表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
瀬戸内少年鵺弓譚  作者: 暗光
トンボカミ
29/90

管狐とトウビョウ

※ 新たにブックマークして頂きました方、有難う御座います。

  これからも宜しくお願いします。


来て頂きまして誠に有難う御座います。是非、作品を読んで頂きますようお願い致します。




※ 注意 


この作品はフィクションです。実在の人物や地名、団体などとは関係ありません。


玄狼は目の前に立つ二人をじっと見つめた。一人は赤く髪を染めた少年で引き攣った表情で彼を見ている。

今しがた目前で起きた異常な事態に動揺しているのが明らかだった。


もう一人は黒い髪を後ろで束ねて赤い紐で括った少年だった。少年と言っても中学生には見えない。体格や雰囲気から判断しておそらく高校生位の年頃だろう。

だが実際に高校に通っているのかどうかまでは玄狼にはわからない。


こちらは全く動揺した様子が感じられなかった。それ自体が異常であった。

通常の感覚であれば目を覆うようなこの惨状に何の恐怖も感じないわけがなかった。だがうっそりとそこに立つ少年からははなんの脅えも感じられない。

只、触れただけで切れそうな鋭い刃物のような雰囲気がその全身から漂っていた。



「へぇ? 驚いてないんだ・・・・凄いな。お兄さん、怖くないの?」



玄狼は無邪気に驚いた声で訊ねた。黒髪の少年(まさみち)は冷たく錆びた低い声で答えた。



「驚きはしたけんど怖くはない。俺はもう十年以上前から怖いと思うたことがないんじゃ。逆に相手からはおとろしがられるがの。


俺がちょっと睨んだだけで年季の入った筋者のおっさんでさえビビッりょる。

だがそれは親父がヤクザの組長じゃいう事とは関係なしじゃ。

俺の事を全く知らん奴でもそうなるんじゃ。


匕首ドス呑んどっても拳銃チャカ持っとっても皆、蛇に睨まれた蛙のように動けんようになっりょるが・・・どしてかわからんけんどな。

で、いつの間にか ” 蛇眼 ” の征道 言うて呼ばれるようになったわ。」



征道がズルッと滑るように前に出た。玄狼をその冷たい硝子質のような眼で見ながらぼそりと呟く。



「そこの女のガキも普通とちごとったがお前はそれ以上にやばいガキやな。いきなり現れて面妖な術使いくさって・・・


有り金取ってちょびっと痛めつけて口止めしたらそのまま全員帰すつもりやったんやがの。仲間を三人も潰されてしもたら只で返すっちゅうわけにはいかんがい。

少々、怖い思いをしてもらわなの。(もらわなくてはな。)


お前、凍れや・・・・・蛇眼!」



征道が玄狼に向かってその言葉を発した途端、彼の眼の周りに暑い夏の日の陽炎のような大気の揺らめきが発生した。


玄狼は己の体に何かがズルズルと絡みついてくるのを感じた。無数のとげを持った触手のようなザラザラとしたそれは彼の体を這いずり回ると恐ろしい力で締め上げて来た。普通の人間なら身体の各所に骨折を起こしかねないほどの圧力だ。


玄狼の身体と重合する半物質化された念体は幽世かくりょと呼ばれる異次元と現世うつしよと呼ばれる三次元の狭間に存在する。

そのため重力の影響は受けないが物質としての質量と強度は持っている。故に暴力などの外部からの物理的衝撃はほぼ無効に等しい。


しかし印藤 征道の眼から放たれた無形の力は玄狼の内部、精神にも異変をもたらすものだった。

その眼に睨まれた瞬間、くろうの胸裡をゾッとするような感覚が襲った。肺腑と心臓を同時に鷲掴みにされたような悍ましい感触がギチギチと脳髄を侵食してくる。


『これは・・・呪瞳術じゅどうじゅつ! この人、邪眼の使い手?!』


呪瞳術じゅどうじゅつは巫無神流神道において上位に属する術である。視線だけで相手に様々な悪障をもたらす瞳術の一種でヨーロッパでは古代よりイーヴィルアイと呼ばれるものだ。日本では邪視、又は邪眼、魔眼とも訳される。


だが玄狼を支配しようとするその邪悪な意思の侵入は突然現れた巨大な物体によって断ち切られた。

畳半分ほどもある真っ黒な斧の刃が二人の間を遮るように現れたのだ。

と同時に玄狼を襲っていたあの悍ましい感触も潮が引くように何処かに消えていった。


やがて斧がゆっくりと上に揚がって止まった。くろうはフウーッと大きく息を吐くと再び征道を見た。

今度は逆に玄狼の眼の周りの大気がゆらゆらと揺らめいた。暫くして彼は静かに告げた。



「今、念視してみて判ったけどお兄さん、あんたにはあやかしが憑いていたんだね。おまけにもうそいつに魂を半分近く喰われてしまってる。


もう後何年かしたら征道さんだっけ、あんたの自我はどっちのものだか自分でも分からなくなってしまうかもしれないよ。

憑き物や式神は術者が使い方を誤ると術者の方が喰われてしまうんだ。今のお兄さんみたいにね。」


「俺が・・・喰われているだと?」



征道の問いかけに玄狼は無言で頷いた。彼には征道の身体に絡み付く巨大な蛇体が視えていた。いや、それは絡みつくというよりすでに征道の身体に融合していると言った方が正しかった。


大人のふくらはぎほどもある胴回りを持った青黒い大蛇が少年まさみちの身体を縫うように通り抜けて巻き付いていた。


その肩口からヌッと生えた鎌首をもたげてラクビーボールほどもある頭部を玄狼に向けている。大きく割れた口から覗く二股の赤い舌がチロチロと不気味に蠢いていた。



「お兄さんにはずっと蛇の式神が取り憑いていたんだ。あんたは長い間恐怖を感じたことがないと言ったよね。それはその蛇があんたの感じた恐怖をすべて喰ってしまっていたからさ。」



中国・四国地方においてはトウビョウと呼ばれる憑き物筋の家系が存在する。

トウビョウとは蛇の姿をした憑き物で特に鷹松市が所在するこの地域ではそれをトンボカミと呼ぶ。


トンボカミの憑いた家筋はトウビョウ持ちと呼ばれて忌み嫌われていることが多い。

何故ならトンボカミは飼い主が怨みを抱いた相手に憑いて災いをもたらすと信じられているからだ。


それがどういう経緯を辿ったものか印藤 征道というまだ幼い少年に憑くこととなった。少年に憑いたそれは長い年月をかけて脱皮を繰り返し彼の恐怖を食らい続けることで熱帯地方に生息する巨大蛇ボアに匹敵するほどの念体を得た。


それはその対価として周囲から ” 蛇眼 ” と綽名される念能力を少年まさみちに与えた。そして今やそいつは少年まさみちの精神を乗っ取るまでに成長を遂げていた。



「お兄さん、近頃、小さな虫や動物を見ると時々妙な気持になったりしない?

例えば・・・それらを ()()()()()()()() とか?」


「・・・・・・!!」



征道が一瞬、驚いたような表情をその顔に浮かべた。



「ああ、やっぱりあるんだ。それはその蛇の式神が原因だよ。誰が何故それを憑けたのかは分からないけど・・家族の誰かが他の誰かに恨まれていたのかもね。」



極道稼業をやっていれば人に恨まれる所業など山ほどやってのけている。それらのうちの誰かがトウビョウ持ちの家筋だったのかもしれない。

そしてトンボカミは親ではなくまだ子供であった征道に憑いたのだろう。



「俺にその式神とやらが憑いとるとしてお前はどうするつもりなんや?」


「どちらにしてもその蛇の妖を祓わなければこの場は治まらないでしょ。

でもその妖を祓ってしまえばお兄さんはまともではいられなくなるよ。なにせ魂の半分近くをそいつと同化してしまっているんだから・・・


それは気の毒だけど仕方がないんだ。今までそこの仲間たちと散々やって来た悪さの報いだと思って諦めてもらうしか。」


「お前の掛けた術がこのおかし気な状況の原因なんだろが。ちゅうことはお前が死んだら術も解けてこのおかし気な状況も元に戻るんやろ? 


ほんならお前を殺せばええだけやろがい。得体の知れん術でえらい硬い体になっとるみたいやがの。

蛇眼でお前の精神こころを縛っといて刃物ヤッパで刺したらどうなるじゃろかの?」



征道がそう言ってうっすらと冷たく笑った。蛇妖の本能と意識が彼の判断を効果的なものへと導いているのだろう。彼の言っていることはあらかた間違ってはいない。


征道が呪瞳術じゃがんを最大限の力で開放すれば玄狼の特殊な念能である ”創造” は破られる可能性がある。そうなれば金属質に実体化した念も元の非物質へと戻ることになる。


生身の体となった玄狼はただのひ弱な小学生に過ぎない。征道が匕首で刺せばたやすく絶命する。彼が 死ねばこの廃工場の空間の一部に干渉している念能も消えて時空の捻じれはそれ自体が持つ空間弾性によってゆっくりと元に戻るだろう。


そうならないためには逆に征道に憑いた妖を祓うしかない。それだけを考えるのであればそれはそう難しくはない話だ。

前鬼、後鬼の妖力をもってすればこの程度の蛇妖など一ひねりであるが実際上、彼らを実体化させて使役するのはかなりの危険性が伴う。


あまりにその力が強大過ぎてまだ半人前の鵺弓でしかない玄狼には制御するのが難しいからであった。万が一、術者の手を離れて暴走させてしまえばその惨状は蛇妖などの比ではない。


高位かつ膨大な玄狼の念を喰らった彼らがもたらす破壊はこの寂れた住宅街をまさしく鬼の棲み処に相応しい地獄へと変えるだろう。


しかしそれは玄狼を護る存在が他に何もなければの話であった。

彼は深く目を瞑ると両掌をゆっくりと擦り合わせるように前後左右へと動かし続ける。それは何か丸いものを形作るような動きだった。


やがて彼は両掌の間から細長い円柱状の物体を取りだした。まるで卓越した奇術師の技を見るかのように突然現れたそれは直径四センチ、長さ十五センチほどの竹筒だった。


玄狼はそれをそっと床の上に置いた。するとその中より一匹の小さな生き物が現れた。鼠と栗鼠の中間程の大きさのその生き物はしなやかに伸びた長い首と胴体を持っていた。


それは征道の方を見た途端、細く赤い口を大きく開きシャーッ!と激しい威嚇の声を上げた。征道の身体にとぐろを巻いた大蛇の姿を認めたためらしかった。


使役主くろうの念を凄まじい勢いで喰らいながら、たちまちそれはムクムクと大きくなってポメラニアンほどの姿になった。更に体は大きくなり柴犬ほどの大きさに成長する。

それでも成長は止まらずついにはジャーマンシェパードほどの大きさになった。だがそれは犬ではなく狼や狐とも違う。


強いて言うなら狐と猫を合わせてそれを長く大きくさせたような生き物であった。



「こいつは中部地方で多く伝承される管狐くだぎつねという憑き物の一種だよ。

人や家に憑く妖で放っておくとあっという間に増えて手に負えなくなる。


数か月ほど前に母さんが頼まれてその管狐くだぎつねを祓ったことがあったんだけどその内の一匹が家まで憑いて来たんだ。

それを捕まえて僕の式神にして使役つかってるというわけ。


管狐くだぎつねって言っても正体は狐じゃなくていたちらしいけど。

でも知ってる? 

いたちって蛇を捕食するんだ。つまり蛇の天敵だってことさ。」



管狐と呼ばれた巨大な鼬の妖(しきがみ)がジャーッ!っと吠えた。それを見た征道の顔がギョッと強張った。

色濃い恐怖が彼の顔を覆っていた。恐怖を感じない筈の彼が初めて見せた人間らしい感情の発露だった。



「憑いた人間の恐怖は喰らうことが出来ても己自身が覚えた恐怖を喰らうことは出来ないようだね。

征道さん、それが恐怖だよ。奪う側から奪われる側になったらどんな気持ちかよくわかるでしょ。」



玄狼がそう言ったと同時に征道がドサリと床に崩れ落ちた。その身体からトンボカミがずるりずるりと抜けていく。


そいつは床の上にその太く長大な体をズルズルとくねらせながら逃げていこうとしていた。それを見た管狐がトンボカミ目掛けて襲い掛かった。


使役主の念によって賦活化され巨大化した二匹の妖が烈しく絡み合い咬みつき合って闘う。だが勝負はあっという間に付いた。


質、量ともに圧倒的に勝る玄狼の念を取り込んだ管狐がその鋭く長い牙をトンボカミの頭部にズブリと突き立てた。脳髄を二本の牙に刺し貫かれて蛇妖はその全身を激しく痙攣させてのたうつとやがて動かなくなった。


管狐は動かなくなったトンボカミの頭部を食いちぎるとその巨大な蛇体を吸い込むかの如くあっという間に平らげた。


玄狼が ” ()ね ” と小さく呟くと管狐の大型犬ほどもある身体は風船の空気が抜けるかの如く収縮して小さくなり床の上に置かれた竹筒にもぐり込んだ。


玄狼はその竹筒を手に取ると取り出した時と同じように両掌に挟んでコロコロと廻すような仕草をした。彼が両手を開いた時、竹筒は煙のように消え失せていた。


二匹のあやかし達が闘い終えた冷たい床の上には征道の身体がピクリとも動かないまま横たわっていた。



※ どうにか窮地を脱した少年少女達。だがその後始末はどうなる?

  



作品を読んで頂きまして誠に有難う御座います。


ブックマーク、評価等を是非、お願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ