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瀬戸内少年鵺弓譚  作者: 暗光
トンボカミ
25/90

不良少年達

※ 新たにブックマークして頂きました方、有難う御座います。これからも宜しくお願いします。




来て頂きまして誠に有難う御座います。是非、作品を読んで頂きますようお願い致します。


※ 注意 

この作品はフィクションです。実在の人物や地名、団体などとは関係ありません


ゴッという硬く重い衝撃が賢太の顔面を襲った。一瞬、目の奥に火花が散り鼻の奥にきな臭い匂いが充満した。やがて鼻腔からドロリとしたものが垂れてきて口の中に溜まった。苦く生臭い金属臭が口の中に広がる。


賢太はそれをごくりと飲みこんだ。喉の奥を硬いものが通り抜けるような異物感があった。


彼の横には同じように赤く顔を腫らし鼻血を垂らした団児が床に蹲っていた。

恐怖に強張った顔をしている。腫れあがった唇の片方が無残にヒクヒクと痙攣していた。


壁際には泣き顔になって慄える亜香梨をかばうように抱きしめた志津果が二人の男子を睨みつけていた。


そして賢太の前にはどっしりとした体つきの坊主頭の少年が立っていた。それがたった今彼を殴りつけた相手だった。

少年と言っても百七十センチ半ばほどもある身長に八十キロを優に超える体重を持った体躯は既にその範疇を超えていた。


小学六年生としては大柄な賢太であってもまだ本格的な成長期はこれからである。質、量共に圧倒的な体格差を持った相手を前にしては為すすべがなかった。


他人に殴られるのは初めてではない。島民の大半は荒くれ者が多い漁師達である。

そのせいか近所の年上の子供達はやんちゃなのが普通であった。今までにそうしたあんにゃん達との喧嘩も数えきれないほど経験してきている。


賢太は目上の奴らにも負けたことはない。彼が後れを取ったのはただ一人。この場にはいない彼奴あいつだけだ。


しかしこの廃工場の部屋にたむろしていたのはそうした荒事に手慣れた連中だった。

いわゆる不良ヤンキー共だ。その中でも恐喝による金銭の収奪行為を常習にしている相当にたちの悪い集団らしかった。

賢太達は蟻地獄の巣に引きずり込まれた蟻のようなものであった。


目の前の不良少年が巨体に似合わぬ甲高い声で喚いた。



「アホが。

おまえらみたいなガキが逆ろうたってどよんもなるかぁ。(どうにもなるかぁ。)

おとなしいに持っとる金出したらええんじゃが。」



賢太もここに連れ込まれて金を出せと最初に言われた時はそのつもりだった。金さえ出してしまえばいつまでも拘束されることはあるまい。長時間、行方が分からなくなれば心配した大人たちが動き出すことになる。

こいつらだってそうなったら不味いぐらいのことは判っているだろう。


それに数も力も相手の方が遥かに上だ。だから今は逆らわずにこの場を逃げ切ることだけを考えようと思った。

取られた金は後でどうにでもなる。大人たちに任せておけばどうにかしてくれるはずだ。そう考えて言われるがままに財布ごと金を差し出そうとした。


だがその行為は突如として発された声によって中断された。



「キャァッ、な、何するん! い、イヤァーーー!」



それは亜香梨の悲鳴だった。二人の少年が彼女の体をまさぐっていた。一人は痩せた青白い顔の少年、もう一人はずんぐりとした色黒の少年だった。

二人とも髪と眉毛を金髪に染めている。眉毛を細く剃り上げているためその剃り跡が異様に青黒い。


痩せた方はどこか焦点の定まらないようなドロンとした眼をしていた。それが顔全体に不気味な印象を与えている。シンナー吸引の常習者みたいな雰囲気を纏わりつかせた少年だった。


ずんぐりした方はぎろりとしたどんぐり眼から尖った視線を投げかけている。狭い額とざらついた分厚い唇がその顔つきを一層険悪そうなものにしていた。


まるで死神と悪魔の下っ端コンビという表現がピッタリくる二人組だった。



「おっ、こいつ小学生の癖にものごっつむっちりしたエロイ体しとるで。」


「ほんまやな。財布でも隠せるん違うんかいうような乳とケツの谷間やが。

よし、いっちょ俺らで身体検査しちゃろで。」



いきなり死神っぽい方が筋張った指で亜香梨の胸をピンクのブラウスの上からむんずと鷲掴みにした。

ほぼ同時に小太りの悪魔っぽい方がブラックウォッチのスカート越しに彼女の臀部のはざまにずんぐりとした指を滑り込ませた


思春期の少女にとって最も微妙であろう箇所に加えられた痛みと羞恥に彼女は悲鳴を上げた。それが賢太達の聞いた先ほどの悲鳴だった。



「なにすんじゃ! こらぁ!」



その状況を理解した途端、賢太は我を忘れて二人に飛び掛かった。ずんぐりした方を殴りつけて痩せた方を突き飛ばした。

亜香梨を背中でかばいながら夢中で志津果のいる方に押し出す。


不意を食らったヤンキーの二人は ”おどれ!こんガキがぁー!” と怒りの声を上げると賢太に殴りかかった。

そこへ遅れて参戦した団児を合わせて四つ巴の乱戦状態となった。島の漁師達に揉まれて育った賢太は気性も激しく膂力も強い。

体も中学生達に比べて遜色ないほどに大きかった。小学生とは思えぬ賢太の暴れっぷりに業を煮やした二人組は同時に彼に飛び掛かると部屋の中央に立つ大きな影に向かって賢太を突き飛ばした。



「小山さん、こいつ頼むわ!」



呼ばれた名前の通り小山のような巨体が賢太の前にのそりと立ちはだかった。その相手を見たとき彼は


『こら、無理じゃわ。俺の手には負えん相手じゃが・・・』


と思った。


その時突然、けたたましい音量のメロディーが部屋全体に鳴り響いた。その音は亜香梨の肩から袈裟懸けに掛かったネイビーのポシェットの中から聞こえてきていた。


『これ、高田先生うさちゃんの携帯が鳴んりょんや! 浦島さんからや!』


そう気づいた亜香梨はポシェットから大急ぎでiPhoneを取り出した。震える指でもどかしく応答ボタンを押して耳に当てると必死で声を上げた。。



「もしもし! もしもし! 」


「・・・も、もしもし・・・亜香梨さん。 浦島です。今何処にいるの?」


「浦島さん! た、助けて‥お願い! 早よ、来てえぇ!」



泣き声交じりの悲鳴のような亜香梨の呼びかけに電話の向こうで暫し沈黙が生じた後、郷子の真剣な声が聞こえた。



「どうしたの?! 何かあった? 落ち着いて・・・場所を言って頂戴。」


「えっ、場所?・・ば、場所は分からんの。

うちら騙されて連れてこられ、あっ・・・カ・カエ シ テ」



小太りの少年の手が伸びて亜香梨の手と耳の間からiPhoneをもぎ取った。

彼はそれを仲間達に見せながら言った。



「こいつらスマホやらっとたが。GPSで追跡されたりせーへんのかの。

ああ、電源切っといたら大丈夫やな。・・・ヨッシャ、こんでOKじゃ。」



小山と呼ばれた少年の注意が一瞬そっちに向いた隙を衝いて賢太は飛び込みざまにその高い顎めがけて拳を振り抜いた。顎先を掠めるように上手くヒットすればどんな大男でも脳震盪を起こして操り糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。


彼はそれを近所の漁師のおっさんから教えて貰った。実際にそのおっさんが若い荒くれ漁師を相手に大立ち回りを演じた挙句、最後はその顎先へのショートフック一発で相手を倒したのを見たこともある。


『自分でやったことはないけんど今ここでやらんかったらどうしょうもないが。』


そう決心しての捨て身の攻撃だった。

しかし小山は僅かに首を反らしただけでそれを躱した。致命的な体格の差に加えて相手は喧嘩慣れしていた。


報復代わりにゴロンとした河原の石を思わせるデカい握り拳(にぎりこぶし)が彼の顔面に炸裂した。それが冒頭の



「アホが。

おまえらみたいなガキが逆ろうたってどよんもなるかぁ。(どうにもなるかぁ。)

おとなしいに持っとる金出したらええんじゃが。」



という状況に繋がる流れであった。




― ― ― ― ― ― ― ― ―




こみ上げる嗚咽を必死に堪える亜香梨の肩を抱きしめながら志津果は自分たちが置かれた状況を冷静に観察しようとしていた。


頼みの綱であるスマホは奪われてしまった。直ぐ近くでは団児が痩せた血色の悪い少年と色黒でずんぐりした凶悪そうな面構えの少年に小突き回されていた。


少し離れたところでは賢太が小振りの関取みたいな巨漢ヤンキーと睨み合っているが叩きのめされるのは時間の問題だろう。

団児は既に限界だし戦おうにも多勢に無勢だ。この吹き抜け構造の構区内に男四人、外に男女一人ずつ(ヤスオとキョーコ)で少なくとも六人いる。


こちら側で無傷なのは自分一人だ。いくら何でも中学生、それも二、三年生六人を相手にするのは荷が重すぎる。特にあのデカいのは難物だ。

少々突いたり蹴ったりしたところでビクともしそうになかった。


しかし全く歯が立たないわけではない。真言宗裏天部の独鈷衆の技を使えばどうにかなる気はする。それより彼女が気になっているのは彼らから少し離れた壁の隅で椅子に腰かけている少年だった。


特に体が大きいとか厳ついとかではないがそいつこそが彼らのボスだという確信が志津果にはあった。その理由とは少年の持つ眼だった。

その目が放つ冷たい眼光はゾッとするものがあった。人間的な温かみや優しさが一切そぎ取られたそれは大型の爬虫類の眼に似ていた。


まだ少年と青年の中間に位置する年齢で抜き身の白刃を思わせるような雰囲気を纏うその少年に志津果は怖気のようなものを感じた。

独鈷衆の技すら頼りなく思えるような感覚に囚われた気がした。彼女は独鈷杵ヴァジュラを持ってこなかったことを悔やんだ。


独鈷杵ヴァジュラとは真言密教の法具の一種だが裏天部の使う精霊合金鋼ネオスプルテン製のそれは体術や念術と組み合わせれば強力な武器となりえる存在であった。


それさえあれば不良ヤンキー共を一掃できる自信が志津果にはあった。

超精霊合金鋼スーパースプルテン製の指輪を付けた郷子と戦っても五分以上の戦いが可能だろう。だが今回の旅行には持ってこなかった。


彼女がそれを悔やんでいると例の二人組がにやにやとした下卑た笑いを浮かべた顔で近づいて来た。



「もう一人の嬢ちゃんもごっつけっこいやんか。(凄く奇麗な娘じゃないか。)

こら今回は当たりやで。」


「おう、こっちはまだムチムチとしとらん青臭いところが逆にええのう。ほんでまたいかさま別嬪さんじゃが。(それにまた随分と別嬪さんだ。)

こら、後でヤスオの奴になんぞ奢ったらないかんの。」


「さぁ、ほんだら金をサッサと出させてさっきの続きをやろか。その後は口封じの為のお楽しみが待っとるがい。」



中年オヤジのような厭らしい物言いで亜香梨と志津果に迫って来た死神っぽい風貌の片割れは志津果の白いTシャツの胸元を掴んだ瞬間、 ” イィッ ” という呻き声をあげて床にひれ伏した。


彼女に鐘林寺拳法の片胸落としという関節技を極められたためであった。同時に志津果の足が目に見えぬほどの速さで動いて硬いスニーカーのつま先が彼の水月へと吸い込まれる。


床に片膝をついた状態で手首と肘の激痛に顔を歪める青白い顔が ” オゴォッ ” という息を吐くとそのまま四肢を硬直させて動かなくなった。

亜香梨の体に手を伸ばそうとしていた色黒のずんぐりした片割れがそれを見て志津果に掴みかかった。


待ち構えていた彼女の右手の拳が扇の如く開いて、伸ばされた細い指先が小太り悪魔のドングリ眼を発止はっしと打った。

眼球に小さな焼け火箸を突っ込まれたかのような激痛に彼は両手で片目を押さえて

” ガァッ ” と吠えた。


眼の痛みに無防備に開いたその股間を素早い蹴り足の先がパァーンと打ち抜く。奥から手前へと引き戻すような歪な楕円の軌跡は反らしたつま先で睾丸を引っかけて弾くためのものだ。


たちまち股間の底から鋭い棘の生えた棍棒を抉り込まれたような恐ろしい疼痛がずんぐりしたヤンキー少年の下腹を駆け巡った。

彼は両膝をくの字に突き合わせて股間を両手で押さえながらを声にならない叫び声をあげて悶絶した。



ヤンキー二人組を倒した志津果は賢太の方に眼をやった。丁度、小山の丸太のような腕が賢太の腹に炸裂したところだった。

彼女の家である城岩寺の鐘楼に吊り下げられた梵鐘を鐘突き棒で突いた時の情景を思い起こさせるような猛烈なアッパーカットだった。


賢太はもんどりうつ様に倒れるとそのまま起き上がらなかった。内臓を灼きつくしながら駆け上って来る火柱の如き恐ろしい苦痛に耐えきれず失神したのだろう。

その方が彼にとっては幸せだ。それ以上苦しまずに済む。志津果はそう思った。


そしていくら体が大きいとは言えまだ小学生に過ぎない賢太を斯くも仮借なく叩き抜けるその冷酷さに身震いするような恐怖を感じた。同時に胸の中に沸々と湧き上がってくるものがあった。それは怒りだった。


彼女が小山の巨体を睨みつけた時、彼もまた志津果を見ていた。小山がうっそりと笑った。それは弱いものを征服し甚振いたぶり尽くす暗い愉悦に満ちた笑いだった。笑いながら彼は志津果に向かって足をゆっくりと踏み出した。


まともにぶつかって勝てる相手ではない。膂力の差は桁違いだろう。捕まってしまえばそこで終わってしまう。実に厄介な相手だった。


その時、青白く光る何か小さなものが彼女の体から飛び出したのを気付いた者はいなかった。志津果本人でさえそれに気づいていなかった。

念視能を持つものであればすぐに気づいたであろうそれは念で造られた小さな蛍であった。


今にも消えそうな青白い明滅を繰り返しながら実体を持たぬそれは鍵の掛かったマンドアをすり抜け暗い通路を抜けると破れたシャッターをくぐって外へと出た。

そして何かに曳かれるかのように何処へともなく飛び去って行った。

※ 式神の導きによって志津果達の居場所にたどり着いた玄狼と郷子。果たして志津果達は無事な

  のか? それとも・・・


  



作品を読んで頂きまして誠に有難う御座います。


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