スマホとまじない
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※ 注意
この作品はフィクションです。実在の人物や地名、団体などとは関係ありません。
次の日の朝、城山小学校一行は鷹松市の繁華街へとやって来ていた。今日は日曜日で明日の月曜日も念能測定検査の代休で学校は休みとなっている。
今日の午後のフェリーで島に帰る予定だがそれまでの約三時間ほどの空き時間に商店街での自由行動を許してもらった。
ただ、玄狼と郷子はいない。二人は高田先生に連れられて何処かに行ってしまった。後で合流するのだという。常識外の念能値を示した二人には何か特別な指導が必要なのかもしれない、と亜香梨は思った。
昨日はあの ”空飛ぶ円盤事件” の後が大変だった。念能総合センターの上層部らしき人達や職員が何人もやってきて玄狼を別の場所に連れて行こうとした。
これほどの特異例は初めてのことだったのだろう。
” この件については詳細な測定と検査を重ねたうえで対応を取る必要がある。その為、彼の身柄を暫く預からせてもらう。”
要約すればそういう話だったようだ。しかし犯罪者でもないものを、ましてや年端もゆかぬ少年を勝手に拘束してしまうなどという事が許されるのだろうか?
そこが彼女の疑問だった。
センター長と名乗った人物は禿かかった頭の六十歳前後の大柄な男だった。浅黒い肌のいかめしい顔つきとどっしりした体躯がいかにも権威を絵にかいたような雰囲気を醸し出している。
その男がぎょろりとした眼を高田先生に向けて言った。
「この少年はまれにみる特殊な例です。特異体と言って差し支えない。彼に関する今後のことは全てこちら側で手配します。
彼のご両親にはこちらの方で連絡してきちんと了解を頂きます。先生は残りの生徒さんたちを連れて帰校して頂いて構いません。」
言葉遣いこそ丁寧だが邪魔者は早く帰れという底意があからさまに感じられる言葉だった。高田先生が猛然と反駁した。
「馬鹿なことを言わないでください! いったい何の権利があってそのようなことをおっしゃっているのですか?
まだ小学生に過ぎなかろうと確固とした人権をもった一人の人間です。そして私の大切な生徒の一人です。彼にどんな特異性があろうとそんなことは関係ありません。
私には玄狼君を親御さんの下にちゃんと連れて帰ってお渡ししなければならない義務があります。検査が終わったのなら他の生徒達と一緒にこれで帰らせて頂くことになりますけど。」
センター長の浅黒い顔に僅かな赤みが差した。
「そんなことをしても意味はない。我々、念能総合センターは科学文部省の中でも大臣直轄の独立機関だ。つまり念能研究はこれから国家の根幹パワーとなりえる存在として認められている分野だという事だ。
いざとなれば ”国家機密統制法” を発動してその子をこちらの管理下に置くこともできるのだよ。
もちろん非人道的な扱いなどはあり得ない。むしろ一般人では考えられないような高待遇の下で生活することが可能になるんだ。
その子の将来にとってもそちらの方が遥かに好ましい結果となるだろう。
一介の地方公務員に過ぎない君でも教師である以上、自分が科学文部省の管理下にあることは理解できるだろう。今ここで素直に私の言うことを聞いておいた方が君自身の為でもあると思うがね。」
「それがこの子の将来にとって好ましいかどうかは玄狼君自身が決めることです。あなたでもなければ政府でもない。それに国家機密統制法なんて出先機関の一支部が勝手に発動できるものじゃないでしょ。
これ以上不条理なことを続けるのであれば警察呼びますけど・・・」
「呼べばいいだろう。だがここは国家特別管理区域としての指定を受けている。警察が介入しようとすれば母体となる関係省庁の許可が必要だ。
殺人や傷害などの現行犯でもない限り彼らはこの施設の敷地内に入ることすら出来ないぞ。」
亜香梨は語気荒く対立する大人たちの姿という物を初めて見た。TVドラマや映画で観るようなそれとは違って口の中が乾いて苦く感じられるような怖さがあった。
そして何よりあの穏やかな高田先生が強面の大男に詰め寄られながらも怯むことなく対抗していることに驚いていた。
そこにいる高田先生は怒ると少し怖いけれどコロコロとよく笑う可愛らしいお姉さんのようないつもの先生とは別人のようだった。
「警察でも何でも好きなものを呼べばいい。だがここから出ていくのはそちらだ。
うちの警備スタッフによってつまみ出される前に大人しくバスに乗って帰り給え。」
センター長の放ったこの言葉に高田先生は目を細めて彼を見ると小さな鼻息をフッとついて胸ポケットの中から何か黒くて四角いものを取り出した。
一見、スマホのように見えなくもないがそれにしては少し大きすぎる気がした。
彼女が普段使っているのは何代か以前の古いiPhoneだった筈だ。
ディズニーキャラクターが描かれたそれを亜香梨は何度か目にしたことがあった。
だが今、高田先生が取り出した携帯はそれとは比較にならぬ程いかつく重厚な造りをしていた。
小ぶりのタブレット程もあるそれに先生はいくつかのキーを打ち込んだ。随分と長い打ち込み数だった。
何度か警報のような呼び出し音が続いた後、相手が出たのか先生はそれを耳に当てた。暫く小声でやり取りを繰り返した後で彼女はその黒い機器をセンター長へと差し出した。
怪訝な顔をしてそれを受け取った後で、画面をのぞき込んだ彼の顔が驚愕の表情に彩られた。慌てて機器を耳に当てた数秒後にはその背筋が高圧電流にでも感電したかのようにビシッと真っ直ぐに伸びた。
「ハッ」、「ハッ」と何度も頷きながら焦ったような声で返答を繰り返す。まるで主人の命令を受けるよく躾けられた大型犬のような様だった。
やがてセンター長はその黒いスマホかタブレットのような機器を黙って下を向いたまま高田先生へと返した。
「ご理解いただけたようですね。それでは玄狼君を連れて帰ります。」
高田先生はつかつかと玄狼に歩み寄るとその手を引いて連れ戻して来た。センター長や周りの職員達は何もしようとはせずにそれを見ているだけだった。
亜香梨達は何がどうなったのかわからぬままに高田先生に促されて外へ出るとバスへと乗り込んで出発したのだった。
バスの窓から外を見ると既に西の空は赤く色付きかけていた。バスに揺られながら亜香梨は思った。
「高田先生って・・・ほんまに徒の先生なん?」
彼らが去っていった出口を見つめながらこの施設の№2の存在である副センター長がセンター長に問いかけた。
「行かせてよかったんですか? あれ程の念能力を備えた子供なぞ全都道府県を探してもそうは見つからないでしょう。是非とも当センターで押さえておきたい逸材じゃないですか?
放っておけば他の県のセンターや念能関係団体がかっさらっていくだけですよ。科学文部省の官房室に連絡を取って県の教育委員会からあの女性教師を抑えて貰えばよかったのでは・・・?」
「無駄だよ・・・」
「無駄? 何故です?
ひょっとしてあの電話が何か・・・あの電話の相手は一体誰だったんですか?」
「ああ、とんでもない相手だった・・・TV電話の画面で確認していなけりゃ私も信用しなかったところだ。要するにあの子はすでに何年も前から国家の紐付きだったという事らしい。
しかしまさかあのお方への直通回線を使えるなんてあの女、いったい何者なんだ?
・・まさか! あの女教師・・・ ” 高天ヶ原 ” の関係者だったのか?」
― ― ― ― ― ― ― ― ―
初夏の優しい陽光がアーケ-ドの採光窓を通して商店街の中に降り注いでいる。まだ昼にはだいぶ時間があるせいか人の数はそこそこと言ったところだ。
志津果はその中を亜香梨や賢太、団児達と片間って歩きながら高田先生の言葉を思い出した。
県下でも有数の高い念能値を示した郷子とそれをはるかに上回る異常ともいえる念能値を叩き出した玄狼は今後、色んな団体や組織、機関が接触してくる機会が増える可能性がある。
まぁそうは言っても昨日の今日であるからまだ心配はないと思うがそれでも用心に越したことはない。
「だから二人には少し話があります。あなた達は先に買い物でも見学でも楽しんできなさい。但し、必ず四人一組で行動すること。
絶対にバラバラに動いたらいかんよ。変な声掛けには注意してな。
郷子ちゃんと玄狼君は後でそっちに行かせるきんな、ちゃんと合流できるようにあんまり遠いとこ行かんとってな。
あ、ほんでも携帯もっとんる郷子ちゃんだけか? こら困ったな。下手したら二人がみんなに上手いこと合流できん(上手く合流できない)かもしれんなぁ?
しゃあないわ、ほんなら私の携帯を亜香梨ちゃんに渡しとくけんそれで連絡とるようにして頂戴。
ほら、亜香梨ちゃん、これな。スマホの使い方は知っとるわな。」
そう言って高田先生が亜香梨に渡したのはいつものディズニーキャラクター入りの型落ちiPhoneだった。
「うん、勿論、知っとるよ。 あれ、でもそなん事したら先生スマホ無しになるやん? それでかまんの?」
「そら、先生はこれでも大人やしな。公衆電話見つけて連絡入れてもええし、どうにかするわ。
そしたら郷子ちゃんと玄狼君は私と一緒に向こうに行こ。どこかでお茶でも飲みながらちょっと話しょうか?」
その時玄狼がフッと志津果のそばに近寄ってきた。
「志津果。手ぇ出してみて。」
「え、なんで?」
「ええきん。出してみて。」
彼女は少し戸惑いながらも言われた通りにした。少年のそれのように堅く引き締まった、それでいて可憐な柔らかさを纏った薄い小麦色の腕と半握りの拳がおずおずと差し出された。
すると玄狼は彼女の拳をいきなり両手の掌で包み込んで何やらぶつぶつと呟いた。
「へっ! ちょっ、ちょっと何を?」
驚いた志津果が素っ頓狂な声を上げた。傍目には玄狼がまるで胸の思いを告げているかに見えるその行動に彼女は真っ赤になって狼狽した。しかしなぜかその手を振り切ろうとはしなかった。
驚いたのは志津果だけではない。亜香梨は彼のその思いがけない行為に焦ったように郷子を見た。郷子の眼が緑色の焔に燃え上がるのではないかと気が気でなかった。
ところが亜香梨の心配をよそに彼女は醒めたような眼でその状況を見ているだけであった。
やがて玄狼は志津果の手からそっと手を離すとクルリと踵を返してスタスタと先生の方へ歩き始めた。
呆気にとられたようにその背中を見つめる志津果に郷子が囁いた。
「いまのは離れた者同士がちゃんと再び巡り合えるようにという巫無神流のおまじないよ。これで万が一、スマホが使えなくなった時でも大丈夫かもね。
うーん、越が呉に負ける筈はないんだけど今日のところは仕方ないかな。
じゃぁ、また後でね。」
そして郷子も玄狼の後を追って志津果達から離れて行った。
郷子の言葉がその後において自分達に大きな意味を持ってくることをまだこの時志津果は知らなかった。
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