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第三章(24)闇に囚われた者

 明日に備えて早めに風呂と夕食を済ませたサラは、部屋で1人考えを巡らせていた。

 テーブルに置いたランプより少しは明るい、月明かりの当たる窓辺にもたれかかって。

 窓を開け放つと、夜になって冷気をはらんだ風が吹き込み気持ちが良い。


「ベランダがあればいいんだけれどな」


 不審者の侵入を阻止するため、この城は低層階の部屋にしかベランダは無く、サラは体を窓枠から乗り出すようにして、月明かりと星空を堪能した。


「とうとう、明日か……」


 サラは、薄闇に向かって呟くと、遠く見える星と自分の未来に思いを馳せた。


  * * *


 まず、最優先の課題だったエールの問題が、会議前に片付いたことは大きい。


 今日リーズを呼び出したのは、エールのためだった。

 リーズが飼っているスプーン猫には、強い光の力があることを思い出したから。


 2人を引き合わせたとき、エールはかなりのショックを受けていたようだ。


 突然現れた、自分より背の高いペンキまみれのつなぎを着た大工風の男。

 この城にそぐわない……むしろ怪しすぎるその男が、胸ポケットから可愛い猫型ワンピースを着せられたスプーンを取り出したときには、明らかに逃げ腰になっていた。


 サラは、エールの腕を掴みながら「大丈夫、怖くないから」と、注射を嫌がる子どもを宥めるようにキッチリ押さえつけた。

 その次の瞬間……サラにはまったく分からないのが悔しいが、かなり強い発光が起こったという。


『ごめん、ダーリン。あたしたちでも、さすがに魂の奥までは照らせないにゃー』

『でも体の表面に染み出してる闇は消しといたから、しばらくは大丈夫かにゃ?』


 光って喋るスプーン猫に強烈なショックを受けたエールだったが、すぐに気を取り直し、自分の体を見たり触ったり、手足を曲げ伸ばしする。

 その後、リーズとなにやら会話すると、ガッチリと硬い握手を交わした。


 リーズは、エール専属の呪い治療医師として、定期的に王城を訪れる約束をしたそうだ。

 帰り際に「今度、兄のアレクも一緒に連れて来ていいですか?」と聞いていたのが、サラの涙を誘った。



 エールに会ったついでに、サラは国王、リグル、クロルとも顔を合わせた。

 一言ずつしか話せなかったが、明日はサラにとって悪い結果にはならないという空気を感じて、サラは安心した。

 特に、クロルが「任せといて」と笑ってくれたので、サラの心はだいぶ落ち着いた。

 国王の背後には月巫女もいたけれど、サラと視線を合わせることはなかった。


 明日は、リグルが次期国王に任命される。

 それだけで、国中は大騒ぎになるだろう。

 和平の話や、ましてサラが誰と結婚するかなど、ひとまず忘れ去られるかもしれない。

 その間に、あの賢いクロルが、サラにとってもこの世界にとっても完璧ハッピーなプランを考えてくれるに違いない。


 もう、今日はゆっくり眠ってしまおう。


 サラは、窓辺から差し込む月の光を見上げ、女神様に「どうかよろしく」と心の中で呟くと、拍手を打った。


『パンパン!』

『コンコン!』


 サラの手が鳴る音にぴったり重なった、ドアをノックする音。

 サラは一瞬、キモを冷やした。


「誰っ?」

「私です。コーティです」


 寝間着の上からガウンを羽織り、急いでドアを開けると、見慣れたブロンド美女が微笑んでいた。


  * * *


 コーティを部屋に招き入れると、サラはラウンドテーブルに乗せたランプの灯りを強くした。

 てっきりコーティが炎の魔術で部屋を明るくしてくれるかと思ったが、コーティは微笑みながらサラのことを見つめているだけだった。


「どうぞ、座って?」

「ありがとうございます」


 コーティの手には、ティーポットが1つ。


「フルーツエードを作ってみたんです。サラ姫様はフルーツがお好きと伺ったので」

「へえー、それ飲んだこと無いかも……美味しいの?」

「ええ。季節のフルーツを数種類お水で割って煮詰めて、フルーツの甘みと風味を生かしたホットドリンクです。温まりますし、ぐっすり眠れますよ」


 サラは、ミニキッチン脇のワゴンから、ティーカップを2つ取り出して、テーブルにセットする。

 コーティの細い指が重そうなティーポットを難なく摘みあげ、ティーカップにフルーツエードを注ぐと同時に、爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。


 一口飲むと、イチゴ、オレンジ、バナナ、リンゴ……ミックスジュースとフルーツティの中間のような、さっぱりとした甘みと酸味が広がる。

 なにより、舌の上から鼻の先へ抜けていくフルーツの香りが素晴らしかった。


「ありがと、すごく美味しい……。でも、いきなり訪ねて来るなんてどうしたの?」

「すみません。ひとつお聞きしたいことがあったので……」


 コーティの瞳が、赤いランプの灯を反射して揺らめく。

 いつも昼間に会うことが多かったが、夜のコーティはなかなか妖艶だ。

 恋人はとくに居ないと言っていたが、心の恋人・魔術師ファースのことを諦めれば、素敵な人がすぐに現れるに違いない。


「サラ姫様は……もし明日、王族の誰かを選べと言われたら、どなたをお選びになりますか?」


 唐突な質問に、サラは動揺して視線を落とす。

 羽織ったガウンの奥の肌が、じっとりと汗ばんでいく。


「な、なによ急に……」

「ずっとお聞きしたかったんです。教えてください」


 サラが顔をあげると、相変わらずコーティは微笑んだままだ。

 穏やかな表情とは裏腹に、その目は一切笑っていない。


 こんな表情を、どこかで見たことがあるような……。


「国王様、ですか?」

「えっ……」

「私は、エール王子が良いと思うんです」

「あの、コーティ……?」


 サラは何か嫌な気配を察して、椅子から立ち上がる。

 コーティも立ち上がり、白いテーブルをまわってサラに近づくと、その左手を掴み上げた。


「――痛っ!」

「ああ、ごめんなさい。怪我をされていたんでしたね?」



『死に損ないの、エール王子のために』



 サラの全身に、鳥肌が立つ。

 手の痛みは、恐怖にかき消されて感覚を失った。


「コーティ! 離してっ!」

「離しません。あと、叫んでも無駄ですよ。この部屋全体に結界を張らせていただきましたから」

「嘘! 私が触れると結界は消えるんだから!」

「ええ、知っていますよ。だから……」


 ギィ……と、ゆっくりドアの開く音がした。


 サラが首を捻じ曲げてドアを向くと、そこには。



「エール……王子……」



 暗く瞳を濁らせ、薄く微笑んだエールが「こんばんは、サラ姫」とささやいた。


  * * *


 エールが部屋の中に入り、ドアの鍵を閉める。

 ガチンという鍵のかかる音を合図に、コーティの手がサラから離れた。

 逃げるチャンスだと頭の中に警鐘が鳴り響くが、強張った体はその場に縫いとめられたように動かない。


 ドアの前にはエールが居る。

 窓は開け放たれているが、そこから落ちれば大怪我は免れない。

 他に逃げられるような場所は無い。


 戸惑うサラは、長い足をゆっくりと動かしながら自分に近づいてくるエールを見つめた。

 コーティと入れ替わりに、エールの長い腕がサラを捉える。

 スッと体を引いたコーティが、涼やかな声で告げた。


「今、私が結界を張りなおしました。私に触れない限り、助けは呼べませんね」

「どうして……何のつもり……?」


 エールは、サラの腕を後ろ手にひねり上げた。

 容赦ない締め付けに、うめき声をあげるサラの背を押して歩かせ、エールはサラをベッドの上へ押し倒した。

 うつぶせのサラを仰向けに転がすと、サラの羽織ったガウンの腰紐をほどき、サラの両手を上に持ちあげて手首を縛りあげる。


 それは荷物を取り扱うような、手馴れた作業だった。

 暴れるサラの足からは靴が脱げて、絨毯の上に転がった。


「何するの……エール王子っ!」

「うるさいわね……質問に答えるまで口を塞ぐわけにもいかないし、困ったわ……」

「コーティ! 一体何なの!」

「まあいいわ。とりあえず、あなたが国王様のものにならなければいいの……。エール王子でも構わないでしょう? あなたが怪我を負ってまで救いたいと想った相手なんだし」


 クスクスと笑うコーティは、その手を口元にあてた。

 上品なしぐさ。

 ローブの袖口がひじまで落ちるほど、白く細い腕。


 今、サラを上から押さえつけているこの手も、同じくらい細い。


 まさか……。


「闇の、魔術……?」


 サラの脳裏に浮かんだのは、死臭が漂う朱色の部屋。

 心の奥の大事な部分を壊すような、サラ姫の低い声。

 笑っているのに笑っていないあの黒い瞳が、月明かりに照らされるコーティのブラウンの瞳と重なった。


「どうでもいいじゃない、そんなこと。さあ、エール王子を選ぶと言いなさい。そして、この国を出ていくと」


 窓辺にもたれかかるコーティは、その白い頬をより青白く光らせながら微笑む。

 こんなことを、コーティが言うわけがない。

 こんなことを言う人は、1人しかいない。


「月巫女……」


 サラの呟きに、コーティの姿をした女は、不愉快そうに眉根を寄せた。

 微笑を消した分、痩せこけた頬がくっきりと影を作っているのが分かる。


 あのとき……コーティが痩せすぎていると感じたとき、何かすれば良かったんだ。

 クロルからも、散々忠告されていたのに。

 いつも明るくて、ファースを好きだと熱弁を振るうコーティが愛らしくて、私は見ない振りをしてしまった。


「コーティ……ごめん……」


 サラは、柔らかいベッドの上で寝転がり、窓辺に立つコーティを横目に見つめながら涙を零した。


「……エール!」


 苦しげに顔をしかめたコーティが叫ぶと、エールは感情の見えない瞳を細めて、サラを見つめた。


「サラ姫、私のものになると、言ってくれ」

「嫌っ!」


 これは、エールなんかじゃない。

 エールはこんなに冷たい目をしていない。

 なにより、サラのことを守りたいと言ってくれたエールが……こんなことをするわけがない。


「ならば、いたしかたない」


 エールは縛り上げたサラの腕を片手で押さえ、もう片方の手はガウンを引き剥がす。

 その下に着ているのは、薄手のワンピースと下着だけだ。


 エールの手が、そのままサラの胸元に伸びる。

 嵌めている指輪が落ちそうなほど、やせ細った指。

 それでも、この薄い布を引き裂くことなどたやすいはず。


「いや……やめて……」


 先ほどの飲み物に何か入っていたのだろう。

 鍛え上げられたはずのサラの体が、自分の意思に反してまったく動いてくれない。

 精一杯腕や足を動かそうとするが、鉛のように重い。

 気を抜けば、瞼も勝手に閉じようとする。


「やめて……お願い……」


 エールの指が、サラの首筋をゆっくりとなぞり、その胸を覆う布へと近づく。

 ひとくくりにされたエールの長い黒髪が肩越しに揺れ、サラの体へと落ちてきた。

 皮膚の感覚も鈍くなっているのか、エールの髪の毛先が皮膚に触れても、何も感じない。

 いつもなら、くすぐったがりのサラが黙っていられるわけがないのに。


 こんなのは、嫌……。

 嫌なのに、体も、心も、動かないの。


「……いや……」


 サラは涙を流しながら、ゆっくりと目を閉じた。


  * * *


 意識を失ってしまったのか、瞼を閉じてぐったりと横たわるサラ。

 エールはサラを拘束していた手の力を緩めると、一度その柔らかな頬を撫で、首を傾けてサラの首筋にキスを落とした。

 強く吸われたその部分は、チクリと痛みを訴える。


 ほんの一瞬だけ、サラの意識は戻った。


「助けて……ジュート……」


 呟いた言葉は、女神に届いたのだろうか。



「ああ、まかせろ」



 薄目を開けたサラの瞳に、幾度と無く夢見たあの緑色が、ぼんやりと見えた気がした。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 はい、また王道でました。味方だと思ってた人が敵に操られちゃって、主人公大ピンチ! で、タイミング良く現れるヒーロー……はっ、恥ずかしい……。もうこの作品のことは『砂漠に降るベタ』とでも呼んでください。フルーツエードは、現在作者が飲みたいドリンク第一位です。ミックスジュース好きなのですがホットは飲んだこと無くて。新富町のフルーツパーラーで飲めるそうです。(アド街でやってた)ああ、フルーツエードどころか、ミカンの缶詰シロップの海に脳みそ溺れてます。いままでシチめんどくさい謎解きとか暗い話ばっかだったし、たまにはいいよね? OKまたは「ミカンの缶詰シロップは全部飲む」という方は、パチパチ拍手でもください……。

 次回は、久々サラちゃんダーリンとの逢瀬です。第三章で最大のご褒美タイム。苦いけど滋養強壮に良いうなぎの肝吸いでもすすりながら読んでください。


※日記でぼやい……予告しました通り、次回から1話のボリュームを大幅ダウンさせていただきます。無駄にチマチマ進むことになりそうですが、6月いっぱい多忙につきご容赦くださいませ。

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