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第三章(1)暴かれた秘密

王城内の大ホールには、5年前をはるかに超える人数が集っていた。


「先日の武道大会は、本当に凄かったなあ……」

「ああ、私は直近の5回分を見ているが、盛り上がったという意味では今回が一番だ」


残念ながらトトカルチョには破れてしまったが、と貴族男性が言うと、話を聞いていた仲間の貴族たちが次々と彼に同意の握手を求めにやってきて、最後は大きな笑い声が上がった。


 * * *


このパーティに参加できるのは、身元の確認できる貴族のみ。

ほとんどが、武道大会を観覧した顔ぶれだった。

騎士や魔術師、政治を動かす文官たちも顔をそろえている。


国の重鎮がこれだけ揃うシチュエーションは、5年ぶりということもあり、久しぶりに顔を合わせる者どうし、思い出話や武道大会の話に花が咲く。


音楽隊や雑用を行う侍女たちも会場脇に控え、王城の料理人が腕を奮った食事などの準備もすでに整っている。

足りないのは、王族たちと、全員が待ち焦がれるあの勇者だけだ。


武道大会を見た者や、パレードに参加した者たちは、黒騎士の華麗な戦いと優美な振る舞いについて、一部誇張を交えつつも止まらないおしゃべりに興じていた。


「静粛に!」


王族専用の入り口ドアが開かれ、カツリと杖の音を立てながら現れた老齢の侍従長が、しゃがれながらも威厳のある声で叫んだ。

20名からなる音楽隊が、国歌を演奏し始める。

やがて王族たちが登場した。



まず現れたのは、国王ゼイル。

よほど上位の貴族でなければ、顔を拝むことも叶わない人物だ。

今日は機嫌が良いのだろうか、射抜くような鳶色の瞳は細められ、たくわえた髭の下の厚い唇がかすかな笑みを浮かべている。


王が壇上に立つと同時に、音も無く現れた巫女が、王の1歩後ろに控えた。

一度も切られたことはないだろう銀色の髪は腰の下まで伸ばされ、シャンデリアの光を受けて輝いている。

はかなくも美しいその存在に、誰もが目を奪われてしまう。

彼女がもしも王の隣に立ったなら、誰もが王妃としてふさわしいと認めるだろう容姿だ。


重厚な国家の演奏に歩調を合わせながら、次々と会場に入ってくる、3人の王子。

王の左隣から、筆頭魔術師である第一王子エール、騎士団長の第二王子リグル、未成年だがいずれ文官長になる第三王子クロルが並んだ。

純白のドレスに身を包んだ、妖精のように可憐な王女ルリは、少し遅れて王に駆け寄りその右隣へ。


王族全員が揃ったところで、音楽はフェイドアウトした。

会場に居た数百名は、間近で見る王族たちの麗しい姿に、ほうっと吐息を漏らした。


 * * *


厳かに進むように思えた祝賀式だったが、侍従長の挨拶を遮るように発せられた国王の一言で、全てがぶち壊しになった。


「本日は、堅苦しいことは抜きだ!皆大いに飲んで食べて、この喜びを分かち合おう!」


ワッと歓声が上がり、音楽隊が再び演奏を始めた。

予定にはない無礼講宣言に、侍従長が顔を赤くして王へと駆け寄ってくる。


「王よ!これだけの人数が集まる中、このような……」

「よいよい、今宵は何も起こらぬわ」


なあ巫女よ?と振り返った王に、巫女は涼やかな髪を揺らし一礼する。

控えめながらも恐ろしい魔力のこもった巫女の視線を受け、侍従長は沈黙した。

笑わない巫女と対照的に、国王はくっきりした二重の下の鳶色の瞳を輝かせ、やんちゃな少年のような笑みを浮かべている。


宣言後すぐに、堅苦しい上着を脱ぎ捨てた第三王子クロルは、いつものように兄へと擦り寄った。

次兄リグルは背が高いため、爪先立ちになり、こそこそと内緒話を持ちかける。


「なあ、リグル兄、今日の父様は何か変じゃない?」


クロルの顔立ちはあまりにも整いすぎて、怜悧な刃物のような冷たい人物と良く言われるが、リグルから見た弟は充分感情表現が豊かだ。

リグルは素直に自分を慕ってくれる弟を、目の中に入れても痛くないほどかわいがっていた。


「ねえ、リグル兄様、今日のお父様ってちょっと変よね?」


少し遅れてルリが駆け寄り、クロルと反対側の耳に、同じことを話しかけてきた。

可愛い弟と妹に左右から見あげられ、リグルは仕方なく国王へと歩み寄る……と見せかけて、長男であるエールの元へ。


力の強い魔術師の証である、その美しく長い黒髪に隠された耳元に囁くのは、弟たちと同じ台詞。

だが、語尾に少し迷いが滲んだ。


「なあなあ、エール兄、今日の父様は何か変……なのかな?」


剣を打ち合うことだけに神経の全てを使うリグルにとって、このような腹の探りあいはもっとも苦手とする分野だ。

何か困ったことが起これば、筆頭魔術師として、また王の後継者として常に王の傍にいるエールの意見を聞いてみるというのは、リグルの常套手段。

弟たちも、直接エールに聞けばよいものを、なぜかいちいちリグルを通すものだから、伝言ゲームのように話がややこしくなるケースもままあるのだが。


「さあな。俺には国王の考えることは分からないよ」


兄弟の中で1人だけ、父王のことを”国王”と呼ぶエールは、かなり生真面目だ。

そんなところも尊敬しているリグルなのだが、時には融通がきかない堅物とも思えてしまう。

素直に感じることを言ってくれればいいのに、確証がないことはすべて言葉にせず飲み込んでしまうのだ。


じっと熱い視線を送っても、上着の袖についているピラピラした布飾りをツンツン引っ張っても、クールな表情を一切変えない兄。

リグルは、王をチラリと見るものの、直接話しかける勇気は出ず、すごすごと元の位置へ戻った。


何の収穫も得られなかったリグルに、グラスを掲げたクロルが「リグル兄さんの無駄足に乾杯」と嫌味を言った。

クロルより少しだけ背の高いルリは、クロルの手にしたグラスを奪い取ると、口の達者な弟を睨みつけた。


「クロル、生意気なこと言ってるならアンタがお父様に聞いていらっしゃいよ!」

「嫌だね。だったら魔女でも誑かして聞き出す方がマシー」

「ちょっと、こんなところで魔女なんて言葉出さないの!」

「いいじゃん、陰で言われるより本人に聴こえた方が」


きょうだい喧嘩を始めかけた2人を、兄が諌めるのもいつものパターン。


「クロル、人の悪口を言うのはやめろと何度言ったらわかるんだ?」


リグルのバトルスイッチが入り、クロルの柔らかな頬が恐怖に引きつる。

慌てて逃げようとするが、兄に武力で勝てるはずもなく、あっさり捕まってしまった。


「いてっ!」


栗色の髪に隠されたおでこの真ん中を狙って、リグルの太い指が弾かれた。

暴力反対と呟くクロルの猫ッ毛頭をくちゃくちゃにかき回し、こめかみにグリグリと拳骨が当てられて、ようやく兄の制裁が終了する。

しょうがないわねと、涙ぐむ弟の乱れた髪の毛を手ぐしで整えるルリ。


1匹の大型犬と2匹の猫がじゃれあうようなやり取りを、横目に見ながら苦笑する兄エール。

現在、兄弟とは少し距離を置いているエールだが、一緒にふざけあっていた幼少期を懐かしく思い返すくらいには仲が良い。


国王は、王子たちやゲストの様子を盗み見ながら、これから起こるハプニングに彼らがどんな顔をするかが見物だなと、こっそり笑みを漏らした。


 * * *


宴もたけなわというタイミングで、国王の耳に侍従長からある言葉が告げられた。

国王が無言でうなずくと同時に、侍従長は音楽隊へと合図を送る。


ホールに響き渡ったのは、勇者のパレード時にも演奏された曲。


貴族たちは、今夜のメインゲストの登場に胸躍らせた。

パーティ会場に来ていた、黒騎士のオッカケである上位貴族の少女とその母親も、試合後に初めて見る黒騎士の姿を待ちわびながら、ホール前方の壇上にある王族用入り口ドアに注目していた。


興奮していたのは、王子たちも同じだ。

あの試合を、あの龍を目の前で見せられて、意識しない者はいないだろう。


「あーあ、あのときリグル兄が止めなきゃ、僕も大金せしめてたのに」


1人リラックスして呟くクロルだが、名指しされたリグルも、他の兄弟たちも、それを構っている余裕はなかった。



第一王子エールの脳裏には、あの巨大な黄金の龍が鮮やかに蘇る。

魔術師ファースの力を誰よりも良く知っているからこそ、あの男を倒した黒騎士への畏怖は強かった。

王を守るための結界を強めながら、エールは黒騎士が現れるドアを凝視した。


第二王子リグルは、黒騎士の流れるような美しい剣さばきをイメージする。

うまく行けば、手合わせするチャンスが作れるかもしれないと、気分を高揚させてドアが開くのを待った。


魔力も武力も少ない第三王子クロルは、兄2人ほど黒騎士に興味は持てなかった。

自分が生まれる頃にこの国を出て行ったという、伝説の魔術師ファースへも、特別な感情は無い。

ただ普段と微妙に違う王の態度から、何か面白いことが起こるのかもしれないと感じ、氷の微笑を浮かべた。


王女ルリの心は、張り裂けんばかりだった。

もしかしたら、黒騎士が望むものは、自分の存在かもしれない。

優勝直後、こっちを見ていた気がするし。

彼に求婚されたらどうしよう……と、乙女な妄想で胸を高鳴らせていた。



「今大会の勇者、入場!」



侍従長の張りのある声で、勢い良くドアが開かれた。


 * * *


勇者を迎える演奏は、すでに終わっている。

先ほどまでの喧騒が嘘のように、ホールは静まり返っていた。


ドアの向こうは薄暗く、15才にしては小柄な黒騎士の姿は、闇に隠れて見えない。

黒い服を着た人物が、少しずつ光の中へと歩んでくるのを、観客たちはもどかしい思いで見つめていた。


初めに声をあげたのは、王女であるルリ。



「え……ええーっ!」



慌てて手のひらで口元を押さえたが、もう遅い。

この場に侍女頭のデリスが居たら「姫様、なんとはしたない!」と睨まれるだろう失態。

エールがルリに注意しようと口を開きかけ……そのまま表情を固める。

リグルは、意味が分からず「え?女装?まさか?」と呟いた。


クロルだけは、王の意図を察し……淡いブラウンの瞳を好奇心にきらめかせた。



黒く柔らかな羽が散りばめられた、瀟洒なドレス。

広く開いたその胸元には、大粒のダイヤをあしらったネックレスが光る。

スレンダーな体に張り付くような光沢のある生地が、細い腰の位置から下はフワリと広がり床へ流れる。

短い髪は白い花の髪飾りでまとめられ、まるで長い髪を結い上げたように見える。


なにより際立つのは、透けるように白い肌。

雪の中に咲く一輪の花のように、紅をさされ艶めく唇。


誰一人、目を逸らせなかった。

頬をうっすらとピンク色に染めながら、うつむき瞳を伏せてゆっくりと会場に入ってきたのは、まぎれもない……美しい少女だった。

しかしその顔は、ここに居た全員が知るあの人物に他ならない。


少女は王の前まで歩むと、貴族たちを背にし、王へと向き合った。

深く一礼した後、スッと顔を上げ、ブルーの瞳を真っ直ぐ目の前の人物に向けた。



「本日は私のために、このような会を開いていただき、どうもありがとうございます」



鈴が鳴るような軽やかな声が、ホール全体に響いた。


遠目に見ていた黒騎士ファンの少女は、母のドレスの裾を強く掴み、ショックに気を失いそうになるのを必至で堪えた。

母親は、お気に入りの扇子を、パサリと床に落としたことにも気付かない。

他の貴族たちも、唖然として目の前の美少女を見つめている。



「ようこそ、勇者よ。本日はゆっくりとくつろぎ、愉しみたまえ!」



国王は、いたずらが成功した少年のように、声を上げて笑った。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











暗黒天使サラちゃん登場シーンでした。というか、この回は王子&姫の紹介がメインだったのですが、どんな感じか伝わったかしら。なんかもうキャラ増えすぎて……あー、どうしよ。もうちょい各キャラの描写入れようかと思ったけど、苦手……いや、展開スピード考えて、まあオイオイってことで。(そのうち誰か絵師さんと仲良くなって、キャライラストでも描いてもらいたいけど……今は空想力で補ってくださいまし……)今回の会話で、予選を見てたのが誰だったか分かりましたよね。仲良し設定なリグル&クロル君でした。妖精ルリ姫ちゃんは、妄想乙女……作者の思うとおりに動いてくれるナイスキャラです。ちょっぴり黒騎士に憧れてたのに残念。

次回、サラちゃんの正体ドーン!お願いエイッ!そんで……またみんなビックリージャンボな展開になる予定です。もちろんサラちゃんは覚悟してる、例の話ね。

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