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第三章(14)暴かれた魔女の正体

 その夜、お茶会メンバーは1人も欠けることなく、リグルの部屋へ集っていた。

 侍女に急いで作らせた簡単な食事を取っている間、5人にはほとんど会話がない。


 そのうち4人の目線は、チラチラと長い黒髪へ。


「――ああ、もう分かった! 謝る! ちゃんと説明する!」


 ついにガラスの仮面にヒビが入ったエールが、がばっと頭を下げた。

 普段冷静沈着なエールの顔は、見たことが無いくらい汗をかき、頬はほんのりピンクに染まっていた。

 先ほど、死の淵に立っていたことが嘘のような、健康的な色だ。


 サラは、「当然です」と呟きつつも、心底ホッとして息をついた。


  * * *


 サラの放った光が、エールの体を癒した直後。

 重症なのは、サラのほうだった。


 エールと入れ替わりに倒れたサラは、疲労と出血のせいで軽い貧血を起こしていた。

 光の癒しで、倒れる前のレベルまで回復していたエールが、サラの左手に巻かれた黒いドレスの切れ端を取り去ると……布にしみこんだ血液の量に、驚いた。


 すかさず左手に手をかざし、詠唱なしで最高級の治癒魔術をかける。

 しかし、サラの傷は治らない。

 魔術の種類を変えながら何度試しても、早い心臓の動きに合わせて、ドクドクと赤い血を垂れ流し続けるままだった。


「――魔術が、効かない?」


 エールの呟きを耳にすると同時に、ルリは「こっち見ないで!」と叫ぶと、ドレスの下につけていたペチコートを素早く脱ぎ、サラの左手にぐるぐると巻きつけた。

 パラのテラスへ戻れば清潔な布はあるけれど、まずはこのまま王城へ運んだ方が良いだろうというルリの意見に、全員がうなずいた。


 リグルは、軽々とサラを抱き寄せ、揺らさないよう慎重に走り始めた。


「エール兄さま! 王城の医師を中庭まで呼び出しておいて!」


 叫んだルリは、リグルの後を追って走り出した。

 意識を取り戻してすぐに魔術をつかったせいで、立ち上がることがせいいっぱいのエールに、クロルが「これは貸しだからね」と嫌味を1つ落としてそっと肩を貸した。



 エールの魔術による伝言で待機していた医師たちは、サラの指の傷を手早く縫いあげた。

 幸い傷口そのものは小さく、いずれ目立たなくなるだろうという台詞に、全員が大きな安堵のため息をついた。


「エール様……」


 医務室に居る数名のうち、一番高齢な医師がごく小さな声をかけ、思わせぶりに目配せをすると、エールはうなずいて小さな容器を差し出した。

 そしらぬ顔をして容器を受け取った医師が、隣接された薬剤倉庫へ向かうと、何事も無かったかのように再び医務室へ戻り、容器をエールに返す。


 サラへの応対でばたばたしている中、すべて無言で、さりげなく行われたそのやりとりだったが。

 クロルの目はごまかせなかった。

 サラの傷に包帯が巻かれ、作業を終えた医師たちが部屋を出るのを確認すると、クロルはエールのローブを引っ張った。


「エール兄さん。さっそくだけどさっきの借り返してもらうよ。エール兄の病気って、何?」


 うっと詰まったエールは、容赦なくぶつけられる強い視線から、目を反らす。


「ふーん……じゃ、いいや。まだ貸しとくよ。こっちから聞くし」


 氷の王子の、ブリザードのような視線を受けた医師の老人は、プルプルと体を震わせながら後退る。

 クロルが笑顔のままにじり寄り、壁際まで追い詰めると、医師は「申し訳ありませんが、エール様から固く口止めを……」とあっさり白状したため、再びクロルの視線はエールへと向かった。

 エールは気まずそうに目を伏せ、クロルの視線攻撃を避けながら、口を閉ざした続けた。


「私も……聞きたいです、それ」


 鈴が鳴るような声が、医務室に響いた。


 意識を取り戻したサラが、青白い顔で、クロル並の冷たい微笑を浮かべていた。


  * * *


 医務室を出て「今日はありがとう、助かった、じゃ!」という言葉を残し逃げようとしたエールに、サラは悪魔のような微笑を崩さずにささやく。


「でっかい貸しですわねえ、エール王子。私、あなたの命の恩人ですのよ? ありがとうではなく、理由を教えろと言ってるんです。こんな簡単なことで許してあげてもいいなんて、優しいでしょう? さあおっしゃって!」


 シェークスピア悲劇のように、演技がかったサラの台詞。

 しかし、リグル、クロル、ルリは、さきほどの口元から血を垂らしたサラを思い出し、背筋に寒気が走った。

 エールはといえば、サラの剣幕に気圧されながらも、最後まで抵抗をやめない。


「あ、ああ……でも今日は、皆疲れているだろうし、また今度……な?」

「リグルさん! クロルさん!」


 サラの……いや、黒騎士の鋭い声に、2人はハッとしてサラを見つめる。


「――少し、懲らしめてやりなさい!」


 こうして、エールを拉致したサラ姫ご一行は、一番近い宿屋……リグルの部屋へ駆け込んだのだった。



 消化の良いあっさりリゾット系の食事を終え、ルリ姫の美味しいお茶で一息ついたとき、執行猶予期間は終わったとばかりに、クロルが告げた。


「エール兄、謝るだけじゃ許さないよ? 今日は全部吐いてもらうから」


 冷酷な笑みを浮かべるクロルに、エール以外の全員が賛同の意思を込めてうなずく。

 エールは、降参と呟いて、ルリの淹れた健康増進ハーブティをすすると……話し始めた。


「俺の病は……いや、病ではないな。俺の魂は、魔術で蝕まれているんだ」


 サラはもちろん、王子たち全員も知らない話だった。


 飲んでいた白い粒は、薬ではなく特別なマジックアイテムだった。

 光の精霊が宿るという貴重な宝石を入手し、それを削った粉が混ぜ込まれたもの。

 数に限りがあるため、大事に使っているという。


「エール兄さん、それは、いつから?」


 王城内の侍女からは”氷の刃”とも呼ばれる、クロルの鋭い視線を受けたエールは、困ったように自嘲した。


「リグルは鈍いからいいけれど、クロル、ルリ……お前たちにはいつ見破られてもおかしくないと思っていたよ。距離を置いたけれど、こんな風にバレるなら最初から伝えておけばよかったな」


 鈍いと名指しされたリグルが、エール……ではなくクロルに食ってかかる。


「おい! お前ら俺に何隠してんだ!」

「知らないよー。エール兄に聞いてよ」


 じゃれ始める2人を見て、頬を緩めるエール。

 その表情は、まさに憑き物が落ちたようだ。

 家族想いで、優しいお兄さん……これが本当のエールの姿なのだと、サラは感じていた。


「ちょっとリグル兄さん、クロル! まだ話は終わってないでしょ!」


 ルリの言葉に、2人は大人しく椅子に座りなおす。

 切れ長の黒い瞳を細めながら兄弟を見守っていたエールは、微笑んでいた口元を徐々に無表情に戻し……最後は、ぐっと引き締めた。

 拷問に耐える囚人のような表情のエールに、なごみかけた空気が一瞬で引き締まる。


「リグル……みんな、黙っていてごめん……」


 この日、最初の爆弾発言が落とされた。



『俺は、魔女の呪いを受けたんだ』



 そこにいた全員が、驚愕に目を見開いて、エールを見つめた。


  * * *


 真っ先に気を取り直したのは、兄弟の中で一番聡いクロルだ。


「そっか……だから兄さんは、魔女を探してたんだね」


 一見冷ややかで、誤解されやすいクロルの視線。

 目をそらさず真っ直ぐ見つめ返すと、そこにはちゃんと温かみが混じっていることがわかる。

 こくりとうなずいたエールに、まだ理解できないという表情で、首を傾げる残りの3人。


「ごめん……ちゃんと説明するよ。俺は昔、魔女のかけた召喚魔術の贄になったんだ。その魔術は失敗して……俺の魂には、呪いが残ってしまった」


 失敗した召喚魔術の副作用……いわゆる”呪い”を解くためには、贄または魔術をかけた本人の命で購わせるしかない。

 つまり、魔女を探し出して命を差し出させれば、エールは助かるのだという。


 サラは、話を聞きながら全身に鳥肌が立っていくのを感じていた。

 考えたのは、エールではない人物のこと。

 砂漠の国で、今もワガママに楽しく暮らしているであろう、あの少女のことだ。


 サラがこの和平交渉に失敗したら、それは駒が1つ無くなるというだけの話……そう思っていたけれど。

 今の説明が正しいなら、サラの召喚時に贄となったサラ姫の魂は、まだサラと繋がっている。

 サラが和平に失敗したら、サラ姫の魂には、呪いが……。


 そんな想像をして青ざめたサラの耳に、エールの説明が届いた。


「ただ、俺の場合は特殊なケースだった。全ての召喚魔術でそうなるとは限らない」


 ――ああ、良かった。


 ホッと息をついたサラは……どうしてもサラ姫を憎めない自分に気づいた。

 勝手な理屈で自分を呼び寄せ、こんな過酷な環境に追いやった張本人。

 恨んでもいいはずなのにと考えかけたサラは、慌てて頭を振ると、目の前の会話に集中した。


「特殊って、どういう意味で?」


 目元に浮かぶ涙をハンカチでおさえながら、ルリが質問する。


「カンタンな話だよ。本来なら召喚魔術は、召喚する本人と、贄、そして対象物の3つが必要なんだ。リグルも勉強しただろ?」


 真剣に聞いているように見えて、その実小難しそうな話にギブアップ寸前だったリグルは、弟と妹の冷たい視線を受けて、大げさにうなずいた。


「ああ、そのくらい俺にも分かるぞ。えーと、例えば力の強い精霊を呼び寄せるには、まず力の強い魔術師じゃなきゃダメで、贄……この場合は指輪とか杖か? これも相当レベルの高いのアイテムを使うこと。最後に対象物は、呼び出した精霊を閉じ込めるなら、器として耐えられる高純度な宝石とか、または精霊をぶつける攻撃相手。……だっけ?」


 いつも堂々としているリグルが、おぼろげな知識を自信なさそうに語る姿が妙に愛らしく……サラはくすりと笑った。


「そう、正解。良く出来たな!」


 エールの微笑みに、パアッと顔を輝かせるリグル。

 本当にカワイイ犬……いや、人だなとサラは思った。


 今度はエールにじゃれつき始めたリグルの腕を引き寄せ、がっちり拘束したクロルは、「さっ、話を進めてよ」と促した。

 エールは、一息に語った。


「俺に魔術をかけた人物は、俺を贄として、俺の体に召喚対象を降ろそうとした。普通は2つ用意すべき道具を、1つで済まそうとしたんだ。その結果、贄として消費される俺の魂と、召喚対象の器として残されようとする体が反発して……結果、俺は生きながらえたけれど、この呪いを受けてしまったんだ」


 再び、静まり返る部屋。


 エールの魂を餌に、エールの体を乗っ取る……。

 水や光とは全く異質な、そのおぞましい魔術に、サラは再び血の気が引くのを感じた。


  * * *


 何一つ余計なモノが置いていないリグルの部屋は、ガランとして広いため人の声が壁面に反響する。

 逆に全員が黙ると、余計に静けさを感じる。

 静寂を破ったのは、やはりクロルだ。


「ふーん、なるほどね。それで、エール兄に降ろされた精霊って、何?」


 話が佳境に入ってきたのだろう。

 クロルの質問に、エールは困ったように笑うと「どうしても言わなきゃいけないか?」と返し……全員がヘッドバンキングばりに、ブンブンと頭を縦に振った。


「ああ、分かった。もう全て話すよ」


 エールは立ち上がると、クロルの傍へと歩み寄った。

 そして絨毯の上にひざまずくと、クロルの華奢な手を両手でそっと包み、深々と頭を下げた。

 これは、懺悔の姿勢。


 突然自分1人に向けられた懺悔に、怪訝そうな表情を強めたクロル。

 サラが見たこともないくらい深い縦ジワが、クロルの眉間にくっきり現れている。

 そんなクロルの表情は見ないまま、エールは呟いた。


「お前にはいつか……俺が死ぬ前には、伝えなきゃいけないと思ってた」


 縁起でもない台詞だったが、笑い飛ばすには事態は深刻すぎた。

 クロルだけでなく、リグルにも、ルリにも。


「俺に降ろされたのは、精霊じゃない。死んだ人間の魂……これは、禁呪だ」


 一瞬ピクリと眉を動かしたものの、クロルは冷静に促す。


「へえ……一体誰の?」


 エールは閉じた瞼の端から、すうっと涙を流した。

 懺悔の姿勢を崩さぬまま、エールは告げた。


「それは、俺たちの父親だ……」


 サラにも、その意味が理解できた。

 ああ、そうだったのか。

 だからあんなに、エールは苦しそうだったのか……。



「その魔術をかけたのは、母さんだ。魔女は……母さんなんだっ!」



 嘘だと呟く、リグルの掠れた声。

 カタカタと指を震わせながら、落ち着こうと冷めたお茶を口に含むルリ。


 エールに手を取られたクロルは、一度瞳を閉じて……開いたときには、淡いブラウンの瞳に決意の炎を宿していた。



「そう……じゃあ、母さんはまだ生きてるんだ。そして、次の”器”のターゲットは、僕なんだね?」



 耐え切れなくなったルリの零した大粒の涙が、ティーカップの中にぽちゃりと落ちた。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 シリアスからコメディ(今回は大好きな水戸黄門!)、さらに一気にシリアスへ……このジェットコースターな落差どーでしょう。ということで、魔女さんの正体暴露編でした。予想ついてた方も居たかもしれませんが、被害者と思った人物が実は生きてて、本当の犯人だった……ベタです。ん? なんだろう、またかまい達の夜っぽい設定だ。コメディあり、ラブありで、この話案外カマイタチがベースなのかも? ラストは「俺が魔女×4」「こんなに魔女は要らんやろ!」「マ」「女」(←人文字)という、超新塾風オチってのもアリですかね。(←やりかねない)

 次回、クロル君のラスト発言の意味、だいたい分かったと思うけどオサライします。その後、もう一回サラちゃん&エール王子の2ショット。プロポーズ大作戦、ついに完了?

※また更新遅くなってもーたー。反省。別の短編いじってたらつい遅くなり、こっちも何度か書き直してたら時間が……orz(短編の方もなかなかの仕上がり。いずれ公開しますねー)

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