第二章 閑話2 〜名探偵サラの事件簿(中編)〜
酔っ払った男たちも、すっかり酔いが醒めたようだ。
もちろん、アルコールを取っていなかったサラもすっかり興ざめしてしまった。
用意周到な騎士たちの動きからは、計画的な匂いがぷんぷんする。
わざわざ参加者全員が集められたのは、このためだったのかと、サラは心の中でガッテンボタンを連打した。
アレクが「俺がすっぽかしたイベントは2つだけ」と言っていたし、この内輪ねぎらいパーティは、ある意味ドッキリ企画だったのだろう。
一気に仕事モードに変わった騎士たちは、躊躇無く剣に手をかける。
殺気立つ騎士たちに囲まれ、気の弱い魔術師などが我先にとステージへ上がり、アリバイを告げに行く。
アリバイが無いグループに残ったのは、なぜかサラと戦った人物だった。
案外気のいい野猿な大男、緑の瞳の騎士、そして魔術師。
サラは、1人部屋で寝ていたと申告したが、それではアリバイにならないと言われてしまった。
「お前らを疑わなければならないことを……とても、残念に……思うっ」
バリトン騎士は、鼻をこするようなしぐさをしながらも、冷酷な言葉を告げた。
なぜか言葉の合間に、チラチラとサラのことを見ながら。
もしかしたら、自分が疑われているのかもしれないと、サラは察した。
サラが容疑者だとしたら、正式に勇者としてお披露目されるパレードの前に、かたをつけてしまいたいところだろう。
アリバイがあると申告した者たちも、嘘をつくのが下手すぎるバリトン騎士の視線に気づき、各々サラの気配をうかがっている。
「……ちょっと、待てよっ!」
自分への視線と勘違いしたのだろうか、サラの隣に居た大男が、バリトン騎士にくってかかった。
「一番疑わしいヤツが、ここにはいねえじゃねーか!」
それは、1回戦を不戦勝で勝ち上がった、あの筋肉バカ男。
サラもうんうんとうなずいた。
「彼は……来ない。いや、来られない」
バリトン騎士は、視線を足元に落とした。
冷静で精悍な表情が、一瞬悔しそうにゆがむ。
「彼は、昨日……遺体で発見されたそうだ」
暴行事件が、一夜にして殺人事件へと切り変わった。
その事実に、会場の空気が凍りつく。
まるで、豪雪に閉ざされたペンション・シュプールのように。
* * *
嫌なヤツだったけれど、死んだと聞かされると気持ちは変わる。
サラは、全力で戦わせてくれた相手に、心の中で黙祷した。
祈りつつも、サラは冷静に考えた。
アリバイではなく、大事なのは動機だろう。
優勝候補2名への暴行事件なら、自分たちには「ライバルを減らしたい」という動機がある。
しかし、大会後の殺人事件は、まったく目的が見えない。
「まず我々は、予選後の暴行事件についてのみ調査を行う」
理由は、暴行事件と殺人事件が、同一人物による犯行とは限らないからだとバリトン騎士は告げた。
賢明な判断だとサラは思った。
アリバイの無いサラたちにだけ、再度当日の行動が質問された。
「さっきも言ったけれど、オレは別の事件のせいで疲れて、部屋で寝ていた」
サラは、ブルーの瞳をまっすぐバリトン騎士に向ける。
やましいことは何も無いという気持ちを込めて。
緑の瞳の騎士は「軽く夕食をとった後、外には出かけず宿屋に居た」と主張。
大男は「夜更けまで1人居酒屋で飲んだ後、いつの間にか宿へ戻っていた」と、なんとも頼りない主張をした。
魔術師は「街をブラブラしてたかなー。あまり覚えてないや」と、ヘラヘラ笑いながら、怪しいことこの上ない発言をした。
サラの証言は、領主館に居たメンバーが、間接的に証明してくれる。
4人の中では、もっとも信頼度は高いはずだ。
だのになぜ、歯をくいしばったバリトン騎士は、サラへと苦しげな視線を送り続けるのだろうか?
ゴホンと軽く咳をすると、バリトン騎士は心に染み渡るような声で言った。
「お前たちの証言に、嘘は無いと思いたい、が……」
バリトン騎士は、横に並んでいる4人を順番に見つめ、最後にサラへと目を留めた。
「実は、襲われた2名の意識が戻ったんだ」
サラは、知らず緊張していた。
自分の心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
「2人は、自分たちを襲った人物の顔は”見えなかった”と言った。真っ暗ではない場所だったにも関わらずな……」
この場にいた全員が思い浮かべたのは、あの黒いマスク。
サラは、背中に冷や汗が流れるのを感じた。
* * *
いつの間にか閉め切られた会場。
じっとりと生温い空気が、サラの体に汗をかかせた。
全員からの視線を一身に受けたサラは「違う!オレじゃない!」と叫びたくなったが、根拠無く否定してはますます怪しまれるような気がして、口を噤んだ。
助け舟を出したのは、意外な人物。
「はーい。ちょっといいかな?」
自己申告アリバイ的にはもっとも怪しい、魔術師ファースだ。
「俺は黒騎士ちゃんじゃないと思うよ?なぜなら、俺もあの日襲われたからさ」
その話は、すでに警備の騎士にも報告されていた。
ただし、天邪鬼な魔術師は、捜査担当の真剣な質問に対して「あっという間にやっつけたから、なーんにも覚えてないよ。酔っ払ってたから、手加減できなかったしね」としか告げていなかった。
魔術師は、不安げに瞳を揺らすサラの頭をポンポンと叩いた。
優しくされると好きになる……と、サラは涙目で魔術師を見上げた。
「俺のこと襲った奴らだけどね、そう……確か2人組だったと思ったな」
倒すのに2秒かかったしと、さりげなく恐ろしい根拠を主張する魔術師。
サラも、カリムを襲った犯人も2人組、女もグルなら3人組だったなと思い出した。
「それ以前に、次の試合を控える俺たちが直接手を下すなんて、そんな安易なこと考えるのは……コイツか死んだ男以外いないんじゃねーの?」
魔術師に名指しで毒舌を吐かれた野猿男が「てめえ」と突っかかるが、周囲の騎士たちがなんとかそれを制した。
「ああ、確かに証拠は無い。だが……」
バリトン騎士が、パンと手を打つ。
ステージ脇から2人の騎士が現れた。
その手には、車椅子を押して。
「彼らが、襲われて怪我をした被害者だ。お前たちの姿を、ここからずっと見させてもらった」
バリトン騎士の言いたいことが、サラたちにも分かった。
車椅子の上の2名は、今にも倒れそうなくらい顔色を悪くし、瞳を伏せてカタカタと震えていた。
刑事ドラマでよくある、マジックミラー越しの容疑者チェックを行ったのだろう。
そして、被害者2名は反応した。
よほど恐ろしい目にあったのか、誰が犯人かは分からないと固く口を閉ざしたまま。
* * *
状況証拠では、確かにサラが不利だった。
図らずも、このメンバーでは一番腕が立つと証明してしまったし。
巨大な龍を出現させたサラは、この飄々とした魔術師にすらトラウマを与えてしまったほどだ。
もしもこの2人を、似たような恐ろしい目にあわせた上で、口止めをしたなら……
まさか、私……
別人格が現れて、無意識のうちに彼らを……?
真夜中は別の顔……と、サラが超訳な妄想をしかけたそのとき。
腰に差した黒い剣がプルプルと動いた。
携帯バイブかと思ったサラが腰の剣を見ると、女神の涙といわれる宝石部分が、着信アリ風にチカチカと目映い光を放っている。
全員が、その光に注目した。
「ん?黒剣ちゃん、どしたの?」
何かを訴えるように、ブルブルピカピカする黒剣。
サラが鞘ごと黒剣を抜いて、至近距離で見つめると……
『ボムッ!』
突然の爆発音に、サラはギャッと叫んで剣を落とした。
乾いた木の床に、カツンと何か軽いものが落ちる音がする。
そこにあったのは……小さな、正方形の石ころだった。
「あ……ダイスちゃんっ!」
ラッキーダイスは、体操選手のー!ように、くるりとバク転しながら、サラの手のひらに飛び込んできた。
サラは、フッと笑むと、久しぶりに現れたダイスをその手に握り締めた。
「オレの名は、江戸川クロキシ……探偵さっ!」
キラキラと瞳を輝かせながら、サラは相棒のダイスに軽くキスをした。
↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。
一番怪しい容疑者が次の犠牲者。はい、王道。ってこの話、土曜○イド劇場じゃないんだけど……ペンションシュプールは、カマイ達の夜という有名ゲームから。私もカマイです……あの歴代全員ジョジョみたいなエンディング一番好き。というか、ぶっちゃけダイスちゃんが出したかっただけだったのに、こんなぐだぐだな展開になってもーた。江戸川クロキシって……字余りにもほどがあるな。肝心の犯人は、次こそ判明します。もうバレバレだよね、ワトスン君?あっ、そのうち赤毛のキャラ何人か出そ!
次回、ようやく犯人判明。すっきり勧善懲悪な時代劇風のオチにご期待ください。チョーン。