら勝司達は一歩も動くことができなかった。
女教師の構えた青黒い銃口が毛ほども揺るぐことなくピタリと彼らを狙っていたからであった。
厳しい訓練と実戦を潜り抜けたプロの戦闘員だけが持つゾッとする威圧感のようなものがその小さな体から発散されていた。
「傷口は1500度近い高熱で焼かれているから暫く放っておいても出血多量で死ぬことはないと思うわ。その代わり腕を外科手術でくっつけることは出来ないでしょうけどね。」
心になんの呵責も感じていない声で宇紗美はそう告げた。政広も勝司も他の者達もこの時初めてこの女が如何に異常で恐ろしい種類の人間であるのかに気付いた。
見た目は小動物を思わせる愛らしい容姿を持った人間の女だが中身は手負いの肉食獣よりはるかに危険な存在だった。
自分達はウサギを追い込んだつもりでライオンの群れの前に飛び出したハイエナのようなものであった。
女一人脅して締め上げるのに匕首も拳銃も持ってきてはいない。いや、たとえ持ってきていたとしても同じことだろう。
この女は彼らがクロウという子供の居場所を知るために自分を襲いにやってくることを予想したうえで待ち構えていたのだ。
つまり自分一人で彼ら全員を相手取ることが出来るという絶対的な自信を持っているという事だ。
現に思念銃などという得体の知れない武器を突き付けられて動きの取れない状態に追い込まれているのは自分達だった。
『これからどよんなるんじゃ?! 一体どよんしたらええんや!』
この女がその気になれば自分たち全員を死体に変えてしまうことも出来るだろう。
それを避けるためにはどうにかして交渉するしかあるまい。
だが交渉しようにもこの女の正体は何者なのか、自分達をカウンターの罠にかけたその狙いは何なのか、それが分からない限りどうしようもない状況であった。
その時、外車の後部座席のドアが開いて中から人が出て来た。印藤組の相談役であり伯父貴と呼ばれる幹部の遠山顕司郎だった。
先程のフロントガラスの被弾の際に熱エネルギ―の奔流の余波を喰らったのか側頭部左側の銀髪がチリヂリに焦げて茶色く変色していた。
彼は蒼褪めた顔で宇紗美を見つめると組員たちに告げた。
「今、組長から着信があった。本家の方から緊急連絡が入ったらしい。報復は即刻中止にせぇっちゅう話じゃ!
もしクロウとかいう子供に指一本触れたらウチはおしまいじゃそうじゃ!」
― ― ― ― ― ― ― ― ―
大きく穴の開いたフロントウィンドウから湿った夜気が容赦なく吹き込んでくる。
それによって皮肉なことに車の中に一種の快適さが生まれていた。
しかし車内は重苦しい雰囲気が立ち込めていた。
兄貴分の三木政広も幹部の遠山顕司郎も押し黙ったままだった。勝司も余計な事は言わず黙って運転を続けていた。
他の連中はもう一台の車に乗って島の小さな入り江に向かって行った。そこに用意してある船で青木正樹を本土に運ぶためだった。
流石に片腕を落とした人間を朝の始発フェリーの時間まで放っておくわけにはいかない。この車も本土のフェリー乗り場に着き次第、修理業者に引き渡す段取りになっている。
今は島のフェリー乗り場に向かってゆっくり進んでいる所だった。
車が海沿いの道に出た時、不意に三木政広が声を出した。堪えきれずに声を上げた、そんな感じに見えた。
「遠山の伯父貴、なんで本家がこの話に絡んできたんですかい? これはうちの組だけの話じゃねえですか?
こっちはボンを廃人にされて青木の片腕を落とされとんですよ! このまま引き退がるなんて話を呑めるわけがないやないですか!
組に戻ったら拳銃持って取って返してあの女に落とし前つけささんかったらうちの面子が立たんのと違いますかい!?」
勝司には兄貴分である政広の憤懣がよく分かった。
堅気の感覚からすれば逆恨みもいいところだがヤクザにとってやられたままで引き下がるという事は裏社会で生きていく上で死活問題だ。
あの後、遠山は高田宇紗美に対し征道の件は全て水に流して今後一切、クロウという子供には手を出さないことを条件に手打ちを願い出た。
彼女はあっさりとそれを受け入れて彼らの車を除けさせると砂利道の続く闇の彼方へと車で消えた。
「約束は守ってくださいね。
さもないと今度は腕一本くらいじゃ済みませんから・・・
尤もあの子に指一本でも触れて彼の母親を怒らせたりすれば私なんかの比じゃない恐ろしい神罰が降りかかってくるでしょうけど。」
という科白を残して・・・
政広の咎めるような問い掛けに遠山顕司郎はジロリと細い眼で彼を見た。そしてチリヂリに焦げて縮れた髪を手で梳きながら答えた。
「あの女はの、只の女教師なんかやない。あれはクロウやら言う子供を瞠り護るためにある組織から派遣された女じゃ。
三木よ、お前の無念さも分からんではないけんどの、相手は天下の山仁組が黙って道を譲るほどの存在ぞ。
うち如きが逆立ちしたって刃向える相手やないが。この世界は力が全てやゆうことはお前やったってようわかっとろがい。」
すると三木は呻くような声で訊いた。
「・・・・それはなんちゅう組織なんです?」
「わしもそこまでは聞いとらんがい。まぁ、世の中には知らん方がええちゅうこともあるけんの。」
そう言って遠山は腕を組むと目を瞑った。しかし彼は本当はその組織の名前を知っていた。それはまだ彼が駆け出しの若中であった頃に小耳にはさんだ名前と同じものだった。
それを教えてくれたのは当時所属していた組の若頭だったが同時にその名をみだりに口にするなとも戒められた。
あの女教師の仕業を思い出して彼はあの戒めが正しいものであったことを改めて理解した。
組長の印藤要蔵から携帯電話で聞いたそれは何十年ぶりに聞く名前であった。
「確か・・・高天ヶ原・・・やったかいの。」
胸の中に若き日の懐かしい想い出が甦ってきて彼はひっそりとほほ笑んだ。
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