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第三章(6)国王と魔女

 さすがに国王相手では、サラもすんなり面会とはいかなかった。

 近くの空き部屋を借りて、コーティと2人時間をつぶすことになり、サラは……また乙女の妄想をたんまり食べさせられた。


 そろそろ吐く寸前というところで、救いの神ならぬノックの音。


「失礼いたします」


 銀色の長い髪を揺らしながら入ってきたのは、国王の側近美女だ。


「あらためまして、サラ姫様にはご挨拶を。私のことは、月巫女とお呼びくださいませ」


 姿形も見目麗しい女性だが、一番心惹かれるのは、美しい髪だった。

 彼女が動くたびに、月の光がキラキラと部屋中に振りまかれるようだ。


 サラは、思わずその髪に触れようと手を伸ばしかけ……ギリギリのところで自重した。

 最近の自分は、とにかく危ない。

 美味しそうな獲物を見ると、すぐに手を出したくなってしまう。

 なるべくアニマルモードにならないよう、サラはブツブツと念仏を唱えながら自戒した。


 サラの葛藤に気づいているのかいないのか、月巫女は「サラ姫様のみ、こちらへいらしてください」と無表情で告げた。



 サラが連れてこられたのは、王の間ではなかった。

 隣接する、王のプライベートスペース。

 開かれたドアをくぐると、目の前には立派な大理石のテーブルがあり、サラが思わず目を瞠るほどの豪華なフルコースが並べられていた。


「やあ、サラ姫。待たせて悪かったな」


 まさか、サラを待たせた30分程度で、これだけのゴージャスディナーを用意するとは。


 驚き、そして笑顔に変わるサラの表情を見た国王は、いたずらがまんまと成功した子どものように笑った。

 嬉しいサプライズに、サラは上機嫌で席へとついた。


 いつの間にか、月巫女は姿を消していた。


 * * *


 テーブルマナーもさほど気にせず、楽しい食事だった。

 さすが国王の食事だけあり、日本で食べた有名フレンチを超えるほどハイレベルな味だ。

 サラは満悦し、フォークとナイフを置いた。


「ご馳走様でした! とっても美味しかったです」

「そうか、良かった。テーブルを片付けてから、茶を淹れよう」


 本来なら侍女がするべき仕事を、今日は国王が手ずから行った。

 あの国王がホストとして動いてくれるという贅沢感が、サラの乙女心をくすぐる。


 ああ、悪くない。

 ていうか、最高。

 お姫さま扱いって、こんなに心地良いものなんだな……。


 頬をほんのり染め、ふわふわした気持ちで、サラは目の前でかいがいしく働く国王を見つめた。


 国王は、クロル王子と似ていると言われれば、確かにそうかもしれない。

 日に焼けた肌と、長めの前髪、そして立派なヒゲに隠れているが、国王は相当の美形だ。


 そして、顔かたちの造作が霞んでしまうくらい、目力がスゴイ。

 国王の瞳は、魔術師ファースの灰色の瞳と同じくらいの威圧感がある。

 鳶色の瞳が瞬きするたびに艶めいて、サラは目を逸らせなかった。


 国王が指輪をはめた右手を軽く振るだけで、手際よくテーブルの食器をまとめワゴンに並べていく、風の精霊たち。

 作業は流れるように、スピーディに行われる。

 サラは目の前のマジックショーに、感嘆のため息を漏らした。


 この国の王族は、けっこう1人で何でもやるタイプなのかもしれない。

 ひらひらとエイのように飛んできた濡れタオルが、キュキュッとテーブルをふきあげる間に、国王は部屋に備え付けのミニキッチンに立ち、サラにお茶を入れてくれた。


「この茶は、庭園の花を乾燥させて作ったものだ。今度庭園を見に行ってみるといい」


 お湯を注いで1分ほど待ち、ポットの茶葉が充分開いた頃に、国王はサラのカップにお茶を注いでくれた。

 差し出されたカップからは、少し甘い花の香りが立ち上る。

 サラはうっとりと目を閉じて、香りを堪能してから、お茶を一口飲んだ。

 口腔内から心の中へと広がる香りの効果で、先ほどまで考えていたややこしい問題が、解けて消えるようだった。


 サラが「美味しい」と吐息を漏らすと、その様子を正面から見つめていた国王も笑みを浮かべる。


 しかし、途中まで一般貴族としてそこそこ庶民的な暮らしをしてきたという王子たちはさておき、この国王までもがそんなことをするとは不思議だ。

 しかも、ルリ姫のお茶に負けないくらい、このお茶も美味しい……。


「国王様も、ご自分でお茶を淹れたりされるのですね」


 サラがぽろりと漏らした疑問に、国王はカップの湯気の向こうで微笑んだ。


「俺も若い頃は、町で1人貧乏暮らしをしていたからな」


 その台詞に、サラは驚いた。

 また口の中のお茶がスプラッシュマウンテンしそうになったが、なんとか気力で飲み込んだ。


「ええっと……王様が、町で1人暮らしですか?」


 しかも、びんぼーって言ったよね?


「何を驚くことがある? サラ姫だって、つい先日まで町で暮らしてきたのだろう?」


 確かにと納得しかけたサラだが、慌てて首を横に振った。


「それとこれとは話が別ですよ。お忍びで遊びに行くくらいならともかく、1人暮らしって……」


 普通なら、許されないはずの行為だ。

 危険も伴うだろうし、側近たちが止めないはずがない。


 サラの疑問に、国王は質問で返してきた。


「サラ姫は、俺のことを何も知らないんだな?」


 その台詞に、サラはがっくりと肩を落とした。


 ええ、私は単細胞なミドリムシです。

 何も考えず、ただべん毛で動いてます。


 軽く落ち込むサラに、国王は自らの生い立ちを語った。

 英雄と言われるようになった、その理由を。


 * * *


「元々、俺は王位を継ぐつもりはなかった。俺よりずいぶん優秀な弟が居たからな」


 少し冷めかけたお茶のポットを、国王は大きな両手で包み込んだ。

 魔術で温め直し、サラにお代わりを注ぎながら、唇の端を上げて形だけの笑顔を作った。

 本当に楽しそうな表情しか知らなかったサラは、初めて見る国王の冷笑に驚いた。


「正確に言うと、俺は弟に頭が上がらなかった。こんなことも全部、弟に強要されてやり始めたことだった」


 きっかけは、ささいな兄弟げんか。

 優秀な兄と常に張り合おうとする勝気な弟は、けんかの中で一生消えない傷を負ってしまったという。

 兄が、自らの溢れる魔力に気づかなかったせいで。


「それ以降、俺は弟の家来……いや、奴隷のように過ごしていたな」


 自分だけが罪を背負うなら、それでも良かった。

 しかし、自分の卑屈な態度がますます弟の心を壊し、関係を悪くしていくことに気づいた。

 病に伏せる両親も、完全に弟のいいなりだった。

 いつしか弟は時期国王と呼ばれ、こびへつらう輩がとりまき、苦言を呈する者は失脚させられた。


「あれはもう、20年近く前のことだ。衝動的にこの王城を飛び出した俺は、しばらく身分を隠して町に隠れ住んでいたんだ。あの”自治区”にな」


 しかし、弟の追っ手がやって来て……俺は森に逃げ込んだ。

 自殺するつもりはなかった。

 ただ、生きるのに飽いていたのは確かだった。


 真剣に耳を傾けるサラに、国王は問いかけてきた。


「森に入ると、何が起こるかは知っているかい?」


 なんとなく、とサラが答えると、国王は苦しげに眉根を寄せた。


「森で突きつけられるのは、自分の弱さだ」


 繰り返される、あの日の映像……。

 俺の魔力が暴走し、幼い弟を襲うあのシーン。

 血飛沫を浴びて立ち尽くす俺に、弟が「痛い」と泣きながらすがり付いてくる。


 父と母を病に落としたのが弟ではないかという疑惑も、俺はずっと見ない振りをしてきたんだ。

 父王も王妃も、やせ細った体で「お前のせいだ」と叫びながら、俺を攻め立てた。

 その後、家族も部下も国民も、なにもかもが死体となって、俺に襲い掛かってきた。


 彼らの体はぐちゃぐちゃに溶け、俺を覆いつくしながら叫んだ。


 お前のせいで、この国は滅びるのだと……。


 * * *


 悲痛な告白に、サラは息もできなかった。


 ふと気づくと、テーブルの上には固く握られたいかつい拳が2つ。

 こんなところも、クロル王子と似ているなと、サラは思った。


 サラはそっと立ち上がり、テーブルを回って向こう側へ。

 クロルにしたのと同じように、国王の大きな手を包むと、その指を1本1本ほぐした。

 国王はその手のぬくもりに驚き、鳶色の瞳を細めてサラを見つめた。


「王様、でもこの国はとても豊かで、私は町の人たちが幸せに暮らしているのを知っていますよ」


 サラの澄んだ声が、国王の胸に染み渡る。

 ありがとうと呟くと、サラの手を握り返したまま、国王は話を続けた。


「森で苦しんだ俺を救ったのは、唯一信頼できた……姉の存在だった」


 あなたは、誰にも縛られることはない。

 ただ、好きなことをすればいい。

 いつか、この城を出なさい。

 そして、もっと広い世界を見てきなさい。


 そういって、俺の背中を押してくれた、優しい人。


「気がつくと、俺は森の中央の”神殿”と呼ばれる場所に居た」


 トリウム国で行われる5年に一度の武道大会は、ある伝説がモチーフになっている。

 それは、精霊の森の神殿に辿り着けた勇者は、たった1つだけ願いを叶えることができるというもの。


「そこで俺は……」


 夢見るように語っていた国王が、ふと我に帰ったように瞳の力を取り戻す。

 強く握り締めていたサラの手を、すまないと言って離した。


 サラは、うっすらと残った太い指の痕をチラリと見つめると、大丈夫と首を横に振る。

 座ったままの国王は、そんなサラのしぐさを見てほっと息を漏らし……再びうつむいた。


「ずいぶんと話が反れてしまったな。俺は森の神殿から生きて戻り、それゆえ”英雄”と呼ばれるようになった。その後、国民の後押しを受けて、国王の座についたというわけだ」


 国王の脇に立ったまま、サラはその柔らかい髪を見つめていた。

 この人が下を向く姿は、なんだか似合わない。


 その理由はきっと……。


「あの……弟さんは、どうされたんですか?」


 王弟などという存在は、この国に着いてから聞いたことがない。

 国王の両親が亡くなったことは、想像がつくけれど。


 顔を上げた国王は、サラ姫はずいぶん聴き上手だなと笑い……ギュッと目を閉じると、激白した。


「弟は、俺が帰ってからすぐに、死んだ」


 半ば予想していたものの、国王のあまりにも悲痛な声色に、サラは動揺した。

 前髪に隠されたその表情を確認しようと、ひざをつく。


 国王の瞳は固く閉じられ、その目の縁には光る雫があった。



『弟は、魔女に殺されたんだ』



 サラの心は”魔女”の言葉にも揺るがなかった。

 ただ目の前の英雄が見せる涙を、見たくないと強く願った。


 サラは両腕を伸ばすと、国王の柔らかい髪に触れ、その逞しい体を腕の中に引き寄せていた。


 * * *


 ああ、神様。

 なぜ自分は今、こんなところでこんなことをしているのでしょう?


 正気に戻ったサラは、自分のとった行動が信じられず、固まっていた。


 この腕の中に居るのは、あの偉大で立派で英雄な、国王様だ。

 サラを突き放すこともせず、じっと抱かれるままになっている。

 こんなところも、クロル王子にそっくりだ。

 ただ、この王様は洋猫ではなく、でっかいゴールデンレトリバーだが。


 もじもじするサラに気づいたのか、腕の中の国王はくすくすと笑い出した。


 サラは真っ赤になって、腕を解き、体を離した。

 この人は、すぐ立ち直っていたに違いない。

 そのまま何もせずじっとして、サラのことを試していたのだ。


 サラがブルーの瞳で睨みつけると、国王は楽しそうに声をあげて笑った。

 そして、目尻に浮かんだ涙をぬぐうと、椅子から立ち上がり、立てひざをついたままのサラを軽く抱き上げた。

 小さな子どものように抱っこで立ち上げてもらったサラは、ますます顔を赤くする。


 国王は、サラを抱き上げた腕をそのままに、耳元に唇を寄せた。

 そのとき軽く触れたヒゲが、サラの頬をくすぐったが、告げられた内容に気をとられてそれどころではない。



「魔女は……今ここにいる」



 まさかと表情を曇らせたサラに、国王は思い切り甘く、優しく、ささやいた。



「今ここに……俺の心を盗んだ、可愛い魔女がね」



 逞しく大きな腕が、今度はサラの体を包み込んでいた。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 はい、トキメモ! あー……もうやだ。なんだコレ。恥ずかしすぎる。国王様ゴメン。本格的な幼女趣味キャラに仕立て上げてしまいました。サラちゃん的には年齢差ロリコンライン内なのでOKということで……。さて、精霊の森はホラー映画体感装置でした。そんなとこが本当にあったら、作者はできるだけ遠くへ逃げます。一目散です。妹ちゃんことコーティなんて、あっという間に兄にやられて「ノーー!!」と叫んでグチャッとなってジエンドになりそう。オエップ。あと、魔女って誰だよという話ですが、それはこの先ちょっとずつ。

 次回は、トキメモ最後の一人リグル王子とデート。場所はもちろんアソコです。サラちゃん、久々の男装&バトルでストレス発散?

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