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瀬戸内少年鵺弓譚  作者: 暗光
トンボカミ
26/90

蛍の式神


来て頂きまして誠に有難う御座います。是非、作品を読んで頂きますようお願い致します。


※ 注意 

この作品はフィクションです。実在の人物や地名、団体などとは関係ありません


商店街の大通りの道端で玄狼と郷子は通りを行く人々を眺めていた。二人とも先程まで一つ向こう側のL通りを少し戻ったところにあるカフェで高田先生の話を聞いていたのである。


その話が終わりカフェを出て此処にきてからもう十分程になる。彼女に聞かされた話の内容はそれほど大したものではなかった。

要約すれば


不用意に知らない相手に付いて行かないこと。

人前での念能の使用を極力、控えること。

なるべく人の少ない場所で一人になる状況は避けること。

何か不審なことがあった場合は必ず先生に連絡すること。


といったところだ。


はい、判りましたと答えて先生と別れ、二人一緒に此処、M商店街へとやって来たのだが志津果達の姿は見当たらない。

何度か場所を替えて人の波を見てみたのだが四人のうちの一人として見つけることが出来なかった。


スマホで呼び出してみたら? という玄狼の言葉に郷子が自分のスマホを取り出した。電話番号は先ほど先生から渡されてあった。


数回の呼び出し音の後、相手が出た。しかし何故か、スマホを耳に当てた郷子が怪訝な顔つきになった。



「・・・も、もしもし・・・亜香梨さん。 浦島です。今何処にいるの?」



玄狼は郷子の持つ受話器の向こうで泣き喚くような声が聞こえた気がした。亜香梨の声のようだが離れて聞いているのではっきりしない。


だが郷子の表情と声が驚きから緊張したものに変わっていた。



「どうしたの?! 何かあった? 落ち着いて・・・場所を言って頂戴。」



何故か途中で通話が切れてしまったらしい。郷子が一生懸命

 

『もしもし! もしもし!』 と何度も呼び掛けている。


彼女はスマホから耳を離すと再度呼び出しをかけた。しかし返って来たのは


『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません』


という自動音声によるアナウンスだけだった。


玄狼は手に持ったスマホを睨むように見つめている郷子に問いかけた。



「どうしたの? 亜香梨達は何処にいるって?」



「それが・・・分からないって。 騙されたとか言ったきりで切れてしまったわ・・」


「騙された? 誰に? 誰に何を騙されたのさ?」


「わかんない・・・でも急がないと! 何か良くないことに巻き込まれたんだと思う。」


「良くないことって・・犯罪みたいなこと? 

それなら警察に言った方がいいんじゃないの?」


「それだと間に合わないかもしれないわ。多分、小学生のいう事なんてまともに相手にしてくれないかも?」


” じゃ、高田先生に言って警察に一緒に行ってもらったら ” と言いかけて玄狼は口を噤んだ。郷子の様子を見る限り時間的猶予はほとんどなさそうな感じだ。


高田先生は集合時間の五分前までにはこのカフェの前に来ておくことと言い残して何処かに行ってしまった。集合時間まではL通りかM商店街の辺りを少しブラブラするつもりらしい。

今から彼女を探したところで見つかるかどうかはわからない。


すると郷子が真剣な表情で玄狼の顔を見つめながら言った。



「玄狼さん。 貴方、皆と別れる前に志津果さんに式神を憑けた筈よね。」


「えっ? 気付いてたのか? いや、なんか携帯だけだと頼りない気がしてさ。尤も電源さえしっかりしていたらそっちの方が余程便利で正確だけどな。

GPSだって使えるし。」


「でも今回はそれで正解だったよ。さぁ、その式神を使って皆を見つけに行こう。」


「わかった。でも此処じゃ人目があって不味いからあっちへ行こ。」



玄狼が式神の召喚に選んだ場所は通りに面した路地を少し入ったところにある居酒屋の前だった。店が開くのが夕方以降の為かこの時間は周りに人は見当たらなかった。


玄狼はその場所で静かに手を合わせて呪文のような言葉を発した。

それは今朝、彼が志津果達と別れる時に彼女の手を握ってぶつぶつと呟いた言葉と同じものだった。



《その子らに 捕えられむと 母がたま 蛍となりて()を来たるらむ》



そうして彼が両掌を開くとそこから青白く輝く豆粒ほどの光玉が現れた。

それはゆらゆらと揺れながら明滅して空を飛んだ。玄狼はそのか細い光跡を目で追いながら郷子に言った。



「あの光が志津果達のいる所へ案内してくれる筈だよ。じゃ、付いて行こうか。」



恐らく自分達二人にしか見えないその儚げな青白い光糸を一緒に追いながら郷子が訊いた。



「蛍を模した式神のようだけど随分と変わった祝詞のりとね。神道九字も切らずに・・・それは何処の流派の祝詞なの?」


「あれは祝詞じゃなくて短歌だよ。」


「短歌? 何故そんなものを祝詞に?」


「式神たって結局、念能だからな。難しくて意味の分かんない祝詞なんかよりも思いを込められる言葉の方が良いだろ。そっちの方が術の効果も出やすいし。」


「でもそれじゃ鵺弓師の試験は通らないわよ。」


「試験の時はちゃんとした祝詞なり祭文なりを覚えるさ。」


「呆れた・・・で、その短歌ってどういう意味なの?」


「この短歌うたを詠んだのは窪田空穂くぼたうつぼという名の歌人さ。この人の奥さんはまだ幼い子供たちを残して亡くなってしまったんだ。


夏の夜に蛍を追う我が子達を見て、その子供 達に捕えられようとして妻の魂が蛍となって遠い夜道を還ってきたのだ、そう思って詠んだ短歌うたなんだって。


志津果にはこの式神を造った時の念の半身を憑けてある。つまり片方の蛍が己の半身であるもう一方の蛍を求めて飛んでいくように作られた術なんだ。


だから別れた者同士が再び巡り合うことが出来るようにという意味を込めてこの短歌うたを祝詞として選んだのさ。」


「そう・・なんだか哀しい短歌うただね・・・」


玄狼の説明を聞いた郷子はそう言ったきり何も言わず彼の横をついて来る。

郷子の父と母が離婚したため現在、彼女は母とは一緒に暮らしていないことを彼は思い出した。

ふと盗み見た彼女の横顔がどこか寂しそうに見えて玄狼は少し胸が痛んだ。




― ― ― ― ― ― ― ― ―




小山 乾司(こやま かんじ)は中学生とは思えないその堂々たる巨躯をくゆらすように足を進めた。眼の前の少女は無表情にこちらを見たまま立ち尽くしている。


めったに見かけないほどの奇麗な容姿をした少女だった。まだ幼さが残る体つきと凛とした整った目鼻立ちがベリーショートの髪形と調和してまるで美少年のように見えなくもない。


トップは白いTシャツの上から青いボタンダウンシャツを羽織っていて

ボトムはモスグリーンのチノクロス地のショートパンツを履いている。

足元は分厚い靴底をもったハイカットの赤いバスケットシュ-ズで固めていた。


乾司にとってドンピシャのストライクとも言える美少女だ。

その清冽な顔が恐怖に歪んで泣き叫ぶ様を想像して彼の胸にゾワッと痺れるような疼きが広がった。興奮で嗜虐的サディスティックな笑みが口元に広がる。


仲間のヤンキー二人を数瞬で叩きのめした手練は大したものだが所詮は百五十センチ少々の小柄な小娘だ。捕まえてしまえばどうにでもなる。


そう考えた彼はその丸太のような太ももをよじり合わせながら内股で少女ににじり寄った。あの電光石火のような金的蹴りは警戒する必要があったからだ。


少女は先程からじっと佇んだままだ。何故か両手を合わせて合掌している。

彼はそのことに少し不審なものを感じはしたが気にせず少女の体に太い手を伸ばした。


その華奢な肩にバカでかい芋虫のような指が届こうとした瞬間、乾司は聴覚と視覚に異常を感じた。突如、視界が真っ暗になって同時に音も聞こえなくなった。

ヤスオが何処からかかっぱらってきたバッテリー式の照明器具で中は充分に明るかったはずだ。


それが今は光源のない密室に閉じ込められたかのような真っ暗な闇と化していた。眼だけではなく耳も同様だった。

口腔から鼓膜に直接響くハァッ、ハァッという自分の呼吸音以外、何も聞こえなくなっていた。


突然訪れた原因不明の無音と無明の世界は乾司の心に逃げ場のない恐怖を生じさせるには充分だった。彼は怒号をまき散らしながら腕を無意味に振り回した。


それこそが敵の狙いであったことに気付いた時はもう遅かった。

がら空きになった胸と腹の境目部分に硬く鋭い破城鎚の如き猛打が撃ち込まれた。

それは細く尖った志津果の肘だった。


彼女は”闇袈裟” の念術によって小山乾司の視覚と聴覚を狂わせ、曝け出されたその水月に体全体を叩きつけるような肘打ちを送り込んだ。


体幹が地面に対して逆放物線を描くような歩法で相手の懐に踏み込むと同時に極近の間合いから斜め上に向けて全慣性を乗せた肘を突き込む。

中国拳法の発勁を使った肘撃によく似たそれは独鈷衆の武技の一つだった。


太陽神経叢にり込むようなその衝撃は乾司の横隔膜を痙攣させ肺の空気を一挙に押し出した。



「がはっ」



大きく息を吐き出した乾司の顎先が反り上がった。同時に志津果の体が独楽のように宙に舞う。地面と水平に浮かんだ身体を軸にして小麦色の引き締まった脚が扇風機の羽の如く回転するとそれ(あご)を掠めるように打ち抜いた。


強烈な脳震盪を起こした乾司が床に崩れ落ちるのと空中側転を終えた志津果の足先がタンッと乾いた音を響かせて着地したのがほぼ同じだった。


即座に真紅のバッシュの分厚い靴底が空へと跳ね上がる。

泥人形のように床に臥したかんじの首裏を志津果の足刀が容赦なく踏み打った。手心を加えているとは言え独鈷衆の武技はまさに非情に徹したものだった。


壁のそばでガタンと音がした。椅子が後ろに倒れている。今までそこに腰掛けていた人間が立ち上りざまに跳ね飛ばしたのだ。

身長は百七十センチ前後、体重は六十キロ半ばといったところだろうか。中学生としては大きいが巨漢というほどではない。


ただ異様なのはその少年の全身からにじみ出る光輪オーラの如き威圧感だった。

特にその眼が発する冷たい刃物のような視線は見る者をゾッとさせるだろう。

玄狼や郷子のような強い念視能を持たない志津果でさえ肌がチリチリと粟立つような感覚を覚えるほどだった。



「こら驚いたが。小学生の小娘がおとろしいほど強いんじゃの。トシキやカズマサはともかくカンジまでがやられるとは思わんかったわ。


ハッ、おなごのガキ相手にこの征道まさみちさんが出張らないかんとはの。嬢ちゃん、お前一体何者や?」



錆びた冷たい声でそう言いながら少年は黒いジャージの裾を捲った。露わになった腹部には白い晒しが堅く巻かれている。

その晒しの上部から木の棒のようなものが頭を覗かせていた。それを掴んだ少年の手が取り出したものは一振りの短刀だった。


彼は左手でするりと鞘を抜き払うと右手に持ったそれを志津果に向けた。凍てついたような銀光が彼女の眼を刺した。

刃渡り三十センチ近いそれは裏社会の筋者達が好んで身に着ける匕首ドスと呼ばれる凶器だった。


志津果の背筋をゾクリとした冷たいものが撫で上げる。如何に大人顔負けの戦闘力を身に着けていたとしても精神そのものは12歳の少女に過ぎない。

触れれば切れる刃物の怖さは彼女の体を竦ませた。


征道と名乗った少年はつかつかと歩み寄って来る。まるで散歩の途中で出会った見知った隣人に近づくような闊達さだ。

五メートル近く開いていた距離が半分程に縮まった時、彼は左手に持った白木の鞘をいきなり志津果の顔めがけて投げつけた。


志津果は素早く顔を反らして鞘を避けた。そのコンマ数秒の間に征道の体は彼女に肉薄していた。振り上げた右手の刃物が銀輪を描いて振り下ろされる。


退けば切られる。受ければ受けた場所が切られる。それが白刃の恐ろしさだ。

彼女は躊躇わず前へと踏み込みながら左手の腕刀で相手の腕を払った。


父から受けた独鈷衆の修練の中には刃物を持った相手への対応も組み込まれていた。

父は彼女にこう言った。



『刃物を持った敵と相対したときは出来る限り闘わずに逃げろ。

だがもし逃げることが叶わぬ状況に陥った時は思い切って前に出なさい。


真剣が本当に恐ろしいのはその刃先のみ。

長刀であれば刃先十寸、短刀であれば刃先三寸、これ以外の部分であればたとえ切られても骨で止まる。その一瞬を使って敵を倒すのだ。


無論、その手足は二度と使い物にはならなくなるかもしれぬがな。

しかし逆に言えば腕一本、足一本捨てる覚悟があれば生き延びることが出来るという事になる。

先人の残した有名な句にこういうのがあってな。


” 切り結ぶやいばの下こそ地獄なれ 一歩進めばそこは極楽 ”


取る意味は人によって様々に違う。ゆっくり考えてみるがいい。』



志津果は更に踏み込んで真っ直ぐに伸ばした人差し指の先を征道の喉元に突き立てようとした。


だが実は刃物による攻撃こそがフェイクであった。相手を死に至らしめるような凶器は結果的に己の首を絞める事になる。

狡猾な少年はそのことを知ったうえで陽動フェイントとしてそれを使ったのだ。


志津果を待っていたのはいかな達人でも躱しようがない攻撃だった。

征道が左手に隠し持っていた小さなスプレー缶から噴出された一条の液柱が彼女の眼の周りに命中した。


その液体はオレオレジン・カプシカム。一般名唐辛子スプレーと呼ばれる強力な催涙剤であった。



「ギャアァァァァァァーーーー」



少女の苦痛に満ちた悲鳴が冷たいコンクリートの壁に響き渡った。




※ 拘束された四人に加えられようとする残虐ないたぶり。そこへ現れた玄狼と郷子。

  だが不良達のリーダーはとんでもないバックを持っていた。


  



作品を読んで頂きまして誠に有難う御座います。


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