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第一章(4)異界のサラ姫

無邪気で残酷なワガママお姫さまが出てきます。ごく軽いんですが、暴力描写苦手な方はスルーしてください。

頬を打つ強い衝撃。

何度も、何度も、手加減なく打ち付けられ、サラは痛みとともに目覚めた。


「あら、ようやく起きたのね」


せっかくの顔を潰すところだったと、彼女は笑った。

鈴が鳴るような澄んだ笑い声。

サラが、本当に楽しいときに笑う声と、同じ。

いや。


サラは、目の前で楽しそうに笑う少女を凝視した。

これは自分だ。

では、ここにいる自分は誰だ?


  *  *  *


「突然呼び出して、ごめんなさいね」


ひとしきり笑って気が済んだのか、少女は上目遣いにサラを見上げた。

今になって、サラは頬以外にも体が痛いことに気が付いた。

体が、重い。

自分の意思で動かせない。


その理由は、すぐに分かった。

両手首には、太い鎖がまきつけられ、腕を開いた状態で壁に固定されている。

少し動かすとジャラリと音がして、手首にじくじくと痛みが走った。


「暴れないでね。あなたの体に傷をつけたくないの。なるべく」


少女は、サラの頬をそっとなでた。

形良く伸ばした爪で、キーッと頬の皮膚をえぐるように。


この少女は、自分を傷つけることを躊躇しない。

今までに感じたことのない恐怖の中で、サラはとにかく状況を確かめようとした。


目をきょろきょろ動かすと、そこは薄暗い6畳ほどの小部屋だった。

四面の壁に1本ずつ、ろうそくの炎がゆらめいている。

そして、目の前の少女の後ろには、黒いフードを目深にかぶった小柄な人物がいた。

童話に出てくる魔法使いのように、曲がった腰と、床についた木の杖。

その杖の先端、朱色の床の上には、円形によく分からない文字が書き込まれた図が描かれている。


ここは、魔法や呪いをかける部屋なのだ。

自然に体がぶるりと震えて、サラの腕の鎖が鳴った。


  *  *  *


サラが何かを理解するのを感じたのか、目の前の少女は嬉しそうに後ろを振り返った。


「ん、大成功ね!さすが私の魔法使い!大好き!」

「ありがとうございます、姫さま」


うつむいて姿勢を変えないまま、聞こえるか聞こえないかの小さな声で返事をする、魔法使いといわれた老人。

その声は、男か女かも判断できない、しゃがれた声だった。


はしゃぐ少女は、瞳を輝かせながら、サラの顔を覗き込んできた。

ふわりと、少女がつけている香の匂いが鼻をくすぐる。

この陰惨とした、生ゴミをはるかに超える嫌な腐臭が漂う部屋には、そぐわない。


少女の身なりは、姫と呼ばれるそのものだ。

やや胸のあいた、純白のやわらかそうなドレス生地に、細かいピンク色の花びらが幾重にも重ねられたデザイン。

スカートのすそはふんわりと広がり、ウェディングドレスのように豪華だ。

そして、黒髪は高く結わえてまとめ、後れ毛をくるくるとカールさせて頬に散らせている。


少し化粧をしているものの、顔立ちは毎日鏡で眺める自分そのもの。

違うのは、ただ1点。

瞳の色が、少女は黒いだけで、サラのように青みがかかってはいない。

光の加減でそう見えているのだろうか。


そんな細かいことに気をとられていると、少女は少し落ち着いたのか、サラに向かって得意げに話し始めた。


「国中からね、私に似ているって女を捜したのよ。でも、全員だめだったの。ちっとも似てない。それなのに似てるって言われていることが悔しくて、全員目を潰して贄にしちゃった」


「姫さま」と、しゃがれた声がいさめるように響いた。


少女はごめんなさい、と可愛らしく舌を出した。


  *  *  *


話が理解できない。

頭のなかで、何度も、少女の話をリピートしてみるけれど。


「ちゃんと話すわね。私はサラ。この国の王女です。サラ姫と呼んでね」


すっとスカートの端をつまみ、小首をかしげるようにお辞儀をした彼女は、とても愛らしい。

なのに、その黒い瞳に見つめられるだけで、全身を寒気に包まれ鳥肌が立つ。


「私の国、ネルギ国は砂漠の端にあるの。砂漠って、水が無いと生きていけないでしょ?だから水がたくさん出るっていう隣国のトリウムが欲しいなって」


サラ姫は、サラを見ているようで、見ていない。

夢見るような瞳で、可憐に微笑みながら話し続ける。


「お兄さまに言ったら、国民も魔術師も頑張ったけどやっぱり無理で、逆にそろそろこのお城のお水も足りないっていうの。私、お風呂に花をたくさん浮かべるのが好きだから、困るのよね」


だから、思ったの……


トリウムの王様を、直接殺しちゃえばいいんだって……


いつの間にか、サラ姫の手の平が、サラの頬に触れていた。

ぼんやりと、頭に霞がかかったように、サラ姫の姿がにじみ、投げられた言葉がぼやける。

脳の処理が追いつかない。

でも、意識を失うほどではない。


「あら?あなたって……魔法が効かないのね?」


サラの言葉が、急にくっきりと響いてきた。

何かをされかけたんだと気付いたものの、サラにはどうすることもできない。


後ろにたたずむ魔法使いに同意を得るようなしぐさをして、魔法が使えないんだったらはずしてあげると、サラ姫はサラの手首をきつく縛り上げていた鎖をほどいた。

途端に力が入らなくなった足が崩れ、サラは朱色の床にへたり込む。


紺色が美しかった新しい高校のセーラー服は、黄土色の壁に何度もこすり付けられて、薄汚れていた。

赤黒くアザになった手首にも、指や胸元にも、パパたちからもらった誕生日プレゼントのアクセサリーは、1つもない。

テディベアもいない。


「この者は、異界から呼び寄せましたゆえ、魔力をもたぬのも道理かと」


老人の声に、サラ姫はぷうっと頬を膨らませる。

黒い瞳が、狂気にきらめいてサラを睨みつけた。

思わずサラが身をすくめると、サラ姫は「まあいいわ、これだけそっくりなんだし。許してあげる」と、あっさり視線を外した。


ホッとしたサラが、あらためて首周りや手首を気にし続ける姿を見て、サラ姫は「そうだ、あなたの世界の宝飾品、なんだかみすぼらしいから捨てちゃったわ」と笑った。


  *  *  *


いろいろなことが一度に起こって、サラの思考はそろそろ停止寸前だった。

放心状態のサラを見て、サラ姫は小さい子どもを諭すように、自分の立場を繰り返し伝える。


「もう1回言うわね。お父さまが寝込んでらっしゃって、お兄さまはお忙しいの。そろそろお城の水が足りないから、戦争はやめにして、譲ってくださいってお願いしてみることになったの。でもサラは行きたくないの。だから、身代わりになる子を探したのよ」


でもこの国には見つからなくて、私の魔法使いに頼んで異界から呼び寄せてもらったのよ。

サラ姫が、嬉しそうにはしゃいで言った、その時。


「サラ!ここを開けろ!」


男の鋭い声が響いて、奥の扉がガタガタと音を立てた。


「お兄さま!」


頬を赤く染めたサラ姫が、勢い良く扉に飛びついて、鍵を外した。

飛び込んできたのは、背が高くシャープな顔つきの剣士だった。

右手に大降りの剣を持ち、その刃がろうそくの明かりを跳ね返してギラリと光る。

剣士は殺気のこもった視線をサラに向けたが、一瞬でその殺気は消えた。


「サラ……が、2人?」


サラを見つめ、剣を持たない左腕に絡みついたサラ姫を見て、またサラを見て、を繰り返す。

2人を見るたびに、余裕の無い厳しい表情が徐々に崩れ、穏やかに変わっていくのが分かった。


「カナタ王子、わたくしが召喚した、サラ姫の身代わり、異界の姫でございます」


魔力がありませぬゆえ手枷は外しておりますと、魔法使いが独り言のように小さな声で呟いた。


  *  *  *


「ダメじゃないか、大きな術を使うときは、先に報告しないと。何があったのかと心配したぞ」


王子ははぁっと大きなため息をつくと、左腕に絡み付いて子犬のように擦り寄るサラ姫の頭をなでた。


「でも大成功だったわ!この子を私の変わりにトリウムに行かせればいいのよ、ね?」


上目遣いでおねだりするサラ姫の腕をほどくと、王子はサラに近寄って、片膝を床についた。

剣はサラに向かって水平の向きで床に置き、右手は左肩に。

形式ばっているが、優雅な雰囲気の王子がするとはまってしまう。


王子の姿は、サラが子どもの頃に読んだ、アラビアの童話に出てくる王子そのもの。

やや長めの黒髪にかかった、宝石つきの髪飾りが、端正な顔立ちの王子をより華やかに彩っている。

衣装は、白くたっぷりした布を巻きつけたような、不思議なデザインだ。

水が少ない地域で、洗濯がしやすいデザインなんだろうかと、サラは関係ないことを思った。


「異界の姫よ。このたびは、我が妹のわがままに巻き込み、申し訳ございません。我が名はカナタ。ネルギ王国の第一王子です。あなたのことは、私が責任を持って無事にもとの世界へ」

「なりませぬ!」


ドンと床を突く杖の音と、老人のしゃがれ声が、王子の声にかぶさった。

サラは、老人が大きな声を出せることに驚きながらも、実はこの魔法使いの老人はかなりの力を持った人物ではないかと思った。

その声から、年齢とは関係ない、何か力強いオーラのようなものを感じた。


「この召喚には、サラ姫の命を」


その一言だけで、カナタ王子の顔色は青ざめ、柔和な表情はこわばった。

ばかなことをと呟くと、眉根をよせて苦しそうにサラを見つめた。


「サラを、妹を今失うわけにはいかない……異界の姫よ、申し訳ありません。この国を救うことにご助力いただきたい。理由は後日ご説明いたします」


そうでしょ。そうするしかないでしょ?


くすくすと笑い声が響いた。

自分と同じ声。

でも違う声。



それからサラは、”異界のサラ姫”と呼ばれることになった。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











落ちたらイタタタ・・・な展開でゴメンナサイ。床の色が朱色の理由は、イタイことがあっても掃除しないでいいからです。でも匂っちゃうけどねー。

王子&姫表現、ちょい手抜きました。風景とか衣類とか顔立ちとか、あのへんの細かい描写ちょっと苦手ですけどみたいな?ジェットコースターストーリー目指してますけどみたいな?

で、次回はサラちゃん、ちょっとずつ立ち直っていきます。最初どん底ならあとは上がるだけ。

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