第三章 閑話 〜名探偵クロルの事件簿(4)〜
黄泉への塔、頂上近く。
クロルは、3人を手招きすると、その窓から身を乗り出した。
風に煽られて、薄茶色の前髪がふわりと浮き上がる。
形の良いおでこは、リグルにピンピン弾かれたせいか、少し赤くなっているようだ。
クロルは、昼寝から起きて伸びをする猫のように、気持ち良さげに目を細めながら空をみやる。
「みんな、見てみなよ。3つの塔からつながる、三角錐の頂点に何があるのか」
窓辺からクロルがぴょんと飛び退いたので、3人は顔を見合わせると、おずおずと前に進んだ。
ある程度近づくと、石の枠で切り取られた額縁の内側、ちょうど左右の端に煙突のようにそびえ立つ2本の塔が見えてきた。
石が抜かれただけのシンプルな窓は、3人横並びになるとぎりぎりくらいの幅だったが、それでも充分すぎるほどに景色は堪能できる。
三角錐の頂点を探す3人の中で、1人口を開けて空を見上げたリグルに、エールは「バカ、闇の魔術なら下だろう」と諭す。
「そんなの分かってるよっ」というリグルの負け惜しみな遠吠え。
普段なら大いに笑うだろうそのやりとりも、真剣なサラと1人考え事の続きをしているクロルは、右から左へ受け流す。
2つの塔の中心に、真っ直ぐ線を引いてみると、ぶつかるのは中庭の森だ。
その森はいびつな楕円形に広がっている。
今度は、今自分が居る場所との距離を測り……。
視力が良いサラが目を凝らすと、架空の線上に何か小さな赤色が見えた気がした。
サラは、もう少し、と石の上に身を乗り出す。
隣にいたリグルが、慌ててサラの腰のあたりを支える。
くすぐったがりのサラも、黒騎士モード並に集中しているため気づかない。
その瞳に飛び込んで来たのは、赤い色の……花。
お茶会をしたバラ園のバラは、赤くなかった。
ルリ姫は、パステルカラーが好きだから、白、黄色、ピンクのバラで埋め尽くされていた。
だとしたら、あの赤は……。
「エール王子の、隠れ家……?」
呟いたサラに、クロルはもう何度目かの「さすが僕の嫁!」という決め台詞を言った。
* * *
サラたちは、いったん会議の行われたホールへ戻った。
城内にある塔はさておき、中庭に出るには一応国王の許可を取った方がいいだろうと、エールが提案したためだ。
便乗するように「ついでに連れていかなきゃいけない人も居るしね」と、クロルは頭の後ろで手を組みながら、楽しそうに言った。
ホールに戻ると、そこにはまだ会議参加者ほぼ全員が揃っていた。
とっくに解散していると思った4人が呆気に取られると、国王があっさり答えた。
「クロル、お前が何かやらかすだろうと思って、皆を待機させていた。さて、今度はどんなショーを見せてくれるんだ?」
洞察の鋭さに、クロルはお手上げのポーズをする。
「さすがに全員連れてくのは無理。各部門長と、力の強い騎士と、魔術師……は、防御系が強い者。あとは医師長と医師数名、デリスと古参の侍女が数名……ああ、当然父様と、そこに隠れてる国王の守り手サマもね?」
舞台の袖に立っていた、無表情の月巫女を見ながら、クロルはギラリと瞳を光らせる。
あからさまな侮蔑を込めた目線に、サラたちは焦り、国王は渋い表情をする。
当然月巫女は意に介さず、長い髪を揺らしながら「わかりました」と頭を下げた。
全員が、何事かと不審げにささやき合いつつも、クロルに付き従う。
その理由は、先ほどの会議で感じた王者の風格からだろうか。
サラは、皆の先頭を歩くクロルの隣で、その整いすぎた顔を観察した。
クロルが国王に似ているなら、やっぱり彼自身が王になるよりも、リグルのサポートが向いているように思った。
クロルは誤解されやすいから、人当たりのよいリグルが表に立つなら、悪いようにはならないだろう。
賢いクロルは、1人で何でもできるように見えて、本当はそうじゃない。
国王が月巫女に頼ったように、彼にはきっと傍に居てくれる、絶対的な信頼を寄せられる誰かが必要なのだ。
そして、いくら望まれても、自分が一緒に居てあげることはできない……。
当たり前のように握られた右手の熱さを思いながら、サラは小さなため息をついた。
クロルの先導に従い、王族と重鎮ご一行さまは中庭へとたどり着いた。
「さ、ついたよ。とりあえず皆が楽に通れるくらい、木々に退いてもらえるように言ってくれない? この方角にね」
声をかけられた魔術師長は、あからさまに無視。
エールが「俺からも頼む」と言うと、苦い表情で部下達に指示を出した。
すぐに、数名の魔術師による詠唱が始まる。
心地よい風に乗るハーモニーに、サラは思わず聞き惚れた。
魔術師ファースの呪文もそうだった。
サラは、魔術を少しは感じ取ることができる。
それが風や木の魔術だと、なんだか心地よく感じるようだ。
目を閉じて詠唱を堪能していたサラ。
気づくと、目の前の森にはまっすぐな一本道ができあがっていた。
生えていた木々は一度別の場所へ移され、また元通り復元されるという。
2人並べば窮屈だけれど、それでもあの迷路よりは全然マシだ。
サラが迷いに迷ったくねくね小道は、人為的に作ったものではなく、さまざまな木々が増えていったら自然とああなったみたいよと、ルリは言っていた。
きっと建て増しを続けた、田舎の温泉旅館のようなものなのだろう。
この小さな森の地図を持っているのは、ルリ姫と1人の庭師だけ。
ナイショの密会場所を見つかりたくないという、ルリの可愛らしいわがままによって、この森はほとんど人が立ち入らない、自然の溢れるオアシスとなっていた。
そして、ルリのバラ園は、その庭師が定期的に管理しているという。
そこまでの道のりも、最低限は整備されるようになった。
ただし、エールの隠れ家は、その奥に埋もれてしまった。
* * *
先頭を歩くサラの隣、右手を繋いで楽しそうに鼻歌を歌いながら歩くクロル。
サラたちのすぐ後には、仲良し兄弟のエールとリグル。
その後ろは、ルリ姫とデリス。
侍女たちは適度に散らばっているため、デリスの後ろには名前も知らない魔術師のローブがチラリと見える。
国王はずいぶん離れた場所に居るようで、サラが目を凝らしても、その姿はまったく見えない。
きっと、月巫女あたりと歩いているのだろう。
クロルやデリスがここに居るから、なるべく近づけないように配慮したのかもしれない。
きょろきょろと後方を気にしつつ歩いていたサラは、うっかり木の根っ子につまづきそうになり、クロルの手に助けられた。
「ありがと」と言っても「あー、うん」と、意識を飛ばして思案中のクロル。
やはりコイツは反射神経が良いな……と、黒騎士サラは眉をキリリと吊り上げた。
慎重に木の根を避けながら歩きつつ、あの荒れ果てた茨の道を思い出したサラ。
「こんなことが魔術でできるなら、エール王子もあの茨の道でやってくれれば良かったのに」
くるりと頭だけで後ろを向くと、ちょっとしたイヤミを言った。
「いや、すまなかった。元々俺は補助系魔術が苦手だし、あの時は体調が悪くて……」
「けっこう元気に見えたわよ? エール兄。サラ姫を奪うように連れて行ったから、ビックリしちゃった」
後方からルリが会話に加わってきて、エールの旗色は悪くなる。
「そう、だよな。どうかしてたな、俺は……」
「ありゃあ確かにエール兄らしくなかったよ。ずっとサラ姫にそっけない態度取ってたのに、いきなり小脇に抱えて走り去ったからビックリしたよ」
便乗してきたリグルが、あの日のエールの態度を3割増しくらいで語る。
「しかも、そのあとサラ姫にくち」
「リグル!」
「わあーっ!」
エールとサラは、同時に叫んだ。
むっつり膨れたリグルが、昔埋めた宝物を必死で掘り返す犬のように「あのときのエール兄はズルイ」と騒ぎ始める。
「何がズルイんですか? リグル様」
垂れ下がった瞼の奥に隠れたつぶらな瞳をギラギラさせる、情報屋ばーちゃんことデリス。
サラとエールは一瞬顔を見合わせると、「なんでもないから!」と同時に叫び、ハッピーアイスクリーム。
2人の頬がじわじわとピンクに染まっていくのを見ながら、デリスは「そういえば、私にもそんな時代がありました」と意味深な感想を述べた。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。
尺の問題で中途半端なとこで切れてしまいました。スミマセン。前半で、塔の謎解明。後半はしょーもない(いつもの?)コメディとなりました。なんかエール君イマイチ地味っぽいけど、長男ってそんなものではないかと思う作者。1人美味しい思いしたし、このくらいでちょうどいいのかも。そしてリグル君は、この閑話中は完璧な犬です。ゴメンよ。でも息抜き係に重宝……。デリスばーちゃんにも、昔は頬を染め合う相手がいたようです。それは番外編で……って、この話いつ終わるかもわからんのに、番外編のネタばかりがたまります。今回の補足懐かしネタは『ハッピーアイスクリーム』って、ご存知の方は何才くらいまでかなあ? タイミング良く同じ台詞を言ったら、すぐ『ハッピーアイスクリーム』と言うと、先に言った方がアイスをおごってもらえるというゲームです。ちなみに作者は、アイスをおごってもらったことはありません……。
次回は、エール君の隠れ家編。今回大人しかったクロル君ですが、到着してからはエラソーに仕切りまくり予定です。あっ、次は記念すべき100回目! でも内容はいたって地味……。