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第三章(7)リグル王子との試合

 夕べはほとんど眠れなかった。

 しかし、誰にでも朝は平等にやってくる。


「サラ様っ! おはようございまーす!」


 元気いっぱいで部屋に入って来たのは、昨日到着したばかりのリコだ。

 この国の侍女服を着せられ、伸ばしかけの髪をお団子にくくっているリコの可愛い姿が……なんだか何重にもぼやけて見える。


 眠い……。


「さっ、起きましょう! それで、こちらに着替えてください!」


 ペチペチと頬を叩かれ、サラは再び目を開ける。

 目の前でヒラヒラと振られている戦闘服を見て、サラは自分が領主館にいるのかと勘違いした。


 そっか、夕べのアレは……夢だったんだ。


「今日の授業は無くなりました。代わりに、リグル王子が訓練場にお呼びですから」


 サラは体を起こし、寝不足の目をこすると、ベッドの上で大きなため息をついた。


 ああ、やっぱり夢じゃなかった……。


 * * *


 サラは冷たい水を1杯もらい、もそもそと戦闘服に着替える。

 ドレスと違って侍女のサポートは要らないので、本当に楽だ。

 着替えつつも、一晩中広いベッドで連続腹筋記録にチャレンジしながら考えたことを頭の中でまとめてみた。


 まず、魔女の呪いについて。

 魔女に殺されたと噂の人物は、王の姉である王子たちの母親、そして王弟。

 いずれも、ずいぶん昔の話のようだ。

 当時のことを知る人物がいれば、もう少し詳しいことが分かるかもしれない。


 国王にも……ちゃんと聞きなおそう。

 なんとなく最後、アレで、はぐらかされてしまった気がするし。


 魔女の現在の居場所は、まるっきり不明。

 エール王子も探しているけれど、まだ見つかっていないみたい。

 クロル王子が何か知っているような口ぶりだったから、今度捕まえたら聞いてみよう。

 すんなり教えてくれるか分からないから、今日リグル王子と仲良くなって、協力してもらおうかな。


 あとは、次期国王について。

 エール王子は、ちょっと問題あり。

 あの頑なな態度や、魔術師と組んでいる理由を、少し調べてみなければ。

 クロル王子と、たぶんリグル王子は、前評判だとあまりやる気はなさそうだ。

 このまま国王が王座に居座るなら、一番良いんだけど……。


 そこまで考えたサラは、国王の顔を思い出し、頭をぶんぶんと振った。


「思い出しちゃイカン!」


 口では命令するものの、体が言うことを聞かない。

 サラの左手は、そっと頬を撫でていた。


 つるんとして、やわらかい頬の感触。

 ぷにぷにと摘んで、にゅーっと引っ張って、パチンと叩いても、国王の感触は消えない。


 昨夜、国王はサラを抱きしめて、頬に口付けた。



 パニックに陥ったサラを助けてくれたのはアレクだった。

 正確には、アレクの施してくれた魔術。


 サラの左頬に口付けて、そこに貼られたフィルムに気がついた国王は、硬くてごつい手のひらでサラの頬を包むと、少し熱を加えてからペリッとはがしてきた。

 そんなものがくっついていたことすら忘れていたサラだったが、「怪我でもしたのか? もう治っているみたいだが」という冷静な国王の声で、目が覚めた。


 いや、そのときはまだ夢心地だったのかもしれない。

 国王の胸を押しやると、サラは心の赴くままに叫んでいた。



「ダメですっ、王様、幼女趣味になっちゃいますっ!」



 国王は一瞬固まった後、今までに無いくらい苦しそうに……笑った。

 お腹を抱えて笑い泣きする国王に、サラは「もう帰ります!」と、ご馳走様も言わずに部屋を飛び出したのだ。


 いつの間にか廊下で待っていたコーティが、真っ赤になって涙ぐむサラを見て、おろおろとしていた。

 どうしたのと聞かれても、何でもないと答えるしかなかった。


 * * *


 もんもんと考えていたサラだったが、姿見の前に立つと意識が変わった。

 完璧な、少年の姿。

 黒騎士になりきるように、サラは強気な表情を作った。


 こうなったら、リグル王子との試合でストレス発散するしかないな。

 リグル王子には、申し訳ないことになるかもしれないけれど。


 サラが鏡に向って不敵に微笑んだとき、ノックの音と同時に勢いよくドアが開けられた。


「サラ姫ーっ! 起きた……の……」


 飛び込んできたのは、オアシスの妖精ことルリ姫。

 今日のドレスは淡いイエローだ。

 小さな宝石が散りばめられた胸元の生地が、朝日を受けてキラキラと輝いている。


 サラは微笑んで、挨拶した。


「おはようございます、ルリ姫。今日のあなたは、まるで風の妖精のように美しい」


 ドア付近で立ち尽くすルリ姫の足元に跪き、右手の甲にキス。

 ほぼ無意識に行われた、黒騎士時代の習慣だった。


 ルリ姫は、サラに手をとられたまま、その場にパッタリと倒れた。



 羽のように軽いルリ姫を、お姫さま抱っこで自室のベッドに運んだサラは、その足で騎士の訓練場にやってきた。

 もちろん、コーティも一緒だ。


 宿舎と訓練場のゲートが見えるあたりで、コーティは意外なことを言った。


「あの、サラ姫様……私はここで待っていますので、この先はお一人でお進みください」

「どうして? どうせなら、一緒に訓練しようよ」


 明らかに怯えた表情を見せるコーティは、早口で言った。


「実は……ここだけの話ですが、王城の騎士と魔術師は、非常に関係が悪いのです」


 そう言われると、サラにも思い当たるフシがある。

 武道大会には魔術師の参加者も居たのに、運営側は騎士ばかりだった。

 サラが王城に仕える魔術師を見たのは、パーティの際に重鎮と簡単な挨拶をしたときだけ。

 あとは、このコーティだけだ。


「私も、上の者から、騎士との接触を控えるよう言われていますので……」


 歯切れの悪いコーティの言葉から、サラは「これが縦割り行政ってやつか」と納得した。

 無理を言って、コーティの立場を悪くしては可哀想だ。

 しかし、理由くらいは聞いておかなければ。


「ねえ、その理由は……」

「すみません、失礼します!」


 猛ダッシュで逃げていくコーティを見送ったサラに、後方から声がかかった。


「よお、黒騎士。待ってたぜ」


 騎士服に身を包んだリグル王子が駆け寄りながら、明るく爽やかな笑みを見せた。


 * * *


 リグル王子に腕をつかまれ、引っ張られながら連れてこられたのは、訓練場脇の備品倉庫。

 この中から何でも良いから好きな剣を選べと言われて、サラは戸惑った。


「オレは、黒剣しか使いこなせないぞ?」


 黒剣は、未だ返してもらえていない。

 バリトン騎士を呼び出そうとしても、忙しいやらナンやらで、会ってもらえない。

 完全に策略の匂いがするものの、サラは今のところ放置していた。

 王位継承や魔女のことなど、優先して考えるべきことがあったから。


「ああ、悪いな。では俺もこの中から選ぼう」


 黒剣のことをスルーして、リグルは自分の聖剣を乱暴に放りだすと、壁際に吊るされた訓練用の粗悪な剣から適当なサイズのものを選ぶ。

 選びながら鼻歌が飛び出すほど、リグルが嬉しそうだったので、サラは諦めのため息をついた。

 黒剣ほどではないものの、それなりに細身で手ごろな剣を選ぶと、リグルの後を追って闘技場へ向かった。



 黒騎士と騎士団長が立ち合うと、噂でも流れたのだろうか。

 武器を選んだサラたちが闘技場につくと、若手の騎士を中心に大勢のギャラリーが囲んだ。

 数百人ほどいる騎士の中には、武道大会でみたことのある顔も混ざっている。


 顔見知りと言っても、あのときと今では何もかもが違う。

 あのときのサラは、あくまで一般人の挑戦者。

 今は……憎むべき敵国の王族なのだ。


 ギャラリーたちの表情はなるべく見ないようにし、サラはリグルに向き合った。


 真剣な面持ちで見守る騎士仲間をバックに、迷いの無い視線をぶつけてくるリグル。

 朝日に照らされた褐色の頬には、魔術で治し切れなかった傷跡がうっすらと浮かび上がる。

 リグルの鋭気に満ちた黒い瞳が、サラのブルーの瞳を捕らえて離さない。


 剣を手にすれば、雑念は消える。

 リグルはきっと、そういうタイプなのだろう。


 この試合で、すべてが変わるとは思えない。

 けれど、今の私にできることは、全力で立ち向かうことだけ。


「黒騎士。俺が望むのは全力の試合だ。下手すると、お前を傷つけるかもしれん」


 サラは、その台詞に黙ってうなずく。


「今この時だけは、お前を男と見る。では……行くぞ」


 高く掲げられ、ギラリと光るリグルの剣を目にしたとき、サラの心に黒剣の魂が宿った。



『ガキンッ!』



 打ち付けられる、一度目の刃。

 黒剣よりは重さを感じるものの、こうして違和感無くリグルの攻撃を受け止められることに、サラは安堵した。

 右へ左へと、繰り出すたびに、手に馴染んでくる細身の剣。

 サラは、この剣でも充分戦えるという手ごたえを感じていた。


 リグルの戦い方は、やはり緑の瞳の騎士と似ている。

 ただ真っ直ぐに、正確に、力で押してくる剣だ。

 若さが表れるのか、緑の騎士よりは乱雑な剣筋だが、その分手数も多くパワーが強い。

 サラは、リグルの剣の威力に、じりじりと後退していった。


 慣れない剣を使っているというハンデは同じ。

 先に剣を使いこなせた方が、勝利を掴むはず。

 サラの選んだ剣の魅力は、軽さと長さ。


 サラは、緑の騎士と戦ったときに思いついた、もう一つの方法を試してみようと思った。


 リグルの剣筋を、ある程度見極めたところで……。



『今だ!』



 サラは、両手で強く掴んでいた剣から、そっと左手だけを離した。

 剣を握る右腕を手前にし、体はリグルに対して半身に。

 その姿勢になったことで、剣の攻撃範囲が一気に半分に削られる。


 サラは、そのまま体を数センチ後方へ反らせた。

 前髪と鼻先にかする距離で、振り下ろされたリグルの大剣。

 まさに紙一重だった。


 次の瞬間、つま先に力を入れて前へ踏み込み、思い切り右腕を前方へ伸ばす。

 サラの剣先が、背の高いリグルの喉元へ届いた。



「まいった……」



 その黒い瞳に悔しさを滲ませて、リグルは呟いた。


 * * *


 試合が終わると同時に、リグルは別人のように穏やかな表情になった。


「いや、黒騎士……お前強いな! こんな細っこいのに、どこからあんな力が出るんだ?」


 闘技場の脇に並ぶベンチに腰掛け、サラは遅い朝食をとっていた。

 試合を見守っていたリコが「お疲れさまでした!」と、タオルと合わせて差し出してきたものだ。

 当然リグル王子の分は無く……サラは、マネージャーと交際するサッカー部キャプテン気分を味わった。


 もしかしたら、これを作ってくれたのはリコ自身かもしれないと思いつつ、サラは微妙な味のサンドイッチにかぶりつく。


 リグルはといえば、味を感じる余裕など無さそうだ。

 さっきから、ものすごい興奮っぷりでサラに話しかけてくる。


「お前の師匠って、あの幻の勇者なんだろ? 会場に来てたってのは聞いてたんだけど、アイツとも手合わせしたかったなあ」


 リグル王子も、国王や他の王子たちと同じく、サラが出会ったことのないタイプの男性だった。

 サラと話しているようで、きっとサラのことは考えていない。

 考えているのは、自分がいかに強くなるかだけ。


 リグル王子を動物に例えると……うん、秋田犬だ。


 そう思うと、でかい男が尻尾をフリフリしているようで、カワイク見えないこともない。


「リグル王子には、師匠がいらっしゃるんですか?」

「ああ……お前も良く知ってるヤツだよ。バルトだ」


 名前を言われて首を傾げたサラに、リグルは武道大会の審判長だったヤツと言った。

 そういえば、バリトン騎士はそんな名前だったかもしれない。

 バリトンとバルト、どっかで混ざっちゃったのかな?


 しかし、この国の戦士たちは、引退が早いのだろうか。

 魔術師ファースが気まぐれに出て行ったのは仕方ないとしても、バルトはまだ若そうに見えたけれど……。


「騎士団長というのは、筆頭魔術師と同じように指名制で引き継がれるんですか?」


 サラが素朴な疑問を口にした途端、和やかな空気にピシリと亀裂が入った。

 急に表情をキツクした秋田犬……ならぬリグルは、サラから目を反らすと、遠くを見つめるように言った。


「黒騎士……お前、騎士のこと、何も知らないんだな?」


 サラは、もそもそとサンドイッチを噛みながら、何も言わずうなずいた。


「だったら仕方ないが……ここでは魔術師って言葉は出さない方がいいぜ? あいつらだって、我慢の限界なんだからな」


 先ほどまでギャラリーをしていた騎士たちが、訓練に勤しむ様子を見つめながら、リグルは呟いた。

 サラは、意味が分からずきょとんとする。



「前騎士団長のバルトが引退したのは一昨年……魔術師にやられたせいだ。あいつら、絶対許さねえ」



 先ほどサラに負けた瞬間より、もっともっと悔しげに、リグルは顔を歪ませた。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 国王様の魔手から、サラちゃん何とか逃れてました。アレク様のかけた男避けお呪いの効果だったのかも。ホッ。この話では、サラちゃん一途純愛路線ですからねっ。いくら国王様が迫ったって、ムダムダムダ……です。作者はイエスフォーリンラブ、ですが……。今回、久々黒騎士モードでリグル王子とのラブラブガチンコバトルデート! 誰がなんと言おうと、これはデートですよ! それにしても、バトルシーンがこんなもんで済むって何て楽チンなんでしょう。といってもちょっと文字数取ったので、甘ラブは次回に持ち越し。ゴメン。

 次回、急展開です。テレレレッテッテレー♪ サラちゃんキラキラ度UP! トキメモ度UP! サラはリグル王子を手に入れた。……という感じです。

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