もう一つの目撃
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この作品はフィクションです。実在の人物や地名、団体などとは関係ありません。
車の後ろ姿が見えなくなった時、佳純がそっと身を寄せて来た。そして脅えた声で訊いた。
「クロ君、あの二匹のバケモンは何なん?
赤鬼と青鬼みたいに見えるけんど怖い事無いん? 大丈夫?」
「へ、あれが見えるん? 佳純ちゃん念視能持っとったんか?
いや・・・あれは倉本の兄にゃんを脅かすための幻や。念で造っただけの偽者じゃきん。
ホンマに居るわけちゃうけん心配せんでええよ。」
そう言って玄狼は軽く手をヒラヒラと振った。途端に二匹の巨大な鬼は霞のように薄くなって消えてしまった。
それを見た佳純は何処か不安そうに鬼たちのいなくなった空間を見詰めていたがどうにか納得してくれたようだった。
だが玄狼の言った事は嘘である。前鬼と後鬼は紛れもなく彼の使役する式神として実在していた。
尤も彼が念能によって実体化させない限り、物理的な影響をこの世に及ぼす事はないから或る意味、幻と言っても間違いとは言えないかも知れない。
しかし実体化を経て完全に物質化させてしまえば文字通り鬼神のような力を発揮する存在であった。
そうなった後でもし術者の制御から外れるような事になれば大変な事態になる。
それは太古の眠りから覚めた肉食恐竜を街中に解き放つようなものであろう。だから玄狼は絶対に彼らを完全に実体化させた状態で召喚する事はしない。
運悪く念視能を備えた誰かに目撃されたとしても念体の状態のまま召喚した彼らを見られただけなら何とでも言い訳できる。今の状況が正しくそれだった。
彼が国際的にみても稀有なレベルの念能を持った存在であることを知っている人間はそれと同じくらい稀有であるだろう。
但しそれは今の処はと言う条件付きの話だ。もうしばらくしたら全国児童念能力統一測定、略して念能統一測定が実施される。
最新式の測定機器や優秀な念能士及び経験豊富な検査士達にかかれば本気を出さずにわざと低い測定値を出してみたところで真の能力を隠しおおす事は不可能だ。
玄狼が保持しているのは斥力、引力、発熱、吸熱、発電といった既知の念能力ばかりではない。非物質である念を物質化する "創造" や 例の "無動領域" などはどの国においてもまだ研究が始まったばかりのほぼ未知の念能だ。
それらの原理を研究解明しようとすれば先ずその念能をもった人間がその国にいる事が当たり前ながら必須条件となる。
それはある意味、怖い話であった。もしそうした能力者の存在が公になってしまえばどう言う事態が想定されるか?
外国人観光客を装った非合法工作員達にある日突然に誘拐され、極秘ルートで海外へと連れて行かれるといったスパイ映画もどきの出来事が現実に起きる可能性もあるのだ。
しかし逆に玄狼ほどの念能力者であれば日本政府の方でその事実を隠蔽して保護する可能性が高い。国家機密統制法、いわゆる密統法を適用すれば出来ない話ではない。
玄狼の母の理子は寧ろそうなる事で彼の今後の人生を守る事が出来るのではと考えているようだった。
彼女が息子を連れて八年に及ぶ海外生活から日本へと戻って来たのはそうした思惑があったからだろう。
そしてここにもその事に気付きかけた者がいた。それがまだ小学五年生の可憐な少女に過ぎない事が救いではあったが・・・・
「クロ君、クロ君は一体何者なん?」
佳純がその涼し気な切れ長の眦を向けて不思議そうに玄狼に訊ねて来た。彼女の眼には先程の出来事が驚くほど奇妙な物に感じられていた。
玄狼に殴り掛かった明夫は何故か彼の周りをグルグル回りながら出鱈目に拳を振り回して走り続けていた。
その様子は電灯の周りをグルグル旋回して飛ぶ蛾にそっくりだった。佳純は以前、テレビのクイズ番組で聞いた話を思い出した。
蛾が光に向けて飛ぶのは昆虫が持つ走光性という習性があるからでグルグル回っているのは蛾自身は光源目指して真直ぐに飛び続けているつもりだからと聞いた記憶がある。
彼女が見た明夫の動きは正にそれと同じものに思えた。果たして人間に走光性のような物があるのかどうかは知らないが玄狼が彼の視覚に何らかの細工をしたのではないかと言う気がした。
もしそうであるのならば玄狼は一体・・・・?
「いや、何者って言われたって・・・只の小学六年生やが。」
「そななん絶対、嘘やわ。 鉄パイプで殴らされて殴らした明夫兄ちゃんの方の手が潰れるやのいうて絶対おかしいわ。
・・・・なぁ、私、絶対誰にも言わへんきにホンマの事教えてよ?」
「・・・・・・・」
彼はそこで絶句してしまった。実は彼には絶対に他人に知られてはいけない重大な秘密があった・・・・・訳ではなかった。
何故なら彼自身、今までの自分の特殊な生活環境や強大な念能力の由来について疑問に思っていたからである。
自分には母以外に身内と呼べる者がいない。父親が家庭にいないという事自体は絶対的な男性不足であるこの社会において別に珍しい事ではない。
しかしその血縁に繋がる親族が全く居ないというのは不思議だった。勿論、精子バンクから提供を受けた精子による人工受精で生まれた子供の場合はそれが当然だ。
現在、そうした方法による妊娠、出産を選択する女性も少なからず増えてきている。
しかし玄狼は父方は勿論の事、母方の祖父や祖母、おじやおば、いとこといった存在にさえ今迄、会った事が無かった。
その事について母の理子に何度か訊ねた事がある。しかしその度に
「貴方は私が神様から授かった子供なの。だからお父さんもお祖父ちゃんもお祖母ちゃんも居ないわ。
でもお母さんがいるんだからそれでいいでしょ。貴方はまぎれもなく私が産んだ子供なんだから。
世の中には身寄りが一人もいない天涯孤独のままで生まれてくる人だって大勢いるわ。その人たちに比べたらずっと幸せでしょ?」
と言われて話は終わってしまうのだった。
しかし成長してある程度、世の中の事が判って来た今ではその言葉を鵜呑みにしているわけではない。
『そんなら俺の父親、神様やん。つまり俺、神様の子供やいう事やが。
ちゅう事は人間ちゃうやないか? 身寄りが居らんのと人間でないんとどっちがええんか言うたらかなり微妙な選択と違うんか?
この前、 団児の家で見た妖怪人間○○とか言う昔のアニメ。あの主人公とよう似た生い立ちやな。ほんでもあいつにはおんなじ細胞から分かれた二人の身内が居るしな。俺、負けとるが・・・』
と考えていたりする。
「どしたん、クロ君? 急に黙ってしもて・・・なんぞあったん?」
「エッ イ、いや何もないよ。ちょっと考え事しとっただけじゃ。」
「考え事て何? 私が誰かに秘密をばらすんでないかいう事?」
「いや、ちゃう、ちゃう! そなん事やないわ。」
「そやったら何よ?」
「え、いやその ” 早く人間になりたい! ” とか思てな・・・」
「エッ! 何て?」
「あーいやいや、なんちゃでない! なんちゃでないきん! ま、とにかく俺は男としてはちょっと強めな念能を持っとるというだけの事や。
たかが小学六年生がそんな大層な秘密を持っとるわけないやん。さっきのは左手の周りに念を固めてパイプを受けただけじゃけん。
明夫はん(明夫さん)のパイプの握り具合がちょっと甘かったきんあなん事なったん違うんか?
きっとそうやと思うわ。」
玄狼の説明に佳純は怪訝そうな顔をして見せたが ”うーん、まぁ、今はそう言う事にしとこ・・・” と諦めたように小さく口の中で呟いた。
玄狼はホッと息を吐くと続けて言った。
「あ、それから明夫はんの事じゃけど出来たら佳純ちゃんのお父さんやお母さんには俺の名前は出さんとってな。
あの様子やったらあの人も俺の事は喋らへんと思うんや。変に怪我の事を俺の所為にされても嫌やし・・・まぁ、ほんまに俺の所為なんやけどな。
それから多分やけどあの人が佳純ちゃんに絡んでくることはもうないと思うきん。」
佳純はそれを聞くと礼を言うかのように小さく頭を下げて頷いた。
彼は頭を巡らせて紅く色付いた夕日を見ると再び頭を元の位置に戻して言った。
「さぁ、ほんだけどこれで帰り道が危ない事はもうなくなったわけやろ。やったらここからは佳純ちゃん独りで帰れるよな。
俺も思うたより遅なったきんそっから(そこから)別れて帰るわ。
じゃ、またな。ちょっと暗なんじょるけん(暗くなりかけているから)車に気ィ付けて帰りな。ほんならバイバイ。」
玄狼はそう告げると島の東側の海岸通りへ向かって歩き始めた。三分程歩いた時、後ろからタッタッタッタッと小走りに駆けてくる足音が聞こえた。
彼が足を止めて振り向くとそこにはハァハァと熱く息を切らした佳純の姿が在った。
彼女の涙で潤んだ様な眼と朱を散らしたように上気した目元を見た時、彼は思わず心臓がドキッと跳ね上がるのを感じた。
何故か彼女の顔が異常に近いような気がした。
「クロ君!」
佳純が小さい声で彼の名を呼んだ。鋭く乾いた声だった。
「な、何、佳純ちゃん?」
気圧される物を感じて彼が思わず顔をのけぞらせそうになったその時、佳純の身体がドンッとぶつかって来た。同時に強い力で頭を引き寄せられる。
すらりと伸びた首筋の上にある三つ編みポニーテールの頭が玄狼の頭と同じ位置まで下がるとスッと彼の顔に重なった。
驚きで固まった玄狼の唇にほんのりと熱く湿った柔らかいものがギュッと押し付けられた。それが佳純の唇であった事に彼が気付いた時には彼女は既に身を翻して駆け出していた。
短めにたくし上げられたスカートの裾を大きく跳ね上げながら白いシャツと赤いランドセルの背中がどんどん遠ざかっていく。
やがて三十メートルほど離れた位置で立ち止まると佳純はクルリとこちらを振り向いて大声で叫んだ。
「今日はありがとな、クロ君! さっきのはそのお礼やきん♡
そしたらまた今度なぁ、バイバーイ!」
そう言って背中を向けると今度こそ赤いランドセルはどんどん小さくなって夕暮れの薄闇の中へと消えていった。
突然の出来事に呆然としていた玄狼だったが頭に昇っていた血の気が引いて収まって来ると何とも言えぬ熱い高揚感に心が満たされるのを覚えた。思わず頬が緩んで眼が細くなってくるのを止められない。
年下の可憐な美少女から接吻されたという事実は思春期に差しかかったばかりの初心な少年にとって胸の奥底が熱く震えるような出来事だった。
しかし彼は好事魔多しという言葉をまだ知らなかった。
尤も、小学六年生の男の子が世の中そう好い事ばかりが続くものではないという戒めを理解するのは少々無理な話であるだろう。
だが摂理というものは得てして無情である。唇に残るその甘い余韻に浸る玄狼の頬っぺたがいきなり激しく抓り上げられたのはその時だった。
「い、いひゃい! 誰ひゃ? にゃ、にゃにをしゅるんや!」
天上に咲く花の甘美な香りに酔いしれている時に地獄の沼から沸き立つ硫黄臭を浴びせかけられたような理不尽な行為に玄狼は思わず声を荒げて隣を見た。
そこには薄く冷たい微笑みを頬に佩いた浦島郷子の白い顔があった。玄狼より十センチ近く高い位置にあるその顔から瞋恚に燃えるアーモンド型の黒く大きな双眸が彼を見下ろしていた。
※ 大統領選どうやら長引きそうですね。
残念ながらバイデン勝利でしょうか?・・でも揉めそうですが
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