二話・戦線ノ向コウへ
「おーい! プーチー! こっちだよー!」
集合場所である王都前の広場に来た俺を、遠くから誰かが呼ぶ声が聞こえた。
声の方向に視線を向けると、そこには小さな人影が見えた。
遠過ぎて姿を完全に確認する事はできないが、おそらく同期のテラスだろう。
同い年とは思えない程 身長が低い彼女は、濡羽色の綺麗な黒髪を短く切り、首には琥珀色の太陽の紋様が彫られたネックレスを首から下げている。彼女 曰く、小中学生に間違われる事を避ける為につけてるらしい。
そんな彼女の元に来たタイミングで、広場中央に置かれた簡易的な台に、腰から刀を下げた男が上がっていく。
グラトニー教官。俺達の訓練兵時代の教官であり、砦護の長達に続いて、トップクラスの実力を持つ彼は、右手に持っていた紙を広げると、広場に集まっている俺達を一瞥した。
そして軽く息を吸うと、地が震えそうな程低い声を出した。
「今から訓練兵卒業時に置ける成績の順位と、それを元に決められた入団選別試験の班分けを発表する」
瞬間、広場の空気が変わった。
それを見て満足そうに頷くグラトニー教官。気のせいか、僅かに笑みを浮かべているようにも見えた。
「首席卒業────」
思わず皆が息を呑む中、その中が告げられた。
「────ツォルン」
「はい」
名を呼ばれると同時に、一人の男が返事を返した。
男にしては長い髪を雑に金色に染め、所々に黒髪が見える彼は、無表情のままグラトニー教官に視線を向けていた。
あちらこちらから聞こえるのは、やっぱりかー、妥当だなー、なるほどなー、などの納得の声しか無い。
それ程までに圧倒的な彼に続いて、次席が発表される。
「次席、プゥセブンチ」
「…………あ、俺か」
ここ数年本名で呼ばれた事が少なかったので、一瞬自分の事だと分からなかった。
少し耳をすませると聞こえるのは、意外ー、マジでー、アーちゃんより凄いのアイツー?、といった不納得の声と俺の名前を聞いて吹き出すクソ野郎共の笑い声。
ツォルンの時と大違いだ。
俺だって地道に努力をしてきたのに、と思うと何だか腹立たしくなった。
それとは別に、名前を笑った奴は絶対ブチ〇す。
「三次席、アケミ」
静かに殺意の炎を燃やしている俺を置いて、教官は三次席を発表した。
それに答えたのはポニテールの女だった。
名を聞く限りは極東の名前のようだが、綺麗な金髪、透き通る碧い瞳を見ると西洋の血が混ざっている事が分かる。
無意識に鼻の下を伸ばしている事に気づき、慌てて手で隠した。
周りにいた女子達が半目を向けている気がするが、気にしない。気にしないと恥ずかしくて死にたくになる。
「四次席、テラス」
「はいっ!」
隣にいた彼女は、元気な声で手を挙げながら答えた。
それでもその手の位置は、俺の肩の辺りにまでしか届いていないのを見ると、本当に同い年かと疑いたくなる。
そんな俺の脳内を見抜いたのか、テラスは周りの女子達と同じような半目を向けてきた。
(す、すいません……)
手を合わせて謝った。
「五次席、タブラ」
静寂だった。
誰も何も答えない。
その様子を見て、グラトニー教官はもう一度その名を呼んだ。
「五次席、タブ───
「あぁぁあ! うるせぇな! はいはい、聞こえてますよ! 聞こえてますよぉ!」
後ろから乱暴な声が聞こえた。
タブラ。
訓練兵時代の時から問題児として皆に把握されている彼は、右手を雑に頭上で振っていた。
それを見て、教官は小さなため息をついた。
「……以上が今期の五本指だ。この者達を班長として5班を作る。班分けは大体戦力が均等になるように分ける。六位は五位、七位は四位、八位は三位、九位は二位、十位は一位。そして折り返して、十一位は一位、十二位は二位と、こんな感じに20人を分ける」
つまり俺が班長を務める2班には、九位、十二位、十九位が来るという事だ。
俺はチラリとタブラを見た。
(あれと同じ班の人らは大変だろうなぁ)
「それでは六次席─────
教官の話を右から左にして、ふと空を見ると綺麗な満月が浮かんでいた。
昔、この月を見て、この世の中は私の物だと詩った者がいたという。
えらく傲慢な野郎だな、と思うと思わず薄く笑ってしまった。
それと同時に、彼と同じ時代に生まれたかったとも思った。
最早、この世は人間の世ですら無いのだから……。
〇●〇
成績発表と班分けが終わると、いつの間にか広場に着いていた5台の荒地対応車に班ごとに乗る事になった。
荷台のような部分に乗る前に、一人一人にある物が渡される。
それは人によって形が違っていて、俺の物は、手にはめるグローブの形をした物だった。グローブと言っても、腕の部分まで覆うことができる不思議な形をした物だ。
全員がそれぞれの荒地対応車に乗った事を確認すると、教官は姿勢を正した。
「今この場で、その"B・M・A"は君達の物へとなった」
グローブの様なソレの形を確かめるように触りながら、静かに話を聞く。
「君達がこれから向かうのは、命の安全が保証をされていない場所だっ! しかも、そこで一日を過ごさなければならない! 毎年、この入団選別試験では半数の新兵が生きて帰ってこない! 遺体はおろか、骨すら戻ってこない者もいる!」
同じ車内にいる者達の手が震えている事に気がついた。
俺はその手を優しく握ると、声を出さずに"だいじょうぶだよ"と伝える。
「自分は、何度もこの場所で新兵達を見送った! そして、帰りを待った! そんな自分から君達に伝えたい事は一つだけだ」
彼は一度間を空けると、震えた声で告げた。
「……生きて帰ってきてくれ! 」
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王国は、王都を中心に多重円の様な独特な構造をしている。
王都を囲うのは、虫すら入れないような強固で高い壁。
その下に広がるのは平民達が住む街で、それを囲うようにあるのは、幅30メートルもある大規模な堀だ。4つの跳ね橋がかかっていて、通る者がいる度に下ろしており、常に門番役の兵士がいる。
そこから先に進むと平原が広がっている。田舎暮らしが好きな者が住んでいる場所らしく、自然豊かでとても落ち着く場所だ。しかし、ここには熊や猪なども生息しているため、年に数件程度事故が起きる場所でもある。
「気持ちいい風が吹いてますねっ」
車内で向き合うように座っていた女子から声をかけられた。
十二位の彼女の名は、確かサラだったか。
明る過ぎる笑みを浮かべる彼女は、ポケットから菓子袋を取り出し、それを俺に渡してくる。
「いりますか?」
棒状のクッキーにチョコをつけた物を咥えて聞いてくる彼女を見て、思わず苦笑いをしてしまった。
「え、確か不要物は禁止じゃ……?」
「いえ、お菓子は必要物ですっ」
そう言って俺の口にお菓子を入れると、他の2人の口にも入れた。
「これで共犯者ですねっ」
可愛らしく人差し指を口につけるサラ。
そんな彼女を隣にいた男が軽く叩いた。
「バカ野郎、この試験終わったら教官にチクるからな?」
「え、いや、まじで?」
「ボクは嘘をつかない」
「いやー! ちょっ、ヒカリ助けてよー! 」
十九位のガイに注意され、涙を目に浮かべた彼女は、九位のヒカリに助けを求めた。
しかし、彼女は、
「……騒々しい」
「えーーーーーーっ!」
本を読んだまま、こちらには一切目を向けなかった。
ただ、お菓子は美味しそうに食べている所を見ると、そこまで嫌では無いのかも知れない。
「おーい、遠足に行くんじゃないだぞ! もう既に長城は見えてるんだ、少しは気ィ引き締めろ!」
バギーの運転手に怒られた。
サラは軽く舌を出して悪態をつきつつも、進行方向に見える建物を見て、笑みを浮かべた。
常夜の世界。バギーのライトに照らされて見えるそれは、かつて『中国』という国にあったという『万里ノ長城』をモデルにして作られた砦。
王国全てを囲うようにしてあるその砦は、空から見たら巨大な円にも見えるだろう。
中には数百人もの兵士が常在しており、これは王国の国境の意味もあった。
いや、この言い方はあまり正しく無いのかも知れない。
これは、"国境"ではなく"戦線"。
文字通り人類の存亡をかけた"戦線"だ。
その長城に空いた唯一の門を通り、俺達を乗せたバギーは進む。
ここから先は人の世ではない。獣が支配する世界だ。
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ある日、突如として現れた、理を超えた獣達。通称、理外獣は、人が途方も無い年月をかけて創りあげた文化や文明といったものを尽く破壊した。
周囲を氷結させる獣。
溶岩の身体の獣。
衝撃波を生み出す獣。
雷雲を纏い操る獣。
未来を読む獣。
あまりにも理不尽で、不合理で、不条理な出来事に、人間達は激しい憤りを感じた。
だが、それは一瞬の話だった。
すぐに俺達は分かったのだ。
今まで、自分達の事を万物の霊長と呼び。自惚れ、驕り、付け上がった人類に対する、理からの制裁だと。
しかし、黙って絶滅する程、ヒトという生き物は従順では無かった─────。
 




