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第三章(28)闇を克服するために(中編)

 無抵抗のサラをようやく解放したジュート。

 外側に大きく開かれたままの窓枠にもたれかかり、月光を背に受けながら、不敵に微笑んだ。

 長くのびた影が、座り込んだエールの体に覆いかぶさって、僅かな視界を狭める。


「……というわけだ。分かったか?」


 事態を見守るしかなかったエールの心も、靄がかかったように暗い。

 目を閉じ口を半開きにして、まるで人形のようにぐったり転がっているサラの横顔。

 そして、先ほどまで繰り広げられていたあの行為……。


 自分の唇も、確かにああなったのだとクロルに言われても、とうてい信じられなかった。

 意識が無かったときの話であり、他人事のように思っていた。


 こんな風に見せ付けられて、今更気づくなんて……。


 エールの心に、熱い炎のような感情が生まれる。

 湧き上がる激情。


 ――これは、嫉妬か?


 自覚すると同時に、そのような感情を抱く自分に戸惑い、持て余しかけたとき。


「ところでお前、そろそろ結界戻した方がいいんじゃねーの?」


 何のことかと一瞬首を傾げ……エールは勢い良く立ち上がる。

 両手を強く握り締め、その手のひらを地へ向かって突き出した。

 はめられた指輪からは、大地の精霊達が歓喜の声をあげながら床を伝い壁を駆け上り、城壁全体を包み込んでいく。


 横でこの得体の知れない男が「へー、やるじゃん」と呟く言葉がやけに耳に付く。

 なんだか首元が、むずがゆい。


 エールは集中しなければと、痛みを感じるくらい強く唇を噛んだ。


  * * *


 先ほど嫌というほど飲まされた輝く水のおかげだろうか。

 エールの体調は、すっかり回復していた。

 自分の調子が良いときの証拠に、エールの耳には城の隅々へと行き渡った精霊達の声がはっきりと聞こえてくる。

 どうやらこの城に異変はなさそうだ。


 エールは、自分の失策だったにせよ、何事も無かったことに安堵のため息をつく。

 脱力した体は、再び床の上へ崩れ落ちた。


「お前……こういうことは、よくあるのか? 記憶に無いことやらかすような」


 気遣うような声色で投げられた問いに、エールは逆光の中に佇む男を見上げた。

 さきほどまでの激情が嘘のように、心は静かだった。

 少し考えた後、業務について話すときのように、エールは冷静に答える。


「意識を失うことは、たびたびある。しかし、こんな場所で目覚めるなんて初めてで、正直戸惑っている」

「それは、俺が無理やり術を断ち切ったからだろう。この魔術師女も、何も覚えちゃいないだろうな」


 緑の瞳が示した先には、床に倒れて微動だにしないコーティがいた。

 エールはコーティの存在を、初めてしっかり認識した。

 とっさに駆け寄り抱き起こすと、口元に耳を寄せた。


 呼吸を確認するつもりが、エールは別のことに意識を奪われた。

 コーティは、呼吸の奥で何かを呟いていた。

 エールは、コーティの微かな呟きを聞き取ろうと集中した。


 その言葉は……。


「……お兄様……許して……」


 決して終わらない、繰り返される謝罪。

 どんな夢を見ているのか分からないが、コーティの心は闇に支配されかけているのだろう。

 迫り来る闇を拒絶するために、強く意識を閉じているように思える。


 そう感じたのは、自分もついさっきまで、コーティと同じ状態だったから……。


「ま、死ぬほどのことじゃねーよ。そのうち自然に起きるだろうけど、起こしたいなら言ってくれ」

「彼女を、早く起こしてやって欲しい……頼む!」


 ジュートはふんと鼻で笑った後、人差し指を立てて、指の先をくるりと回した。

 月明かりの筋からふわりと離れた光の粒が、その指の動きに合わせて舞い踊り、最後はコーティの体の奥へと消えていく。

 うめき声をあげ、ゆっくりとその瞳を開いていくコーティ。


「ん……頭、いたい……」


 ピリピリとこめかみあたりが痛むのは、もう慣れっこだ。

 兄が暴れた後、部屋で一晩中泣いて……泣きつかれて眠ってしまった後、必ずコーティはこの痛みを覚えていた。

 兄がいなくなっても、悪夢はたびたび現れ、コーティの頭に痛みを残した。

 ここ半年ほどは、落ち着いていたと思ったのに……。


 悪夢の余韻から抜け出そうと、コーティはパチパチ瞬きを繰りかえしてみる。


「暗い、真っ暗、暗い、真っ暗……暗い方が現実よね……それとも真っ暗が現実……?」

「……おい、コーティ?」


 その声を聞いて、自分が寝ているのは部屋の固いベッドではなく、誰かのやわらかい腕の中ということに気づいた。

 一瞬兄の顔が思い浮かび、コーティは体を強張らせる。

 それが、単なる悪夢の残像だったということは、次に降ってきた優しげな声で分かった。


「――大丈夫か?」


 コーティの視界に飛び込んできた、黒く理知的な瞳……。

 細く切れ上がった瞼の奥に湛えられた、膨大な魔力。


 この人は、まさか……。


「え……エール、王子?」


 それは、特別な会議の日に、魔術師仲間たちと遠目で見つめるだけの、まさに雲の上の人物だった。


  * * *


 今まで豆粒サイズ……頑張っても手のひらサイズでしか見たことが無かった人物。

 その人から、抱きかかえられている。

 その上、相手が心配げに自分を見つめてくる。


 想定外すぎる状況に、一人パニックに陥りかけるコーティは、このとんでもない事態の理由を探ろうと、記憶の海へダイブした。


 確か自分は、1人で部屋に居たのだ。

 今日の業務報告書と昨日の業務報告書と一昨日と……とにかく、溜め込んでしまった宿題を、泣く泣く片付けていたはず。

 壁際で微笑むファース様のお顔を一行ごとに見つめていたせいで、作業はちっとも進まず……そのうち夢の中へと入りかけて。

 部屋をノックする音で、目が覚めた。


 そうだ、誰かが私の部屋を訪ねてきたんだ。

 ただ、それが誰かまでは分からない。


 ゴクリ、とコーティは生唾を飲み込む。

 憧れたエール王子の艶やかな黒髪が、手を伸ばせば触れられるくらいの距離にある。

 なにより、この涼やかな黒い瞳が、私だけを映しているのだ。


 もしかして、この方は……。

 私に……夜這いを……?


 バクバクと動く心臓が、これは夢ではないと伝えている。


「気分はどうだ? 痛いところは無いか?」


 エールは、できる限りやさしい声で話しかける。

 目をぱちくりさせ、意味不明な言葉を呟いたかと思えば、顔を真っ青にしたり、真っ赤にしたり。

 普段彼女と関わることは無いが、常に取り澄ましたような薄い笑顔を貼り付けている、冷静で淡白な女という印象だった。


 コロコロ変わるその表情を見ながら、エールが不審げに眉を寄せたとき。

 ようやくうにうにショックから解放されたのか、ベッドの上で体を起こしたサラが「とりあえず、水をあげて」と声をかけた。


 同時に、コーティの心にも水がバシャッとかけられ、妄想の炎はあっさり鎮火した。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 いや、すみません! 調子に乗って加筆してたらかなりの長さに……作者の頭の中がオカシクなってるということで、情状酌量の余地残してくださいませ。おかげでコーティちゃんが徐々に壊れてきてます。兄エフェクトからの解放を目指している中で、本来の自分を着実に取り戻しつつあるのでしょう。本来の自分は、控えめキレイめオトナめ美女……ではなかったようです。軟禁生活のお楽しみは妄想のみですから……しかも、あのヘンタイファース様ラブと言ってる時点で、こうなることは分かっていたような。でも、なんとなく幸せになってきたでしょ? ダメ? エール王子の方はそんなに単純じゃなく、むしろ複雑です。畏敬と嫉妬のバランスがシーソーゲーム中。あと、初めて男からキスされて実はパニクってるのがベースに。

 次回こそ、ジュート君退場です。ここまでひっぱるのは魔王の呪いか……。サラちゃんもようやくパニック脱出です。一度に何人も出て来て濃い話させると、視点変わりまくりで危険な回。

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