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第二章(22)敗北の予感

お互いの指輪を預けた後、試合は始まった。

好感度の高い2人の対戦に、会場の興奮は一気に高まったが、その後潮が引くように静まり返ることとなる。


広いコロセウムに響くのは、ただ、剣のぶつかり合う音のみ。

鋭い金属音が、途切れることない音楽のように、会場を包み込んでいく。

聴く者の心臓を鷲掴みにするその音は、命のやり取りの音。


刹那的で美しい音楽を奏でる2人から、誰一人、一瞬たりとも目が離せなかった。


 * * *


緑の瞳の騎士は、サラが今まで戦った誰とも違った。

その太刀筋は、どこまでもまっすぐだ。

まさに太陽のような正確さでのぼり、落ちる。


少し癖のある、人を引っ掛けるようなフェイントをするアレク。

師匠がおらず、すべて自己流で剣を学んだというカリム。

その2人とはまったく違う、力強く正しい打ち筋は、なぜかサラの心を怯ませた。


騎士の剣を、教科書のような剣と批判する人間もいるかもしれない。

しかし、教科書がなぜ教科書たるのかを考えれば、その批判が的外れと分かるだろう。


または、こうしてリアルに剣を向け合って見ればいいのだ。

どんな角度から剣を繰り出しても、強く正しく真っ直ぐ返してくる。

拮抗する状況を変えようと、無理にトリッキーな動きをしようものなら、自滅への近道となるだろう。


サラの全身は、試合開始からいくらも経たないうちに、汗でびっしょりになった。

もしかしたらこれは、冷や汗かもしれない。


……この人、強い!


久しぶりに感じた、対戦相手への恐怖だった。

剣闘士に追い詰められたときすら、恐怖など感じなかったのに。


サラは、黒剣を強く握り締めた。

あのときは、自分に寄り添い、支えてくれていた黒剣。

今はその気持ちが分からなくなっていた。


うっすらと敗北を予感しはじめたサラ。

その心を感じ取り、黒剣は勝手にその剣先を動かし始めた。

騎士を敵とみなした黒剣は、尋常ではない速さで切りかかっていく。

相手の致命傷となるだろう箇所へ向かって。


試合前に、騎士とかわしたあの約束通りに。


 * * *


騎士は、サラの剣が変化しつつあるのを感じていた。


先ほどの試合でもそうだった。

この少年は、戦いの途中で”進化”する。


騎士は決して手を抜いていたわけではないが、しばし様子を見ていたのも事実。

序盤の少年は、騎士の剣を受けるのがせいいっぱいだった。


ところが、今はどうだ?


元々表情のまったく見えない、不気味な変装をしているが、その奥に潜んだ魂は熱くしなやかな少年と見えた。

しかし今の少年からは、一切の感情がそぎ落とされたようだ。


瞬きする間も与えられないほど、早い打ち筋。

致命傷になる箇所へと次々繰り出される少年の剣を、騎士はかろうじて受け止めていく。

受けるたびに、自分の腕の骨がみしりと音を立てるのを感じた。


最初は見た目の通り軽い剣だし、たいしたダメージにはならないと思ったが、いかんせん打ち付けられる数が多すぎる。

長引くほど、不利になる。


しかしこの剣を受け止めきれなければ、己がこの場に立つ意味はない。

戦場を捨ててきた自分には、これしかないのだから。



騎士が戦地で感じたのは、苦しさというより空しさだった。

敵は、狡賢い魔術師と、何も知らない農民ばかり。

戦うたびに、何かを失っていく自分がいた。


力のある相手とあいまみえたいと、ただそれだけを強く願っていた。

その欲求が抑えられず、ギリギリで戦場を飛び出した。

自分が腕を認めた好敵手と、お互いの剣を持って、正々堂々戦いたかった。


そんな夢が今、叶ったというのに。


くそっ!

あんな挑発、しなきゃ良かったな……


闘技場の端に追い詰められながら、騎士は必死で逆転のチャンスを待った。


 * * *


小柄な少年に力で押され、じりじりと後退する騎士。

予想外の展開に、観客たちは椅子に座ったまま身じろぎ一つできなかった。

勝利を掴みかけているように見えるサラを、焦りと共に鋭いまなざしで観ているのは、アレクだけだ。


「サラ、そのままでは、勝てないぞ……」


しかし、アレクの呟きがサラに届くことは無い。



騎士を確実に追い詰めながら、サラは絶望的な心境で、剣の望むままに体を差し出していた。


この人は強い。

だからこそ、私は冷静にならなきゃいけないのに。

臆病な心が、不安に震える腕が、抑えきれない。


サラの体には、明らかに自分の肉体の限界を超えてきている兆候が現れはじめた。

徐々に痺れを感じはじめた両腕を、サラはわずかな理性と気力で支え続ける。


今なら、まだ間に合うはず。

騎士の体に、一太刀でも入れられれば勝負は決まる。

それがサラ自身の力ではなく、サラの恐怖を受けて暴走する黒剣の力だったとしても、勝ちは勝ちなんだから。


サラの支配が緩むのを感じた黒剣のスピードは、もう一段階増した。

人間離れしたその剣は、訓練ですら見せたことの無いものだった。

しかし、目の前の騎士はすべて受けきってしまう。


その緑の瞳に感じるのは、戦慄。


黒剣を受けるタイミングが一瞬でもずれたら、この人は死ぬだろう。

なのに、ギブアップなんて絶対にしてくれない。

あと何分持つか分からないが、サラの体は限界に近づいている。


だめだ!

このままじゃ、私は負ける!


今の弱気な自分と、目の前の騎士との違いは、決意だ。

全力で戦うこと、そして散ることを恐れない決意。

それこそが、戦場で培われる魂のようなものなのだろうか?


……私は、どうすればいい?


観客たちの目に追えないほどの速さで、流れ続ける黒い聖剣。

美しい剣舞のような、その太刀筋。


しかし、サラの心も体も、限界へと近づいていた。


 * * *


追い詰められながらも、騎士はサラの剣の変化を再び感じていた。

剣のスピードやキレは変わらない。

しかし、少しずつ、受け止める自分の腕の衝撃が、軽くなってきている気がする。


所詮、少年騎士。

いかに剣の腕が立とうとも、スタミナが切れれば、攻撃を持続することは不可能だろう。

肉体的な限界が近づいているのかもしれない。


試しにと、騎士は思い切り強くサラの剣を跳ね返すと、サラは体を振られて後方へと飛びのいた。

開始の合図から鳴り続いていた音楽が、ようやく止まった。



サラは、汗で滑りそうになる黒剣の柄を握りなおすと、剣先をまっすぐ騎士に向けた。

握力が尽きかけていることは、自覚している。

腕も、もう上がらないかもしれない。

あと使える部分は、足と体だけだ。


騎士の方は、まだ余力が残っているようだ。

表情には、薄く笑みを浮かべる程度の余裕がある。

なにより、剣を握るその腕には力が宿り、緑の瞳には怯えも迷いも無い。


強烈な敗北感がサラの全身を毒し、力を失わせていく。


騎士の聖剣は、きっと魔力を秘めているのだろう。

もしもその手に指輪があれば、サラはここまで優勢に戦うことはできなかったはずだ。


ああ、そうだ。

元々対等に戦える相手なんかじゃなかったんだ……


騎士の剣が、守りでなく攻撃のために振り上げられるたびに、なんとか剣で応えるものの、怯える心はサラの足を一歩一歩後ろへと向かわせていく。

じりじりと後退していたサラだが、いつしか後が無くなっていた。

ついに、戦闘エリアの終わりを示す段差が見える位置まで、追い詰められてしまった。


これ以上、後ろに下がることはできない。

かといって、前へと打って出る勇気もない。

サラに協力してくれた人たちの顔が次々と浮かんで、サラは悔しさに涙をにじませた。


リコ、カリム、アレク……

ゴメン、みんな。

みんなのために、全力で向かったけれど、駄目だったよ。


ゆっくりと振り上げられる騎士の太い剣。

集中を失ったサラに、剣の打ち筋は読めない。


サラが、もうおしまいだと、瞳を閉じたかけたとき。


まるで暗闇に光が差し込むように、サラの脳裏にアレクの言葉が蘇った。



『いいか、サラ。チャンスは一度きりだ』



騎士にとって、剣は神への忠誠を誓った証。

誓いと共に口付けられた剣には、神の魂が宿るとされている。


その剣を、手放す騎士は絶対にいない。


だから。



『ガキィンッ!』



サラは最後の力を振り絞り、黒剣を突き出して、騎士の重い剣を受け止めた。

剣を打ち合わせクロスさせたまま、とっさに体を横にひねり、騎士の太刀筋から自分の体をずらす。


重なりあった剣の勢いを、殺さないまま。


サラは剣を手放し、空へと放り投げた。


 * * *


一瞬、何が起こったのかわからず、宙を舞う黒剣に見入った騎士。

力を受け止めてくれる相手がいなくなった騎士の聖剣が、ゆるやかに床へと向かう。

剣の勢いを止めようと伸ばした腕が、少年の肩に乗せられたと感じたときには、もう遅かった。


まるで少年の剣と同じように、自分の体がふわりと宙に浮き、景色が反転していくのを、騎士は信じられない思いで眺めていた。


サラは、剣を手放すと同時に、騎士の懐に飛び込み、そのまま一本背負いをかけていた。

ブチブチと鈍い音がして、サラが掴んだ騎士の胸元のボタンが飛び散り、闘技場の床の上を転がった。



硬い闘技場の縁から、草の生えた地面へ転がり落ちるボタンと共に、騎士の体も同じ場所へ投げ落とされていた。

↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











はー。ようやくサラちゃん、決勝進出です。あー、しんどかった。なんともヘタレな展開で、泥臭い勝ち方になってしまいました。でも、人間そんなあっさり強くなんてなれまへん。アレク様のおまじないこと伏線風指示は、頭文字某の車のマンガから。ピンチひっぱってひっぱって負けそうなときに「そういえば涼○さんが……」って思い出して大逆転。あれ毎度ハマっちゃうんですよね。まさに王道。そして、創造とは模倣である。うむ。……ゴメンナサイ。ちょっとインスパイアされてリスペクトでフューチャリングしたっていうかぁ……もにょもにょ。とりあえず、サンプリング(丸パクり)だけは無いと断言しときます。

次回、決勝戦……の前に、アレク様とサラちゃんのシリアス&ちょいラブエピソード。アレク様の過去に迫っていきます。甘い匂いがぷい〜んと。ファブリーズのご用意を。

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