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第二章(14)剣の痛み

薄いカーテン越しの眩しい朝日で、サラは目が覚めた。

いつもはギリギリまで寝ていて、リコにやさしく……最後は容赦なく叩き起こされているサラにしては、珍しいことだ。


うーんと大きく伸びをして、カーテンを開けめいっぱい朝日を浴びる。

光を浴びることで人間の体内時計はリセットされるのだと、何かの本で読んでから、朝日のシャワーはサラの大事な習慣だ。


それにしても、昨夜の激励会は本当に面白かった。

乱入した2人の盗賊には驚かされたけれど、なんだかんだ気分転換できた。

屋敷に戻るとバタンキューで、夢も見ずにぐっすり眠れたはずなのだが、やはり無意識に緊張しているのだろうか。


カーテンを閉め、寝巻き代わりのワンピースを脱ごうとして、サラはふと思った。


昨日もらった変装……じゃなくて戦闘服、どこで着たらいいのかな。

まさかこの屋敷から、月光仮面が出ていくわけにもいかないだろうと、サラはベッドに座り込んだまましばし思い悩んだ。


 * * *


予選当日、つまり決勝トーナメント前日の城下町は、昨夜より一段とパワーアップしていた。

人の波は統率の取れていない蟻の行軍のようで、とうてい真っ直ぐには進めない。

サラたちもその流れに巻き込まれてしまった。

こんなことなら、ちょっと遠回りだけれど裏道を選べばよかったと思うが、後の祭りだ。


「予選会場へ行く者は右端を通るように!それ以外の者はなるべく道をあけて!」


騎士が2人、ロープを操りながら人の流れをコントロールしようとするが、勝手に押されてしまうのだから仕方ないと開き直った観光客の集団には、焼け石に水だった。


サラとカリムは、アレク、リコ、リーズにガードされながら、なるべく道の右端を歩いていく。

ナチルは、彼女を狙う刺客の存在を恐れて、屋敷で留守番だ。

きっと今日明日は、王族を狙う暗殺者たちも活気付くのだろう。

今この瞬間にも、絶好のチャンスと舌なめずりしているのかもしれない。


でも、そんなことはさせない。


サラは、一昨日行われた最後の訓練を思い出す。

アレク、リコ、カリムを敵にまわしての、3対1の実戦。

何度も打たれ、倒れて、それでも立ち上がり、ようやく手にした勝利がサラの自信の源だ。

ようやく見えてきた王城を見やりながら、サラは考えた。


サラ姫にとって、私は単なる駒の一つ。

私が和平を掴み取るか、刺客の罠が成功するか、どっちに転んでもいいやと思っているはず。

だけど、私は絶対に勝つよ。

正々堂々と戦ってね。


その決意に満ちた真剣な表情は、もっさりした金髪ヅラと怪しいマスクに隠され、誰にも伝わらなかった。


 * * *


いつもの3倍もの時間をかけて、ようやく予選会場である王城正門前に到着した5人。


「一旦、ここでお別れだな」


アレクは何も言わず、サラとカリムの頭を、いつものようにぐしゃぐしゃと乱暴になでた。

ヅラがズレそうになり焦るサラを見て、またくすくすと笑い始めるアレク。

リーズがたしなめても、サラの顔を目の端に入れただけで、プッと噴出してしまう。


本当に笑い上戸なんだからと、サラはアレクを睨んだ。

もしかしたら、単に面白がってこんな変装をさせたのではと疑ってしまうくらい、アレクは遠慮なく笑っている。


「サラ様、どうかお気をつけて。カリムも」


サラ様を守ってねと、瞳に力をこめてカリムを見つめるリコ。

カリムは、こくりとうなずいた。


カリムの服装は、いつも道場で着ている生成りの練習着のまま。

それくらいの方が、リラックスして大会に望めたのかもしれないと、サラは自分の変な格好を見ながら思った。

サラの戦闘服を縫い上げたリコも、そのヅラとマスクが無かったらどんなにステキだろうと想像し、現実のサラを見て大きなため息をついた。



アレクとリコが名残惜しそうに去った後、気合いを入れなおして城門の脇の受付へと向かうサラ。

開始時間より少し早めについたので、今なら並ばずに受付を済ませられそうだ。

2人は、城門に向かって歩き始めたのだが。


不意にカリムが立ち止まり、「ちょっと先に行っててくれ」とサラから離れた。

それは、砂漠の旅でよく行われたやりとり。

でも、トイレなら城の中にもあるはずだし、カリムは少し1人になりたいのだろうとサラは思った。


なんだかんだ、カリムも緊張しているのかもしれない。

いつも仏頂面だからわかんないけど、案外繊細なんだな。


サラは、わかったよと苦笑して、単身受付へと向かった。


カリムはサラが城門へ入るのを見届けた後、くるりと踵を返すと、今来た城下町とは違う城壁沿いの道へと歩みはじめた。


節くれだったその手には、昨日リーズから渡された光のお守りが握りしめられていた。


 * * *


強力な結界で守られた王城周辺は、城下町とはうってかわって静けさに包まれていた。

それでも、この街を初めて訪れた無知な観光客集団が、おしゃべりしながら興味本位で城に近づいてくる。

そんな観光客たちを避けながら、ぶらぶらとあてどなく歩くカリム。


リコの望みどおり、サラを守る。

そのことに異論は無い。

しかし、カリムが感じるのは、まったく別の考えだった。


もしかしたら、自分もリコと同じ立場ではないだろうか?


一昨日の夜、サラは強かった。

中途半端な気持ちでは、守るどころか自分が足手まといになりかねない。

大会中はなるべく離れて、お互い別のやり方で優勝を目指すべきかもしれない。


自分の取るべきスタンスを決めたカリムは、元来た道を戻ろうとした。



『キャーッ……!』



カリムの耳は、かすかな女の悲鳴を捕らえた。

尋常ではないその声色に、とっさにカリムは駆け出した。


体が、羽が生えたように軽く感じる。

アレクの指導はさすがで、体調的には今がピークだ。

それなりに体重のある自分が、風の魔力に頼らずにこのスピードで走れることが、カリムには信じられなかった。


冷静に自分の力を分析する一方で、ガンガンと鐘が鳴らされるように心臓は激しく動く。

これは、今までに感じたことの無い胸騒ぎ。

左手に握りしめたお守りを通じて伝わってくる、わけの分からない予感が、カリムを急き立てていた。


『……ヤッ!』


再び、女のかすれた悲鳴が聞こえた。

声の方へと、ぐちゃぐちゃに道を曲がり、民家の庭を突っ切り。

辿り着いたそこは、城壁からさほど離れていないものの、人気のまったく感じられない路地裏だった。


黒いマントの男が2人、女を組み伏せている。

女は1人の男に後ろから羽交い絞めにされ、口を塞がれてくぐもったうめき声を上げている。

女の正面に立つもう1人の男が、ベールをかぶった女の顔を斜め下からのぞき込むと、ニタリと笑った。


笑みと同時に、繰り出される短剣。



「やめろっ!」



カリムは叫びながら、短剣を持つ男に突進した。

体当たりしたカリムだが、思っていたような手ごたえはなかった。

男はカリムがぶつかる直前に、ひらりと体をかわすと、手にした短剣をカリムの背中に容赦なく突きたてた。


「ぐうっ……」


鋭い痛みが、カリムの全身をこわばらせる。

目の前で火花が散るような、チカチカした光の点滅が見える。


まずい。

これは意識が飛ぶ前兆だ。


男が次の攻撃に移ろうとしたのを察したカリムは、痛みを忘れ自分の背中に力を入れる。

カリムの体に深く突き刺さった短剣がうまく抜けず、武器を失った男は、ひょいっと身軽に飛び退りカリムと距離を置いた。


すると、女を羽交い絞めにしていた男が、チッと舌打ちして女を放り出す。

同じ短剣を振りかざしながらカリムに襲い掛かってくる男の姿が、カリムにはスローモーションのように見えた。

早く剣を抜かなければと焦るものの、ちょうど右肩を刺されたため、利き腕の右手にはまったく力が入らない。


女はガタガタと震えながら、路地の真ん中にへたり込んでいる。



どうする……どうすればいいっ!



それは、無意識に行われた。

カリムは、左手で握りしめていたお守りを、天に向かい突き上げていた。


次の瞬間、カリムの左手は小さな太陽へと変化した。



「くそっ……光の魔術師かっ!」



神々しいほどに眩しい光が放たれ、塀に囲まれた薄暗い路地を照らす。

カリム自身も、眩しさに目をやられ、視力を失った。


 * * *


カリムが目を閉じていたのは、どのくらいの時間だったのだろうか?

手の中の光は小さな礫へと変化し、やがて何事もなかったかのように消え去っていた。

視力を取り戻したカリムが周囲を見渡すと、すでに男たちの姿は無かった。

このお守りに宿るという光の精霊の力を、カリム自身の魔力と勘違いしたのだろう。


カリムの視界に映るのは、おびえきった女が1人。

ベールのせいで顔は見えないが、上等な布地の服を着た若い女だった。

きっと、観光にでも訪れた地方貴族の娘なのだろう。

供とはぐれたのかもしれない。


「おい、無事か?」


腰が抜けたのか、座り込んだまま呆然とカリムを見上げる女に、カリムは声をかけた。

女はその声で我に帰ったのか、泣き声混じりの悲鳴をあげた。



「人をっ……手当てができる者を、呼んでまいりますっ!」



そういや、初めて剣で切られたのか、俺……


ドクドクと脈打つ背中から、何か熱いものが湧き出て、カリムのシャツの背中を濡らし、べったりと皮膚に張り付く。

シャツが受け止めきれなくなった分はボタボタと地面へ落ち、カリムの足元に血溜りを作っていく。


最初から、聖剣で切りかかっていけば良かったんだ。

それができなかったのは、自分の甘さだ。


畜生、痛えな……


ほっそりとした女の後ろ姿が、遠く小さくなっていく。

ゆっくりと暗幕が下りるように、カリムは意識を手放した。


↓次号予告&作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。











ようやく予選開始……と思ったらその前に、カリム君名誉の負傷でリタイヤです。訓練頑張ったのにゴメンよー。けっこう重傷ですが、このままぽっくりとはいかないのでご安心を。つかようやくカリム君活躍させられてホッ。某消防士マンガによると、男の子は本当に痛くても痛いって言わないらしいと聞いて、こんな感じになりました。第一章では無口で地味ムッツリな小僧っこだったけど、多少は面目躍如?

次回は、本当に本当に予選に入ります。もしサラちゃんがここであっさり負けたら……ま、王道なので、たぶんトントン進むはず?

※通りすがりさんから、誤字脱字のご指摘&夢中で頑張るAQにエールを一言いただきました。感謝です!ついでにお知らせ。パソコン故障により、明日の更新微妙です。マンガ喫茶行けたら更新しますね〜。


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