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砂漠に降る花  作者: AQ(三田たたみ)


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第三章(17)包帯に舞い降りた小鳥

 包帯を巻き終わるまで黙っていろとエールに言われ、大人しくそのしぐさを見つめるサラ。

 至近距離で見るエールの髪は、艶やかでコシがあって、まるでシャンプーのCMに出てくるアジアン女優のようだ。

 

 サラの傷を押さない程度のちょうど良い圧力で、美しく均一に巻かれていく包帯。

 一重瞼の細い瞳は、真剣そのものだ。

 パーティで初めて挨拶したときは、無表情すぎて血の通わない人物という印象だったが、もうそんなことはない。

 エールの手は、こんなにも温かいと知ったから。


 精巧なプラモデルを組み立てるように、緻密な動きをみせる長い指は、とても細く骨ばっている。

 指先が動くたびに、手の甲にはくっきりと5本のラインが浮かび、しなびて張り付いた皮膚が影を作る。

 その手を見つめていたサラは、エールのマントに隠された尋常ではないくらい痩せた体を思い出し、一刻も早く解決策を考えねばと痛切に感じた。


  * * *


 サラは頭の中で、先ほどの話し合いで判明した事実を並べ、取り組むべき課題に優先順位をつけてみた。


 まず、最優先すべきはエール王子の体調だ。

 今は薬で抑えているというが、何度もあんな発作が起きては、体力は削られるばかりだろう。

 しかも、その薬も残り僅かだという。


 通常なら、触れれば消えるサラの能力も、エールには通じない。

 エールの魂には、魔女の作った見えない時限爆弾がセットされているのだ。

 それを外すことは、魔女にしかできない。


 魔女の操る禁呪について、エールはこう言っていた。


『別名、闇の魔術』


 火、水、木、風、土、光……6つしかないと思っていた魔術の7番目。

 人の心や魂を操り、時には穢すもの。


 サラ姫にかけられたあの洗脳魔術は、たぶん闇の魔術だろう。

 魔術師ファースが生み出した幻の龍も、水龍という話だったが、幻にするという点で闇の魔術をミックスしたものかもしれない。

 アレクの言っていた『七色のオーラ』という言葉もしっくりおさまるし。


 手のひらで直接触れなければ、魔術を無力化できないサラにとっては、闇の魔術は脅威だ。

 魔女は、特に恐ろしい。

 サラ姫のように人を操るくらいならまだしも、人の肉体を奪って乗り移るなんて……まるでホラーだ。


 幽閉されていた元筆頭魔術師に乗り移ったという、元王女。

 大陸へ逃げた後も、より魔力の強い人間、より若い人間の魂へと、次々取り付いていくだろうことは想像に難くない。

 そうやって生き延びて、いつか強力な力を持つ”贄”を見つけたなら、魔女は再びこの国へ舞い戻り、クロルの元へやってくる。


 最愛の人の血を引くクロルに、死者の魂を降ろすことができたなら。

 魔女は再び、恋をするのだろう。

 もしも魂というものに寿命が無いのなら、2人の魂は器を取り替えながら、永遠の時を生きる。

 他人の命や、我が子の命まで踏みにじりながら、愛を貫いていく……。


 ――そんなの、絶対に認めない!


 サラはほんの一瞬、緑の瞳を思い出して……そっと瞳を閉じた。


  * * *


 いつのまにか、考えが横道へ反れてしまった。

 サラは、再びエールの命を救う方法を考え始めた。


 確かに、闇の魔術は恐ろしい。

 ただ光だけが、唯一闇を抑えることができる……。


 サラは、できたら明日朝一番で、リコからお守りを借りようと思った。

 あれは光のマジックアイテムだというし、エールも持っているだけで少しは楽になるかもしれない。


 お守りの利用だけでは、効果は限られるだろう。

 できれば、光の魔術もかけてあげたい。


 呪いを受けてからというもの、エールは光の魔術がまったく使えなくなってしまったと言っていたし、いつものような増幅反射はできない。

 今日やったみたいに、別の人から魔術を受けて、それを自分で光に変換して、エールに……。


 ……あれ?

 なんだか突然、胸が苦しくなってきたような?


 サラは直感で、この方法を考えるのは後回しにしようと思った。



 あとは、エールの薬も補充しなければ。

 内面が侵されているなら、やはり内服できるアイテムの方が効果も高いのだろう。

 ただ、光の精霊系アイテムは貴重で、ほとんど存在していないとヒゲ盗賊もアレクも言っていた。

 今はエールに協力している魔術師達も、必死で探して見つからないというし。


 そんな、あるかどうかも分からないお宝を探すくらいならば……。


 空いている右手の指で、自分の前髪を摘んだサラ。

 そろそろ伸びて来たし、前髪切ってすりつぶして飲ませてみるか。

 もしそれが成功したら、いっそ丸坊主になっても構わない。

 髪の毛なんてどうせすぐ伸びるし、むしろ究極のエコ入浴を体験してみたいという気も……。


「おい、終わったぞ」


 サラは思考の奥深くに潜り込みすぎ、若干アニマル化していた。

 理性のストッパーが外れ、思いついたことをそのまま口にしはじめる。


「ありがとう。私、エール王子のために、坊主になるね!」

「……は?」

「ねえ、侍女のリコ呼んでもらっていい? 善は急げってことで、今から断髪式しましょう!」

「おい」

「本当に効くかは分かんないけど、一か八かってことで!」

「こら」

「もし効いたら、エール王子もう陰険な魔術師にペコペコしなくてすむし!」


 サラは瞳をキラキラさせながら身を乗り出して、閃いたばかりのプランを伝えた。

 しかし、サラの思惑に反して、エールはまったくそのプランに乗ってこない。

 むしろ、突然出くわした珍獣から身を守るように、じりじりと椅子を引き、サラから離れようとする。


 不満に頬を膨らませたサラは、論より証拠とばかりに、自分の前髪のツンと跳ねた1本を摘み、プチッと引き抜いた。

 リコは毎朝サラを起こした後、枕元や室内に抜け落ちたサラの髪をせっせと集めているようだし、魔力の強いエールになら何か伝わるだろう。


 サラの行動の全てが意味不明で困惑するエールに、サラは抜いた前髪を「はい、お宝」と言って差し出した。

 反射的に、手のひらをサラへ伸ばしたエール。


 あらゆる魔力を消去するサラの指から解き放たれた、1本の黒い髪の毛。


 それはエールの手のひらに触れると同時に……眩い光を放った。


  * * *


 目の前で見せ付けられた小さな奇跡に、エールが動揺して叫ぶ。


「――なんだ、これはっ!」


 当然、サラには何も見えない。

 ただ1本の黒い髪が、エールの手のひらにちょこんと乗っているだけ。


「なんだと言われても……私の髪ですが?」

「なぜ光る! なぜ金色なんだ!」

「どうやら、私の髪は光の精霊に好かれるらしいんです。あ、私には一切見えませんが」


 二の句がつけず、口を半開きに開けたまま硬直するエール。

 なんとか気力を振り絞り、質問する。


「じゃあ……これが、見えないのか?」

「はい、まったく見えません」


 エールは感極まったのか、ぶるぶると肩を震わせたかと思うと、耐えかねたように……大爆笑した。


 初めて聞くエールの心底おかしそうな笑い声。

 あの広場で、靴が転げたときの比ではない。

 驚くサラに、エールは目の端に浮かんだ涙をぬぐいながら尋ねた。


「サラ姫の国には、こんな虫がいるのか?」

「虫、ですか?」

「ああ、黒くて、爪の先くらいの大きさで、細い足が6本、羽があって空を飛び、体の一部が発光する」

「たぶん……ホタル、ですねえ」


 エールは笑いが止まらなくなったのか、自分の人差し指の先を見つめながら、くすくすと笑い続ける。

 そうか、ホタルというのかお前はと呟くと、怪訝そうな表情のサラに解説した。


「今、サラ姫の髪が光ったと思ったら、そこからホタルが飛び出してきたんだ。とても美しい光を放つ可愛い虫だ。大陸の奥にそんな生き物が存在すると噂には聞いていたが、砂漠の国にもいるとは知らなかった」


 サラは、エールの視線を追う。

 目に見えないホタルが、エールの人差し指の先から手のひらへとテクテク下りると、軽く飛んで鼻の先へ。

 くすぐったいなと笑うエールが鼻先に指を差し出すと、大人しくしたがったホタルは再び指の先へ……。


 小学生のとき読んだ演劇マンガで、小鳥を探すという演技をさせられた主人公が「タンスの上から小鳥が降りて来ないの……」と嘆くシーンを、サラは思い出した。


「これ、俺に懐いてるみたいだけど……俺がもらってもいいのか?」

「はあ。欲しいというなら、いいですよ? 何度も言いますが、私にはまったく見えないですし」


 エールは、サラから受け取った1本の黒髪と、その見えない虫を、大事そうにマントの中のピルケースにしまった。


「ありがとう。なんだか、生きる勇気が出てきたよ……」


 服の上からでも伝わる、胸の奥に灯る小さな光。

 10年間、迫り来る闇に抗うだけで精一杯だった自分に、初めて灯った希望の光だ。


 魔術師たちは、せっかく弱みを握り取り入った傀儡に死なれては困るとやっきになっている。

 戦争などそっちのけで、光の魔術が使える人間や、光の精霊アイテム探しに夢中だ。

 しかし、光の精霊は貴重で、簡単には見つからない。


 今ある薬が無くなれば、もう自分の命は尽きるのだと思っていた。

 誰のことも愛さぬまま、魔女を恨み、大勢の人間を死に追いやって、冥府へ向かうはずだった自分の運命を……この少女は、簡単にひっくり返してしまった。


 エールは椅子から立ち上がると、1歩2歩とゆっくり進み、サラの傍へ。

 そのブルーの瞳を見つめると、一瞬儚げな笑みを浮かべ、流れるようなしぐさで一礼。

 うつむいたまま腰を落とし、足元へひざまずいた。


「サラ姫……」

「ハイッ!」


 顔をあげたエールは、涼しげなその瞳にうっすらと涙を浮かべて、サラを見上げた。

 これから起こることを察したのか、サラの頬はすでにバラ色に染まっている。



「残りの命が尽きるまで……俺の全てを、君に捧げる。君の望みを、俺は必ず叶えてみせる。国王の椅子なんて要らない。ただ、君を守る権利を……!」



 丁寧に巻きなおされた包帯の上に、そっと小鳥がとまるように、エールの口付けが落とされた。

 布に遮られているはずの手の甲に、エールの唇の熱が伝わる。


 サラの瞳はぎゅっと閉じられた。

 それを合図に、泉のように溢れ出した涙。


 涙の雨は、エールが優しい言葉をかければかけるほど、その勢いを増した。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 さ、たっぷり加糖ミルク入りMAXコーヒーいかがでしたか? ……え、甘すぎる? ではまたブラック無糖を……。(←旨い物〜菊正宗ループの法則)エール君のプロポーズは「ホタルゥー」という感じの北国系な愛です。命の恩人への無償の奉仕+ほんのり初恋。ある意味バルト先生と似てるかもしれません。しかし全力でお守りします的な愛は、意外と侮れないと思う作者。うっかりエール君に「俺は死にましぇん!」と言わせようとして、シリアスシリアス……と我慢したエライ子です。ということで、これでプロポーズ大作戦終了! みなさんは次のコマンドどーしますか? 1.王の間へ、2.図書館へ 3.訓練場へ 4.政務室へ。作者はもちろん……そう、久しぶりのあのお方の元へ。そだ、小鳥のくだりは愛読書・ガ○スの仮面より。いろんな意味で傑作です。

 次回、国王様にもう一度会っときます。魔女っ子に乗っ取られちゃった可哀想な女子のこと聞かなきゃねー。そろそろ腹割って行きましょう。

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