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第三章(18)国王の狙い

 どんなにくたびれていても、どんなに寝不足でも、朝はやってくる。


「サラ様っ!」


 ドアをガンガンと叩いた後、勝手にドアを開けて飛び込んできたリコは、そのまま勢い良くサラのふかふか天蓋付きベッドへ飛び乗った。

 正確には、ふかふかベッドの布団の下に丸まっている、サラの上に。


「グエッ!」

「やだもう、朝からカエルの真似なんてして、サラ様ったらお茶目なんだからっ」


 ええ、そうです。

 現在カエルは季節外れの冬眠中です。

 どうか起こさないでください。


「サラ様、早く起きないと……大変なことになりますよ……」


 突然声色を変えたリコに、サラはびくりとして目を開けた。

 リコは、寝起きの悪いサラの正しい起こし方をマスターしていた。



 瞼がずしっと重いのは、昨日たくさん泣いてしまったせい。

 枕元には溶けきった氷嚢が転がって、枕をしっとり濡らしている。

 軽く指で触れると、ものすごく腫れているというわけではないが、きっとひどい顔をしているだろう。


 あくびの出たサラは、うっすら涙の浮かんだ目をこすろうとして、リコに「ダメです! こすったらひどくなりますよ」と止められた。

 ため息をつくサラに比べ、この王城が敵国とは思えないほどのびのび暮らしているリコは、肌つやも良く笑顔が眩しい。


「もー、眠いよー。昨日あんまり眠れなかったのにー」

「はい、さっさと着替えましょうね。今日は朝から大事な予定が入りましたので」


 サラは、容赦なく差し込む朝日と、明け方まで続けられた筋トレの筋肉痛に表情を歪めつつ、上半身を起こした。

 うっかりベッドの縁についた左手が、ズキリと痛む。

 一応プロに縫ってもらったし、薬も効いているので、我慢できないことはないのだが……。


 サラは、その包帯の白を見つめると、右手の指で髪の毛を摘んだ。

 エール王子の黒髪よりは細く柔らかいものの、艶やかで滑るような手触りだ。

 ショートカットにしてから、髪がからまることもなくなり、ますます健康的になっている気がする。


 この黒髪から龍やらホタルやらが飛び出すなんて、ここは本当に不思議な世界だ。


 おのずとサラの思考は、昨夜の出来事をなぞっていった。


  * * *


 昨夜、突然のプロポーズをきっかけに、張り詰めていた気持ちが緩んで大泣きしたサラ。

 泣きやまないサラに困り果てたエールは、簡単な魔術を使ったマジックショーを見せてくれたが、サラはその気遣いと優しさに、ますます涙が止まらなくなってしまった。


 ちょうどそのとき、医務室からリグルが戻ってきた。

 片手に大きなベッド枠、もう片方の手に大きなベッドマット、頭の上には折りたたまれた布団がでろーんと崩れかけた状態で乗っていた。

 しかも、口には作りたての氷嚢が咥えられている。


 あまりにも王子らしからぬその姿に、サラはようやく笑顔を取り戻したのだった。


 その後、サラは2人に付き添われて後宮へ。

 布団だけ持ってあげたエールは、「そんなに感動するマジックがあるなら、俺にも見せて」とリグルにバウワウ詰め寄られ、クールな視線を送っていた。

 サラに向ける、特別甘い視線とは対照的で……サラはなるべくエールを見ないように端っこを歩いた。


 エールは、昨日で変わったのだと思う。

 魔女に呪いをかけられる前の、本当のエールに。

 兄の態度の変化にギャンギャン噛み付きつつも、嬉しそうなリグルを見ていて、サラはほっとしていた。



「サラ様、またぼんやりして! はい、お水飲んでくださいっ」


 朝日のシャワーと冷たい水で、いつもならスッキリ目が覚めるはずのサラだったが、今日は魂が口から半分飛び出たままだ。


「サラ様っ! 今から、ここに大事な方が……」


 言いかけたリコが、ピクリと体を緊張させた。


「ああっ、もう来ちゃったかも!」


 耳の良いリコが、何者かの足音をキャッチした瞬間、リコは手ずからサラの身支度をすることを断念。

魔術でチンして作ったホットタオルが飛んできてサラの顔を強引にぬぐい、猫じゃらし歯ブラシがサラの口の中をもぞもぞと動き回る。

 同時に、風の魔術がサラの髪を梳かしつつ、ドレスを棚から呼び寄せて、秒速でサラの身支度を整えた。


 サラの体そのものには魔術は効かないが、サラが立ち上がったり口を開けたりすれば、そこに適切な魔術がやってくる。

 普段は見られない便利な魔法のオンパレードに興奮したサラは、ようやく目を覚ました。


「リコったら、また侍女魔術レベルアップしたねえ……」


 至れり尽くせりで着替えを終えたサラが、お姫さま気分でのんびりと飲みかけの水に口をつける。

 そのとき、ノックの音と共にデリスの声がした。


「サラ姫様、今から大事なお話があります。お部屋に入ってもよろしいでしょうか?」

「いや、もう少し……」

「はーい、どうぞー」


 慌てるリコの掠れる声にかぶさった、のん気な声。

 声量でサラが勝った結果、部屋のドアが開かれる。


 そこに居たのは……。


「おや、サラ姫。今日はとても可愛らしい寝癖だな」


 立派なヒゲが美しく整えられた、国王様だった。

 サラは手にしたコップを見つめると、危機一髪でキケンを回避した自分を褒めた。


  * * *


 目配せ1つでリコを追い出した国王は、サラのベッドサイドにあるテーブルセットに落ち着いた。

 いつかルリ姫とお茶をした、少し小ぶりなラウンドテーブルに、アールデコ調の白い椅子。

 今日は仰々しいマントをつけていないというのに、その椅子に大柄な国王が座ると、まるで子ども用サイズに見える。


 サラは、寝癖がピョンと立ったところに、手探りで髪飾りを刺してごまかすと、国王の正面に腰掛けた。

 朝食の用意を整え、そっと無言で下がろうとしたデリスに、国王が隣の椅子を引きながら声をかける。


「今日は、お前もここに……デリス」

「はい、国王様」


 サラは、3名腰掛けるならと、少し椅子の位置をずらした。

 そのとき、またうっかり左手を使おうとしてしまい、薬指の傷がズキッと痛む。


「……つっ!」


 思わず顔をしかめたサラに、国王が声をかけてきた。


「昨日はエールが迷惑をかけたようだな。その手の怪我のこと、親として謝罪しなければと。すまなかった」


 サラを見るとき、今まではうっすらと口元に笑みを浮かべていた国王。

 今日は強く引き結ばれ、口角が下がっている。

 ただそれだけで、国王の威厳は増し、近寄りがたい空気をまとう。


「あの、これは大丈夫です。ただ、国王様は、いったいどこまでご存知で……」


 おずおずと尋ねるサラに、国王はようやくいつもどおりの微笑を浮かべた。

 鳶色の瞳が少しだけ細められ、サラの部屋の窓から差し込む眩しい朝日を反射する。

 浅黒く張りのある肌に、少しだけ寄った目尻のシワが貫禄を感じさせる国王。


 オアシスの神と崇められるこの人物を、ついこの間の夜、私は……。


 あれ?

 この間っていつだっけ?


 サラは、毎日大変なことが起こりすぎて、曜日感覚がまったく無くなっている自分に気づいた。


 赤くなったり青くなったり、ころころ変わるサラの表情を見ていた国王は、定番のいたずらっこ的な笑みとともに瞳を輝かせる。

 少ししゃがれた渋い声で……あっさりと白状した。


「昨夜、クロルが俺の部屋を訪ねてきた。全て聞いたよ。エールだけでなく、うちの子ども達全員、サラ姫には世話をかけっぱなしのようだな?」


 そのとき、サラの心には寒風が吹きすさび、枯葉の舞い散る音がした。

 クロル王子なら、きっとあのクールでコールドな冷笑とともに、全てを包み隠さず打ち明けたに違いない。


「ついでに、今朝はエールが来て、同じようなことを聞かされた。より情熱的にな」


 サラの心には、何かが終わった音がした。

 例えるなら、晩秋の柿の木……舞い落ちる最後の一粒がボタリと落ちた音。


「そういえば、一昨日の夜はリグルが来て、エール以上に情熱的な話をしていったな」


 ううっ……。

 もう、勘弁してください。


 サラは顔を真っ赤にし、小柄なデリスよりも小さく縮こまった。


  * * *


 国王に勧められて、サラは用意された簡単な朝食に手をつけた。


 オレンジジュースを豪快に飲み干した国王は、大きな手のひらで口元をぬぐう。

 国王の隣で背筋をシャンと伸ばし、身じろぎもせず黙って腰掛けていたデリスが、「国王様、はしたない。ナプキンをお使いくださいませ」と発言すると、国王は「すまん」と苦笑する。

 まるで親子のようなやり取りに、サラは少し気が紛れた。


 朝食がひと段落する頃、国王は独り言のように呟いた。


「正直なところ、これだけ早く3人が決めるとは思わなかった。すべてサラ姫のおかげか……」


 片付けのために席を立ったデリスをチラリと見やると、国王は椅子から立ち上り、サラの方へとまわってきた。

 サラの傍らにひざまずき、白い包帯の眩しい左手を手にとりながら、強気な瞳でサラを見上げた。


「エール、リグル、クロル……全員俺にとってはかわいい息子だ。サラ姫、誰を選ぶ?」


 国王の瞳は、あのパーティで突然プロポーズされたときと同じ。

 表面上は、情熱的に見える。


 ――でも、3人の王子たちとは違う。


「国王、あなたは私を利用した」


 サラは、黒騎士の声で告げ、冷ややかな瞳で国王を見下ろしながら、その手を振り払った。

 指がズキリと痛んだが、サラの心の痛みよりはマシだ。


 きっと、この人のなかで、最初から結論は出ていたのだ。


「あなたは……ただ、選んで欲しかったんですね? 王子たちに、自らの意思で……」


 魔術師に強要されて、時期国王を目指していたエール。

 エールを気遣って、辞退していたリグル。

 クロルは最初から決めていたみたいだけれど……。


 何もかもを予期して、こんな馬鹿げた賭けを企んだとしたら……。

 この人は、ずるい人だ。



 サラの言葉に、国王はいたずらが大成功した少年のような、得意満面な笑みを浮かべた。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 王様の仕掛けたゲームに、やっと気づいたサラちゃんでした。王様のゲーム……王様ゲー……いや、なんでもありません。なんか、奥様方がPTA会長を決めるときのやり取りを彷彿とさせられますなあ。総理大臣決めるときも一緒かも。派閥と資質の戦いって感じですわね。この話では、ちょうどサラちゃんという餌がやってきて、うまく3人を引っ掻き回してくれたので、王様が満足する結果になりました。肝心の嫁取りはさておき、王位継承者は無事決定です。魔術師団は「キーッ、なによ!」と悔しがることでしょう。

 次回は、怒り心頭のサラちゃんに追い討ちをかけるように、王様の黒いとこぶつけていきます。見た目だけでなく中身もクロル君と似ているという……。

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