五話・第三ノ目
「なっ───────
俺が理解するよりも早く、その閃光は真っ直ぐと進んでいき岩に当たると、その岩を内側から爆発させた。
激しい光が周囲を支配し、暗闇に慣れた目に鮮烈に焼き付く。
「〜〜〜〜〜ッ!」
声にならない声を上げながら背後に振り向くと、そこには巨大な影がいた。
灰色の毛に全身が覆われ、凶悪な牙を覗かせる口の上には列を作るように無数の目があった。
全体的な姿を見て言えば、巨大なネズミと言えるだろう。
「おい、コイツって!」
「……え、Aクラスのキャルドマウスです! 」
「Aクラス、だと?」
思わず喉を鳴らしながら、後ろに一歩下がる。
それに対応するように、巨大な影も一歩こちらに近付いた。
(……ど、どうすれば?)
理外獣は大きく4つのクラスに分けられている。
一番上のクラス。手配クラスは、現在は10匹しか確認されていない、云わば獣達の王のような存在。どれもが凶悪な事件、甚大な被害を起こした奴らだ。
そんな存在に続くのがAクラス。熟練の兵士達が一隊作ってやっと犠牲者無しで討伐できるような存在。
到底。入団選別試験中の訓練兵、しかもたった4人の班で対してはならない獣だ。
ふと、自らの手に着けられている武器を見る。
(これは通用するのか……?)
どんなに考えても、伸ばした茎が引きちぎられる未来しか見えない。
サラの《火喰鳥》はどうだろうか。
ダメだ。近付いた所で、あの閃光にぶつかってアウトだ。
ガイの《鯱》は戦闘向きの武器ではない。
なら──────、
視線をヒカリに向けると、彼女はそれに答えるかのように深く頷いた。
まず前提として、ヒカリの"B・M・A"を使わなければこの状況を切り抜ける事は叶わない。
しかし、ヒカリが"B・M・A"を使うと、体力の関係上、試験の続行は半ば不可能と言える。
それが意味する事はリタイア。つまり、一生兵士になるチャンスを捨てるという事だ。
(けど、まぁ……)
簡単な事だ。何を迷っている。
(命と兵士になれるチャンスなんて、天秤にかけるまでも無ぇよな!)
「ヒカリ頼む!」
俺の声を聞くやいなや、左目を手で抑えるヒカリ。
直後。手で抑えている方とは逆─────右目が淡い光を放った。
光が強くなるにつれて、瞳の形がヒトのソレから、爬虫類のソレへと変化する。
《昔古蜥蜴》の"B・M・A"
ニュージーランドに生息していたその蜥蜴には、太古から姿形を変えていない生きた化石と呼ばれる存在という事とは別に、他の生物には見られない独特の身体的特徴があった。
『第三の目』。頭頂部に存在するソレは、成長するにつれて鱗が目を隠す為に幼体の時にしか確認する事が難しい器官。かつて人類はその目の効果を、太陽の光を感じ取るだけの物だと思っていた。
だが、実際は違っていた────、
「3秒後! 班長に襲いかかってきます!」
目を抑えながら叫ぶヒカリ。
そして、実際に彼女の言う通りになった。
その巨体からは信じられない程の素早さで動く獣は、俺に狙いを定めて鋭利な爪を薙ぐ。
が、それをギリギリのところで避ける。
ヒカリの言葉が無ければ、間違いなくその爪に引き裂かれていただろう。
標的を逃した事によりバランスを崩した獣は派手に転んだ。
その好機を見逃さずに、サラは攻撃をするためにその巨体襲いかかろうとする。
「ッッ! サラ危ない! 尻尾が来るよ!」
「マジでっ!?」
慌てて自らにブレーキをかけるサラ。
直後。彼女の目と鼻の先を絶死の鞭が通った。
「うわぁ……、ヒカリがいなきゃ死んでたよ。ありがとっ」
「ん」
軽く返事を返すヒカリ。
そう、彼女の《昔古蜥蜴》の"B・M・A"の効果は『未来視』
"理外獣の行動に限る"が、その能力は絶大。これが王国兵団非戦闘武器最強と呼ばれる"B・M・A"だ。
「起き上がると同時に口から閃光を放ちます! 」
「よしきた!」
駆け出すと同時に石を拾い、獣との距離を詰める。
その間に灰色の巨体を持ち上げるキャルドマウス。そして口を大きく開けた。
刹那。常夜の世界の暗闇に閃光が輝いた。
それを確認すると、目を潰さないように直視はせずに、その閃光に向かって、持っていた石を投げる。
閃光が当たった石は、激しい光を放つと共に内部から爆発した。
これがキャルドマウスの『理外能力』────口から放つ閃光に触れた物を内部から爆発させるという能力だ。
触れたソレがどんなに硬かろうが柔らかろうが関係無い。生物だろうが無生物だろうが関係ない。ありとあらゆるものを平等に爆発させる閃光は、必殺の閃光と言っても過言では無いだろう。
その閃光を操るキャルドマウスは、正しく怪物だ。
────だが、
「動きが先に分かってると、Aクラスでもどうってこと無いな」
『未来視』をするヒカリの声を聞き、それに適した行動をするだけで攻撃を避ける事ができた。
そのまま足を止めること無く獣の目の前までくると、薔薇の茎を発生させて、それを自らの腕に巻く。
擬似的な補強筋肉となった茎の調子を確認すると、腰を入れて、固く拳を握った。
そして、
「うぉぉおおおりゃぁああああ!」
全力の拳を放った。




