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第三章(12)エールの苦悩

 この国の王子たちは、みんな頑固だ。

 逆に言えば、みんなしっかりと自分の意思を持ち、それを貫き通すパワーを持っている。

 その結果、1つのモノを奪い合えば、こういうことになるのだ。


「ね、サラ姫? 結婚相手は僕だね?」

「いや、俺だよな? こいつより先に言ったし」


 すでに落ち着いているルリは、淡々とお茶のお代わりを淹れている。

 ドレスの染みは、エールの魔術であっさり取り除かれた。

 あわせて、テーブルクロスの染みも。


 サラは、それらの作業を一瞬でこなしてしまったエールに、尊敬の眼差しを向けていた。


 木に変装するだけかと思っていた木の魔術も、実は便利なものだった。

 エールが人差し指を一振りしただけで、どこからかねこじゃらし風の植物とシャボン草が飛んできて、お茶で汚れた生地をトントンと叩くように染み抜きし、その後水の魔術、風の魔術のコンボですすぎ&ドライ。

 良く考えたら、あの小さなナチルが領主館の家事を一手に引き受けられるのも、こういう手が使えるからかもしれない。


 エールはといえば、最初は弟たちに割って入ろうと頑張っていたが、今は椅子に座りなおしクールな表情で熱いお茶を飲みなおしている。


 無表情のように見えるけれど、本当は……。


「先に言った? たったの半日だよ? それだけで優先権主張するわけ?」

「ああそうだ。こういうことは早いもの勝ちだ」


 サラが都合よくスルーしてきた2人の会話に、突然エールが乱入した。


「そうか、だったら最優先権は俺にあるようだな」


 フードを外し、立ち上がったエール。

 長い黒髪が、風をはらんで揺れている。

 一重の奥の瞳が、傾き始めた太陽を受けて、強く光った。


 その目を見て、お互いの胸倉を掴みあっていたリグルとクロルが、素早く手を離す。

 一度うなずいたエールは弟たちから視線を外すと、その威圧的な瞳をサラへと向けた。


「サラ姫、正直に答えてください」

「はいっ!」


 のん気にクッキーをポリポリかじっていたサラは、緊張して背筋を伸ばした。

 無表情か、苦笑か、冷笑。

 その3つしか見たことがなかったサラに、初めて柔らかく優しい笑みが向けられる。


 感情があまり表に出ない人と思っていたけれど、もしかしたらこの人って……。


 怒ると……怖いタイプ?


「国王はさておき、この3人の中で一番早く、結婚の約束をしたのは誰ですか?」

「え、えっと……」

「忘れたなら言いましょう。君は一昨日の午後、俺の部屋に来て言ったはずだ。”俺と結婚したい”と」


 突然の爆弾発言に、リグル、クロル、ルリの3人は目を丸くしてサラを見つめた。

 サラは、必死でそのときの会話を思い出そうとする。


 そういえば、ぶち切れてアニマルモードになって、そんなことを言ったような、言わないような……。


「ということは、この兄弟の中での最優先権は俺にあるということで、よろしいですね?」


 サラの返事を待たずに、エールは優雅な身のこなしで椅子を避け、唖然とするルリの背後からサラの元へ。。

 リグルの次に背が高いエールは、サラに近づくと腰を屈め、耳元でささやいた。


「今から少し、二人でお話しましょう。いいですね?」


 有無を言わせぬ口調と、鋭い眼光に負けて、サラはうなずいていた。


  * * *


 テラスから連れ出されたサラは、昨夜と同じような展開に涙が出そうになった。

 うっそうと生い茂る森の最深部へ向かって、どんどん進んでいくエール。

 サラは、足元に生えた草木に注意しながら、ドレスの裾を摘んでちょこちょこと小走りで追いかける。


 懐かしの”2ショット”ってヤツに無理やり持ち込んだくせに、エールは思いやりのかけらもなく、長い足と風の魔術で、すべるように滑らかに進んでいく。

 徐々に引き離されていくサラは、もうドレスはいいやと手を離し、ダッシュで追いついた。


 そのローブの裾を掴もうと、手を伸ばしたとき……。



『ベシャッ!』



 ――転んだ。



「サラ姫っ!」


 一貫してサラに冷たかったエールもさすがに慌てて、倒れたままのサラを抱き起こす。

 幸い、やわらかい土の上だったおかげで、サラに傷はなかった。

 しかし、ドレスは悲惨な状態になってしまった。


 エールは、涙目で自分を見上げるサラに苦笑すると、再び木、水、風のクリーニング魔術コンボを披露した。



 バラ香りが完全に消えた頃から、別の花の香りが漂い始めた。

 テラスから茨の道を抜けたところに、小さな広場があった。


 敷き詰められた芝生に、木のベンチと、古いブランコ。

 周囲には色とりどりの花が咲き誇る花壇。

 まるで、楽園のような場所だった。


「とても素敵なところですね!」


 さっきまで泣きそうだったのに、あっさり機嫌良く微笑むサラを見て、エールは瞳を細めた。


「ここ、実は俺の隠れ家なんだ。子どもの頃は、良く家出してこのベンチで過ごしてたよ」


 エールは、風雨にさらされてくすんだベンチから砂埃を吹き飛ばすと、その上に腰掛けた。

 サラも、大人しく隣に座る。

 日差しに背を向ける角度だと、色白なエールの顔色はひどく青ざめて見えた。


「俺はずっと、逃げたていたかった……」


 ぽつりと呟いた言葉。

 隣に居るサラは、エールの視界に入っていない自分を感じていた。

 だからこそ、今漏らした一言は、エールの本音なんだと思った。


 両親を早くに亡くしてから、長男として兄弟を支えつつ、王位を狙ってきたというエール。

 その心労は、並大抵のものではないだろう。

 サラは、少し頼りなさげに見えるエールの手を握ろうとし……躊躇した。


 人の心に深く入り込もうとしてしまうのは、良くない癖だ。

 いつまでこの国に居るかも分からないのに。

 責任も、取れないのに。


「エール王子……私をここに連れ出した理由を、教えてくださいますか?」


 サラはなるべく事務的に聞こえるように、言葉を選んだ。

 エールは、驚いたようにサラの顔を見ると、少し皮肉げに笑った。


「別に。この場所を見せたかった。俺の妃となる女に、ね」

「ふざけないでくださいっ」


 明らかな嘘と分かる、エールの言葉。

 カチンときたサラは、隣に座るエールを睨みつける。


「私のこと、追い出す算段をしてるんでしょう?」

「今はもう考えてないよ」

「婚約者だっていらっしゃると!」

「ああ、書面だけ交わして1度も顔を見たことがない女がいたかもな」


 サラの疑問は、ことごとくかわされてしまう。

 この人は、とても賢い人だ。

 直球で質問したところで、まともな答えは返ってこないだろう。


 そういえば、こんな天邪鬼な人が1人いたなと、サラは思い出した。

 この王子は、弟子として天邪鬼も引き継いでしまったのかもしれない。


 そこまで考えて、サラは気づいた。

 自分を追い出すとか、戦争を続けるとか、師匠を憎んでいるような発言の裏には、きっと逆の気持ちが隠れていることに。


 サラは、ケンカ腰の態度をあらためた。

 クールダウンも兼ねて、大きく深呼吸すると、両手を木のベンチに当て、ヒールで歩き回って疲れた足をぶらぶらと揺すりながら考え込む。


 足を動かすたびに、ドレスの裾がまとわりついてうっとうしい。

 無意識にその邪魔な布を掴み、ひざが見えるところまでぐいっと持ち上げた。

 この世界に、ミニスカートというものが存在しないとも気づかずに。


 いきなり現れた、サラの細く引き締まった白い肌に、エールは目を見開く。

 淑女とは程遠いサラの態度に、エールは思わず呟いた。


「君……あの頑固な弟2人を、どうやって落としたの?」


 その瞬間、サラの片足から靴が脱げて吹っ飛び、傾斜のついた芝生の上を果てしなく転がっていった。


  * * *


 木漏れ日の色は、少しずつ赤みを増していく。

 あまりのんびりしている時間は無いだろう。


 それなのに、なぜかエールは笑いながら、自分の足でサラの靴を取りに行ってくれた。

 王子らしく一礼してサラの前にひざまずくと、どうぞお姫様とささやいて、そっと履かせてくれた。


 思わぬシンデレラプレイに、サラの頬も真っ赤に染まり……。

 エールの視線から逃げるように、横を向いた。


「なんだか、分かった気がするよ」


 サラを見上げながら、エールはくすくすと楽しそうに笑った。


「なっ、何がですかっ?」


 ありがとうも言い忘れたことに気づかぬまま、サラがぶっきらぼうに切り返すと、エールはその姿勢のままで告げた。


「弟たちが、君にプロポーズした理由が、ね」


 ええ、私にも分かりましたよ。

 こんな珍獣は、王子たちの周りには1人も居ないでしょうから、よほど物珍しかったに違いありません。


 不満げに口を尖らせるサラを、エールは面白そうに見つめる。

 その視線が、再びサラの足元へ落とされた。


「君に言われたことを、あれからずっと考えていた」


 サラは、エールの口調が変わったことに気づき、表情を引き締めた。

 サラの足元にうずくまり、視線を落としたエールの顔は見えない。

 またドレスが汚れるのも気にせず、サラはベンチから降りると、エールの傍にしゃがみこんだ。


「君は、俺に”私怨”と言った」


 艶のある真っ直ぐな黒髪が、風になびく。

 また怒りの感情が表れたのかと思ったが、覗き込んだエールの瞳は影り、暗く沈んでいた。


「その通りだと思った。俺のすべては、あの女に縛られていると。そこから逃れるためなら他人を犠牲にしてもかまわないと」


 エールの言葉を真剣に聞いていたサラは、その手が小刻みに震えていることに気づいた。

 無表情の奥に隠された、エールの葛藤。


「だけど、俺は止まれない。あの魔女を、探し出すまでは……止まることは、許されないんだ」


 ギリ、と噛み締められたエールの唇。

 皮膚が切れ、血が滲んでも止めない。


 エールになら、瞬きする間に治せるはずの傷。

 この人はいつも、こうやって自分の体を傷つけてきたのかもしれない。

 戒めのためなのか、他の誰かを傷つけたことへの懺悔なのか。


 自分の母親を殺したという魔女……2代前の筆頭魔術師を、エールは探しているのだ。

 自分のすべてをかけて。


 だとしたら、私は出来る限り協力する。

 もし魔女が砂漠に隠れ住むとしても、戦争で奪い取る以外に見つける方法はあるはずだ。


 サラの決意は、エールの次の台詞で覆された。



「俺には、もう時間があまり、ない……」



 うずくまっていたエールが、その体をぐらりと傾けていく。

 サラはとっさに腕を伸ばしたが、指先がマントに掠るだけだった。


 やわらかい土の上に倒れたエールは、唇から血を流したまま意識を失っていた。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











サラちゃんモテまくり竹内まりやワールドから、一気に急展開となりました。しかしネルトンって、何才くらいまでの読者さんに通じるのかしら……ツーショットとか、書いてて懐かしさに涙が。(←自分の年を実感……哀切)こんな風に強引に連れ出したら、タカさんもキャメラも黙ってないっすよー。しかし、ネルトンでは強気に出たもん勝ちって面も。なんだかんだ、いつもは小生意気な弟たちも、本気になったエール君には逆らえません。当然、優柔なサラちゃんも。

次回は、サラちゃんパニクりつつも頑張ります。目の前で命の危機が発生したら、もうなりふり構ってらんないですよね。ねー、あおいちゃん?(←ナ○スあおい好き)

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