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第二章(19)不穏な噂

トトカルチョ会場でもあるコロセウム前。

一回戦の結果が発表されると、見守っていた大多数の観衆から失望のため息が漏れた。


番狂わせだったのが、第二試合のサラ勝利。

しかし、対戦相手の男もさほど前評判は高くなかったため、大穴同士がつぶしあった程度だ。

問題は、不戦敗の2試合だった。


会場に姿を見せることができなかった騎士2人は、予選時に「今年こそ頑張れよ!」と住民たちから声をかけられるほど、高名な騎士だった。

トトカルチョでもかなりの人気を集めていたため、彼らに賭けた者たちは一斉に非難の声を上げた。


2人はなぜ、出場できなかったのか?

疑問と不満をぶつけられる対象となった受付の騎士たちは、押しかける住民への説明に苦慮していた。

知らぬ存ぜぬを繰り返す騎士の対応に業を煮やした住民たちは、勝手に憶測をしはじめる。


『決勝トーナメント出場者の中に、犯人がいる』


そんな噂が町中に流れるのを、誰も止めることはできなかった。


 * * *


実際に、2人の騎士が襲われたのは昨夜遅く、場所は市場通りに程近い路地裏だった。

時間が遅いとはいえ、お祭りムードは最高潮。

住民も観光客たちも陽気に酒を飲み、決勝トーナメントの対戦表をつまみに一晩中騒いでいた。

酔っ払いが、ふらりと足を踏み入れた路地裏に、2人の騎士は重なりあうように倒れていたという。


喧騒の間隙を突くように行われた犯行。

誰にも見つからず、手際よく、手練の騎士2名に再起不能の怪我を負わせた犯人は、まだ見つかっていない。

襲われた騎士は重症で、まだ話が聞ける状態ではなかった。

騎士たちが、どうやってその場所に呼び出されたかも、わからぬままだ。


王城を守る騎士たちにとっても、被害者の2名は同僚や先輩に当たる人物だった。

絶対に犯人を捕まえたいという気持ちはあるが、見知らぬ旅人を含めこれだけの数の人間が一同に集まる中、捜査は困難を極めた。


昼間に一度聞き取りを終えた騎士たちが、再度カリムの元を訪れたのは、サラがすでに布団に入ってしまった後のこと。

カリム襲った男たちと逃げた女も、何らかの関連があるかもしれないと、一縷の望みをかけての再訪だった。


「ではカリムさん、あなたの助けた女は、どんな人物でしたか?」


カリムが聞き込みを受けていたのは、領主館のダイニング。

キッチンの奥では、ナチルが明日の観戦用にと、弁当の下ごしらえ中だ。


アレクは一応責任者として、カリムの脇に座っている。

質問されるたびに、言葉足らずなカリムのフォローをしてくれるので、カリム自身が実は犯人一味だという、ありがちな疑いはかけられずにすんでいた。

もっとも、ここにやってきた3人の騎士は、昼間の惨状を実際に見ているので、カリムが犯人側の人物とは露ほども思っていないのだが。


「女は……若い女だったとしか」


困惑するカリムの様子に、捜査担当の騎士3名も顔を見合わせる。

普段から、人の容姿には関心が薄いことが災いした。

フードをかぶった男たちも、ヴェールをつけた女も、記憶の中ではもやがかかるようにかすんでいる。

背中の痛みなら、すぐにでもくっきりと思い出せるというのに。


「では質問を変えます。なぜ女が”若い女”だと判断できたんです?」


カリムは、その質問にぴくりと体を震わせた。

きょろっと、軽く目線を動かした。

今、近くにはアレクしかいない。

騎士たちにに真剣な表情で見つめられ、カリムは覚悟を決めた。


「それは、声と……む、胸の、形で……」


みるみる顔を赤く染めていくカリム。

その頭をワシワシなでて、「お前、大事なとこはしっかり見てんだな」と、アレクは大笑いした。

アレクにつられて、騎士たちも思わず苦笑する。


チッと舌打ちし、拗ねて顔を背けたカリムが目にしたのは、いつの間にか傍に寄っていたナチルの笑顔。

ナチルは、カリムの耳元に「サラ様が先に寝てくださっていて良かったですわね?」とささやき、邪気を含んだ妖猫の瞳で微笑んだ。


 * * *


一回戦の8試合、実質6試合が終わり、会場には10分ほど休憩のアナウンスが流れた。

コロセアム内の観客席も、各試合の内容についてというより、不戦敗となった騎士に対する疑惑の声で埋め尽くされている。


プラチナチケットを入手したのは、やはり貴族とその親類や出入り業者などがメイン。

出場予定だった2人の騎士ともつながりがある人物が多いだけに、怒りや不安も大きいのだろう。

それだけ強い騎士が倒されたということは、今この街に危険人物が紛れ込んでいるということだ。

しかも、その一味が出場者の中に居るかもしれない。


「優勝候補で、元筆頭魔術師のファース様も、襲われたらしいぞ」


誰がどこから聞きつけるのか、数々の新しい噂が飛び交う。

おとなしく座っていたカリムだったが、住民たちの負の感情の連鎖を目の当たりにし、戸惑った。

アレクは三白眼を細めながら、さりげなく噂に聞き耳を立てている。


リーズは、不安がるリコを慰めていたが、同時にサラのことも気遣っているようだ。


なぜかというと……


「あのマスクの男、怪しいんじゃねーか?」

「ああ、さっきの試合の剣さばき見たぜ。ありゃ暗殺者のそれだろう」


試合の行われる舞台を中心に、円形に囲む階段状の観客席。

一部に上がった疑惑の声は、次々と真横へ飛び火し、一周して戻ってくるころにはそれが真実となっていた。


第一試合が流れた直後には、すでに噂は蔓延していた。

根も葉もない噂のおかげで、実際にサラが登場したとき、客席からはサラに対する罵声が飛んだのだった。

なんとなく怪しそうだからという理屈での、聞くに堪えない汚い言葉が。


真実を知る一握りの人間が反論したところで、動き出してしまった群集には勝てない。

アレクの目が「何も言うな」と告げていたため、カリムたちはぐっと我慢した。

サラの圧勝には胸がすっとしたが、同時に暗殺者呼ばわりの声も高まり、喜びに水をさされた。



しかし、カリムとは別のエリアでは、別の噂もかすかに持ち上がり始めていた。


「お母様、もしかしてあの方は……」

「ええ、そうかもしれないわね。勇者さまのお席にも、あの方がいらっしゃらないみたいだし」


この世界ではかなり貴重なアイテムである双眼鏡を覗いていた母親が、ほうっと吐息をついた。


どんなに見た目の印象を変えても、ごまかせないものがある。

長い間、好意とともに見つめてきた相手だからこそ。


「アレク様ったら、ずるいわ!きっと黒騎士様に賭けるために、私たちに内緒にしたのよ!」

「こら、勇者様のことをそんな風にいわなくてよ。きっと何かお考えがあったのだわ」


残念ながら、母親よりも娘の方が、女の勘は鋭かった。


 * * *


会場の異様な雰囲気は、幸運なことに控え室には一切伝わってこなかった。

無事初戦をクリアし落ち着いたサラは、再び指にはめたリコの指輪を見ながらアリガトと心で呟いた。


これは、リコがアレクにもらった、初めてのプレゼントだ。

きっと誰にも触れさせたくないと思っていたに違いない。


最初はカリムのを貸してもらおうと思ったけれど、明らかにサイズが合わなかったので、仕方なくリコに相談したのだが、リコは快く貸してくれた。

指輪に触っていると、リコの向ける全幅の信頼が伝わるようで、サラは勇気付けられた。


「なあ、お前。マスクの小僧!」


サラは、ゆっくりと顔を上げる。

声をかけた男の目線では、顔を上げられたところでサラの表情はまったく見えず、不気味さを強めるだけだ。


男は、一回戦を不戦勝した、サラの次の対戦相手だった。

一回戦の大男と雰囲気は似たタイプだが、より肉体は鍛えられ、軽く小ぶりな短剣を腰に挿した正統派の剣闘士だ。

素手による打撃攻撃が得意だろうことは、データにも出ていたし、服で隠れていない手や腕の筋肉を見ればすぐに分かる。


「お前、また例の条件を出すつもりじゃねぇだろうな?」


男の太い指が、サラの指輪を指し示した。


「そうしたいと思っていますが?」


迷わず答えたサラは、再び指輪を見つめた。

男は、細い目をさらに細めて、ぺろりと舌なめずりした。


「お前がわがまま言うなら、俺からもひとつ、条件を出してもいいだろ?」


うなずいたサラに、男はククッと妙に甲高い声で笑った。

嫌な笑い方だなと、サラはマスクの奥で眉をひそめた。


「おい、貴様!」


控え室に居るのは、たったの8人。

空いた椅子の目立つこの部屋で、存在感を放つ男が2人いた。


1人は、アレクがもっとも危険視していた魔術師の男。

フードに隠れて見えにくいが、年齢的には30前後といったところか。

魔術の強さだけでなく、体格も良いことが黒い布越しに伝わるが、その強さは隠されたままだ。


そして、もう1人。

予選当日に戦場から戻ってきたばかりという、騎士の男。


彼は、サラにも年齢が読めない。

20代のようにも、40代のようにも見えるのは、若々しい笑顔と同時に現れる深い笑いジワのせい。

戦地を経験したとは思えないくらい、その表情は太陽のように明るく、日本のプロスポーツ選手を彷彿とさせられる爽やかさだ。


明るいグリーンの瞳と、日に焼け赤茶けた短髪。

騎士として決して恥ずかしくない、むしろお手本のようにカッチリとした戦闘服がよく似合っている。

バリトン声の騎士とは旧知の仲らしく、親しげに会話していた様子からも、サラは勝手に好印象を持っていた。


その騎士が、サラの目の前に立つ大男の肩に手をかけ、厳しい表情でにらんでいる。


「貴様が何を条件にするつもりか、今ここで言ってみたまえ」


大男は、へらりと愛想良く笑いながらも、肩にかけられた手を強く振り払った。


「部外者が五月蝿いんだよ!騎士様はすっこんでろ!」


なあ、坊主?と同意を求める大男には目もくれず、サラは騎士に頭を下げた。

騎士は、大男に振り払われた手を横に振り、気にするなというポーズを見せる。

この人にはちゃんと向き合わなければならないと、サラは思った。


「お気遣い、ありがとうございます。しかし、元々は私の言い出したわがまま。相手の方にも同じようにルールとしたい条件があるなら、受けるのが道理ですので」


サラの態度は、よほど見た目とのギャップが大きかったのだろうか。

それとも、マスク越しにくぐもったその声に、鈴の鳴るような心地よい響きを感じ取ったのか。


騎士は、一瞬言葉を失ってサラを凝視し、その後ふっと笑みを漏らした。


「分かった。頑張れよ。では……準決勝で戦おう」


長い時間剣を持ち続けてきたであろう、硬くこわばった騎士の手がすいっと差し出され、サラの差し出した白く小さな手と重なった。

↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











今回、カリム君の羞恥プレイ入れてみましたが、どーでしたでしょうか?萌え……はやっぱ無理?むしろ妖猫萌え?あと、前回の犯人当てクイズ、もうちょっとヒント出してみました。アホ系も含めて回答募集中です。本編の方は……また心理戦で終わってもーた。技量の無さでスンマセン。しかし、人の噂って本当に怖いよなー。幸いサラちゃんにはいっぱい味方がいるし、そのうち疑いは勝手に晴れるのでご安心を。緑の瞳の騎士さま、なかなか好青年ですが、バリトン騎士さまと一緒で名前付けるに至らず。どっかでまた出せそうだったらそのときに。

次回、このムカツク大男とサラちゃんの対戦です。かなり苦しい戦いになりますが、最後はまたあっさ……いや、お楽しみにということで。

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