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第二章(20)背水の陣

太陽に照らされ、熱を増していくコンクリの床。

多くの観衆の罵声を浴びながら、サラはそこに立っていた。


卑怯者という言葉も聞こえたが、サラは対戦相手へのブーイングに違いないと思い込んでいたので、「コイツやっぱり観客にも嫌われてるんだな。ざまあみろ」と、勝気な瞳で目の前の大男を睨んだ。


『では、これから2回戦を行いますが、その前に、特別ルールをご説明します!』


審判であるバリトン騎士には、すでにルールを伝えてあった。

サラと剣闘士の大男は、バリトン騎士に近づいていく。

一回戦と同じように、サラは指輪をはずし騎士へ渡した。


そして……


腰の黒剣をベルトから取り外し、それも預ける。


バリトン騎士の心配げな視線に、サラは大丈夫とうなずいた。

同じように、剣闘士も、お飾り程度の指輪と短剣を騎士に渡す。

サラは男を観察した。


確かに良く鍛えられた体だ。

腕も足も長く、威力がありそうだ。

でも、全然男らしいとか素敵だと思えないのはなぜだろう。


薄汚れた上着の前ボタンを1つしかかけず、必要以上に胸をはだけさせたその姿は、品位のかけらもない。

剣と指輪の存在が、かろうじて男を戦士のように見せていたのだと、サラは気づいた。

もしも『騎士の品格』という本を書くなら、指輪と剣は必須と強く主張した方がよさそうだ。


剣闘士の目は、獲物を捕らえた蛇のように細められ、乾いた唇を舌なめずりで潤している。

きっとこの男は、サラを思う存分いたぶるつもりだろう。

弱い者を追い詰める、狩りを楽しむような目つきだ。


サラは、同じ大男でも一回戦のヤツよりもさらに嫌いなタイプだと感じ、ねっとりと絡みつく視線を振り払うように元の位置へと駆け戻った。



指輪と武器を預かった騎士が、観衆に追加されたルールを伝える。


『今回は両者から1つずつのルールが出て、互いに承諾されました。1つ目はこちらの騎士より、魔術の封印が。2つ目は、こちらの剣闘士より、武器の封印が!』


その瞬間、会場はどよめいた。


一回戦でサラが勝利したのは、どう考えても剣のおかげだった。

スピードを生かし、剣を相手の急所へ突きつけるというサラの必勝パターンは、当然剣抜きではありえない。

アレクたちはもちろん観客もそれを察し、飛び交っていた罵声の代わりに困惑の声が上がった。


一回戦のように、魔術を得意としない2名がお互いに魔術を封印したところで、力の差は変わらない。

しかし、今回はまったく違う。

拳1つで戦える者に対して、剣に頼る者が武器を取り上げられては、力のバランスが一気に崩れてしまう。


サラのことを、暗殺者の一味扱いで好き勝手を言っていた観客たちも、とたんにサラへと同情的になる。

リコは「なによ!さっきまで悪者扱いだったのに!」と文句を言っているが、観客たちは誰も聞いてはいないだろう。


カリムは、苛立ちの限界だった。


どうして俺は、今ここに居るんだ?

お前と共に立つのは、俺でありたかったのに。

そんな不利な戦いをさせるのに、俺は何もできないのか……


爪が食い込むほど、きつく手のひらを握り締めながら、カリムは神に祈った。

どうかサラが、苦しい思いをせずに、この戦いを乗り越えられるようにと。


 * * *


観客たちが想像したとおり、戦いは一方的なものになった。


「そらっ!」


空気を切り裂くハンマーのように、堅く重い剣闘士の拳が、サラへと容赦なく放り投げられる。

男の表情には笑みさえ浮かんでいるようだ。

サラの2倍はあるだろうその顔は、複数の痣や切り傷の痕が残り、男の戦いの歴史を見せ付ける。

こんなか弱い子どもに負けるはずがないという自信に満ちた表情だった。


サラは、身をかがめて拳をかわすと、一瞬バランスを崩しかけ、コンクリの床に手のひらをつく。

そのまま前方へと転がり、立ち上がると同時に大きく跳躍し、敵から離れた。

何本ものピンでしっかり留まっているヅラは、前転程度では取れないのは確認済みだったが、サラは少しヒヤリとした。


この戦いでは、擦り傷1つ負うのも許されない。

簡単に魔術で治せる傷を治さずに次の試合に出れば、今まで隠してきたことが露呈しかねないからだ。

サラは自分の手足をチラッと確認した後、すぐに後ろを振り返り敵の位置を確認する。

50メートル四方というスペースを活かし、なるべく離れた場所へと駆け出した。


この剣闘士は、大柄な割には攻撃スピードも速い。

少し距離を置いたところで、すぐに追い詰められてしまう。


しかも、ヤツはまだ遊んでいるのだ。

なぜなら、まだ攻撃に右腕しか使っていないから。

左手も、もちろん両足も、ヤツの武器に違いない。

さっきだって、サラが前転で逃げようとしたとき、もし男が右足でローキックを入れれば、ヒットしていた可能性もある。


サラの息は、少しずつ上がり始めた。

戦闘エリアの端から端へと逃げ回っているサラと、ほぼ中央に陣取りサラを追い詰める剣闘士では、スタミナの消耗頻度が違うのは当たり前だった。


観客たちは、息を呑んで戦いを見守っている。

獲物であるサラと、狩人である剣闘士、どちらに同調しているのかは一目瞭然だった。

剣闘士の鉄拳が落とされるたび、すばやく身をかわすサラに、観客たちもホゥと吐息を漏らす。


ちょこまかと逃げ回るサラに苛立ちを強めていった剣闘士は、遊びはそろそろ終わりだと言わんばかりに、サラの小柄な背を追って走り出した。

再び戦闘エリア隅で、サラは剣闘士の拳の射程距離内に入った。


「ほら、逃げないと当たっちまうぜっ?」


男の拳が、避けきれなかったサラの左頬をかすった。

ズキリと歯痛に似た痛みが走る。

マスクのおかげで見えないだろうが、軽く痣になったかもしれない。


「こっちも行くぜっ!」


右の次は、左。

とっさに首を後方へ逸らしたサラの左ボディーを狙って、今度は右足の蹴りが繰り出される。


「クッ……」


サラは体を後ろに傾けたまま、襲い掛かる剣闘士の右足を、自分の左足で蹴り返した。

そのまま蹴りの勢いに乗って、全身を後方へと吹き飛ばす。


「ちぃっ!」


蹴りを防がれた剣闘士は、勢いあまって床を転がったサラを追う。

詰め寄った剣闘士は、ふらりと力なく立ち上がったサラに、右ストレートを放つ。

しかしその右は、あくまでも誘いの一撃。

サラの避けるだろう軌道の上に、覆いかぶせるように、左フックをねじ込んだ。


サラには見えない角度から繰り出されたその拳に、剣闘士は勝利を確信した。


 * * *


すぐ後ろは、戦闘エリアの縁。

逃げ回り続け、疲労からずしりと重くなった体が悲鳴を上げている。

息が上がりすぎて、心臓が破裂しそうだ。

勝利の咆哮と共に、容赦なく男の拳が降ってくる。


駄目だ、逃げられない……


絶望に打ち負けそうになる心に、誰かの声が響いた。



『大丈夫。避けられる』



そのとき、サラの瞳には、普段見えないはずの風景が映し出されていた。

それは、男の拳の軌道。


なぜだろう?

この男の動く先が、はっきり見える。


流れる水の上を舞う木の葉のように、ゆらりゆらりと、剣闘士の拳をかわしていくサラ。


そう、次は、ここに来る。


顎の手前に両手をかざすと、予想通りそこに男の拳が飛んできた。

サラは、力の乗った男の左手をやわらかく包み込み、そのまま後方へ飛んだ。

宙返り一回転し、また着地。

サラにダメージは無い。


サラの瞳には、大男の次に繰り出す技が、白い靄のように見えていた。


「くそっ……」


男が次に仕掛けた右ストレート、左ローキックのコンボ攻撃も、紙一重のところでかわし、さらに重ねられた左アッパーも、手のひらでふんわりと受け止められる。

攻撃を受け止めた勢いに乗り、サラの細い体がくるりと独楽のように回る。

そして、気づくと無傷のまま剣闘士の傍を離れている。


拳も蹴りも、すべて受け止められてしまう。

サラの打撃吸収という技に、剣闘士は困惑を募らせていった。


男の中では、もうとっくに勝負は決まっていたはずだった。

前半は充分遊ばせてもらったし、さっさとこの貧弱な少年を叩きつぶして、次の試合に備えるはずだったのに。


なぜこいつは、倒れない?


次第に焦りだした剣闘士は、ケガをさせてはいけないというルールが頭から飛んだのか、致命傷になりかねないような勢いの突きや蹴りを矢継ぎ早に繰り出した。

しかし、当たらない。

いや、当たっても、すべて受け止められてしまうのだ。


まさか、俺の攻撃を予知しているのか?


馬鹿馬鹿しいと男は頭を振って、拳のスピードを上げた。


 * * *


息をつくこともできないような緊張感が、コロセアム全体を包んでいた。

剣闘士の男が、必死で攻撃を続けていることは、観ているものにもよくわかる。

しかし、技を受ける側の少年を見ると、まるで最初から示し合わせた舞踏のようにも見えるのだ。


男の攻撃を避け、時にはやわらかく受け止め、受け流すサラ。

体が無意識に動くままに任せながら、サラは自分の心と対話していた。

正確には、サラの心の中にはっきりと息づく、一振りの剣と。


訓練中、何度もこれと同じ、いやもっと鋭い攻撃を受けてきた。

剣を抜くなという縛りの中で、アレクやカリムの一切手を抜かない拳と対峙してきたのだ。

いつも懐にあった黒剣は、サラの心に共鳴し、サラが恐ろしいと思うたびに震えていた。


そんな臆病な自分が、訓練を重ねるうちに少しずつ変わっていった。

信頼できる仲間の攻撃を受け続けるうちに、いつのまにかサラの心は戦いを恐れなくなっていた。

サラが吹っ切れると、懐の剣もただ穏やかに寄り添う存在になっていた。


『離れていても、一緒にいるんだよね』


サラの腕が、足が、敵の攻撃を予知するかのように動き、止めていく。

アレクやカリムの剣を止め切った、あの日のように。


当たり前のように、剣闘士の攻撃を跳ね返していくサラの心に、もう1つの声が響いた。


『相手を傷つけない、ただ止めるだけの剣。それじゃ勝てないよ?』


うん、分かってる……


一緒に、戦おう!


サラが、心の声に強く答えたとき。

防戦一方だったサラが、初めて剣闘士に牙をむいた。


 * * *


剣闘士の重い拳を受け止めながら、旋回するサラ。

もう数え切れないくらい、繰り返されたパターンだった。


そのときサラは、旋回を止める角度を今までと少し変えた。

男に背を向けるのではなく、向き合う方向へ。

サラは、男の死角である左後方へとすばやく回り込み、そのまま男の懐へ飛び込みんだ。


叩き込んだのは、華奢なサラの右腕。


自分の腹に、深々と突き刺さったそれを見て、男は一瞬細い目を見開いたが、すぐにフッと笑みを浮かべる。


「お前の攻撃なんざ、蚊に……」


鼻で笑いかけた男の表情が、みるみる曇っていく。


「黙れ」


サラは男の懐から飛び退ると、そのままゆっくりと前のめりに崩れ落ちていく男を見守った。


人間の体には、急所といわれる部分がいくつかある。

急所とは、絶対に鍛えることの出来ない場所。

そんな急所の1つが、みぞおちだ。


普通の突きであれば、この剣闘士には耐えられたかもしれない。

だが、サラの突き出した腕には、特別な暗示がかけてあった。


この腕は、堅く鋭いあの黒剣なのだと。


あたかも剣についた血のりを落とすように、サラは右腕をぶるりと振るった。


頭に血が上りすぎたのか、戦闘エリアの淵ギリギリに居たことを忘れたのも、男の敗因。

ぐらりと前へ傾いた体を立て直そうと、必死で踏ん張る男の太ももを、サラの右足が狙った。

太もも中央にある急所へ、容赦なくピンポイントでつま先がねじ込まれた。


耐え切れずよろめいた男の体。

冷静なサラは、さらに別の急所である向こう脛への蹴りを繰り出した。


それが、駄目押しの一撃だった。


最後の蹴りに意識を失いかけた男は、重力に逆らえぬまま、場外へと吸い込まれていった。



次の瞬間、サラの勝利を告げる鐘の音が、静まり返る会場に響き渡った。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











ようやく大会2回戦終了です。雑魚2タテとなりました。あっさり。全国の大男のみなさま、どうもスンマセン。大男苦手なんですよねー。格闘技とかもあんまし好きではないです。相撲とかも。あと唯一読めない人気マンガがグ○ップラー某ってやつで……あの大男の筋肉がもう無理です。食わず嫌いでゴメンナサイ。あっ、だからバトルシーン苦手なのかも。まあこの話バトル野郎系兄さんは読まないだろうけど……。合気道やってる知人に聞いたんですが、自分の腕カッチカチ的な暗示攻撃けっこういけるらしいので、か弱い女性の皆様もヘンタイに襲われた際はぜひ。(本当は金○が一番早いらしいです)

次回は、準決勝でようやく好青年とクリーンな戦いです。ほっ。瞬きする間にあと2試合書き終わっちゃうといいな……


※作者の痛いあとがき読みたくない対策を施してみました。これで多少はケアできたかな?しかし、第一話から修正してったら、だんだんあとがき長く&くだらなくなってきるみたい……でも書かずにいられないのでご勘弁を〜。

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