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第三章(3)王位を狙う者たち

 王の宣言後、サラの立場は一気に変わった。

 ほんの1日ねぎらわれるだけの勇者から、未来の王妃へ。


 しかも、サラの選んだ相手が次期国王になるというのだから、王城中が上を下への大騒ぎだ。

 サラは自動的に、王城内に軟禁されることとなった。


 * * *


 ここは王城の再奥にある、いわゆる”後宮”にあたる場所。

 男子禁制の、完璧な女の園だ。

 国王には、妻である王妃どころか妾も居ないらしく、暮らしているのは女性魔術師や侍女ばかり。

 ルリ姫や、国王の側近である銀の髪の美女の部屋もある。


 サラは、特別なゲストが泊まる客室に落ち着いていた。

 窮屈なドレス、つま先の痛い細身の靴、お姫様メイクにヘアアレンジ。

 あのパーティから3日連続でそんな格好をさせられ、後宮に閉じ込められている。


 苛立ちを募らせたサラは、そっとドアを開いた。

 首から上だけ出して左右を確認すると、廊下へと身を滑らせる。


 左右に広がったワインレッドの絨毯。

 どちらが城門方面だったかなと、サラがきょろきょろ首を動かしたとき。


「サラ姫様?」


 廊下の角から、お茶の乗ったワゴンを押してやってきたのは、侍女頭のデリスだった。

 ワゴンの車輪をガラガラと鳴らして駆け寄ってきたデリスに、サラはばつが悪そうに口を尖らせて言った。


「あの、私……一度領主館に戻らせて」

「いけません」


 サラの部屋に出入りできるのは、限られた人物のみ。

 若い侍女は入れ替えられ、顔を見せるのは古参の侍女ばかりになった。

 特に侍女頭のデリスは、サラが王妃となるまでの身の回りの世話……という名の、王妃教育に乗り出したようだ。


「でも、私の仲間たちが心配し」

「ご心配なく」


 今日のデリスは、いつもはかけないメガネ付き。

 サラの台詞を最後まで言わせず、曇り一つ無いメガネをギラリと光らせる。

 小柄な老女のくせに、この威厳は一体何なんだろう。

 武道大会のライバル以上のプレッシャーだ。


 他の侍女から噂に聞いたところによると、国王の企みを事前に知っていたのは、このデリスだけだったという。

 それは、単なる侍女頭というだけではなく、この国を動かす影の実力者ということだ。


「じゃあ、リコ……私の連れてきた、ネルギ王宮の侍女だけは呼び寄せ」

「いいでしょう」


 サラは、一瞬否定されたかと思い「あれ?」と小首を傾げた。

 見下ろしたデリスの表情は、少し和らいでいた。


「すでに自治区領主様には、その旨伝えてあります。今日中にも侍女は到着するでしょう」


 サラには、デリスがちゃんと血の通った人間だったことに気づき、パアッと表情を明るくした。

 サラは思わずデリスに抱きつこうとしたが、素早い身のこなしでするりとかわされてしまった。


「サラ姫様。あなたは日ごろから行動が開放的過ぎるようですね。これから徹底的に……」


 サラは、再び冷酷な教育者の表情に変わったデリスに、一歩後退った。

 そのとき、慣れないヒールでドレスの裾を踏んづけ、ぐらりと後方へ体が傾いた。


「サラ姫様っ!」


 倒れつつも、サラは冷静に考えた。

 大丈夫、倒れたところでフッカフカの絨毯の上だし。



『フカッ……』



 ほらね、こんなにやわらかい……。


 やわらか……。


 ん?



「サラ姫様、あなた何をしてらっしゃるの?」



 サラを受け止めたのは、ルリ姫の豊かな胸だった。


 * * *


 サラの部屋に初めてやってきたルリ姫は、部屋の中をぐるりと見回して「狭いし、何も無い部屋ね」と言った。

 2人分お茶の用意をすると、デリスはあっさり下がってしまった。

 サラから見ると、広すぎて落ち着かない一流ホテルスイート並の部屋に、感じの悪いルリ姫と2人きり。


 妖精ルリ姫は、いつも淡い色の華やかなドレスを好むようだ。

 黒でシンプルなドレスが並んだサラ用のクローゼットを勝手に開けて「あなたって、ずいぶん陰気な色を好むのね」と呟く。


 それを用意したのは国王ですよとサラは言いかけ、とっさに口を噤んだ。

 この国では、国王は神と同等。

 国王のことを貶めるような発言は禁句と、初日の夜にデリスから何度も何度も言われていた。



 一通り室内チェックを終えたところで、ルリ姫はサラの座るテーブルの対面に腰掛けた。

 ルリ姫が歩く姿は、百合の花のようだ。


「ところで、サラ姫」

「はい……なんでしょう?」


 まだ湯気の立つティーカップを摘んだ指の細さ、美しく磨かれた爪に、サラはうっとりと見とれる。

 ちょっと真似して、優雅にお茶を飲む振りをしたサラだが、自分の手はまだまだ戦う者の手。

 全体的には細身なものの、関節がごつごつと太く、固くなった手の豆も目立つ。


 でも、この指を、あの人は好きだと言ってくれた……。


 サラが懐かしむように微笑んで、紅茶を口に含んだとき。



「それにしても……お父様は、幼女趣味なのかしら?」



 ルリ姫の言葉に、サラは口の中の茶を思い切り噴出した。

 お茶がドレスの裾にかかり、悲鳴を上げるルリ姫に、サラはゲホゲホとむせ返りながらゴメンナサイと言った。


 * * *


 デリスが飛んできて、簡単に染み抜きしてから……またルリ姫と2人きり。

 先ほどより何倍も気まずい気持ちで、サラは淹れなおしてもらった紅茶をすする。

 飲んでも飲んでも、喉が渇いて仕方ない。


 ルリ姫は、明らかに不機嫌な表情だ。

 そんな顔も可愛らしいと思えてしまう。


「まったく、あの黒騎士様がこんな失礼な小娘だなんて……信じられないわっ!」


 サラは、もう何度目かのゴメンナサイを繰り返した。

 なんなら今すぐにでもこのドレスを脱いで、クロゼットにしまってある着慣れた戦闘服に着替えて、この城を出てもかまわないのだが。

 しかし、まだバリトン騎士から黒剣を返してもらっていないので、城を出るに出られない。


 もしかしたら、黒剣は人質……モノ質にされているのかも。


「黒騎士様ならって、少し思っちゃった自分がバカみたい……」


 眉間にシワを寄せながら、ぶつぶつと独り言を呟いていたルリ姫は、残った紅茶をぐいっと飲み干すと、立ち上がってサラに指を突きつけた。


「とにかく、私はあなたがお父様と結婚するのは反対! ついでに、リグル兄さまもダメ!」


 サラは、ルリ姫の剣幕に驚きつつも、言われた内容を咀嚼する。

 ルリ姫は、王と第二王子のリグル様が好きなんだな。

 なんだか素直で可愛い人だ。


 サラより1つ年上の16才というルリ姫は、神秘的な見た目と違って中身はとても女の子らしい。

 一気に身近に感じたサラは、うんうんと孫を見守るおばあちゃんのようにうなずいた。


「ルリ姫は、お二人が好きなのね?」


 サラの言葉に、ルリ姫は白い頬を染める。


「そうよっ、2人は絶対にダメ! でも、エール兄様にはずっと昔から婚約者がいらっしゃるの。クロルはまだ13才よ。成人するまでは結婚できない。それ以前に、クロルは国王なんてめんどくさいポジションに興味がないの。だから、あなたには相手がいないということになるわねっ。王妃の座は諦めて、とっとと国へ帰ってちょうだい!」


 一気にまくし立てると、強気に微笑んだルリ姫。

 次の瞬間には、大きな瞳を見開いて「少し……言い過ぎたかしら?」とか細い声で続ける。


「でも、私は謝らないから!」


 ちょっと涙目で頬をぷくっと膨らませたルリ姫が、あまりにも可愛らしくて。

 サラには、あのスイッチが入ってしまった。


「では、ルリ姫。あなたが私の国へ来てくれますか?」


 ルリ姫の前に跪き、その小さな左手を取ったサラは、当たり前のようにその手の甲に口付けた。

 初めて受けた求婚の口付けに、高鳴る鼓動。

 めまいを起こしかけたルリ姫を真っ直ぐ見上げるのは、きらめくブルーの瞳。


 まるで、あの日の黒騎士がここに居るようだった。

 とてつもなく強いあの魔術師を倒し、流れる汗をぬぐいながら、自分のことを見据えた彼が。


 二人は、しばらく姫と騎士として見詰め合っていた。

 サラがルリ姫の手を離すと同時に、耳の先まで真っ赤になったルリ姫は、絨毯の上にペタリと座り込んだ。


 * * *


 サラはまた1人、少女をたぶらかしてしまったらしい。

 言いたいことを言い、部屋を出ていくかに思えたルリ姫は、本格的にサラの部屋に居座った。


「別に、あなたのこと嫌いとか、追い出したいわけじゃないのよっ。誤解しないでよねっ!」


 自ら紅茶のお代わりを注ぐルリの頬は、少しピンクに染まったままだ。

 なんだかだんだん、この王女が逞しく見えてきた。

 サラは、お茶を一口飲むと、その芳醇な香りに驚き「とても美味しいです」と微笑んだ。


 サラの視線を避けるようにうつむいたルリ姫は「そりゃ、お茶はずっと私が淹れる担当だったんだから……」と、怒ったような口調で呟く。

 その返事に違和感をもったサラは、尋ねた。


「王女様が、お茶を淹れられる担当なのですか?」


 花嫁教育の一環なのだろうか?

 不思議そうなサラの表情を見て、ルリ姫はようやく平静を取り戻したようだ。


「あなた、この国の王族について、何も知らないのね?」


 サラが素直にうなずくと、ルリ姫は「じゃあ教えてあげるわ」と、高飛車に言い放った。



「もともとお父様……国王は、ずっと独身なの。なぜか結婚されなくて。私も含めて王位継承者は皆、王の姉の子ども。私の本当のお父様は、普通の貴族なのよ」


 ルリ姫が語ってくれた話は、サラの知らないことばかりだった。


 国王の姉である王女は、恋仲になった一般貴族の男性へ嫁いで、3人の男の子と1人の女の子を産んだ。

 その貴族は、ちょうど国境エリアを所有地としていたことが悲劇となった。

 クロル王子が産まれた年に、父親は戦死。

 4人の幼い子どもを抱えた王女は、王城へ戻ってきたものの、しばらくして不慮の事故で亡くなってしまった。


 それから数年かけて、国王は側近たちを説得し、4人の子どもを自分の養子とした。

 正式な王位継承者として教育がスタートしたのが、第一王子エールの成人直前。

 ルリ姫が8才になる頃だったという。


 黒髪の父の血を強く受け継いだ兄2人は、魔力と武力を。

 栗色の髪の母に似た妹と弟は、知恵と美貌を。


 それぞれ才能と魅力を兼ね備えた4人は、徐々に王城内の反対派の心を溶かしていった。


「今まで、王位を継ぐのはエールお兄様というのが、暗黙の了解だったの」


 15才の成人を迎えたときから、警護をするという名目で王の傍へ寄り添い、帝王学を学んできた長兄。

 しかし、国王はまだ充分若く、この先実子をもうけないとも限らない。

 穏やかなように見える王城内は、次期国王の座を巡り、いくつかの派閥へと分かれたという。



 まずは、高齢の侍従長を筆頭とした、国王派。

 侍従長は、国王になんとか結婚してもらおうとさまざまな策を練ってきたが、すべて失敗に終わったらしい。

 特にこの数年は、国王の側近であり”月巫女”と呼ばれる銀の髪の女性との仲を取り持とうと画策してきたそうだ。


 第一王子エールを押すのは、魔術師団。

 現在、魔術師長の娘が、エールの婚約者におさまっている。

 魔術師長は、国王が引退するタイミングで自分の娘をエールと結婚させ、王妃とする腹づもりだ。


 第二王子リグルを押すのは、騎士団。

 しかし、第二王子は「エール兄を次期国王に」と公言しているため、表立った活動はできていない。

 誰にでも気さくに接するリグルは、国民や王城内のファンも多いので、騎士団はきっかけさえあれば彼を担ごうと狙っている。


 第三王子クロルを押すのは、文官庁。

 まだ成人前ながら、恐ろしい知略を用いてネルギ軍を撃退していくクロルに、誰もが心酔している。

 若い頃の国王に容姿が似ていることもあり、2年後の成人を待ちかねるている人間も多いという。


 * * *


 一通り説明し終えたルリ姫は、ふっと吐息をつき、冷めかけたお茶を飲んだ。


「なんて、けっこうドロドロした状況なんだけれど、私たちはそれなりに仲が良いのよ? 定期的にお茶会もしているしね」


 頭の中で話を整理していたサラは、慈しむような瞳でルリ姫を見つめた。

 なんとなく、彼女のポジションが分かったから。


「ルリ姫……あなたはずっと王子たちの間に入って、気を使ってこられたのですね?」


 父の死とともに王族となったルリ姫が、なぜお茶汲みを続けてきたのか。

 それは、3人の兄弟をお茶に誘うためだったのだろう。

 王位継承者となっても、兄弟が1つの椅子をめぐり憎しみ合うことがないように。


「そっ……そんなこと、私は考えてなかったわよっ! ただ、みんなが私にひどいことを言うから……」


 ルリ姫だけは、女だから要らない。

 早く大陸へ嫁いだ方がいい。

 あの森が、これ以上増殖する前に。


 心無い声を思い出し、悔し涙を滲ませたルリ姫の肩を、サラはそっと抱き寄せた。


 王城にいれば、優雅に楽しく暮らせるなんて嘘だ。

 ルリ姫の味方は、残された兄弟だけだった。

 だから、争って欲しくなかったのだろう。


 サラの胸にもたれかかったルリ姫は、夢見るような表情でささやく。


「お父様が、ルリに”大陸へは行かないでいい”って、言ってくださったの……」


 自分もワガママを言って、結婚していないのだからと。

 いずれ好きな男を見つけるまで、いくらでもここに居たらいいと。

 大陸から届いた”妖精”を所望する手紙を、すべて捨ててくれた。


「あとね、リグル兄さまが、いつもルリを守ってくれたのよ」


 無意識に自分をルリと名前で呼ぶルリ姫は、無垢な少女そのものだった。

 その背にサラの温かい手のひらを感じ、ルリ姫はいつしか自分の胸のうちをすべてサラに吐き出していた。


「だから私、決めてるの。絶対にリグル兄さまみたいな強くて優しい人と結婚するって」


 この世界では、ちょうど結婚適齢期を迎えているルリ姫。

 先日の武道大会を、誰よりも胸ときめかせて見守っていたらしい。


「もしもあなたが男だったら……ううん。リグル兄さまとはタイプが違い過ぎるわね」


 少し泣いてしまったことをごまかすように、照れ笑いしたルリ姫は、サラが見てもドキドキするような可愛らしさで。

 この笑顔を向けられては、どんな男でもイチコロなのではないだろうか。



 そう、例えばあのカタブツな男でも……。



 サラの頭に、リグル王子に雰囲気の似た1人の剣士の姿が浮かんだが、それは無いかと慌てて打ち消した。


 * * *


 その頃、領主館の道場では、訓練を終えたカリムが「ヘクチッ!」と大きなくしゃみをした。


 カリムは、寂しがったサラが自分のことを思い出しているのかもしれないと、ポジティブな勘違いで1人胸を熱くしていた。

↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











 サラちゃん、ちょいツンデレなルリ姫とのラブラブタイムでした。この回のテーマは、王城内のどろどろ派閥説明……あーめんどくせ。もういいじゃん、じゃんけんで決めればさー。と、王様も思ってサラちゃんに放り投げたのかも。この状況でサラが決定権を持ったら、誰がどう出るかもう分かりますよね? あっちこっちで持ち上げたり足ひっぱったり、権力拡大を狙う側近たちも大変です。王子たちもなかなか難しい立場になりそう。妄想中のカリム君が一番幸せってことで。あ、サラの元に移動中のリコが一番幸せかな?

 次回から、本格的トキメモ始まります。まずは誰のところへ行こうかな〜。一番落としにくそうなアイツにするかなっ。(←ゲームくりえ痛ー)

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