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6/28

12:10-12:40 勇者

今話、一万文字近くあります(ごめんなさい)


《悠馬よ、いい加減泣き止まんと。ほれ、みんなこっちを見てるぞい?》


「うぐ……ぞんなの、ヒック。……分かってるっズ! ……グスッ」



 今も『田んぼ』の中で泣きじゃくる悠馬に、自転車ガイアが説得を続けている。しかし今の悠馬には、感情を静めることは難しい。



《はぁ、困ったのう。アネリアさんからも何か言ってやってくれんかの?》


「そんな事を言われても……」



 具体的に何と言えば良いか、アネリアには分からない。これまでも人を励ましたり慰めたりする役は、もっぱらジェームズを始めとする関係各位に丸投げしてきた。自らが口下手であると自覚している。


 アネリアは、言葉で慰めるのとは別の方法を思いつく。



「……我命ずるは、清浄なる水塊。いでよ

 ───【ウォーターボール】」



 水魔法ウォーターボールを真上に向けて放ったのである。間もなく自由落下してきた巨大な水玉が、アネリア、ガイア、そして悠馬を包み込む。



「ッ! ……ガボッ……ガボボ……」



 間もなくして水が引くと、ずぶ濡れになった二人と一台の姿が残る。うっかり水を飲んだ悠馬は涙目でむせている。



「ガホッ、ゲホッ! なんて事をするっスかッ──ヒック!」


「オークキングの返り血を水で洗い流した。これで少しはマシになったはず」


《なるほど。キレイな顔になっとるの》


「…………確かに、サッパリした気がするっス──ヒック。ベタベタして臭かったんで助かったっスよ──ヒック」



 悠馬の顔などにこびり着いていた血液や汚物は大方無くなっていた。スーツの汚れが完全に落ちたわけではないが、遠目には違和感のない自然な姿に見える。また、水魔法ウォーターボールで頭が冷えたのか、泣き止む事にも成功した。ただ、しゃっくりだけが止まらない。




「さすがに疲れた。少し休憩したい」




 アネリアはそう言うと、ふところから青い半透明の液体が入った小瓶を取り出した。コルクのような蓋を取り、その中身を少しずつ飲み始める。



「アネさん。何っスかそれ?──ヒック」


「これはマナポーション。精神力を回復させるアイテム」



 魔法の行使には精神力を消耗するというのが、この世界の不文律である。アネリアは優れた魔道士であるが、立て続けに大規模な魔法を使った事で精神力の枯渇を感じたのである。



「マナポーション? そんなのまであるっスか──ヒック。偽物じゃないっスよね?──ヒック」



 かつて悠馬の世界でもポーションという名の飲料が販売されたことがある。しかしこちらは単なるジュースであり、生命力回復といった特殊な効果はなかったはずである。



「失敬な。偽物などではない、本物の良品。疑うならユウマも飲んでみると良い」



 アネリアは悠馬の疑念に反発し、自身の懐から二本目の瓶を取り出した。


 ここグルーナ公国において『マナポーション』は希少品である。現在アネリアが所有するのもこれで全部だが、まずは自分へのご褒美として、そしてオーク、オークキングを討伐せしめた功労者である悠馬にも分け与えて構わないと考えたのである。



「え、良いんスか?──ヒック。それじゃ遠慮なく頂くっス──ヒック」



 渡された瓶の中身が希少品であることを知らない悠馬は、あっさりと蓋を取りゴクゴクと飲み込む。すると、その口からは自然とため息が漏れた。



「ふぅ……ごちそうさまっス。落ち着く味っスね、これ。なんか花の蜜のような甘みがあって美味しかったっス」


「……ん」



 『マナポーション』は、夜の限られた時間のみに咲く特殊な花を主原料とし、そこに蜂蜜と数種類のハーブを加えて精製される天然自然のものである。もちろん無毒であり変な依存性などもない。

 服用した者の精神力を回復させる際に、精神を安定させるという副次的な効果がある。悠馬のしゃっくりも自然と治まっていた。


 アネリアは悠馬の反応に満足そうに頷くと、再度自分の瓶に口を付ける。





 現在、『田んぼ』には無数のオークがプカプカと浮かび、頭の割れたオークキングが横たわる。まさに地獄のような光景の中、悠馬達の周囲にだけは、穏やかな時間が流れているようである。



《……どうじゃ悠馬よ。少しは落ち着いたかの?》


「ガイア……もう大丈夫っス。心配をかけたっスね。アネさんにも、見苦しい所を見せてしまったっス」



 そう言って苦笑する悠馬の髪から、水魔法ウォーターボールの残滓がポタリと垂れる。雲一つなく晴れ渡り、温暖な陽気である。水に濡れた悠馬が、風邪を引く可能性は低いであろう。

 ちなみにアネリアについては別の理由で心配はない。彼女が羽織るローブは希少な魔物の部材でできた、防水性、通気性に優れた一品である。彼女には水魔法ウォーターボールの影響は皆無である。



「私は気にしていない。ユウマは良くやったと思う。改めてお礼を言いたい」


《そうじゃよ。アネリアさんの言うとおり、初陣ういじんにしては上出来の上出来じゃ! 初めて戦場に立った新兵っちゅうのは震え上がって役に立たんもんじゃが、ユウマは最後まで役目を果たんじゃ。胸を張る所じゃぞい》



 アネリアとガイアの励ましを受けて、悠馬はくすぐったいような表情を浮かべる。



「待った。ユウマが『初陣』って、本当?」


《そりゃあそうじゃろう。ああ、儂らの国では長らく戦争が起きておらんでの。一つ酷いのがあるにはあったが、それも悠馬が生まれるずっと前の話じゃからのう》


「それに、自分達の世界にはオークとかオークキングとかのバケモノなんていなかったス。漫画や小説に出てくるくらいっスね」



 ガイアと悠馬による説明を聞いて、アネリアは目を見開く。



「戦争がない? 魔物がいない?」



 そう呟くと、今度は目を伏せて黙り込む。




「けどガイアは何で戦争の事を知ってるっスか? まさか、実際に見てきた……ってわけじゃないっスよね」


《そのまさかじゃわい。あの時は、空襲で前の主と家族を含めた大勢が亡くなったの。その主の上官って奴にゃ溶かされて鉄砲の玉にされそうになったりで、儂も危なかったんじゃ。そ奴も死んでしまったがの。

 戦争には結局負けてしもうて、皆で泣いたのう。何もかもが焼けて、ほんと惨めなもんじゃった。負け戦はコリゴリじゃわい。

 ───次は上手くやらんとの》


「次って……いやいや、戦争なんて絶対にダメっス! 平和が一番っスよッ!!」


「……」



 そんな会話からアネリアは、悠馬達の世界情勢が自分達のとは大分違っているのではと思った。

 近年、アネリアが属するグルーナ公国を含め、近隣諸国は互いに休戦協定を結んでいる。ただし、それはあくまでも『休戦』の協定に過ぎず、例えば日本国の『戦争及び武力の放棄』のそれではない。水面下では虎視眈々と領土の拡大を狙う国もあると、アネリアは聞く。


 その休戦協定も、近年になって急激に増加・狂暴化した、オークなどの魔物への対策に向けたものである。休戦協定を結んだからと言って諸国が平和になったわけではなく、むしろ戦火は拡大してるとすら言える。



《うむ、平和が一番。確かにその通りじゃ。……けどの、とりあえず日本で戦争は起こらなくなったが、そうでない所もあるじゃろう?

 今後、本当に日本で戦争が起こらんかなんて、正直儂には分からん。分かっているんは戦争に負けたら悲惨を極めるという事だけじゃ! じゃから、日頃からの準備や心構えが必要なんじゃないかと儂は思うのじゃよ》


「そんなもんっスかねぇ。……いや、なんか納得したらダメな気がするっス! 戦争なんて絶対にダメだと自分は思うっス!」


「…………」



 悠馬の気持ちも分かる。しかし「戦争はダメだ」と主張した所で聞き入れる敵国などいないというのが、アネリアの世界の常識である。敵国の侵略行為に対して応戦しなければ、領土、資源、財産、最悪には生命を一方的に刈り取られるだけである。


 ガイアはともかく、悠馬は本当に平和な世界で生きてきた。そうアネリアは理解する。



「…………」



 思い返せば、先にオーク達に雷魔法サンダーボルトを発動する際、悠馬は強い忌避感を示した。仮にアネリアがあの魔法を使えたとして、それを実際に大群に向けて使うとなるとアネリアでも相応の覚悟が要る。相手が凶悪な魔物であったとしても、多数の命を一瞬にして奪う点に変わりはない。



「…………」



 しかも悠馬には、オークキングに単騎で突撃するという作戦──否、行きあたりばったりの無謀な思い付きにも無理矢理付き合わせた。あの時実際に悠馬が感じた恐怖やストレスは、どれ程のものであっただろう。



「………………」



 そもそも悠馬は、こちらの一方的な都合による勇者召喚に巻き込まれた一般人、いわば被害者である。しかもガイアも含む彼らを元の世界に還す方法については、現時点で何も分かっていない。

 少なくとも発見された勇者召喚に関する文献には、何も記されていなかったのである。




「……………………」




 アネリアは背中に流れる冷汗を感じつつ、そっと『田んぼ』の岸に目を向けた。そこには、悠馬を異世界から召喚した張本人──キレス砦の騎士団長であるジェームズが立っている。


 ジェームズは魔法で自らの聴力を強化し、悠馬達の話をしっかりと聞いていた。その顔色はすっかり青ざめており、口元と胃のあたりを手で押さえている。



「ジェームズ様、お食事を持ちしました。……ジェームズ様?」

 

「私はいい。他の者に回してくれ」


「分かりました。顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」


「大丈夫だ。……すまぬが少し独りにして欲しい」



 そうしたやり取りをアネリアが遠目に眺めていた所、近くからグウと音が鳴った。



「……すんません。腹、減ったっスね」



 悠馬が恥ずかしそうに空腹を伝える。考えれみれば、今朝は食パン一枚しか食べていない。普段であれば既に昼食を食べ終えている時間帯である。



「確かに。向こうに戻れば食事がある。けど、どうすれば……」



 悠馬とアネリアが乗っている自転車ガイアは、『田んぼ』の泥沼にどっぷりと浸かっている。アネリアは泥のかかった自らの足先を見て眉をひそめた。



《そうじゃの。アネリアさんや、もう一度、あの軽くする魔法をかけてくれんかのう? それさえできれば、あとは儂らで何とかするわい》


「了解。……浮き上がれ ───【フロート】」



 アネリアの詠唱で、悠馬とアネリアを乗せた自転車ガイアは、貼り付いていた泥ごと地面から浮き上がる。ガイアはそれに応じ、次なる魔法を発動させた。



《───【ウインド・MK2(マークツー)】》



 魔法にMK2(マークツー)とは何なのか。ともあれ例によってガチャガチャと機械的な音が鳴り、今度はアネリアの背後で、後方へ向いたプロペラが生成されたのである。



「おぉ……」



 悠馬がペダルを回す事でプロペラが回る。また、ハンドル操作に応じてプロペラが左右に振れる。今度こそ、悠馬の任意で方向を変えられる仕様であるらしい。



《それじゃあ悠馬よ。大きく旋回して岸に戻るぞい》


「了解っス。行くっスよ!」



 力を込めて悠馬がペダルを漕ぎだすと、自転車ガイアはゆっくりと前に進みだした。




「アネさん、ちょっと捕まってて欲しいっス」


「ん。……これで良い?」



 アネリアの両手が自身の腰に回ると、悠馬は顔を赤らめながらもハンドルを持ち上げるようにして車体を傾けた。プロペラが斜め下に向き、そこからの風力によって悠馬達は少しずつ上昇する。


 地表から三十メートルほどの高さに達した所で、悠馬は車体の角度を戻した。



「……ふぅ」



 悠馬は息をつく。そこからの見晴らしは、これまで嫌でもオークやオークキングが見えていたものに比べて格段に改善された。



《うむ、良い景色じゃ。まさかこうして空を飛べる日が来るなんて思わんかったわい》


「自分もっス。一つ、夢が叶った気分っスよ。鳥人間コンテストにはちょっと憧れていたっスからね」


《鳥人間コンテスト? 聞き覚えがあるのう》


「自転車を飛べるように改造して、湖の岸からどれくらいの距離を飛べるかを競う大学の競技っス。自分、結局大学には進学しなかったっスからね」


《ああ思い出したぞい! 昔、悠馬がちっさいころに友達を誘ってやっていたの。坂の下にジャンプ台作って、皆で畑に向かって飛んだのう》


「あはは。そんな事もあったっスね。けどあの時はひどい目にあったっス。友達の自転車はタイヤが曲がったり壊れたりで、自分も連帯責任でこっぴどく怒られたっス。自分の……ガイアのタイヤだけは、なぜか何ともなかったんスよね」



 悠馬達が空中を進む中、かつての思い出話が交わされる。そこには種族の──有機物・無機物の垣根を超えた絆が存在するのかもしれない。



《そりゃあ当然じゃ。他がヤワだっただけじゃ! 儂を誰だと思っとる》


「あははは、さすがっス。さすがは勇者! って感じっスね」



 悠馬は楽しそうに笑う。しかしその最後の一言には、アネリアが身を固くした。



「ユウマ。……もしかして『勇者』の事、気付いてた?」


「え。いや自分の事を勇者じゃなくて『巻き込まれた異世界人』って、アネさんが言ってたじゃないっスか。……あれ? 違ったっスか?

 それに、自分達がこの世界に来て、ガイアはいきなり喋りだして魔法? も使いだしたっス。そりゃあガイアが勇者だって、誰でも気づくと思うっス。で、その勇者ガイアの召喚に『巻き込まれた異世界人』ってのが、自分……って事っスよね?」



 悠馬の見解はアネリアのものと完全に一致していた。そしてその見解は、意識的に会話に耳を傾けていたジェームズのみならず、『田んぼ』で作業に当たる人々の耳にも届いていた。悠馬が風の影響を懸念して大声で喋ったためである。


 悠馬の話に人々は驚きはしたが、「ああ、どおりで……」と納得する。



「というわけで、勇者はガイアであって自分じゃないっス。自分はただ言われた通りにペダルを回していただけで、別に大したことは何もしてないっスからね。ははは……」


「ユウマ……」



 悠馬は笑うが、アネリアにはその姿が自嘲的な物に思えた。アネリアの位置から悠馬の表情はうかがえないが、僅かに肩が落ちているようにも見える。



《何をアホなことを言ってるのじゃ、お主は》



 このタイミングでガイアがあきれたように呟く。その言い様に、悠馬は腹を立てた。



「アホって何スか」


《アホっつったらアホじゃ。悠馬が何もしてないと? んなわけがなかろう! 良いか? 悠馬がいなかったらの、それこそ儂は何もできんぞい! 悠馬がペダルを回してくれるからこそ動く事ができるんじゃ! そこは声を大にして言わせてもらうぞい!!》



 熱の入った反論が響く。今、この場にいる全て人々が作業の手を止めて、悠馬達のやりとりに注目している。



《大体の、儂らだけでない。例えばアネリアさんがあのジャンプ台を作り魔法で軽くしてくれたからこそ、儂らはあのオークキングにまで届いたのじゃ。それに、ジェームズさんの直前の援護がなければ、儂とて危なかったかもしれぬ……》


「それだけじゃない。風魔法ウインドのアシストも的確だった。アゼルがあの場で押したのも、良い判断だったと思う。ユウマには悪いけど」


「アゼルさんは悪くないっス。自分も、あの時はああするのが正しいと思うっス。……けど、アゼルさんも凄いっスよね。『田んぼ』を作る時、あの人シャベル一本で、とんでもない動きをしてたっス!」


「アゼルは自慢の部下。他の騎士達も、騎士じゃない人達も頑張った。そうして、あの『田んぼ』はできた……」


《そうじゃ。儂らを含め皆が力を出し合ったからこそ、儂らは勝つ事ができたのじゃ!

 じゃからの、悠馬。お主が『何もしていない』というのは、儂は違うと思うぞい。頑張った皆に対しても失礼なんじゃないかのう》



 ガイアの言葉に、悠馬は大きく目を見開いた。



「確かに……その通りっス。自分、軽率だったっス! 胸を張らないとダメっスね」



 そしてもう一人、ガイアの言葉を聞いて目頭を熱くさせる男がいた。ここキレス砦の長という重責をになう男──ジェームズである。




「───皆よ。此度は本当に良くやってくれた。ぎりぎりの、真に厳しい戦いであった。 しかし、今ガイア殿が仰った通りだ。皆が持てる力を振り絞ったからこそ、此度の勝利を得られたのだ!

 故にこの勝利は、皆の勝利だ! ありがとう!! ほんとうに、あ゛り゛か゛と゛ッッッ!!!」



 最後は言葉にならなかった。



 オーク達に勝利し、キレス砦を、そしてその背後の人々の命を守り通すことができたいう実感が込み上げてきたのである。



「ジェームズ様ッ!」

「ジェームズ様……」

「うぅッ……!」



 ジェームズに同調するかのように、人々は感激に浸る。

 そんな人々からジェームズが顔を上げると、丁度悠馬達が大きく弧を描き、その正面を向ける所であった。ジェームズは涙を拭い、満面の笑顔で人々に呼びかける。



「さぁ勇者達の帰還だ! 皆で盛大に迎えようではないかッ!!」


「おおおおッ!」

「勇者様……ッ!」

「アネリア様! ガイア様ッ!!」

「ユウマ様ーーッ!」



 ジェームズの下に人々が集う。そんな彼らの声援に応える形で、悠馬は次のように述べた。



「ジェームズさん。勇者は自分達だけじゃないっス。みんなが、ここにいる全員が勇者だと思うっス!

 魔法やシャベルで土を耕してくれた人、

 草を抜いて集めてくれた人、

 石をどかしてくれた人、

 穴を掘ってくれた人、

 川までの堀を整えてくれた人、

 魔法で水を入れてくれた人、

 リアカーを並べてくれた人、

 焚き火のまきを持ってきてくれた人、

 火を起こしてくれた人、

 風を送ってくれた人、

 バリケードの前で守ってくれた人、

 そんな人達をサポートしてくれた人……みんな勇者っス!

 あのオークキングが出てきた時はさすがに参ったっスけど、それでもみんなの支援があったから、何とか勝てたんっス! だから、やっぱりみんなが勇者なんっスよッ!!!」



 悠馬が高校時代に心血を注ぎ込んできた部活動は、周囲の協力と応援によって成り立っていた側面もある。その悠馬ならではの主張に、『田んぼ』の岸に立つ人々は徐々にざわめき立つ。



「俺たちが、勇者だって……?」

「僕が……勇者ッ!」

「わ、わたしも!?」



《なるほど。確かに皆が勇者じゃ! 悠馬よ、良く言ったぞいッ!!》


「そうっス、みんなが勇者っス! 勇者ッ! バンザイーーッ!!」


「「「「「ーーーーッ!!!」」」」」



 悠馬が叫んだ瞬間、その場は興奮の坩堝るつぼと化した。



「勇者ッ! バンザイーーーーッ!!」


「「「「「勇者ッ! バンザイーーーーッ!!!」」」」」



《勇者ッ! 最強ーーーーッ!!》


「「「「「勇者ッ! 最強ーーーーッ!!!」」」」」



「勇者ッ! 最高ーーーーッ!!」


「「「「「勇者ッ! 最高ーーーーッ!!」」」」」




「勇者ッ! 最ッ高オオォォォォッッッ!!」


「「「「「勇者ッ! 最ッ高おおぉぉお!?!?」」」」」




 悠馬達の掛け声に人々が唱和する。


 ところが最後に発せられた掛け声には全員が戸惑いを示した。それはこれまで誰も聞いたことがない、甲高い声によるものであったためである。




「…………???」




 その声の出所に悠馬が目を向けると、その位置──自転車ガイアの前かごの上に、ピンク色の珍妙な生き物が鎮座していた。

 一見、白地にパッションピンクの羽先を持った鳥のようである。しかしこの羽先と同色の髪が肩まで伸びている後頭部は、人の、少女のようでもある。



《ッ! 何者じゃ!》



 突如として現れたその存在に、ガイアは鋭い警戒心を示す。不思議な事に、非常に派手な外観を持つその生き物が声を発するまで、その存在に気付いた者は誰一人としていなかったのである。



「ア……バレちゃっタ。まッいいカ!」



 その生き物はその場で小さく跳ぶと、クルりと後方に体を反転させた。全く重みを感じさせない動作である。

 後ろを振り向いた事で、悠馬にもその顔が明らかになる。パッチリと開く釣り目がちな両目に、形の整った鼻と口。肩から下は鳥のものであるが、その上はやはり人のもの。好奇心旺盛そうな、可愛らしい女の子のそれである。



「えっと、どちら様……っスか?」


「まさか、ハーピー?」



 悠馬と、その背後から顔を覗かせたアネリアが問う。それを受けて、女の子──雌と思しきその生き物は嬉しそうに答えた。



「そうだヨ、良く知ってるネ! ボクはユニっていうノ。ヨロシクネ!」


「ユニさん……っスか。あ、自分は悠馬っていうっス。木城悠馬っス。悠馬で良いっスよ」


《ガイアじゃ。儂も呼び捨てで構わんぞい》


「アネリア。アネさんで良い」


「ボクもユニで良いヨッ。ヨロシクネ、ユウマ、ガイア、それにアネリアッ!」



「…………」



 ユニと名乗った生物──ハーピーに促されるように、悠馬達は自己紹介を交わす。アネリアへの呼称は、そのまま『アネリア』とされたようである。



「それにしてもサッキのはスゴかったネ! あのオークキングを一発でヤッつけちゃったんだかラ! やっぱり勇者ってスゴいんだネ!!」



 ユニはシュッシュと左右の羽を交互に繰り出す動作を見せる。シャドウボクシングのそれである。



《それほどでも……あるかのう。ユニちゃんは、もしかしてサインが欲しいのかの?》



 率直な感動を示すユニに、ガイアは警戒心を解いた。しかしサインが欲しいかなどとは、調子に乗った発言である。



「さいん? 何それ美味しいノ? ……ウン、確かにボクもお腹が空いたケド、その前に会って欲しい人がいるノ」


「会って欲しい人? どんな人っスかね」



 サラリーマンである悠馬の職務である営業職では、人との繋がりが重要とされている。悠馬にとって『人と会って欲しい』という要望は、無視のできない物に思えたのである。

 そんな職務による条件反射的な反応に、ユニは次の答えを返した。



「えっとネ。ボク、魔王軍の斥候部隊でリーダーやっててネ。ネーヴェ──魔王軍第六師団、師団長のネーヴェリア様に会って欲しいノッ!

 みんなーーッ! 来てーーーーッ!!!」



「みんな……?」



 複数の鳥の羽音が重なって聴こえた。悠馬が振り向くと、そこには朱色、紺色、水色の鳥の集団──否、ユニと同様に人の顔を持つ、五体のハーピー達が迫っていたのである。



《何じゃ!?》


「……ッ!」


「ちょッ、え! そこくすぐったいっスッ!!」



「なッ! ユウマ殿ーーーーッ!!!」



 ハーピー達は空中を進む悠馬達にあっさり追い付くと、アネリアの両肩、そして悠馬の両腕と頭の上に停まったのである。

 突然の出来事に人々が慌てる中、ハンドル上に鎮座するユニが満足そうに頷いている。



「ウンウン、みんな揃ったネ。じゃあみんなッ! セーノで行くヨッ!! セーノッ


 ────【【【【【【フ ラ イ】】】】】】!!!」




 ユニを含むハーピーの集団が唱和すると、悠馬達は、そのまま一気に空高く引き上げられたのである。



《なんとまぁ……》


「え……えッッ!?」


「…………」



 悠馬から見てつい先程までは大きく近づいていた岸に立つ人々の姿が、今は豆粒のようになっている。



「それじゃあ行くヨッ! 魔王軍第六師団駐屯地。ボクらの秘密基地ニ、勇者様一行をゴ案内〜〜♪」



 ユニの嬉し気な声と共に、自転車ガイアの車体は反転し、そのまま森の方向に進み出した。

 その様子に、残された地上の人々は次々に悲鳴を上げる。



「ユウマ殿ッ! ガイア殿ッ!」

「アネリア様まで……」

「な、なぁ。あの子供? 『魔王軍』とか言ってなかったか?」

「魔王って……そんなッ!!」



「ユウマ殿ーーッ! ガイア殿ーーッ! アネリアーーーーッ!!!」



 悠馬の耳に一際大きく届く声があった。ジェームズである。



「ジェームズさーーん! 高いっスーーッ! 助けて欲しいっスーーッ!!」



 地表からの高さに震え上がる悠馬は、泣き言で応えた。




「ユウマ殿ーーッ! ……必ずッ! 必ずや、助けに参りますぞーーーーッ!!」




 人々の視界から悠馬達の姿が小さく消え行く中、ジェームズの決意を伝える声が、一際大きく響いたのである……。

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