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第三章(4)クロル王子の隠れ家

 すっかり打ち解けたルリ姫がサラの部屋を出た直後、リコが到着した。

 お昼前には王城へ着いていたものの、女性魔術師から念入りに身体チェックを受けたため、遅くなってしまったそうだ。


 2日ぶりの再開を喜ぶリコだったが、サラの待遇や男装解除の理由を聞くと、一気に顔色を青ざめさせた。


「サラ様、結婚と言われても、あなたは異界の……その前に、あの盗賊の……ええっ?」


 混乱して目を白黒させながらサラを見上げたリコに、サラは疲れたような諦めの笑顔を見せた。

 リコに少し相談できるかと思ったが、すぐにデリスがやってきて「リコ殿、あなたには早速やっていただく仕事があります」と告げ、有無を言わせず引きずっていった。


 リコの部屋は、デリスの部屋の隣となったそうだ。

 これから厳しい”王妃付き侍女”の訓練が待っているだろう。

 サラは、自分にも厳しい王妃教育が待っていることを忘れ、合掌した。


 * * *


 食事も含めすべてを後宮エリアで行っていたサラに、王城内を自由に出歩く許可が出たのは、リコが到着した翌日だった。

 午前中とお昼は、デリス直々の王妃教育に当てられるのだが、午後〜夜は好きなように過ごしても良いとのこと。

 サラは、どこか腑に落ちないような、誰かに踊らされているような感じがしつつも、与えられた自由にとりあえず喜んだ。


 手回しが良いことに、サラにはお目付け役があてがわれた。

 堅苦しいテーブルマナー授業付きのランチが終わった後、デリスが連れてきたのは、グレーのローブをまとった魔術師の女性。


「後宮を除いた王城内の散策には、この者が付き添います」


 ややくすんだブロンドヘアを持つ、サラより少し年上の落ち着いた女性だった。

 リコと同じく、この王城に勤める魔術師では、一番力が強いという理由で選ばれたそうだ。


「私はコーティと申します。サラ姫様、どうぞよろしくお願いいたします」


 昨日長時間ルリ姫を見ていたサラだったが、コーティのことも別の意味で美しい人だと思った。

 全体的にパーツが薄く、すっきりとした知的な顔立ち。

 控えめな笑みは儚げながらも、笑うと頬に浮かぶえくぼがかわいらしく、親しみやすい雰囲気がにじみ出る。


「よろしくね、コーティ。早速だけれど、どこか面白いところへ連れて行ってくれない?」


 サラの、ある意味姫らしくないくだけた態度にコーティは戸惑ったようだが、すぐに「では、良いところがございます」と言った。

 魔力が強いだけでなく、頭も良い女性なのかもしれないと、サラはコーティのことを好ましく思った。



 長い廊下を歩きながら、コーティは自己紹介をしてきた。


「実は私も、この王城に仕えるようになってまだ日が浅いのです」


 市井で家事手伝いをして暮らしてきたものの、大人になってから魔力に目覚め、王城に魔術師として正式採用されたのはほんの数ヶ月前のこと。


「ずいぶん前に父と兄が亡くなり、その後は体の弱い母を介護してきたのですが、先日その母も亡くなってしまって……住み込みで働ける仕事を探していたので、こうして国に雇ってもらえて助かりました」


 サラは、淡々と語るコーティを横目で見た。

 女性にしては背が高く、サラと目線はほとんど変わらないが、そのときのコーティはなんだかとても小さくか弱い少女のように見えた。


 介護というものは、半端なく大変らしいという知識だけはある。

 いろいろなことを犠牲にしなければならないとも。

 そこまで大事にしてきた家族が亡くなってしまったということは、どんなにショックな出来事だろうか。

 しかも、家族が誰もいなくなってしまったなんて。


 サラの目に映るコーティは、病的なほどに痩せて見えた。

 魔術師の定番であるローブが、体の上でだぶついて、ひらひらと揺れている。

 辛い思いを抱えているのかもしれないとサラは思ったが、深い話に入る前に目的地へ到着してしまった。


「ここが、私の一番好きな場所なんです」


 元々方向音痴のサラは、随分遠くへ歩いて来たということしか分からなかった。

 気づけば、ヒールの踵が引っかかる毛足の長い絨毯エリアから、コツリと足音が響く石畳の塔へと進んでいた。

 人の腕力では微動だにしないだろう、両開きの大きなドアが、コーティの魔術によってで開かれる。


「うわあ……すごい!」


 足を踏み入れたサラは、広い空を見上げるように顔をあげ、感嘆の声をあげた。

 中央が吹き抜けとなった塔の中は、上から下まで全ての壁が、本で埋め尽くされていた。


「ここがトリウム国の、大図書館です」


 本好きのサラは驚喜したが、その直後文字の読めない自分にあらためて気づき、肩を落とした。


 * * *


 5階建ての塔は、一番広い1階が一般書置き場だ。

 月の半分は、市民にも開放される。

 今日は開放日ではないので、人気はほとんど無く静かだった。


 2階以上は、貴族しか手に取ることのできない専門書が並んでいる。

 そして最上階の5階は、王族でもめったに入ることのできない場所。

 魔術師数人がかりの、強い結界魔術で遮られているという。


 サラは「子ども向けに書かれたトリウムの歴史書を読みたい」とリクエストし、コーティに本を何冊か選んでもらった。

 できれば『マンガ・トリウムの歴史シリーズ』みたいなので、ルビ入りの本があれば良いのだけれど……。

 しかし、コーティが持ってきたのは、すべてサラの読めない記号入りの本。

 この世界に、石ノ森章太郎先生は居ないらしい。


 ひらがなしか読めないことを言いそびれ、ちょっと恥ずかしく思ったサラは「やっぱり自分で探してみるね」と、コーティから離れた。


 たまたま調べ物に来ていた貴族が、サラの姿を見てバサリと本を落とすが、サラは気にせずうろうろした。

 カラフルな背表紙の薄い本が並ぶ棚を見つけると、小さな子どもでも届くくらい低い位置にある本を適当に抜いてみた。



『たいようとつき』



 その本は、童話のようだった。

 女神の涙の伝説を思い出したサラは、これにしようと決めた。


 ちょうど肩を叩かれたので、コーティが来たのかと笑顔で振り向くと……。



「こんなところで何してるのかな? 黒騎士サマ」



 そこに居たのは、サラのライバル。

 ルリ姫に似ているけれど、もっともっと嫌味な表情を浮かべた、第三王子クロルだった。


 * * *


 長い階段を昇り、クロルに強引に連れてこられたのは、図書館4階の休憩室。

 といっても、一般市民はもちろん貴族も入ることができない、王族専用の部屋だ。

 特別な呪文を呟いて鍵を開け、部屋にサラを招き入れたクロルは「僕の隠れ家へようこそ」と言った。


 隠れ家の中は、4畳半程度の狭さだった。

 この部屋を作らせたのは僕なんだよと、少年は自慢する。


 黙っているだけで怒っているようにも見える、サラより2つ年下のくせに態度のでかい王子。

 何をしゃべらせても嫌味と自慢にしか聴こえないのは、サラがそういうレッテルを貼ってしまっているせいだろうか?


 小さなテーブルと、折り畳み椅子を2つ並べると、クロル王子はサラに座るよう促した。

 テーブルセットを並べると、もうスペースはいっぱいになる。


 部屋の端には簡易ベッドが置いてあり、枕元にはふせられた本が1冊。

 壁際の小さな棚にはオヤツがぎっしり。

 確かにこの隠れ家は、狭いながらも居心地がいい。


「ちょうど、黒騎士サマと話したいと思ってたんだよね」


 嬉しそうな笑顔だが、どうも作り笑いにしか見えないクロル王子。

 さっきの台詞を聞いてしまったせいだろうか。


 この部屋に着いていくことは許されないと察したコーティは、あっさり「一階入り口でお待ちしていますね」と告げて去っていった。

 クロルは、コーティの後姿を見送りながら言った。


「ふーん。バカばっかりの魔術師にも、多少は気が利くヤツがいたんだな」


 ルリ姫と同じ薄茶色の瞳を細めたクロルは、ツンとすました洋猫のようだ。

 サラは「もしこいつが猫なら、きっと缶詰タイプの餌しか食べないだろうな」と思った。



 クロルは、魔術で水を呼び、炎でお湯を沸かすと、サラに紅茶を淹れてくれた。

 ルリ姫の淹れてくれたものよりは味が落ちるものの、紙コップで飲む紅茶もそれなりに美味しく感じる。


 ふーふーと息を吹き、美味しそうにお茶をすするサラをまじまじと見つめながら、クロルは呟いた。



「まさか、父様が幼女趣味だとは思わなかったよ」



 サラは、昨日の教訓を活かせなかった。


 口に含んだ紅茶を噴出したサラは、小さなテーブル越しのクロルに、思いっきりしぶきを浴びせていた。


 * * *


 サラは、年上だという理由では補いきれないアドバンテージを与えてしまった。

 むっつりと黙り込むクロルに、謝って、なだめて、褒めそやして……土下座寸前でなんとか許してもらった。


「こんな変な女、俺は絶対”お母さま”なんて呼ばないからなっ」


 サラは、スイマセンと呟いて頭を下げた。

 少ない魔力を使って、クロルはもう一度お茶を淹れなおしてくれた。

 口は悪いが、態度は意外と優しい。


「あっ、あとリグル兄にも近づくなよ! 兄さんの相手は僕が見つけるんだからね」


 なんだか昨日とそっくりな展開だなと、サラは内心おかしく思った。


「クロル王子は、お二人が好きなのね?」

「当たり前。あ、でもエール兄も無駄だよ」


 それは、婚約者がいるから。

 昨日、ルリ姫はサラにそう説明したのだが、クロルは違った。


「あの陰険魔術師オヤジが、自分の娘王妃にして、あわよくば自分の孫を国王にしようなんて身の丈完全オーバーな野望抱いてる限りね」


 サラは驚いて、目を見開く。

 昨夜、ベッドの中でサラが推測していたことを、クロルはあっさり告げた。


「ああ、僕が言いたかったのは、さっき一緒に居たあの女も信用ならないってこと。この城の魔術師は全員、黒騎士サマを殺すつもりだと思った方がいいよ?」


 サラは、ぽかーんと口を開けてクロルを見た。

 アホヅラ……と、クロルは内心呆れた。


 決勝トーナメントの黒騎士は、クロルも少し認めるくらいはかっこよかった。

 それ以前に、予選でひと目見たときから、自分はこいつを認めていたんだ。

 さすがに女だとは思わなかったけれど。

 このドレス姿も、男の女装にしか見えないしね。


 クロルがかなり失礼なことを考えている間に、サラは気を取り直した。

 口を引き結び、クロルをブルーの瞳でじっと見据える。

 その表情は、姉のルリをも超えるほどの、鮮烈な美しさだ。

 先ほどまでのアホヅラとのギャップは激しく、クロルは一瞬サラに心を奪われた。


 サラは、パチパチと瞬きをした後、極上の笑みを浮かべた。



「クロル王子って……私の好きなタイプ!」



 その笑顔をしっかり見てしまったクロルは、とっさに目を逸らした。


 心臓の音を、やけにうるさく感じながら。


 * * *


 クロルの性格は、初恋相手の馬場先生に似ている。

 毒舌で皮肉たっぷりだけれど、絶対に嘘はつかない。


「言いにくいこと言ってくれて、ありがとね!」


 不都合な事実を隠そうとする人物が、一番やっかいだ。

 例えば、サラが小学生の頃クラスでいじめられていたときに「先生には言わない方がいいよ」と止めた女子とか。


 問題を無視したり、うやむやにごまかす人間は、何事にも直球なサラとは対角のポジションにあった。

 そんなタイプと同じ組織に入れられれば、ぶつかるのも当たり前だ。

 しかし、その手の輩は「べつに」と何事もない振りをして、表面上の平穏を求める。

 その間に、問題はどんどん進行していくというのに。


 そうだ、今だって問題は確実に進んでいるのだ。

 クロル王子に指摘してもらってよかった。


「クロル王子は、私が誰とも結婚せずに、和平が成り立つと思う?」


 それは、クロルにとっても難しい質問だった。

 クロルが唯一”考えが読めない”と恐れているのが、父王だったから。


「分からないけれど、相当難しいと思うよ。父様が一度言ったことを覆すってほとんど無いから」

「じゃあ、私は誰かと結婚するしかないってことね……正直、誰が相応しいと思う?」


 サラの瞳は、真剣そのものだ。

 このことは、昨夜どんなに考えても答えが出なかった。


 もし国王を選んだら、一番波風は立たないのかもしれない。

 しかし、サラが求めるのは結婚相手ではなく、共犯者だ。

 形だけの結婚をして、和平を成し遂げて、その後サラを解放してくれる人。


 偽装結婚を承諾してくれる相手は、一体誰なのか。

 あの切れ者な国王に、とうていそんな提案が通るとは思えない。


 第一王子エールは、一番王位に近い存在。

 王になりたいという気持ちもあり、婚約者がいるという事実から、サラの提案に乗ってくれるような気もしていた。

 しかし、すでにサラを敵視しているだろう魔術師たちのことを考えると、エールに近づくのはハードルが高そうだ。


 第二王子リグルは、優しい性格という噂だし、サラの頼みを聞いてくれるかもしれない。

 だが、優しい性格ならなおさら、一時でも兄から王位を奪うようなことをするだろうか。


 この目の前のクロルなら、もしかしたら一番話が早いかもしれない。

 でも、彼はまだ13才だ。

 和平が正式に成立するまで、2年待たなければならない。


 あの予言を覆すなら、今がチャンスだ。

 仮でもいいから、一刻も早く和平を成立させたい。

 いっそ、王子たち全員に本音を伝えて、協力を仰いでみようか。


 サラが、自分の考えにのめり込みそうになったとき、クロルがポツリと言った。


「一番国王に相応しいのは……リグル兄だ」


 整ったクロルの表情が、苦しげに歪められた。

 その表情に、クロルの本音が垣間見えた気がした。


「エール兄は、魔術師の手先だ。信用できない。リグル兄は信用できる」


 サラは、テーブルの上で固く握られたクロルの手をとった。

 一瞬泣きそうな顔で、サラを見上げたクロル。

 力の入ったその華奢な指を、豆だらけの指で1本ずつほぐしていく。


 指がほどけて力の抜けたクロルの頭に、サラは手を伸ばした。

 その細く柔らかい薄茶色の髪に触れ、やさしく撫でる。

 やめろと反発するかと思ったクロルは、猫のように目を細め大人しく撫でられていた。


「クロル王子は、とても良い子だね」


 本当は、エール王子のことも好きなんだ。

 本当は、自分の力でこの状況をなんとかしたいんだね。


 王になりたい、エール王子。

 王にさせたい、魔術師たち。


 魔術師を警戒するクロル王子の判断は、なんとなく正しいような気がする。

 このままでは、確実にエール王子とクロル王子は対立するだろう。

 そうなったら、ルリ姫の努力が水の泡になってしまう……。


 とにかく一度、エール王子と会ってみた方がいいかもしれない。


「いろいろ教えてくれてありがとう。私、エール王子と話してみるね」


 サラが笑って立ち上がると、クロル王子は慌てて引き止めた。


「あの、待ってサラ姫!」

「なに?」


 サラの黒いドレスの袖を掴んだクロルは、出会った当初の強気な表情を取り戻していた。


「魔術師のほかにも、注意すべき相手がいる」


 クロルの言葉は刃となり、サラの胸を貫いた。



『この王城には、魔女がいるんだ』



 呆然と立ち尽くしたサラのドレスを離すと、クロルは「国王に近づくときは、呪われないように気をつけて」と皮肉げな笑みを浮かべ、じゃあまたねと立ち去った。


 しばらく隠れ家で佇んでいたサラは、パシンと両手で頬を叩くと、入り口で待つコーティの元へ向かった。


 テーブルの上には『たいようとつき』の絵本が残された。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











サラちゃんとクロル王子のラブラブ図書館デート……というより、商人&悪代官デート? クロル君、皮肉屋だけど良い子です。賢すぎて大人をあまり信用できなくなっちゃったとこもアリ。本音と建前使い分けるタイプの人、作者も苦手。幸いサラちゃんは本音ダダ漏れタイプなので、クロル君もすんなりオープンマイハートしてしまいました。でもまだラブには1歩手前。コーティちゃんは、例の妹ちゃんですね。幸せに……と思ったら、なぜかスパイ活動中?魔女っ子ネタもちらっと出てきましたが、またこの辺はおいおい。

次回、サラちゃん2人目のエール王子とデート。こいつもかなり捻くれてて手ごわいタイプです。普通の女子なら……ですが。

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