第三章(26)つかの間の逢瀬(後編)
「ったく、俺の顔を足蹴にした女は、お前が初めてだぞ」
「靴、履いてなかっただけ、マシ……」
「かわいくねーなっ」
ぼやきつつも、もう少し一緒に居たいというサラのわがままを叶えてくれたジュート。
おかげで床に倒れている2人は、追加で一撃ずつ光の攻撃を食らって、すやすやと良くお休みになっている。
「かわいいこと言わねーと、その手解いてやんねーぞ?」
「あっ、ごめんなさい、神様仏様、ジュート様っ!」
手首をきつく縛っていた紐を、微妙なおねだりで解いてもらったサラだったが、手が自由になったところで、ぐったりとベッドに横たわったまま動けない。
ジュートが抱き起こしても、くたりと倒れこんでしまう。
もちろん、治癒系の魔術も効かないので、自然とこの毒が消えるのを待つしかない。
本来なら医者を呼びたいところだが、ジュートどころか倒れたエール王子たちもいるし、怪しまれること確実なシチュエーションだ。
サラは、自分の体のことは無視して、ジュートとの逢瀬を楽しむことにした。
「ねえ、どうして、来てくれたの……?」
久しぶりに会えた、恋しい相手。
少しでも多く会話をしようと、サラは必死で口を動かす。
歯医者で麻酔をかけられたときのように、うまく口が回らないけれど、気にしない。
ベッドに腰掛け、サラの頬や髪を撫でながら、ジュートは苦虫を噛み潰したような表情をする。
「どうしてって……そりゃ、お前がエシレに変な伝言頼んだからだろ?」
「……変な?」
うまく頭の働かないサラに、ジュートは忘れられないあの迷台詞を告げた。
『トリウムの王子にアタシの○○を奪われそうだから、今すぐココへ来て○○して』
――女の直感恐るべし。
サラは、次に会ったらエシレのことを”師匠”と呼ばなければと心に誓った。
* * *
エシレの伝言を風の魔術で受け取ってから、ジュートは着の身着のまま砦を飛び出したという。
サラ達が徒歩で20日かかった距離。
そこを、ジュートは魔術を駆使して、ほんの3日ほどで駆けつけてきた。
「あの女……すっかり忘れてたなんてぬかしやがって。おかげでギリギリだったじゃねーか……」
サラは、今更ながらジュートが来なかったらどうなっていただろうと、顔を青ざめさせた。
ジュートのシャープな顎のラインを見つめながら、蹴飛ばしてゴメン……と、サラは心の中で殊勝に謝った。
「お前が抜けてんのは分かってた。ただ、男装だしアレクも居ると思って舐めてたら、なんでこんなことになってんだ?」
話しながら、ジュートはみるみる不機嫌そうに眉をひそめ、唇を尖らせていく。
サラの頬を優しく撫でていたはずの指が、いつの間にかムニッと摘んで引っ張っている。
さすがに痛覚が刺激され、サラは「いひゃい」と言ったが、ジュートは聞いちゃいない。
「お前に近づく男はぶっ殺す……と思ったけど、さすがにこの国の王子じゃそうもいかねえな。アレクあたりなら遠慮しねーんだが……なんなら○○潰して再起不能に」
サラには見えない角度の、床の一点を睨みつけたジュートが、緑の瞳に苛立ちを滲ませて立ち上がる。
「ちょっ、待ってっ」
ジュートを止めようと伸ばしたサラの手は、半そでのシャツから伸びた筋肉質な腕をかすり、スルリと落ちる。
「お願い、この人には、何もしないで」
「なんだよ……お前、こいつのことまさか」
「好き……」
吐息混じりのサラの声に、ジュートはびくりと体を硬直させる。
サラは、めいっぱいの力で叫んだ。
「ジュートが、好き……好きなの……あなただけが、好き……!」
ベッドの縁にぽたりと落ちたサラの手に、大きくて硬い手のひらが重なる。
サラは、その手を握り返した。
まるで唇を重ねたときのように、サラの心臓が早鐘を打つ。
サラのブルーの瞳に、ようやく止まったはずの涙の泉が再び湧きあがる。
涙腺を緩ませる理由が目の前に迫ってきて、サラの瞳からは透明な雫が筋になって流れ落ちた。
ジュートの瞳からは険が取れ、珍しく困ったように眉尻が下がっている。
どんなときも、あなたが好き。
だから、信じて欲しい。
「好き……ジュートだけ……分かって……」
「ああ、分かったよ」
サラの両方の瞼に、涙を止めるスイッチ代わりに優しくキスが落とされる。
今更ながら、伝えてしまった台詞の恥ずかしさに、サラの頬は真っ赤になった。
言われたジュートも、もしかしたら少し照れていたのかもしれない。
「さすがに、そろそろ行かなきゃな」
サラからふいっと目を逸らすと、ジュートは乱暴に緑の髪をかきあげ、今度こそ本当に立ち上がった。
月明かりに照らされたジュートの後ろ姿は、光をまとった野生の狼のように見える。
サラの前髪が長くなったのと同じように、ジュートも後ろ髪が少し長くなった。
離れていたのは、たった3ヶ月。
次に会えるのは、いつなんだろう?
もう少し一緒に……と口にしかけたサラに、容赦なく現実が突きつけられた。
「ところで、この城の結界張ってたのこいつだろ? 今この城完全無防備なんだけど」
――ええっ?
「ま、こいつの結界が消えたから、俺もすんなり入って来られたんだけどな」
「それ、マズイよっ」
サラが冷や汗びっしょりになりながら「早く、エール王子起こしてっ」と叫んだけれど、ジュートは腕組みしつつサラと床に倒れたエールを見比べる。
「こいつが目覚めたら、俺のこと知られるけど……それ、いいのか? お前の体が戻ってから起こした方がいいんじゃねえ?」
サラは、寝転んだまま、体のあちこちを動かしてみた。
先ほどよりはだいぶマシになっているとはいえ、まだ自分の体はしびれたままだ。
正直、今ジュートが居なくなって、また同じ目にあったら怖い。
それ以上に、サラの体が回復するまでの間に、この城に何かあっては困るし。
「お願い。ジュートが良かったら、彼を起こして。私から、ちゃんと説明する」
ジュートは大きく息をつきながら「分かった」と呟くと、倒れたエールに向かってしなやかな腕を伸ばし、手のひらから癒しの光を当てた。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。
サラちゃん、ガンガン告白するの巻……。今度はパイナップルの缶詰ジュース風味。ああ、甘い……。もう甘いのはイイっす。久々に頭領君書いてるけど、こんな性格で良かったっけか? 男子キャラ多すぎて書き分けできてるか不安だ。どっちにしろ、真面目カタブツ系のエール君と話が合わないのは間違いないでしょう。コーティちゃんはすっかり存在忘れられてます。てか、ジュート君の中では石ころボウシ扱いです。(←ドラ○もん秘密道具。居るのに見えなくなるグッズ)補足ですが「神様仏様〜」の台詞、本当は最後「稲尾様」です。分からない方はお父さんor野球ファンに聞いてください。サラちゃんは、パパたちの誰かに習ったということで。作者の年齢なんて、ちっちゃいことは気にすんなー。
次回、目が覚めたエール王子、自分の失態ショックで凹みます。そりゃそーだよなー。ついでにジュート君に快心の一撃食らいTKO。残念。