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第三章 閑話 〜名探偵クロルの事件簿(3)〜

 行きとは違い、帰りはゆっくり歩くクロル。

 目的を達したからというよりは、何やら深く考え込んでいるようで「どーしよっかなあ」という独り言が飛び出す。

 あわや階段を転げ落ちるのではないかと思うほど足取りがおぼつかないので、リグルとエールが前後を挟む。

 1人仕事の無くなったサラは『行きはよいよい帰りはこわい〜』と、童謡を口ずさんでいた。


 そんな中、リグルは課題として与えられていた質問の答えを導き出そうとしていた。


「魔術の現れる場所、だったよな……確か、三角形の……」

「うん、もういいやリグル兄。僕から話すよ。時間無いし」

「あっ、てめー、俺が今まさに芸術的な解答を言おうとしたときに!」


 クロルが「ちょっとここで待って」と足を止めたのは、物見の塔の、ちょうど4階と5階の中間にある、窓際の踊り場だった。

 サラは「この高さから落ちたら、さすがに……」と思いつつ、あまり下を覗き込まないように遠くの風景だけを見た。

 円形の塔の窓は、あらゆる方向へと開けられているが、今サラたちがいる角度だとちょうど広い中庭が目に入る。


 サラは、汗ばんだ体を冷たい風に当てながら、漠然とした不安を感じていた。

 この先何か、悪いことが起こるのではないかと。


  * * *


 ビルに換算すれば、10階建てくらいだろうか?

 あれだけ広く感じた森も、小ぢんまりとした深緑色の塊に見える。

 森をじぃっと見ていたサラは、自然とその中で何があったかも思い出した。


 サラはさりげなく、エールの顔を盗み見た。

 高く形の良い鼻と、案外長い睫に目が留まる。

 吹き込む風に目を細め、煽られた黒髪をかきあげるその姿は、なんともセクシーだ。

 普段は不健康極まりないと感じる肌の白さも、こうして黒いローブを脱いで明るい光の下で見るなら、あまり気にならない。


 月光を浴びていた昨夜は……。

 いや、あまり思い出さない方がいいかも……。


 今朝、リコから「虫刺されですか?」と無邪気に訪ねられた首元に手を当てたサラに、「ねえ、聞いてる?」とクロルの冷静な声が飛んだ。


「サラ姫は、なーんにも知らないだろうから、簡単に言うよ?」


 クロルの台詞に、サラは『気をつけ』の姿勢をとり、授業へ集中する子どもと化す。


「魔術に必要なアイテムのことは、この前話したよね。詠唱をする魔術師が居て、精霊を呼び出す贄があって、精霊をぶつける対象物がある」


 より分かりやすくなるよう、クロルは自分の唇と、指先の指輪を示し、手のひらから小さな炎を出した。


「この3点を、線で結ぶと何ができる?」


クロルの唇、指輪、指輪の位置より少しクロル寄りにフワリと浮いている炎……。


「正三角形?」

「そう、正解。これでリグル兄と同じ学年に飛び級だね」


 さりげなく嫌味を混ぜ込みつつも、怒るリグルをかわしてクロルは説明を続ける。


「じゃあ、もしもこの形を崩さずに、この炎をもっと高い位置に出したいと思ったら、どうすればいいかな?」


 三角形の一辺が伸びれば、正三角形は崩れてしまう。

 だったら……。


「分かった! 杖を使えばいいのね? 杖の先から炎を出せば、より高くまで飛ばせるから」

「うん、それも当たり。さすがサラ姫、僕の嫁っ!」


 褒められて喜ぶサラは、いちいち語尾につけられた言葉に引っかかるものの、クロルの説明が続いたのでそのままスルーした。


「ちょっと補足すると、遠くに出すってことは、その分威力が弱くなっちゃう。だから杖より指輪の方を好む魔術師も多いね。自分の手元に一度出してから、どこかへ動かすのが一般的かな。あとは風の魔術とか、呼び出しちゃえば勝手に動いていくものもあるね」


 ふーん、とうなずきながら、サラはクロルの出した炎がゆるゆると窓の外へ飛んでいき、壊れて消えるのを見守った。


「あ、力のある魔術師は別なんだ。召喚の言葉が届く距離までは、どんな角度にでも魔術を伸ばせる。あの魔術師ファースなんかは、召喚の声そのものを風の魔術に乗せて飛ばすことができるから、恐ろしい規模の魔術が生み出せる……らしい」


 確認するようチラリと視線を送るクロルに、エールは「ああ、そうだ」と掠れ声で告げた。

 魔女の正体が分かってからというもの、師匠への誤解もとけたようで、少しバツが悪そうに頬を膨らませる。

 いつも大人びて見えたエールの少年っぽさに触れて、サラはおばあちゃん気分で目を細めた。


「では、リグル兄に出した問題ね。今僕が出している炎の魔術だけど、精霊はいったいどこから出てくるでしょうか?」


 クロルは、「ヒント」と言ってもう一度自分の手のひらから、小さな炎を出してみせた。

 サラは、明るい日差しの下で揺れるオレンジの塊に目を凝らした。


「手のひら、じゃないの?」


 残念、と笑うクロル。

 リグルはうーんと唸り声を上げたあと、ぱあっと明るい笑顔を作った。


「俺、分かった! ここだよ、ここ!」


 リグルが指したのは、何も無い空間。

 サラが首を傾げると、クロルは驚いたように「リグル兄、頭使おうと思えば使えるんだね」と言ったので、2度目のデコピンを食らった。


  * * *


 痛いよと涙目になりつつも、クロルはサラにきっちり説明する。


「この三角形を、立体にした頂点、正しくは魔術師の見つめた点から精霊は出現する。ちょうど正三角錐の形になると、魔術は最大限の力を発揮するんだ。この形が崩れると、威力は減っちゃうんだよね」


 そういえば、リコやナチルたちが魔術を発現させるとき、どこか空を見ているように思ったけれど、それは正三角錐を作っていたのだろう。

 サラは、目に見えない魔術のカラクリを知って、感心のため息をついた。


 魔術については、砂漠の王宮で浅く広く教わったけれど、所詮は時がたてば忘れてしまう程度の知識でしかなかった。

 こうして実体験が伴わなければ、知識とは身につかないし、役に立たないものなのだ。

 実際地球の知識も、お腹が減ったときの料理レシピやら、朝日で体内時計リセットやら、おばあちゃんの知恵袋的発想しか活かされないし……。


 クロルなら、魔術じゃなく、科学とか電気を利用した地球の生活について、すごく関心を持ってくれそうな気がする。


 今度話してみようかな。

 私がホームシックになるのを心配して、自分からは聞きだせないだろうし。

 でも、一度話すとものすごーくしつこくまとわりつかれそうな気も……。


 サラの思惑など知らず、ふざけた口調や笑みを消したクロルの説明は、佳境へと向かう。


「この法則を応用した魔術もいくつかあってね。ま、たいていは禁呪と呼ばれるやつなんだけど」


 そこまで言うと、クロルは不意に3人から視線を移した。

 吸い寄せられるように、クロルの見つめる先を追う。


「例えば、本来精霊を出現させるべき場所に、逆に人間の魂を送り込んだり、閉じ込めたりできる……それも禁呪の1つ」


 広がる青空と降り注ぐ太陽に、窓辺に立つクロルの髪は薄茶色を通り越して金色に見える。

 クロルは、手が汚れるのも構わず、その窓に両手をついて少し爪先立ちする。

 そのまま羽が生えて飛んでいきそうだなと、サラは思った。


「暗闇の塔、閉ざされた塔、黄泉への塔……どうしてこの城には、同じ距離に、同じ高さの塔が3つあるのかな」


 ポツリと呟くクロル。

 クロルの横顔に見とれていたサラの体に、ゾワリと悪寒が走った。

 3つの塔の最上部から、何かを拾い集めていたクロル。

 先ほど、サラがチラリと見てしまったものは……。


「髪の毛……」


 それは、呪いのワラ人形に詰め込むもの。

 心の中で、サラが密かに恐れるアイテム。

 強い魔力の象徴であり、体から離れれば魔術の媒介にもなることは、この国へ来て初めて知った。


 サラの漏らした言葉から、何かを察したエールが、震える声で呟く。


「まさかこの塔を使って、禁呪が……?」


 オカルトが心底苦手らしいリグルは、再びエールの腕にしがみついた。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 魔術の設定、だんだんヤヤコシヤーって感じになってきました。ゴメンナサイ。三角錐って単語使ったの、考えてみたら学生以来でした。幼少期から100%文系の作者でしたが、算数がこんなところで役に立つとは! 学生の皆さーん、興味ないことでも勉強しておくと、後々何かの役に立ちますわよー……というコメントと、文中でサラちゃんが言ってることは矛盾? そして、この物語をガッツリ読んでくれてる方には「これを読んでも、将来何一つ役に立たないかもしれない」という覚悟で、あくまで自己責任で読まれるようお願いいたします。昭和ギャグは、オッサンとの円滑なコミュニケーションにお役立てください。サラちゃんが歌ってる『とおりゃんせ』は、一番怖い童謡だと思う作者……帰り道は注意せなアカンという『高名の木登り』(徒然草)程度の意図です。

 次回、禁呪の話はオシマイで、4人はようやく会議室へ戻ります。今度はこの国の重鎮達をみんな巻き込んでの後半戦。

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