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砂漠に降る花  作者: AQ(三田たたみ)


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第二章 閑話3 〜指さえも〜

夕方になり、パーティこと取調べ会はお開きとなった。

名探偵サラは、クタクタの体を引きずるように、会場を後にした。


まるで一日プールで遊んだ後のように、全身が重くけだるい。

サラは、頭脳労働の疲労は肉体労働に値するなと、あたかも自分が事件を解決したかのようにうなずいた。

「年取ると疲れが2日後に来るのよねー」という、馬場先生のところの愉快なおばちゃん看護士松田さんの声が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。


疲れた様子のサラを見て、家まで送ると申し出てくれた城門の騎士を丁重に退け、サラは王城を背に歩き出したが……

瞳に映る風景に、見過ごせない違和感が一つ。


「なあ……出てこいよ」


サラの低い声に、飄々とした態度で現れたのは、天邪鬼を返上した魔術師。


「なんで見破られちゃうかなあ」


どうやら、近くの街路樹に擬態するという魔術を使ったようだが、サラには通じなかった。

お腹に「わたしは木」と書いた熊のことを思い出して、サラは笑った。


魔術師は、グレーの瞳を眩しそうに細めながら、サラのことを見ている。

試合の後から、彼はこんな表情をすることが多くなった。


「送ってくれるつもりだったんだろ?行こう」


サラの誘いに、魔術師は嬉しそうに微笑みながら駆け寄って、隣に並んだ。

背の高い魔術師とサラ、並んだ二つの影が親子のようにデコボコで、サラは少し背伸びした。


 * * *


日が翳り、薄暗くなってきた自治区を、魔術師はさも自分の庭のようにサラをリードしながら歩いていく。

なんか暑いなーと呟いてはずされたフードの下の灰色の髪が、ふわりと風になびいた。

不思議とサラの周りの空気も涼しくなったように感じる。


単に日が傾いたせいかもしれない。

でも、魔術師がさりげなく放った風と水のコラボ魔術のカケラが、サラにもちょっぴり効いているのかもしれないなと思った。


出会って、きちんと言葉を交わしてから、まだたったの2日。

サラはこの魔術師と、もっともっと長い時間を一緒に過ごしたような気がしていた。



魔術師の態度がハッキリと変わったのは、いつからだろう。

自分が女とバレたときだろうか?


あのとき胸を触られたのは不可抗力だった。

サラは、減るもんじゃないし、何より触って楽しいものではまったくないだろうしと気にせずにいた。

試合の後、魔術師は「ゴメンネ」と謝ってくれたし。

冗談で「責任とって嫁に」とも言っていたが、薄皮が切れた程度だから痕が残るようなことはないはずだと、サラは笑ってスルーした。


試合前の魔術師なら、絶対そんなことは言わなかっただろう。

「避けられなかったお前が悪い」くらい言ってきたはず。


いや……もしかしたら魔術師は、わざとあんな態度を見せていたのかもしれない。


見方を180度変えれば、手を抜いていたように見える戦い方も、理解できる。

サラに、到底叶わない相手だと思わせて、早めにギブアップさせたかったのではないだろうか。

実際、サラ以外の対戦者は、そのパターンで自ら勝利を手放した者ばかりだった。


この仮定が正しければ、決勝戦の最中サラに告げた「傷つけないように注意していた」という言葉は、皮肉ではなく本音だったのかも?


試合の序盤、あえて魔術を使わず武力での戦いを挑んだのも……

通常、魔術による攻撃は、結界などの防御魔術でなければ防げない。

サラの特殊能力を知らなかった魔術師は、もし魔術を放てばサラを傷つけてしまうと考えたのかもしれない。


サラには見えなかった水龍が、本当はただの幻だということも、試合後こっそり聞かされた秘密だ。

森の精霊の力を使って人の恐怖心を操り、幻影を見せるという特別な魔術だという。

肉体的には一切傷をつけないが、前回大会で死んだ男のように、恐怖心が強ければそれが仇となり、命を奪うこともある。


試合後に「キミなら大丈夫だと思ったよ」と、魔術師は少し儚げに微笑んだ。


 * * *


サラは「少し遠回りだけれど」と、桜並木の散歩道へ魔術師を誘った。


夕暮れの桜並木は、人気が無く静かだった。

サラは、チラリと魔術師の横顔を盗み見た。

夕日を受けて、少し眩しそうに細められたグレーの瞳は、澄んでいてとてもキレイだ。


「この街も、ずいぶん変わったなあ」


魔術師は、ポツリと呟いた。

故郷への想いが滲み出るような、やさしい声色だった。


「俺、捨て子だったから、この自治区で育ったんだよね」


突然の告白に、サラの胸は大きな音を立てた。


アレクが来る前までは、随分荒れていたというこの自治区。

魔術師がいつから王城へ勤めるようになったのかは分からないが、ナチルのように過酷な経験をしたのだろうとサラは思った。

人が強くなるには、それなりの理由があるのだ。


魔術師の横顔を見上げながら、かける言葉を探していたサラは、また1つの誤解に気付いた。

サラからしつこく「願い」を聞き出したように、魔術師は5年前のアレクにも同じ質問をしていたという。


深読みかもしれないけれど、5年前アレクにあんなことを言ったのも、本当はアレクに優勝して欲しかったから?

アレクの望みをすぐに叶えたくて、優勝を選ぶ方へと追い詰めた?


そうだとしたら、この人はなんて不器用な人なんだろう……


本人に「あなた本当はイイヒトでしょ?」と尋ねたところで、まともな答えは返ってこないだろう。

でも、こっそりサラを送ろうとした態度1つで、もうバレバレだ。

サラは、浮かびかけた涙をごまかすように、明るい声をあげた。


「この道に桜を植えるの、私が提案したんだよ!」


花が咲くのはもう少し先だけれどと、サラは女の子の声で言った。

魔術師は破顔し、サラの頭をポンポンと叩く。

まるで子どものような褒められ方に、サラは少しくすぐったい気持ちになった。


魔術師は鼻歌を歌いながら、サラの隣をゆっくりと歩いていく。


合わせられた歩調が、やけに嬉しかった。


 * * *


もう領主館が見えるというところで、魔術師は突然アッと叫ぶと、立ち止まった。


「少年に、一つ質問がありまーす!」


なんだかデジャブを感じながら、サラは「いいですよ?」とかしこまって答えた。


「さっきのダイスってやつ……何でも、分かるの?」

「うん、たぶんね。何か知りたいことでも?」


素直に切り返したサラ。

魔術師は、ほんの一瞬、その整ったクールな表情を歪めた。


「もしも、俺の……」


途切れた言葉。

横に並んでいたサラの両腕が掴まれ、魔術師の正面を向かされる。


見上げた灰色の瞳に光るのは、燃え上がる暗い炎。

サラは、目を疑った。

いつも本音を見せないクールな魔術師に、初めて人間らしい情熱を見たような気がしたから。


服の布越しにも、震える手のひらの熱が伝わる。

サラはキツく掴まれたその手を、振り払うことができなかった。


「いや……なんでもない」


魔術師はサラから顔を背け、手の力を緩めた。

瞬きする間に、魔術師はいつもどおりの飄々とした表情に戻っていた。


「俺、明日帰るよ」


残念ながらキミの勇姿は見られないけれど、と皮肉げに笑う。

パレードで、大勢の女の子にモテまくるだろう自分の姿を想像して、サラも思わず苦笑する。


「最後だから……言うね」


サラの腕を掴んでいた魔術師の手が、スッと下に下がり、その白くやわらかい手を取った。

手のひらの潰れた豆を刺激しないように、そっと、指だけを。


夕暮れの赤が、サラの瞳を幻想的な色に染めている。

魔術師は、しばらくサラの瞳を見つめた後、耳元に唇を寄せて、風に乗せるように柔らかな音色でささやいた。



「キミのこと、本当に好きだったよ」



お人よしなところも。

すぐムキになるところも。

騙されやすいところも。

真っ直ぐなところも。



サラの心に、やさしい言葉たちの雨が降る。

戸惑うサラの指にキスし「この豆だらけの指もね」と笑った魔術師は、真っ赤になって涙ぐんだサラを、その逞しい腕の中にすっぽりと包み込んだ。


「森の向こうで、いつかまた会おう」


魔術師の掠れる声が、抱き寄せる腕が、サラの胸に熱いものをこみ上げさせる。


ああ、この人はなんて天邪鬼なんだろう。

ううん、これは、優しい嘘だ。


もう会えないかもしれない……そんな悲しい予感が、サラの心を揺さぶった。


サラは魔術師の胸で、そっと瞳を閉じた。


ずっと堪えてきた涙が1粒、魔術師の胸のローブにぽとりと落ちた。


 * * *


強く吹きはじめた風が、街路樹の枯れ葉を舞い散らせる音が聞こえる。

震える瞳をそっと開くと、サラに温もりだけ残して、魔術師の姿は消えていた。


1人佇むサラを、太陽の代わりに昇った蒼い月が照らしていた。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











さ、ヤクルト飲んだ後は、スカッと爽やかコカコーラで口直し……また甘っ!……ということで、魔術師君、勇気を出して初めての告白の巻でした。ヘンタイ好きの作者ですが、どうも皆イイヒトになってしまうなあ。お分かりの方もいたかと思いますが、第二章の閑話イメージは「ダイスを転がせ/指さえも」です。指の方は、魔術師君とのお別れイメージで使おうかと。別に死んじゃったわけじゃないけど、正直お別れって苦手……。そんなときには「わたしは木」を思い出すべし!あれは勝手にシ○クマって傑作ギャグマンガから。シロかわいー。でもちょしちゃん……ああ……。

次回、サラちゃんパレード&魔術師君視点の小話です。作者の好みど真ん中の、シリアス風アホ話。ついでにヤらしい伏線もあるんですが、どーなるかは丸々未定。

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