捕えて・見れば・我が息子
来て頂きまして誠に有難う御座います。是非、作品を読んで頂きますようお願い致します。
何とか十話まで完了です。週に何話も書ければいいのですが物語の構想そのものがまだはっきりしていないので当分、ゆっくりとした更新となりそうです。
※ 注意
この作品はフィクションです。実在の人物や地名、団体などとは関係ありません。
部屋に入ると学校用の白い体操服と青いハーフパンツを脱いで真っ黒のボクサーパンツ一つになった。そのまま姿見の前に立つと両肘を肩の高さにまで上げて力瘤を作りポーズを決める。
だが鏡に映る己の姿は玄狼の憧れるマッチョな逞しさからは程遠いものだ。
筋肉らしい筋肉が見当たらない白く滑らかな身体を見て彼は大きくため息をついた。
「アーァッ 賢太はええなぁ・・背が高うてガッチリしとって男らして・・ほんまに羨ましいわ。」
そう呟くと最後の一枚である黒いボクサーパンツを脱ぎ捨てて素っ裸になった。次に白いバスタオルを腰の周りに巻くとそのまま廊下にでて玄関へと向かう。
そして生まれたまんまの姿にバスタオルを一枚括りつけただけの恰好で玄関を出ると暗くなりかけた戸外をサンダルを突っ掛けた足でスタスタと歩いた。
風呂場は母屋から十メートルほど離れた場所に建つ離れ屋であった。その為、いったん外へ出て歩かねばならない。
冬にこんな真似をすれば風邪をひくだろうが今の時期なら我慢できない程の寒さではない。風呂上がりなら湯で火照った身体には丁度良いくらいの気温だ。
だから玄狼は少し前からこうしている。
ところが風呂場に向かって歩いている時、彼はふと違和感を覚えた。それは眼に見えるわけでも耳に聞こえるわけでもない。
只、異様なザワザワとした雰囲気が眼の前のある場所から立ち昇る湯気の如く放散されているのが感じられるのだ。
その感覚は視覚や聴覚よりも触覚に近いものだった。ギュッと絡みつきミチっと締め上げるような感覚が玄狼の外気に晒された肌を刺激する。
そしてある場所とは風呂場へ向かう途中にそびえ立つ大きな無患子の木陰だった。
黒ずんだ幹と暗い影の交じり合う光景に擬態した何者かが潜んでいた。
沈みかけた夕陽の影になった暗い部分からドクッドクッと鼓動の様に念の波動が零れだしている。それは生ある者が持つ念の特徴だった。
残留思念、荒魂、霊などと呼ばれる既に死せる者達の放出するそれはリズムのような強弱を持たない。彼らは抑揚のない念圧をボォーッと放出している事が殆どだ。
つまりそこに隠れているのは生きている何者かという事になる。
玄狼は気付かぬふりをして無患子の木陰の真横まで来ると腰に巻いたバスタオルを振り解きざまにその波動の中心目掛けて投げ被せた。
投網の様に広がったバスタオルはまるで潜伏者を絞り上げるかのように張り付いた。
彼は先ずバスタオルの内側全体を厚さ五ミリほどの念の膜で覆いそれを実体化させた。そして今度はその膜を十ミクロンほどの極薄膜だけを残して元の念へと戻した。
それらを一瞬にして行うことで玄狼は潜伏者とバスタオルの間に厚さ四・九九ミリの真空空間を作り出したのである。
残された極薄膜によって外気の供給を絶たれたその空間は真空状態を維持したままとなって潜伏者の身体にバスタオルを吸着させた。
そいつは今、実体化させた十ミクロンの念の極薄膜によって食品用のラップフィルムを顔全体に巻かれたような状態になっている筈だ。恐らく息すら出来ないに違いない。
だがその状態が何時までも持つわけではない。所詮は厚み僅か十ミクロンの半物質に過ぎないそれなど数十秒で元の非物質に戻ってしまうだろう。その前に潜伏者を本格的な念縄縛で拘束する必要があった。
貼り付いたバスタオルによって具現化された潜伏者の身体は随分と小さかった。ほぼ玄狼と変わらない体格だ。
その事に勢いづいた彼はそのまま両腕を回して潜伏者の身体に抱き着いた。密着させた両腕から実体化させた念の荒縄で相手を縛り上げて身動きできなくするつもりだった。
ところがバスタオルに覆われた潜伏者の口と思しき部分から漏れ出たのは
「きゃあ!」
という幼気な少女の悲鳴であった。
「ヘェッ?」
と間抜け声を上げた玄狼の両腕が奇術でも使ったかの如くスルリと外される。梃子の原理を利用した鮮やかな躱し身の技だった。
バスタオルが跳ねのけられ、あべこべに彼の顔に巻きつけられたのはその直後だった。皮膚が痛い程に吸い付いて来る布地の所為で眼は見えず息も出来ない。
玄狼が慌てて両手でバスタオルを引き剥がそうとした次の瞬間、ズンッという衝撃が彼の腹部を襲った。
その鋭い衝撃は玄狼の腹筋を突き抜け内臓を震わせ背骨を軋ませた。胃から胸へと駆け上がる燃えるような痛苦に彼は膝を曲げてしゃがみ込んだ。
地面に膝を突きながら呻くその頭上から激しい罵声が浴びせかけられる。
「この変態! スケベ! 痴漢! な、何をするんよ!」
苦しい息の下から玄狼はどうにか顔を上げて眼を細く開き、眼前に立つ人物を見た。
そこには交差させた左右の掌で両の二の腕を掴み、胸を庇う様にして立つ志津果の姿が在った。
その姿を認めた彼は腹を押さえながらどうにか立ち上がった。そして未だ身体の芯に残る灼けるような痛みに歯を食いしばりながら声を出した。
「お、俺が変態でスケベの痴漢野郎なんやったらお前はなんや? 不法侵入のストーカー女やろが!」
「な・・・何でよ! 私はなぁ! ・・えっ? アッ・・・・・・・!!」
更に文句を言い募ろうと玄狼に近寄りかけた志津果が突然、凍り付いた様に動きを止めた。眼を大きく見開き口を半開きにしたまま言葉すら止めてしまった。
怒りと興奮で紅く染まった彼女の小麦色の顔が何故か白く蒼褪めた物に変わった気がした。
それとわかる程に下を向いた志津果の視線を不自然に思った玄狼もその視線の行先を眼で追った。
二人の視線が交わるところにあった物・・・それが何であるのかを認識した時、彼らの世界は時間を止めた。
ほんの少し遅れて玄狼の肩の上に引っ掛かっていたバスタオルがバサリと彼の足元に落ちて広がった。
それが合図であったかのように止まっていた時間が再び動き出す。
「アォッ!」
「ヒィッ!」
二人の上げた声が見事にシンクロして夕闇の中に響き渡った。
― ― ― ― ― ― ― ― ―
「ぎゃーはっはっはっはっ! あひぃっ、ひぃひっひっひぃーーーー
そ、そりゃ、・・クッ、玄狼、ホッ、ホンマかいや?
クゥークックックウゥゥゥ。」
自分達の他は誰も居ない体育用具入れの倉庫の中で遠慮のない大声で馬鹿笑いをかましているのは同級生の門城賢太だ。
そしてその笑い声を浴びて彼に軽い殺意を抱きつつワナワナと肩を慄わせているのは玄狼だった。
昨日の無患子の木陰での一件を賢太に打ち明けたのが間違った判断だったことを今、彼は痛感していた。
あの後、志津果は何も言わずにくるりと背を向けると脱兎のごとく駆け去ってしまった。今朝になって神社の前で玄狼を待っていたのは転入生の浦島郷子だけだった。
志津果はいつもより十分ほど早く家を出たらしい。志津果の家に確認に行ったら彼女の母親がそう教えてくれた。
” 何でか理由は言わんかったけんど ” と母親は言った。
学校に着いたら志津果は先に教室の中にいた。しかし決して玄狼の方を見ようとはしない。当然、口を利く事もない。
その事に気付いた賢太が話しかけて来たのは給食の終わった休み時間の事だった。
「 おい、玄狼。お前今朝から志津果といっちょも話っしょらんやないか ?
(一つも話をしてないじゃないか?)なんぞ喧嘩でもしたんか?」
最初は適当に誤魔化していた玄狼だったが賢太のしつこさに根負けして昨日の事を打ち明ける事にした。
彼は性格も見た目も男らしくざっくばらんである。良くも悪くも周りの状況という物をあまり意識しないタイプだ。
教室などの人目があるところを避けて体育倉庫で話す事にしたのはその為だった。
しかしその結果がこれである。
賢太に教室で話をしなかった事、それだけが今となっては唯一の救いだった。
「ほんだらあれか? 泥棒を捕えてみれば我が子なり、じゃのうて、捕らえて見られたのは玄狼の”息子”やったゆう話か? プッ・・ヒィー、ヒッヒッヒィー。
ホンマに傑作やのー!」
「・・・・」
「ほんで志津果に ~♪お股につけたきび団子♪~ を二個、披露してしもたっちゅうわけじゃ。ホ、ホラもう最高じゃが・・くっ、クゥークックック。」
「何時まで笑とんや! なんちゃ面白ないきん!」
「ハッハッハハ、い、いや悪い、悪いの、玄狼。
そなん怒らんで良えでないか。ちょっと笑うただけやろが・・・
いや、ほんでや。なんでアイツはそんな場所でお前を待っとったんど?」
「いや・・・全くわからんわ、そなんこと。ちょっと悪戯して驚かしちゃろ位の事やったん違うんか?
何でやかし逆しにこっちが聞きたいわ。(何故かなんて逆にこっちが聞きたいよ。)」
あの後、志津果は走って逃げてしまったし今日は全く口を利いていない。実際、何故あそこに潜んでいたのか、そして何をするつもりだったのかなど玄狼に分かろうはずがなかった。
ところが賢太は何故か呆れたような顔つきで彼に言った。
「そら、浦島さんの事に決まっとるやろがい?
タイミングから考えたってそれしか無かろが。そんぐらい言われんでも普通気が付くじゃろに。
昨日、浦島さんを学校へ連れて来た時にお前とあの子でなんぞあったん違うんか?
ほんでそれを志津果に見られたとか言うんでないんか?」
この傍若無人な脳筋の同級生は時折、無駄に鋭い事があると玄狼は思った。
昨日の登校前の郷子や志津果との一件は母の理子にしか話していない。
なのに此奴は想像の上だけとは言え、あの朝の一件の大筋を把握している様な気がする。
どこか釈然としない気持ちを覆い隠すように彼は嘘をついた。
「志津果に見られて困る様な事やなんちゃ無かったわ。賢太の考え過ぎじゃ。」
「ほうかのぅ? そなん事なかろがー。
なんぞあったきに姫は怒っとんじゃないんか?
その上、玄狼を自分のお供に引き抜くゆうて公言されとるしの。
お前はもうちょっと自分の周りの人間の気持ちに気を配った方がええぞ。
ほんでなかったらそのイケメンを無駄遣いしよるようなもんじゃが・・・」
『いや、人の気持ちを考えろとかお前にだけは言われとないわ。』
玄狼はのどまで出掛かった言葉を口の中に溜まった唾と一緒にグッと呑み込んだ。
作品を読んで頂きまして誠に有難う御座います。
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