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09:20-09:50 覚醒


 悠馬は強烈な光にさらされた両目を擦る。そこに「失礼します」と男の声がかかった。


 アネリアの許可を得て室内に入ってきたのは、板金鎧に鉄兜姿の男――先ほどまでこの場に居た騎士達の一人であった。



「ユウマ殿、アネリア様。ジェームズ様がお呼びです」



 その騎士は、ジェームズからの使いであるらしい。彼の呼び掛けにアネリアは少し考える様子を見せてから自転車に近づくと、前かごの『鑑定球』に手を触れた。



「我命ずるは重みの喪失。浮き上がれ

 ―――【フロート】」



 アネリアの手からキラキラと光る粒子が広がる。すると、その手に触れられていた『鑑定球』がゆっくりと浮き上がり、そのまま空中に留まったのである。



「最初からこうしていれば良かった。別に要らなくなったけど……」



 気まずそうに呟いた。そんなアネリアに悠馬は恐る恐るといった様子で声をかける。



「あの……今のって、超能力っスか?」


「重力魔法の初級。それが?」


「魔法! 凄いっス!! 自分、魔法なんて初めて見たっスよ」



 悠馬は瞳を輝かせて感動を示す。その様子にアネリアは首をかしげた。



「魔法を見るのが初めてって、本当?」


「はいっス! というか、自分の世界に魔法なんてないっス。映画やアニメの話なんかに出てくるくらいっスよ」


「……えいが? あにめ?」


「ああ、まず映画っていうのはっスね……」



「―――ぅおっほんッッ!!!」




 壮大な咳払いに、悠馬とアネリアはビクリとすくみ上がる。

 咳払いは、入り口付近に立つ騎士によるものであった。その口元には穏やかな笑みが浮かんでいるが、目は全く笑っていない。


 現在ここキレス砦は敵の襲撃を受けている。余談に割いている時間は無いと言う事であろう。部下による間接的な批難に、アネリアは苦い表情を浮かべた。



「私は……少し調べたい事があるので後から行く。ユウマは先に向かっていて欲しい」


「了解っス! って、あれ? 外へ誰かを探しに行くんじゃなかったスか?」


「それは大丈夫になった(・・・)。さっきの事は、どうか忘れて欲しい」



 そう言ってアネリアはうつむきかけるが、すぐに顔を上げる。真剣な表情で悠馬にじっと目を合わせると、奇妙とも思える一つの指示を下したのである。



「それと、これからユウマが行動する時だけど……」



――――

―――



 悠馬は騎士の先導を受けて砦内を進む。そこかしこから人の駆け回る音や怒号などが聴こえ、剣呑けんのんな空気に満ちている。さらに遠方からは、爆発音とともに、「ブヒィ!」とか「ピギィィ!」といった重低音の叫び声まで聴こえてくるのである。



「何っスか、この……鳴き声?」


「……いずれ嫌でも分かります」



 騎士からは硬い声が返された。そんな言い方をされると、悠馬には嫌な予感しかしない。



 ここキレス砦は外周を石壁で囲った要塞であり、石壁の頂上には周囲の監視のための通路が形成されている。悠馬と騎士の二人は今、石壁頂上の通路に至る階段を登っている。



「ひぃ、ふぅ」



 体力には自信がある悠馬である。単に階段を登る程度では、息が上がることなどない。しかし、現在のように「自転車を担ぎ上げた状態で」となると、さすがに話は違ってくる。



「大丈夫ですか? ユウマ殿」


「何とか、っス。ふぅ」


「その……乗り物ですか? 良ければ私が持ちますが?」


「いや、アンタだって、重たそうな鉄の鎧を、着てるじゃないっスか。それに……」



 一応の気遣いを見せた騎士に対し、悠馬は先のアネリアの言葉を繰り返した。



「自分が必ず、連れていくようにって、言われたっス。何でかは分かんないっスけど、何か意味がある気がするっスよ。よいしょっと!」



 悠馬が言った通り、『ユウマが行動する時だけど、なるべくそれ、ジテンシャ? を連れて行くようにして欲しい』――というのがアネリアの指示であった。別に自分の力だけで自転車を運べといった意図はないはずだが、初対面である目の前の人物に力仕事を丸投げするのも気が引けた。



「そうっス!」



 ふと悠馬の脳裏に一つのアイデアが浮かぶ。悠馬は早速それを試してみたくなった。



「確か……我命じるは……えー、軽くなれッ!

 ふろーと!!」



 アネリアの魔法を真似てみたのである。



「…………何も変わんないっスね」



 首をかしげる悠馬に、騎士は若干呆れたように応じる。



「ええと、重力魔法は初級でも非常に扱いが難しい魔法ですからね。いかにユウマ殿であっても、いきなりあれを使いこなすのは難しいかと」


「マジっスか。ガッカリっス」


「ぷっ! ハッハッハ」



 うなだれる悠馬を見て、騎士は弾かれたように笑う。彼は「そういう事か」と何やら勝手に納得した様子で、悠馬に顔を向けた。



「いやすみません。ユウマ殿は、確か魔法の無い世界から来たのでしたよね?」


「はいっス。物を浮かす魔法がそんな難しいなんて知らなかったっス」


「なるほど。でしたらこちら世界の魔法について、ユウマ殿も知っておくべきですね。……もしよろしければ、私から説明しますが」


「マジっスか! 是非お願いするっス」



 騎士の提案に、悠馬は目を輝かせて応える。



「私も専門家ではないので、そこまで詳しくはないのですが……」



 そう断りを入れた上で、騎士は自らが知る魔法について語りだした。歩きながらである。



「魔法とは、要は自己の精神力を使って様々な現象を起こすものです。炎や水、風などを生み出すものや土を操るもの、肉体や精神に直接働きかけるものもありますね。

 ずはり私のおすすめは、身体の守りを高める【プロテクト】と、簡単な傷直しができる【ヒール】です。やはり体が資本ですからね。いずれも初級の魔法で、比較的簡単に覚えられるはずです。

 もし可能であれば、ちょっとした荷物を収容できる【キャリーボックス】も便利です。ただこちらは初級でも空間魔法ですので、我々の中でも使える者が限られてしまうのですが」



 分かるようでさっぱり分からない話に、それでも悠馬はふむふむと聞きながら歩く。そんなやりとりをしているうちに、二人は階段を上りきった。


 壁の上から周囲を見渡すことで、ここキレス砦は山々に囲まれた窪地にあると理解できる。壁の外では大小の草花が生い茂り、近くに川が流れている。

 草原が広がる地面の所々では、激しく燃えたような黒焦げた跡がさらされている。さらにその先の高台の(ふもと)には、鬱蒼(うっそう)とした森が広がっている。



「……なんっスか、アレ?」



 悠馬の目に映ったのは、重低音の鳴き声を上げながら迫り来る巨大な豚の集団であった。

 ――否。その目を怪しく赤色に輝かせ、筋骨隆々の両腕に太い木の幹を抱え、二足で草原を駆けるその生物は、決して『豚』などという生やさしい生き物ではない。



「奴らは『オーク』と呼ばれる魔物です。元々は臆病な種族で、人前に姿を現すことなど滅多になかったのですが……」



 騎士とは別の男の声が応えた。赤色のローブを羽織り、厚い胸板を露出させた大男――ジェームズである。


 悠馬の先導を務めた騎士はアネリアが遅れる旨を報告する。その報告にジェームズは頷くも、騎士を振り向くことはしない。彼の視線は今も迫り来るオークの集団に向いている。



「今だ! 放てッ!!」



 ジェームズの声に反応したのは、壁の上で弓を(つが)えていた騎士達である。通路に設けられた手すり状の壁から一斉に矢が放たれた。



「ブギャァーーッ!」「ピギィーーッ!」


「ひっ」



 とつとつと生々しい音が聞こえ、豚の異形――オーク達の叫び声がその後を追った。これを見て、悠馬は小さく悲鳴を上げる。

 先程からうっすらと感じられる(さび)の臭いが、心なしか強まったように思える。



「確か、二週間程前ですかな。あの向こう側に見える森、我々は『魔の森』と呼んでいるのですが、そこからこうして現れて、我々を襲うようになったのです。最近では毎日のように……むッ!」



 傷の浅いオーク達が迫って来る。そこへ、ジェームズの指示で再度矢が放たれる。しかし、彼らは両手に抱えた樹木の幹や、先に討たれたオークの亡骸を盾にして、さらに接近して来る。



小癪(こしゃく)な! ……我命ずるは紅蓮の火球。当たりて爆ぜて灰燼(かいじん)を成せ! 喰らえッ!!

 ───【ファイアーボール】ッ!!」



 ジェームズが突き出した手のひらの先にサッカーボール大の火球が現れたかと思うと、真っ直ぐにオークの集団に向かって飛んで行く。それが生き残った先頭のオークに命中した瞬間、大爆発を引き起こしたのである。



「うわッ!」



 悠馬が短く悲鳴を上げる。


 やがて煙が晴れると、そこに生者の姿は確認できなかった。いずれもが身体の一部分が吹き飛ばされた、無残な骸と化している。




「…………」




 悠馬は唖然とする他ない。戦争の無い平和な日本で人生を過ごしてきた悠馬にとって、あまりに衝撃的な光景である。



「偵察によると数百ものオークが森に潜んているようで、我々もほとほと困っておりましてな。……なのでユウマ殿には、その勇者としてのお力を持って是非ともお助け頂きたいというわけでして」



「いやいやいやいや!!」



 全力で否定する。


 悠馬は先にアネリアが水晶玉を見て発した独り言を聞いており、自分が何らかの間違いでこの世界に召喚されてしまった事を察している。悠馬には、自らが勇者だという自覚はない。



 ――自分は勇者なんかじゃないっス!



 そう悠馬が叫びかけた時。悠馬はふと、昨晩友人が嬉しそうに語った『異世界』のエピソードを思い出した。

 それは高校のクラス丸ごと異世界に転移させられた挙句、国王が使えないと判断したクラスメイトをことごとく処断していくという、実に救いようのない話であった。


 国王の命令により騎士に斬殺されるクラスメイトの姿に一寸先の自分の姿を幻視する。これまで散々文句を言ってしまったため今更な気もするが、この場で下手な事は言えない。




「ええと、オークと言ったっスか? が、仮に集団で攻めて来たとして、さっきみたいに矢を打ったり、魔法なんかでやっつけていけば、何とかなるんじゃないか! ……って思うっスけど」



 悠馬は考えた末、比較的現実味があると思える打開策を提案した。とりあえず『勇者』からは話を逸らす作戦らしい。

 これに対するジェームズの回答は、次の通りであった。



「そうですな。しかし対集団戦で使える攻撃魔法となりますと、私とアネリアしか使える者がおりません。精神力にも限りがありますので、命を賭して連発しても、数百ものオーク共を全滅させるのは難しいかと。

 その前に、矢を含めて武器が全く足りていないという状況でして。もちろん本部には陳情(ちんじょう)しているのですが、いつまで経っても『もう少しかかる』の一点張りで。昨今の急激な魔物の増大により、どこも似たような状況らしいのです」



 ジェームズはそう言ってため息をつく。周囲の騎士達も、苦しい表情を浮かべている。


 先行きの暗い状況に、悠馬は気が遠くなるのを感じた。仮に悠馬の正体がこの場でばれたとしても、悠馬をクビ(・・)にする余裕もなさそうである。



「マジっスか……」



 途方に暮れた悠馬はジェームズから視線を外した。すると悠馬の視界に、野外を歩く人々の集団が映った。

 その集団は、騎士達と違って鎧を着ていない。周囲を警戒しながら何かを拾い集めているようである。



「ジェームズさん。あの人達は何をしてるっスか?」


「回収班の者達ですな。先ほど申し上げた通り矢が足らぬので、少しでも足しにしようと襲撃の合間に拾いに行かせているのです」


「なるほど。けど、あんな軽装で外を歩いてて危なくないっスか?」


「敵を見かけたらすぐに逃げるよう伝えています。それに万一に備え、護衛の騎士を付けています」



 ジェームズの言うように、鎧姿の厳つい男が一人護衛に付いている。ただし、彼を除いては明らかに線が細い人々であり、中には子供も見える。



「なるほ……ど」



 その時悠馬の目に一人の少年が留まった。矢の回収に夢中になっているのか、一本、また一本と拾うにつれて、砦から大きく離れてしまう。護衛の騎士を含めた周囲の人々は、その事に全く気付いていないように見える。



「え……?」



 少年を目で追う悠馬は、さらにとんでもないものを目撃してしまう。深い茂みに身を伏せる一体のオークが、少年に狙いをつけていたのである。



「ちょッ! ジェームズさん、あれ!!」


「……なッ!?」


「まずい……」

「何であんな所にッ!」

「おいおいおいおい!」



 ようやくジェームズを始めとする騎士達が気付く。そして、オークの突進を受け少年が弾き飛ばされる瞬間を、全員が目にする事となった。



「「「「ーーーーッ!」」」」



 オークは少年の足を掴み、背後の森に向かって歩き出す。その背中を遅まきに気づいた護衛の騎士が追い始めた。



「……クッ!」



 彼は懸命に走るが、木陰に隠れていた別のオークと接敵してしまう。一方で少年を引きずるオークは軽快に歩みを進めており、その姿を森の中に隠すのは時間の問題と思われる。



「ジェームズさん!」


「―――ッ! 遠すぎる! この距離では、矢も私の魔法も届きません。馬を使えば追いつけるかもしれないが……」


「ユウマ殿を迎えに行く際に様子を見ましたが、どれも怯えておりました。あれでは使いものになりません」



 先導を務めた騎士が報告する。馬は本来、臆病な生き物である。実運用に向けての『慣らし』が必要なのは、この世界でも共通するらしい。



「今から徒歩で追うには距離が離れすぎている。もはや、諦めるしか……ッ」


「そんなッ!」



 ジェームズの言葉に悠馬の顔が青ざめ、周囲の騎士達が悔しそうに奥歯を噛みしめる。


 ──その声が聞こえたのは、まさにその時である。





《ジェームズさん、と言ったか? あんたさえ近づければ、あの子は助かるんじゃな?》




 しわがれた老人の声が、直接頭に届いたのである。



「誰……っスか?」



 これまで聞いた事のない、しかし悠馬にとって不思議と親しみを感じさせるその声に、悠馬は問いかける。ジェームズや騎士達にも心当たりがないらしく、この場の誰もが困惑した表情を浮かべている。



《悠馬よ! ……長年の相棒に向かって誰とは酷いのう。まぁ無理もないかの。

 わしじゃ。『ガイア』じゃよ。今もお主が支えている、この自転車じゃよ》


「へ? 『ガイア』? いや、自転車って、え、えぇーーーーッ!!!」



 声の正体は、今も悠馬が支えている自転車のものであるらしい。悠馬は驚愕し、ジェームズ及び騎士達は一斉に首を傾げる。



《積もる話は後じゃ! 悠馬よ、早よ儂に乗っとくれ! ジェームズさんもじゃ。急がんといかんじゃろう?》


「そうっス、大変っス!」



 自転車を名乗る声に促され、悠馬は大急ぎでサドルを跨ぐ。



「ほら、ジェームズさんも!」


「う、うむ」



 悠馬に促され、ジェームズは戸惑いながら悠馬の後ろに跨った。



「……これで宜しいか?」



 戸惑いながら尋ねるジェームズに、悠馬は首肯しゅこうを返す。



《準備は良いかの。それでは行くぞい!》


「了解っス! って、ここ、大分高い(・・)っスよ?」



 自転車に言われるがまま行動を起こした悠馬だが、ここに来て踏みとどまる。悠馬達の現在位置は、大量の石が積まれてできた壁の上である。ここから地表までの距離は、三十メートルを優に超えている。



《この程度大丈夫じゃ。何も問題ないわい! 儂を誰じゃと思っとるッ!! それに早よ行かんと、あの子が助からんぞい?》



 顔を上げた悠馬の視線の先に、今もオークに引きずられる少年の姿があった。遠ざかって行くその姿を見て、悠馬は覚悟を決めた。



「……ジェームズさん。しっかり掴まってるっスよ!」


「ユウマ殿? いったい何を」



 ジェームズの問いを置き去りに、悠馬は全力でペダルを踏んだ。結果、二人を乗せた自転車は、石壁の切れ目から空中に躍り出たのである。



「う!? うぉおおおおおぉッ!!」



 自転車は加速の勢いで僅かに飛翔するも、地表へ向けて落下を始める。間もなく、地面との接触による衝撃が来る──



「ーーーーッ!!!」



 自転車は、見た目はただの古臭いママチャリである。実はギアすらついていない。父親がおらず母親しかいない状況で経済的に苦しい中、悠馬の中学入学祝いとして中古で買った一品である。



《―――【プロテクト】じゃッ!!》



 そんな古びた自転車が、落下による衝撃を見事に耐え抜いてみせた。悠馬とジェームの二人を乗せながらである。車体には一切の歪みが生じておらず、パンクもしていない。自転車に乗っている二人も全くの無傷である。



《悠馬よ! 行けるぞいッ!》

「了解っス!!」



 悠馬は全力でペダルを回す。途中まで緩やかな下り坂であった事も幸いし、自転車は一気に加速する。間もなく剣を構えて別のオークと対峙する騎士を通り過ぎ、目標までの距離をみるみる詰めていく。


 そして今、少年を引きずって歩くオークは、目前にある。



《近づいたぞい!》

「ジェームズさんッ!!」


「うむッ! ───【ファイアーボール】ッ!!」



 ジェームズの詠唱にオークが背後に振り向いた瞬間、その顔面に飛翔した火球が着弾した。少年を巻き込まないように威力が抑えられた一撃である。



「ブギッ!?」



 オークの顔全体に炎が燃え盛る。オークは慌てふためいて、少年の足から手を放した。



《今じゃ! 吹っ飛べいッ!!》

「え゛──ッ!?」



 さらにオークに向かって自転車が減速する事なく突っ込んで行く。ちなみに悠馬は止まるか避けようとするが、ブレーキもハンドルも頑として動かない。



「ブッ!!」



 自転車によって弾き飛ばされたオークは、後方の地面に叩きつけられる。顔面を炎に焼かれ酸素を奪われて、間もなく息を断ったのである。


―――



「そうっス、大丈夫っスかッ!?」



 焼け爛れたオークに顔を青くした悠馬だが、我に帰って少年に声をかける。しかし、地面に仰向けに倒れる少年からの返事はない。

 ジェームズが自転車から降りて少年に駆け寄り、悠馬も自転車を停めて後を追った。



「……息はしている。幸い、命はあるようです」


「そうっスか。とりあえず良かったっス!」


《うむ。どうにかなったの》



 ジェームズによる生存報告に、悠馬は安堵のため息をついた。





 しかし悠馬がホっと息をつくその場所も、決して安全だとは言えない。その事を、まずキレス砦の騎士団長を務めるジェームズが気付いた。




「ユウマ殿……なるべく音を立てず、ゆっくりと後ろを振り向いてくだされ」



「後ろ、っスか?」




 悠馬が振り向くと鬱蒼とした森が広がっている。その木々の薄暗い奥から、幾多もの赤い光が──血走ったオーク達の眼光が覗いているのである。



「──ッ! 早く逃げないとっス!」


「同感です。しかしこの者をどうやって運ぶかが問題ですな」



 未だ意識を取り戻さない少年をジェームズは示す。悠馬の背後には自転車があるが、それを如何いかに駆使したところで気絶した人間を運ぶ事はできそうにない。



「一体どうしたら良いっスか……《これかの?

 ──【キャリーボックス】》



 頭を抱える悠馬の声に、自転車の声が被る。それに続きガシャンと機械的な音が鳴った。



「ユウマ殿。これは?」


「…………マジっスか」



 悠馬が顔を上げたそこには、一畳ほどの広さを持つ大八車──リアカーと接続した状態の、自転車の姿が存在したのである……。


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