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第二章 閑話4 〜魔術師ファース君の受難 part2〜

この日、市場通り沿いの露店は、一時閉店を余儀なくされた。

といっても、店主たち自身もパレードを見たいのだから、商売どころではない。


周囲を警備の騎士たちに囲まれ、華やかに飾られたパレードの馬車がゆく。


「黒騎士様ーっ!」

「おめでとうございますっ!」


沿道から投げられる花びらが雪のように降り注ぐ中、サラは隙の無い少年騎士の笑みを浮かべていた。

車上から身を乗り出したサラは、あたかも本物の王子に向けられるような熱い視線に、ありがとうと応えて手を振る。

麗しいその姿に、嬌声をあげ、鼻血が出るほど興奮する少女たちを、警備の騎士たちは苦笑しつつも丁寧にケアして回った。


以前から道場へ通っていた少女たちは、そんな熱狂から一線引きつつクールに行動していた。

馬車の向かう先に大きな荷物を持った人物を見かけると「黒騎士様へのプレゼントはこちらへ!」と声をかけてまわる。

ある程度プレゼントを回収すると、集合場所となっている果物店前へと集まって情報交換。


「けっこうな数集まったわねえ……」

「こんなときに、黒騎士様に直接お渡ししようなんて、迷惑って分からないのかしら?」

「ていうか、簡単に黒騎士様に近づけるなんて、大間違いよね!」

「これからのことも考えて、きちんとルールを決めましょうよ」


うんうんと同意しあう少女たち。

こうして自然発生した黒騎士ファンクラブだったが、その後町中の少女を巻き込む大きな組織へと変わっていくのだった。



商店主や、少女の親などの大人たちも、プレゼント回収に協力した。

サラが近くを通過するときは、まるで我が子を見るように愛情いっぱいで見送った。

果物屋の店主など、立派になって……と涙ぐんでいる。

その涙には、明日の桃の売り上げアップ確定という、喜びの涙もちょっぴり含まれていた。


その後根強く続く黒騎士ブームにより、果物店の売り上げが伸び続けた結果、2号店が自治区にオープンするのは近い未来のこと。



自治区の住民たちは、少し離れた高台からパレードを見下ろしていた。

黒騎士の姿は、豆粒程度にしか見えないが、観衆の熱狂っぷりは充分伝わってくる。


身なりもガラも悪い自治区の住民たちは、さすがに間近で見物するわけにはいかない。

こうして格差を感じるとき、必ず恨みつらみの気持ちが募ったものだが、今はそうでもない。

城下町の住民にも、差別をしない人間が居ると知ったから。


なにより、領主であるアレクが、明日道場で黒騎士の祝勝会を開いてくれるというし。

きっとこのパレードより、黒騎士と密接に触れ合えるに違いない。

自治区の住民でよかったと、彼らは初めて自分たちの境遇を喜んだ。


 * * *


市場通りのすぐ傍に立ち並ぶ街路樹。

何の変哲も無い1本の木の上に、黒いフード姿の男が座っていた。

灰色の髪はフードに、灰色の瞳はメガネに隠されている。


「いやー、すごいなあ」


周囲にその声が聴こえず、存在も気づかれないのは、男が魔術で街路樹と同化しているからだ。

この魔術を見破れるのは、たった1人しかいない。

その1人はあの騒ぎの中心にいるのだから、当然木の上の男には気づかない。


今朝早く出発しようとした魔術師だったが、最後にもう一度サラの姿を見たいと思ってしまった。

光の良く似合う、強く美しい少女。

残念ながら、自分には捕まえることはできなかった。


「ま、俺にはお前がいるしな」


なあ、チョビ?


魔術師が胸のポケットを撫でると、小さく「ピュッ」と声がする。

チョビというのが、サラのつけた龍の真名だ。

どういう意味かは分からないが、変な響きであることは間違いない。


チビ龍自体は、その変な名前が気に入っているようだ。

名前を呼べば嬉しそうに応えるチビ龍に、魔術師はそれなりに愛着がわいてきていた。


祝福の花を受けるサラの後姿が、少しずつ遠くなっていく。

その輝く黒髪を瞳に焼き付けると、魔術師は心の中でじゃあなと呟いた。


「さあ、そろそろ行こうか」


あの森へ……



『ピュイッ!』



「えっ……」



その日、パレードを見ていた観衆の一部は、世にも奇妙な光景を目撃した。

1本の街路樹の枝が、ものすごいスピードで空を飛び、北の方角へ消えて行ったのだ。


多数の目撃者が居たものの、何か被害があったわけでもなく、1つの怪異現象として片付けられた。


 * * *


城下町から光の速度で飛んできた、1本の木の枝。

精霊の森の入り口に墜落すると同時に、それは人間の姿へと変わった。


魔術師ファースである。


しばらく土の上に倒れていたが、胸の奥で「ピスピス」となにやら悲しげな泣き声がするので、仕方なく起き上がった。

マントの土ぼこりを払いながら、魔術師は胸に向かって低い声で呟く。


「ああ……ちょっと強引で乱暴だったけどね、怒ってないよ?」


ただこれからは”加減”というものを学ぼうね?


ひくひくと口の端を引きつらせながらも、魔術師はなんとか笑顔を作った。

まだ手乗りサイズなチビっ子のくせに、こんな馬鹿げた力を持つこの龍を、どうやって調教するか……

頭を抱えたくなった魔術師だが、ぴゅーぴゅーと謝るような鳴き声に最後は折れた。


「ま、ずいぶん時間短縮できたってことは、褒めてあげよう」


魔術師が、胸からお守りを取り出そうとしたとき。

聴こえたのは、かすかな人間の足音。


こんな危険な場所に来るような物好きは、いったい誰だろう?


足音は時折乱れながらも、駆け足を崩さない。

森へと続く小高い丘を登って現れたのは、1人の女だった。


「待って……お待ちください!」


背中まである長いブロンドの髪を振り乱し、何度か転んだであろう汚れた服のまま、なりふり構わず駆け寄ってくる。

必死の形相から、敵ではないと感じるものの、ファースの知る人物でもない。

武道大会を見た熱烈なファンだろうか。


「ファース様っ……!」


訝しげに目を細める魔術師に近づいた女は、力尽きたのかその場に跪く。

はあはあと荒く息をしつつも、顔を上げ、ファースを真っ直ぐに見た。


「ここに……森の入り口にいれば、お会いできると思っていました」


年の頃は、20才くらいだろうか。

知的なブラウンの瞳を持つ、美しい女だ。

魔力の強さは、女の髪を見ればある程度分かるが……


魔術師は、そっとメガネを外す。

アレクに突っ返されたものとは対になる、もう1つのレアアイテム。

それは、常に人の魔力が見えてしまうという魔術師の特殊能力を遮蔽してくれる、便利なメガネだった。


外したメガネを手の中で器用に回しながら、魔術師は尋ねた。


「キミは、何者だい?」


この国でも、5本の指に入るだろう大きな魔力を持つ女。

しかし、王城にこんな女が仕えていた記憶は無い。

もちろん、大人になって魔術の能力が現れるというケースもあるのだが。


「私、はっ……」


女は座り込んだまま、魔術師を見上げ瞳を潤ませた。

少し日に焼けた頬に、一筋の涙が流れる。

知らない女が泣いたところで、魔術師は特に思うことも無く、むしろ貴重な時間をとられる嫌悪感が先にたつ。


「5年前、あなたに、救われた者です……」


人助けをするような聖人君子で無いことは、魔術師も自覚している。

いったい何のことやらと首をかしげる魔術師に、女は涙を流しながら語った。


 * * *


女は、5年前に魔術師が殺した剣闘士の妹だった。


兄である剣闘士は、昔から自分の力を誇示し、家族に暴力を振るっていたこと。

その暴力を止めようとした父親は、打ち所が悪く死んでしまったこと。

残された母と妹の2人は、長い間家に軟禁され、兄の暴力に怯えながらの生活だったこと。


自治区で生まれ育った魔術師にとっては、特に珍しい話ではなかった。

冷めた目で話を聞いていた魔術師だったが、女の方は話しながら感極まっていく。


「兄が死んでから、母と私はようやく人間らしい生活を取り戻しました。しかも、ファース様から多額のお金をいただいて……本当に、なんとお礼を言ったらよいか」


その後、女は学校に通い始め、魔術の才能が開花したのだという。


「実は、母が……先日病気で亡くなり、私は一人身になってしまいました」


女の頬は上気し、ほんのりと赤く染まっている。

魔術師を、特別な存在として見ていることは、その表情ですぐに分かった。

一瞬俯いた女は、ややくすんだ金色の髪を揺らしながら立ち上がると、決意を込めて魔術師を見上げた。


「私をどうか、ファース様のおそばにっ」

「キミには、無理だよ」


覆いかぶせるように告げた魔術師は、初めて女と視線を合わせた。

感情のまったく表れない、冷酷な瞳。

女は、生温い夢から覚めたように表情をこわばらせ、魔術師から1歩身を引く。


「この森にこれ以上近づいたら……死ぬよ?」

「な……ぜ……」


再び崩れ落ちた女に、魔術師は告げた。


「キミは、兄への恨みを消せない。一生引きずっていくだろう」


その言葉は、まるで予言のように、女の胸に染み込んだ。


「死をも乗り越えられる強さがあるなら……付いてくればいい」


キミには無理だろうけれどねと言い捨て、魔術師は森へと歩き出した。

女の嗚咽が、徐々に遠ざかっていった。


 * * *


森へと向かう魔術師の心に浮かぶのは、輝くブルーの瞳と太陽のような笑顔。

光の精霊に愛される、稀有な少女だ。


「彼女が同じことを言ったら、俺はどうしたんだろうなあ」


どんなに理不尽な思いをしても、彼女は決して人のせいにしないだろう。

逆境も自分の糧とし、自力で這い上がり、勝利を掴むことができる。

そう、あの少女なら精霊をも手懐け、この森を抜けられるはず。


もしそうなったら……と考えかけ、ありもしない夢だと気づいた魔術師は、フッと自嘲する。


大陸に戻れば、恐ろしくやっかいな状況が魔術師を待ちかまえているはず。

この閉ざされた狭い半島に、戦争という名の種を蒔いたのが何者なのかは分からないが、現在大陸に起きている事態とは比べ物にならない。


彼女なら、あの狂った世界を変えられるかもしれない。

だが、連れて行くことはできなかった。


『これで2度目よ。10年もかけて貴方は、一体何をなさってらっしゃるの?』


勝利の報酬を得ることもできず、こうして手ぶらで帰る自分を容赦なく罵倒する、あの女の声が聞こえる気がする。


5年後に、またチャンスは来る。

しかし、自分の力で、それまで持ちこたえることができるのか?



『ピュイッ!』



「ああ、そっか。お前がいたんだな」


魔術師はマントの裾から手を入れ、胸ポケットのお守りを取り出した。

お守りから飛び出した金色のチビ龍は、気遣うように魔術師を見つめると、その頭の上にするりと移動した。

おかげで頭のフードが外れてしまい、魔術師は眩しい日差しに目を細めた。

チビ龍はおかまいなしに、ふんわりと柔らかな魔術師の髪の上でくつろいでいる。


気が強くて、生意気で、ふてぶてしくて……すんなりと自分の心に入り込んでしまうところも、産みの親にそっくりだ。

くすりと笑った魔術師は、頭の上のチビ龍に、優しくささやいた。


「俺と一緒に、戦ってくれるかい?チョビ……」


『ピューッ!』


勢い良く応えたチビ龍が、パフッと炎を吐き出した瞬間。



「アッ……アチチィッ!」



魔術師の前髪がチリチリと燃える。

チビ龍は、慌ててその口からダバッと大量の水を吐いた。



「つっ……冷てーっ!」



できあがったのは、チリチリパーマにずぶ濡れの男が1人。


その後しばらくチビ龍は、狭くて暗いポケットの中に軟禁されることとなった。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











チビ龍に振り回されて、ドリフな魔術師君……もうドS返上ですかね。普通キャラの妹ちゃんにはかなりSなんだけど。妹ちゃん、貴重な普通キレイめ女子キャラなので第三章に登場予定です。見も知らぬアシナガ魔術師に憧れアドベンチャーラブでしたが、あっけなく撃沈。DV男サイテーなので、妹ちゃんには幸せになってもらう予定です。チビ龍の名前は、もちろんあの名作動物マンガから。伏線風のこと書きましたが、大陸で何が起きてるのか……全く考えてません。きっとチョビが才能キラキラさせたり、時に身内にダメージ与えたりしながら、サラちゃんバリに活躍することでしょう。さらば魔術師君。合掌。

次回、ようやく第三章入ります。まずはパーティでご対面の準備から。トキメモ展開予告してましたが、あまり校舎内ウロウロさせずに、あっさり帰宅させつつ進めてこうと思います。

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